たとえ、自分がここで死ぬ事になったとしても。 彼らと共に過ごした偽の時間ばかりは、偽ではなくほんとうに、得難い程に。 …………楽しかったのだ。 君の果てに救いを。 空間そのものが音を立てて揺れる。それは再生や歪みではなく崩壊の足音だ。 嘗て実相空間と位相空間との狭間を用いウツホが構築した伏魔殿と云うその空間は、彼の失われた今、その力の大きく作用していた部分を緩慢に欠損していっていた。創り上げられた仮初めの建造物は真っ先に。付け足されたフィールドは今もなお徐々に。 鬼門より連結された位相空間自体は伏魔殿の構築以前から在るし、名落宮や式神界と隣接した『場』もまた同様。万象の理に因って拓かれた空間(そこ)は、容易く全ての形を失って仕舞う程に都合良く出来てもいない。 因って伏魔殿内部は空間ごと不穏な胎動を続けてはいたが、次の瞬間には全てが崩落すると云う程に切羽詰まった状況でもなかった。それでも少なからず、最終決戦の場となった洛陽平安京を模したフィールドだけはウツホの力を色濃く反映したものであった為、既にその原型を留めず消滅の時を迎えようとしていた。 そんな、崩壊止まぬ崩れた建物や赤茶けた荒野の拡がる空間を、一枚の白い着物を抱えてマサオミは歩いていた。 上等な生地で織られたそれは、人ひとりの亡骸(或いは残骸)を包んでいると云うのに酷く軽く、その事実が逆にマサオミの心を何処までも重くしていく。 『空』。自らカラと言う名を模したその人は、マサオミやウスベニにとって大事な恩人であり、敬い憧れる存在であり、これは恐れ多かったが──幼い頃は友の様に思っていた事もあった。 彼は神流にとっての神であり救済者であり、復讐の代弁者だった。或いはタイザンの様に、手段そのものでもあった。 『取り戻す』悲願として。天地流派への叛逆の旗印として。在る事を当然として望んだマサオミら神流は、ウツホが救いを与えてくれるものだと無心に信じて、それとも決め込んで、故に彼を封印より解き放とうと策謀を巡らせてきた。 だがそれは──なんと残酷な、押しつけがましい願いだったのか。 誰もがウツホの復活をただ悲願とした。「ウツホ様さえ蘇れば」そう繰り返し、如何なる犠牲をも払い続けた。 …………それだと云うのに、誰もが、ウツホと云うひとそのものを、望む事はしていなかったのだ。 現象。力。復讐の刃。悲願の成就。それにさえ足りれば、求むのは或いはウツホでなくとも構わなかったのかも知れない。 だから彼はいつでも孤独だった。純粋に過ぎた心を騙し討ちにされ、人の醜い部分に浸され続けた彼は、だからこそ式神と云う存在を切に望んでいたのかも知れない。 神流の誰もが『己』そのものをもう望んでなどいないと、蘇るその前に知っていたからこそ、世界を無に帰して仕舞おうと。諦めて仕舞っていたのかも知れない。 彼を孤独へ追い詰めたと云う意味では、マサオミも否定は出来ない。タイザンやショウカクに至っては露骨に、ウツホの力を手段として利する事を決め込んでいた。それは嘗ての天地流派と変わらない。裏切りと云っても良い所行だった。 だから彼はいつでも孤独だったのだ。 彼を孤独にしたのは、他ならない自分たちだった。 結局ウツホを救ったのは、式神達の心と、それを知る者達の思いだった。そしてマサオミはその事すらも、ヤクモに云われる迄は気付く事すら出来ずに居た。 この、真っ当な亡骸すら残す事を赦されなかったひとが、果たして一体どれほどの救いを求めていたのか。今となっては無粋な想像しか出来そうにない。そしてそれは彼の、あの穏やかな微笑みを暴き立て裏切る残酷な行為だ。 「ありがとう」と、そう微笑んでくれた彼は。本当にこうなって仕舞うこと以外の救いを、結末を、迎えられなかったのだろうか。 彼を追い詰めて仕舞った者の一人として、マサオミに在るのは深い悔恨だった。「あのころのように」などと馳せるのは、そうする事を思い出せもしなかった者の吐いて良い想像ではない。だから、これ以上のウツホへの冒涜を自ら赦さず、ただ無心に。歩みだけを進める。 いつだってそうだった。