第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権 の後



 「カバティイイイイイイイーーー〜!!!!」

 夏には未だ早い晴天の空の下、休日。気温は暑くもなく寒くも無い程良さで、実にスポーツに適した日和であった。晴れてさえいれば過ごし易いこの季節。運動会の多くがこの時期に開催されると云うのも頷ける。
 そんな恵まれた天候下にあったからか、河川敷にあるスポーツなどを行う事を目的とした広場からそんな絶叫が噴き出した事に気を留めた者は、河原を散歩や運動の場として使っている人々のほんの一部しかおらず、また彼らも次の瞬間には誰もが何事も無かった様にその叫び声を忘れた。
 言葉としては充分特異な叫び声ではあったのだが、その内容まで吟味した者がいなかった、と云うのが正解かも知れない。歓喜の、或いは応援の為の大声は種類を違えど、こんなスポーツ日和にはあちらこちらから聞こえて来ていたからである。
 ともあれ。日頃は草野球やゲートボールを初めとする団体競技が行われたり、はたまた家族サービスで連れ出された父親が子供の鬼ごっこの相手などをしている、それなりに広く取られた敷地の内側では──周囲の長閑さや日頃の使用用途を裏切る程に殺伐と、そして何よりも全身全霊を懸けるかの様な真剣な空気と異様な緊張感とに包まれた、見た目にも年齢的にも今ひとつ共通点の不明瞭な四者が対峙していた。
 云う迄もなく、それは千と二百年前からわざわざこの為に戻って来たのだと豪語した主催者曰くの『第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権』に参加する事となった闘神士四名、内訳で云うなら天地宗家一人ずつと神流一人、天流属伝説一人である。
 「ユーマ君、まだ負けた訳じゃないよ。次の防御でヤクモさんを捕まえて点を取り戻そう!」
 「貴様に云われなくとも解っている…!この俺が、ミス如きで点を奪われ敗北するなど……そんな事があって堪るか!!」
 「うん、その意気だよユーマ君。頑張って!」
 天流宗家太刀花リクと地流宗家飛鳥ユーマ。両者合わせて通称『チームTHE宗家』。
 嘗ては色々と確執もあり闘神士として幾度も刃を交えた同士だが、それ故にか互いの実力は認めている、と云った節がある。
 ユーマのリクへの云い種は同じチームとしては些か乱暴であるものの、リクの方はそれで慣れている為にか特に気にする素振りもない。汗を乱暴に拭いスポーツ飲料のボトルを傾けるユーマを、真剣に励まし応援している。
 対するは必然的に組む事となる残り二名。『チーム17歳』その名の通りに、単に同い年であったからと云うだけの理由が否応無しに伝わって来る、神流闘神士大神マサオミと天流闘神士(但し伝説)吉川ヤクモ。ちなみにチームの命名主は当然ヤクモの方である。
 この両者も嘗ては色々面倒な関係にあったと云えるが、今は同年代同士の誼みからか適度に気を合わせており、同じチームとして組む事にも異存は無い様だった。
 本来ならば年齢的に最大で四つも開きがある以上、体力や体格差などの事も併せたチーム分けをすべきなのだが、「面倒だから宗家とそれ以外で良いんじゃないか?」と云うマサオミの色々な下心が見え隠れする一声に「年齢差などハンデにもならんと云う事を教えてやる」とユーマがあっさりと同意して仕舞ったのもあり、この様な分け方となっている。
 その『チーム17歳』達は今、休憩時間と云う事もあってリクやユーマとは少し離れた場所に佇んでいた。
 スポーツ飲料の入ったストロータイプのボトルから必要量だけを黙々と吸い上げ、小さく息を吐くヤクモの背後には、移動式のスコアボードが置いてある。点数のパネルを交換するものではない、上下二行に分けられた黒板にはチョークでそれぞれ『正』の字が刻まれていっている。
 二つの行に書かれた差は目で見て明かな差がある。『チームTHE宗家』の方の点数がどうにも奮わない様だ。
 もう少し上を見れば、そのスコアボードに試合のタイトルが、同じくチョークで書き込まれているのが目視出来る。
 『第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権 カバティ対決』と。
 その、あからさまにその侭なタイトルを何となく読み直してから、マサオミは手にしたタオルを、その競技の提案者たるヤクモへと、不要かもなと思いながらも手渡した。
 「ありがとう」