気付いた時には全てが遅すぎて、誰かに縋る事でしか立つ事が出来なかった。 ウツホの庇護を、姉の存在を、守ってくれていたキバチヨを失ったあの日も、自分に出来る事はなにもなかった。幼かったから、などと云う免罪符では決して赦されない程に、それは今でも無力感の名前をした鋭い刃となって胸を穿ち続けている。 強さを。それに足る決意を。只管に求めて縋った。それは多分、最初の過ち。 実際にマサオミの得る事が出来たものは、純然たる強さそのものではなく、強がりだったからだ。 (そうでなければ、偽になど縋るものか) 今更の様にそう、疾うに気付いていた事に落胆してマサオミは天を仰いだ。 何の事はない。偽と断じていたその時から彼らを、裏切っていたのだ。 ………それでも、落胆した理由は簡単だ。裏切って嘲ってそれでもなお、彼らの優しさに縋っていたかったのだ。 何て。都合の良い。甘え。 真っ直ぐ見上げた空は、いつしか斜陽と絶望の朱色ではなく、奇妙な程に晴れ渡った青空へと変わっていた。無意識に手繰って来て仕舞っていたのだろうそこは、時を停滞させた忌まわしい地。姉や神流の仲間、子供らが今も眠る封印の場。 墓所、などと呼ぶ者も居る。実相世界に在る同一の『場』を伏魔殿へと落とし込んだ、封印の蓋とも云える呪われたフィールド。 美しい空や一面の花畑。停滞した空気はあの時の侭澄み切っている。そこにマサオミは携えて来たウツホの装束を──形さえ残さなかった亡骸をそっと置いた。この地の呪いは墓穴をすら掘る事を赦してはくれない。その事が少々残念だった。 刻と云う絶対の隔絶の果てに取り残されたこの地の意味を知る者は、最早マサオミひとりのみになって仕舞った。マサオミがこの侭、選んだ通りに果てる事となれば、この地は恐らくは永劫に呪われて在り続けるだろう。 同じ様に。意味をも失い忘れられ果て、美しい侭の思い出だけを内包した侭。理外れて取り残される。 花畑の中に両膝をついて、マサオミは力のない、情熱もない指先で呪われた美しい花弁をそっとなぞった。 いつだってそうだった。気付いた時には全てが遅すぎて、縋る者さえももう残っていない。 残っていない。全部。自分の手で、失わせた。終わらせた。 家族ごっこだと嘲った彼らが呼び止めてくれた声を、振り切った。 (だって今更、どの面を下げて彼らの前へと戻れば良いのか、解らないだろうが) 裏切った。棄てた。嘲った。憎んだ。全ては姉を救う為であると信じて来た。 然し全てが終わった筈の今でも、姉は、子供達は、あの優しかった時間は、なにひとつとして戻って来なかった。 全て。無意味だったのだ。 神流として生きた。闘神士としてキバチヨを迎えに行き、ふたりの願いを叶える為に戦った。 己を家族の様に扱い、慕ってくれていたリク達を裏切った。 リクを強くする為の足がかりとして利用した、ユーマの大切な女性を失わせた。 そればかりではない。天流を、地流を、何人もの闘神士達を、ただその存在だけを恨みその式神を倒し記憶を、人生を奪った。願いを殺した。 その罪悪に震える事もなく、ただそれは復讐の為の手段であると嘯いた。 然しそれらの結果も、全て。無意味だった。 或いは己が裏切り続け欺き続けた事に対しての、これは報いなのかも知れないと思えて、マサオミは表情をひといきに歪めた。泣きそうな、寄る辺のないそんな有り様はまるで傷ついている風ではないかと思えて来て、堪らなくなって顔を手で覆う。 そんな資格はない。彼らから奪い尽くした挙げ句、自分が奪われた事には絶望しか出来ないなんて、図々しいにも程がある。 泣きそうだ。だから我慢がならない。これが報いで当然の帰結ならば、これは悲鳴を上げて良い程に安いものではないはずだ。 「だって、無意味だったんだ」 軋る様に呟く。唇を噛んだ掠れた呼気が、涙の代わりに力無く落ちた。 裏切った事は無意味だった。大義名分の名の許に払った犠牲は無意味だった。何の屍を乗り越えれば、死にさえ意味があるなどと宣えるのか。与えたのは最も残酷な絶望と嘲り、汚い罵りと思い違えで、与えられたのは無意味と云う名の失望。 