 一応は素直に受け取り礼を述べるヤクモの様子は平生のその侭である。とても今し方まで激しく走ったり跳んだりしていた人間とは思えない。一応は汗ぐらいかいているらしく、マサオミの渡したタオルで髪の生え際や首の後ろを叩いているが、息を切らしたり疲れきっている様子は全く見受けられない。
 カバティのルールにマサオミはそう詳しくも無かったが、ヤクモが真顔で(しかも珍しく熱く)『肉体を酷使し高度な戦略を要求する格闘技』だなどと語っていた通りのスポーツ…と云うより運動量ではあるなと、一応は認めていた。──が。
 「に、してもアンタも、カバティとは面白い提案をしたもんだね〜。リクはともかく、ユーマの奴は案の定マジになっちゃってるじゃないか。いやー面白いもんだ」
 くつくつと喉奥で悪戯っぽく楽しそうに笑って云うマサオミへと、今正に言葉通り、休憩時間である筈がコート内で「カバティ」と真剣に連呼しながら身体を慣らす様に動き回っているユーマの姿を目元を少し弛めて見ていたヤクモが、きょとんとした様な表情を向けて来る。
 「? 何の事だ?」
 「……? だから、カバティ。アンタにしちゃジョークが効いてるって云うかユーモアがあるって云うか」
 そもそもマサオミの認識としては、カバティとは一種の『笑えるネタ』の域にあった。確か最初にその名称や知識を得たのも、テレビで笑い混じりに語られていた(或いは芸人が体験させられていた)ものだった様な気がする。
 確かにスポーツとして世に認められている競技ではあるとは知っていたが、実際に自分達がやるとなると一種の笑い話(ネタ)であると云うのが正直な感想である。
 故に、最強闘神士対決(命名『第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権』)の種目を決める際にヤクモが神妙な、然し確信を秘めた表情でカバティを推した時は──その後の、勝負事にムキになるだろうユーマの姿や、持ち前の純真さで真剣に取り組むであろうリクの姿を思い浮かべ、これは面白い事になりそうだ、と云う意味でマサオミは賛成票を投じた訳なのだが──
 「何を云ってるんだ?」
 酷く真顔で、そんな不埒な思考の結果ここに居るマサオミを見返しているヤクモの様子は表情通りに真剣そのもので、マサオミがカバティと云う競技と現状とに対して得ている『後輩共が面白い事になっている』などと云う感想とは大凡無縁と云えた。
 「……………いや…、ナンデモナイデス」
 「? 変な奴だな」
 思わず気まずくなってカタコトで返すマサオミを暫し不審そうに見遣ってから、ヤクモは再度ストローを銜えた。スポーツ飲料を吸い上げながらコートの方へと戻す目線には、後輩を見つめる様な頼もしい類に加えて、敵を見定める戦士の鋭い意識も内包している。
 そこにはマサオミが考えていた様な『笑い事』は一切無く、どうやらヤクモは『素』でカバティを、闘神士としての技倆を試す競技であると思っているのだと云う事実ばかりが伺えた。
 (……って云うか何でカバティ……)
 ヤクモの思考は天然域に謎だなと今更の様にそう思って、マサオミは温い苦笑を浮かべた。闘神士と云う存在とカバティと云うスポーツと、どうにもどうやっても一致しない。ヤクモ曰くの『肉体を酷使』、『高度な戦略を要求する』、と云う部分も今ひとつ腑に落ちる様な落ちない様な。どちらかと云えば落ちない。と云うか闘神士としての技倆を量る競技=カバティと連想されるその思考回路も全く理解出来ない。
 …………と云うより、そもそも何故ヤクモがそこまでカバティに詳しいのか、しかも強いのか。その点の方が謎である。
 そんなマサオミの裡の疑問には全く気付かぬ侭、腕時計に視線を落とし休憩時間の終了を見たヤクモが、スポーツ飲料とタオルとを置くと恰も死地に赴く戦士の様な表情と気配とを湛えてコートへと進み出て行く。
 「遅かったな。俺はいつでも行けるぞ。先程の屈辱は必ず晴らしてみせる!」
 「うん、頑張ろうユーマ君!行きますよヤクモさん!」
 先程攻守が交代したので、今回『チームTHE宗家』は守備側である。はりきって身構える天地宗家両者に対し、『チーム17歳』攻撃者(レイダー)ヤクモは不敵な笑みひとつを向けると、首から提げたホイッスルを高らかに吹いた。
 「行くぞ、リク、ユーマ!」
 勝負の始まりを告げる合図に天地宗家がそれぞれ動き出し、それを油断無く見据えながらヤクモもまた地を蹴り駈ける。無論何処で身に付けたか驚異的な早口で「カバティ」を唱える事は忘れない。
 火花さえも散らすその戦いの有り様をどこか生温い眼差しで見物しながら──マサオミはここに来て漸く、この勝負方法は何かが間違っている気がするな、と気付くのであった。
 
 *

 「……なんだと?」
 かつ、と鋭い軌跡で『正』の字の最後の一画を刻むヤクモの姿を、荒い呼吸と共に肩を上下させながらも忌々しげに見ていたユーマがそう云い振り返る。
 「だからさ、カバティ勝負では俺達『チーム17歳』の勝利だったが、これだけで最強闘神士を決定しようと云うのはちょっと早計だろう矢張り」
 あれから試合の合間に色々と考えた末の、マサオミの再びの提案である。
 「え…、でもカバティこそが最強の闘神士を決めるのに相応しい競技だって、マサオミさんも云っていたじゃないですか」
 それはカバティと云うヤクモの提案に『面白味』を見出したマサオミの適当な意見だったりするのだが、そんな事はおくびにも出さず真剣な表情を形作って言う。
 「俺も当初はそう信じていたんだが、この結果や皆の戦績を見るからに、余りにヤクモに有利過ぎたんじゃないかと思えてな」
 その辺りの内心が看破されると後が怖いので、適当にそれっぽい事を並べて嘯いておく。
 即興で定めたルールに因りカバティ勝負は先に20ポイント先取したチームの勝利としており、今ヤクモが刻んだ『正』の字は丁度その20ポイント目だ。つまり『チーム17歳』の勝利を示している。ちなみに『チームTHE宗家』はその半分にもポイントを満たせていない。
 付け加えれば、『チーム17歳』の勝利となった20ポイントのその殆どをヤクモが稼いでいたのは云う迄もない。
 このあからさまな結果から見ても、人並み以上の体術を身につけており、それに適した体力をも併せ持つヤクモの独壇場に近かったのは確かである。
 これは元よりカバティの経験者であったから、と云う以上の利点がヤクモにあったと云って良いだろう。
 そのマサオミの思考を見抜いた様に、ヤクモは少し神妙な表情で頷く。
 「……そうだな。カバティはリクには年下なのも併せて体力的にも少々不利だったかも知れないな」
 とは云え、今回は個人の得点を競うルールでは無い。故のチーム分けだったのだが、それもまた『宗家同士』だの『同年齢』だのと云ういい加減な区分けだった。これでは公平ではないと云われても仕方あるまい。
 「このぐらい部活で慣れてますし……それに、ちょっとキツかったけど面白かったですよ?」
 「それは何よりだが、一応これは『勝負』が目的なんだ。今回のカバティの結果も後々総合評価に加えるとして、次は全員が公平に戦える様な種目を選んだ方が良いだろう」
 暢気に云う当のリクに苦笑しつつ、マサオミはそう云って一同を見回した。
 「……ふん、情けなどだったら切り捨てている処だが、そう云う事ならば次の方法を考える必要があるな」
 カバティで散々な結果になった事が悔しいのか、然し雪辱を果たせるかも知れない次と云う機会に目を光らせるユーマ。
 「俺も別に構わない。闘神士としての技倆を量る勝負方法をカバティだけと定める心算もないからな」
 勝利を収めた立役者の割には疲労も高揚もなく、次をあっさりと受け入れるヤクモ。
 「やっぱり、喧嘩とかにならないなら何でも良いですよ」
 一応は心配しているのか、釘を刺す様に次の許可を出すリク。
 三者の意見を順繰りに確認すると、マサオミは何処か疲れを感じながらも頷き直した。
 「よし、決まりだな。ではこれより、『第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権 二回戦』を開始する」
 心得たとばかりに首肯を返す一同は、一回戦の時同様、先ずは互いに闘神士としての技倆を公平に競える種目と云うものの相談を開始する事にしたのであった。
 

 
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 一回戦・カバティ
 勝者:『チーム17歳』大神マサオミ&吉川ヤクモ
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サントラ2のその侭続き妄想。
ヤクモの提案が余りにも素なのに対してマサオミのノリがどうにも胡散臭く思えてたんですよ…!「カバティだが?」の云い種とか「おお、何と云う早口」とか!一応正式名称はカバ「デ」ィらしいですが、ドラマ内容に合わせてカバ「テ」ィで通します。
遡ればマホロバ一派ではカバティが修行の一つで、モンジュ経由でヤクモもカバティ修行していたとかそんなオチとか。