いつだってそうだった。気付いた時には全てが遅すぎた。縋る事など最早赦されはしない。 (だってもう、俺は) この侭果てるのが相応しい、と薄ら暗く囁いた己の声に満足して、マサオミはそんな自分に言葉通りに失望した。喉の鳴る音に、己が泣いているのだと初めて気付いたが、一度溢れ出した激情の発露は止める事も出来ない。 マサオミの過ちを正そうと、命を賭して叫んだヤクモを。ただ彼の心を信じ気付かせてくれたキバチヨを。一瞬思い出し、そこに救いを見出そうとしている己に、涙を呑みながら苦笑した。 (何でアンタは、俺を止めてくれた?) お前には未だやる事が残っている筈だ、と。去ろうとしたマサオミへとそう叫んだヤクモの、必死で振り絞った声と鮮烈な眼差しとを思い出す。 「やるべき、事…って何だ……?」 ぼんやりと呟く。答えを求める様にマサオミは蒼い神操機を見やるが、キバチヨの存在は確かにそこにあるのに、彼は応えを返してはくれない。 「…………、」 解っている。ヤクモに云われる迄もなく。解っていた。 やるべき事。それはその為に全てを擲って全てを裏切って全てを失わせて来た事に対する贖罪。 やるべき事。それはこの地に眠る姉を、子供らを、皆を取り戻す事。 散々裏切りを続け、奪い続けた側に居る自分が、ぬけぬけとリクとユーマとに頭を下げ、姉を救って欲しいと頼むのか。 彼らから奪ったものを取り戻しもせずに、己ばかりは愚かしく望むのか。 「俺は、どうしたら良い…?キバチヨ」 顔一杯に感情を満たして、マサオミは力無く泣いていた。蒼い神操機の上を滴が伝って落ちる。 取り戻したい。その願いは変わらない。 だがここで己が失われれば、その願いさえ思う者はもういなくなるのだ。 ならばそれでいいんじゃないか、と囁く声がある。 二百年を眠らされ。千年を越え。更に数年間を生きた。違う世界に戸惑い、慣れぬ生活に苦悩し、それでも。 それでも。そこに居た自分は、幸せでは、無かったか──? 姉を取り戻したい、その一心の中は必死なばかりで、果たして幸福は欠片も無かったか? 否。 リク、ソーマ、ナズナ、そして彼らの式神達。ヤクモ。そしてキバチヨ。 (そうだ。俺はとても、満たされていたんだ) いつかは裏切るのだと、どこかで嘲笑っていた彼らの、しかし真摯で暖かな中に、いつからこんなにも囚われていたんだろうか。 いつだってそうだったのだ。気付いた時には、全てが。遅すぎた。 裏切って棄てた、彼らの未だ伸べてくれる手を、受け止めるには──もう。 裏切りや真実を、知っても猶笑顔で信じてくれた少年や。 最初から最後までずっと莫迦みたいに真っ直ぐ言葉を向けて来た青年や。 常に己を見守り、信じて共に同じ願いを歩んで来てくれた式神。 いつだってそうだった。気付くのが遅かった。その筈なのに彼らは、未だ遅くないと、そう云う。 いつだってそうだった様に、気付いたのは今だった。気付く事が出来たのは、手を離したその後だった。 「俺は、彼らの幸せを奪おうとしたのに…、その中に俺が居られれば良いなんて、何故望めるんだ…!」 ナズナやソーマの糾弾が、裏切りの結果に慣れた筈の心を激しく打つ。痛いのは、望みがそこに生まれて仕舞ったからだ。 「俺は、」 『家族』の許に、帰りたい。 『………ガシン。いや、マサオミ』 嗚咽を噛み殺したマサオミの耳に、神操機から馴染んだ声が聞こえて来る。 キバチヨ。姉上の式神で。共に姉上を取り戻そうと誓った──深い絆を同じ願いで結んだ、かけがえの無い存在。 偽物の姉が現れた時も、全てを知りながら正面きってマサオミの心を裏切って迄それを正そうとはせず、ただマサオミの迷いを示し、静かに諭してくれた。 ひとに寄り添う。深くは干渉せず、ただその心の有り様を尊重し、過ちをも受け止め、それが間違いであるのだと気付くまで──気付かせようとしてくれる。式神。 それは或いは確かに、ひとの世界を見守り慈しむ節季そのもののやさしさ。そしてきびしさそのものであった。 「キバチヨ」 『君はどうしたい?』 呟いた名に返るのは静かな問いかけ。いつだってそう在ってくれた様に、彼は幾星霜の優しく厳しい眼差しでマサオミの前に佇んでいた。 長い時の付き合いと云う事もあってか、この青龍にこうして相対すると、未だ自分が幼い子供であった頃の様な錯覚を憶える。共に生きた時間の中で紡いだのは契約と云う名の絆や願いばかりではなく、もっと深い情だ。 幼い頃は闘神士として生き始めた厳しい修行に何度も涙を呑んだが、それに対してキバチヨが慰めを寄越してくれる事は無かった。共に願いを叶えようと手を伸べ諭して、ガシンをいつでも立たせてくれた。 その時と同じ様に、キバチヨはマサオミに応えを寄越さない。『そう』確約として云わせたいのだと願う、人の小さな心を見透かしている様に。 『此処でウツホと共に果てる?それも確かに選択の一つではあるけど、僕の目には君は未だ、赦されたがっている様に見えるよ?』 思いの外に優しく届いた声音に、マサオミは目の前のキバチヨを見上げた。 「俺は…、沢山の闘神士を倒して、リク達を裏切って、ヤクモを裏切って、倒そうとまでして」 噛んだ歯と歯の間に苦い気持ちが拡がるのを感じ、マサオミは顔を顰めた。これは懺悔ではないのだ。キバチヨに赦しを、その確約を云って貰いたい訳ではないのだ。仮にそうだとしても、そう縋る事は間違っている。 俺が、答えを見つけなければならない。 俺が、割り切るならば割り切らなければならない。 俺が、考えなければならない。俺がどうするべきなのかを。 「俺は」 呟いた刹那、何処からか吹いた風が花を一斉に薙ぎ倒して揺れた。頬にかかる長い前髪が揺れて、涙の筋に貼り付く。 散って見える花弁は、その実全く数秒前と姿を変えていない。 此処は停滞した封印の場だ。解き放たれる迄ずっと、一秒前一瞬前と同じ形を、時間を不自然に保って在り続ける。 此処は千二百年の刻を変わらず。ずっと、マサオミを待っている。 「……もう一度、いや、未だ、諦めて仕舞う事なんて出来やしない」 リクやヤクモの心を無駄にして、マサオミが此処で果てる事を選んで仕舞えば、この封印も、救われないウスベニ達も、残されたタイザンも、消失したウツホも、マサオミが今まで裏切って来た全てのものが、本当にただの無意味と成り果てる。 「俺は。赦されたい。赦してなど貰えないかも知れないが、俺は…、多分、あそこに。──天神町に、彼らの許に、帰りたいんだ」 『家族』の許に。帰りたい。 自然とマサオミの口元は微笑みを浮かべていた。貼り付いた髪ごと涙を拭って、決然と前を見る。 赦される事を望んでも良いのか。否、赦されなければ赦して貰わなければならない。 それすらをも投げ出して仕舞ったら、永遠に罪滅ぼしなど出来ない。永遠に赦されない侭のマサオミと云う存在が、彼らの中に残り続けて仕舞う。 本当に罪と思うのであれば。彼らに赦される為に生きるべきなのだ。 あの偽りの生活に幸福を或いは憶えていたのであれば──それは逆に、皆もそうであった筈なのだから。 その時に感じていたこの幸せを。この思いを。本当の事だったのだと伝える為にも。 『やっと、君の決意を聞けたな。久し振りだよ、ガシン。マサオミ』 二つの名前に思いをそれぞれ乗せてそう笑うと、あの頃のようにキバチヨがそっと手をマサオミへと伸べて来る。躊躇わずにその手を取って、マサオミは頷いた。強く。 「………ああ、そうだな。こんなに嬉しさを憶えるのも久し振りな気がするよ、キバチヨ」 そして最後にもう一度、呪いの大地を見つめ──その中へと封じ込められた、姉や子供達の姿を思い浮かべた。 いつだってそうだった。気付いた時には全てが遅すぎたから。 今度は躊躇わずに手を伸ばした。──きっと、待っていてくれた。 開いた鬼門は、見慣れた天神町の社だった。 その情景を思い浮かべる前に、目の前に立ち尽くしている青年の姿に気付き、マサオミは微笑を浮かべようとして失敗した。泣き笑いの様な顔になって、目の前の、琥珀色した真っ直ぐな瞳を見る。 彼の傷や疲労の程度が軽いとは、当事者として全く思っていない。紙の様な顔色で然ししっかりと立っているヤクモをマサオミは同じ様に真っ直ぐ見返し、それからその肩の向こう、社の下に集まっている、リクの笑顔やソーマとナズナの複雑そうな視線、ボート部の子らの安堵の表情を順繰りに見遣った。 そして最後にもう一度、眼前のヤクモへと視線を戻せば、丁度琥珀色の瞳が逆光の中で静かに閉じられた瞬間だった。溜息に似た呼気を吐き出してから、その目蓋がゆっくりと持ち上がる。 ほぼ同時に、前触れもなくその左腕が動いた。拳を作った腕ごとヤクモの身体が僅かに引かれ、次の瞬間マサオミの頬に鈍い衝撃が走っていた。相手も満身創痍だからか、威力は想像した程に無かったが、何となく予想はしていたのでマサオミは目を閉じて、衝撃に逆らわず尻餅をつく。 そこに、後を追う様に膝をついて座り込む。殴った当人の姿。 怪我人なんだから無茶するなよ、とマサオミは云ってやりたかったが、口の中に僅かに拡がった錆の味に邪魔をされて言葉にならない。 社の外からリク達の驚いた様な声が聞こえたが、それ以上の殴り合いに発展しそうにはないと判断されたのか、辺りはひととき静まりかえる。 新しい建材の臭いがする、少々埃っぽい社の空気を肺に溜め、マサオミがゆっくりと殴られた顔を正面へと戻すと、酷く穏やかなヤクモの表情に出会う。 「……皆に散々心配をさせたんだ。このぐらいは当然と思え」 皆、と云う言葉に、マサオミは不覚にも歓喜の眩暈を憶えそうになった。何とか堪えたらそれは苦笑になって昇る。 「リクや、モモちゃん、リナちゃん、リュージ君?」 一人一人数えて云うと、ヤクモは首を振った。少し憮然と云う。 「足りない」 「……ナズナちゃんや、ソーマも?」 「まだ、足りない」 「…………コゲンタ、フサノシン、ホリン、も?」 「足りてない」 と云う事は、ここまでの全員は間違いがないのだ。不審や不満があれど、彼らは恐らくあの場を去ったマサオミの身を案じてくれていた。 泣き笑いの様な表情で、マサオミはそっと、眼前に座り込むヤクモの方へと手を伸ばした。そう云えば、赦す・赦さないの以前に、彼ばかりは始めからマサオミを『識って』いたのだったと思い出し、無性にその存在に甘え、溺れたくなる。 「……………………アンタも?」 「ああ。当たり前だろう。『皆』。全員だ」 躊躇って云ったのにはっきりと返され、マサオミは気恥ずかしさを誤魔化す様に笑った。 俺は、このひとたちに赦されたいのだ、と──心底、思えた。 嘲った筈の家族ごっこ。でもそれは幸福だった。楽しかった。優しく穏やかな時間だった。 いつだって、気付いた時には遅かったなどと。下らない諦めの常套句だと思って、笑い飛ばす。 (赦されたいから、戻って来れた。だから、遅くなんてない……だろ?) 神操機に密かに触れるが、キバチヨからは苦笑の気配が返るのみだ。恐らく「今更気付いたの?」とでも思っているのだろう。 「マサオミ」 静かにかけられた声に注意を向けると。穏やかな微笑みを浮かべるヤクモがそこにいて、半端に伸ばされたマサオミの手を取って云ってくる。 「おかえり」 受けた掌が、目の縁を弛めた表情がそう、告げた言葉に、マサオミははっとなって顔を上げた。ヤクモだけではない。そこに居る皆が云う。「おかえりなさい」と。 なくしたものが戻って来た。うしなったものもきっと戻って来る。そんな感覚にひととき満たされ、だから溢れた涙を止められなかった。 君はやっと帰って来れたんだよ、と、神操機の中のキバチヨが優しく囁く。 泣き笑いの顔をくしゃりと歪めて、マサオミは差し伸べられた手へと縋る様に、ヤクモの肩に頭を乗せて、只泣いた。 最終回での皆の帰還は本来バラバラで、天神町に戻って来たのはリッくんだけだろと何度も理解しておりますが都合なのです。ソーマは東京からフサノシンにぶら下げられて急いで飛んで来たんです。そう云う事で脳内補完。 ……にしてもあの辺り何度見ても引き擦られていく伝説さんの御姿に笑いが止まりません。MSSの皆さん縋り過ぎ。て言うかMSSの人々に連れて行かれたとなるとヤクモさん東京に出てた可能性高いのでは…。 未だ終われないから、今の『果て』には救済を。 |