第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権 六、七回戦



 「トランプはもう止めだ。他の勝負方法を考えよう」
 カードが傷んで仕舞ったから、と云う理由よりも、どうにも己の得意分野ではないと判じたマサオミの漸くの結論である。丁度ネタも尽きていた処だからか、三者も素直にそれに同意した。
 「うーん、じゃあ久し振りに身体を動かす方面はどうでしょう?スポーツって程じゃない様な……例えばかくれんぼとか、缶蹴りとか…」
 「…………あまりなあ。ヤクモとか符を使ったら一生見つけられなさそうじゃないか。追いかけっこの類でも何だか終わりそうな気がしない」
 類に因るかも知れないが、結局運動能力がものを云う競技となると、年齢的にも向き不向き的にもユーマとヤクモが圧倒的な有利になる。リクは人並み程度には、マサオミは人並み以上には動ける自信はあるのだが、持久力ならば兎も角技能までもが合わさるとなると如何んせん適う気が全くしないのが現状である。
 ……か、と云ってこの二人、頭脳戦は駄目かと思えば全くそうでもないからタチが悪い。
 だからと云って負けを認める気には全くなれないマサオミは、何とか自分に有利な勝負方法はないかと思考を必死で巡らせるのだが──
 「利き酒とか」
 「僕たち全員未成年ですってば…」
 「山手線ゲームはどうだ」
 「しりとりの二の舞になりそうだな」
 「料理勝負とか良いんじゃないですか?」
 「……駄目だ。多分皆まだ死にたくはない筈だ」
 「テルミンはどうだろう」
 「待てそれは一体どう勝負するんだ!て云うかアンタ演奏出来るのか!?」
 ………どうにもまとまりが出ない。四名とも微妙に疲労を感じている為か、出るアイデアも今ひとつである。
 双六…賽は運任せ。
 オセロ、将棋…約一名戦略に於いては怖いのがいるので却下。
 ダーツ…闘神符投げのコントロールを見るとこれも怖いので却下。
 あやとり…勝敗がつけられない。
 シガーボックス…勝敗と云うより宴会芸。
 ルービックキューブ…これもリク辺りが運良くさっさと完成させる様な気がする。
 頭に色々と浮かびはするのだが、何れにも反対意見が返る。残り時間の猶予も少い今となっては、出来る事なら確実な勝利を収めたい処なのだ。
 「今まで、総合=カバティ、知力と記憶力…と忍耐力=しりとり、集中力と運=神経衰弱、戦略性=七並べ、反射神経と瞬間判断=スピード、と来ているんだ、そろそろ力……即ちパゥワーを競うべきだと俺は思う」
 どん、と円座の真ん中に腕を出して云うユーマ。どうやら当初の予定通り、腕相撲と云いたいらしい。
 「……しかしなあ、それだと、」
 「確かに。印を切るのに力は不要だが、闘神士の基礎体力や式神がいなくとも戦う事を想定すれば、力を競うと云うのも間違いではない」
 何となく見えた結果に抗弁を募るマサオミを押し退ける様に、ヤクモがやっぱり同意して頷いた。
 段々ヤクモの云う闘神士の定義とは何なのかと疑問に思えて仕舞うマサオミである。然し面倒なので敢えて問いはしない。
 「うーん。やるだけやってみたら良いんじゃないですか?」
 そして頼みの綱のリクも、次のアイデアが他に浮かばない以上は同意する事にしたらしい。
 これで多数決。六回戦は腕相撲となった。
 
 
 「パゥワァァァァアアーッッ!!!」
 案の定。総当たりで先ず組まれたユーマ対リク、そしてマサオミは次々にその勢いと力とに見事ほぼ一瞬の敗北を来すのであった。
 マサオミは奮闘し一瞬拮抗したものの、両眼に炎を灯して込められる筋肉の力──否、パゥワーには敵わず、結局負けを余儀なくされた。ちなみにリクは当初より問題外だった様だ。
 そんなに筋肉がついているとも思えないのに、恐るべし飛鳥ユーマ。滝の水を支え続けた特訓は伊達ではなかったらしい。
 さて、ユーマの快進撃の先に残るは、ヤクモのみである。総当たり戦なのでこの戦いが終わっても未だ終了ではないのだが、両者既に決勝戦、或いは最終回と云ったムードを湛えて睨み合っている。
 「伝説だか最強だか云われている様だが……真のパゥワーは地流宗家にこそありと云う事を証明してくれる」
 「力だけで全てを勝てると思うな。──その考え、叩き直してやる」
 卓代わりのスツールを挟んで早くも臨戦ムード全開の両者を見上げ、リクが苦笑しながらその間に進み出る。本当ならば遠巻きに見つめていたい処だが、マサオミ共々ジャッジの役割を担っているのでそう云う訳にもいかない。
 「……オッズはどの程度かねぇ」
 「うーん…、やっぱりユーマ君の方が有利な気がしますけど…、こう云う勝負でヤクモさんが負けるって云うのも想像がつかないんですよね……」
 ジャッジ二人の視線の先で、スツールに肘をついた両者の右腕同士が組まれる。その間に手を入れ、リクは左右から伝わる緊張感と戦意とに冷や汗をかきつつ、「それじゃあ」と小さく促した。頷く両者。
 「行きますよ。──レディー…、ゴー!」
 「──!!」
 宣言と同時に離れるリクの手。組まれた両者の手指が力を込められ固まる。
 「な……、なんだと!?」
 スツールの上には肘への負担を和らげる為にクッションが一枚入れてある。更にその下には滑り止めにゴム板を敷いたのだが──、その上に乗せられがっちりと組まれた両者の腕は、然しどちらにもぴくりとも動かない。
 ユーマの方がパゥワーを込めているのは間違い様なく、肩が怒り上腕二頭筋が脹れている。だ、と云うのに、相対するヤクモの腕は未だ揺らぎを見せていない。
 「…云っただろう、力だけが全てではないと…!」
 マサオミは直ぐに事態を理解する。ヤクモは腕力でユーマを抑えているのではなく、巧い具合にその力を全身で受け流しているのだ。然し座していると云う不自然な体勢もあってか万全ではないらしく、その額には薄く汗が滲んでいた。
 「こ、これは一体…!?」
 純粋な膂力ではなく、然し完全に拮抗状態にある両者を交互に見遣り、リクが戦いて問いてくる。
 「…………あー、うん。よくある『巧く力を殺して抑えてる』状態なんだろうねぇ…」
 「知っているんですかマサオミさん──!」
 「お約束ありがとなリク。でも俺ハゲてないから勘弁してくれ。ともあれ力を真っ向から止めるのは同じく力しかないが、それだと純粋に力負けする方が敗北するだろ。だからヤクモは……って段々面倒になって来たな…──〜兎に角だ、細かい理屈はさておいてユーマの真っ向からの力を巧いこと腕の膂力じゃなく全身に受け流してるんだよ。まぁ奴らは人外、漫画の世界だから余り深く突っ込まないでくれ。『こう云うもんだ』で納得した方が良い。
 元から力技より合気道みたいな柔術に特化してるからな、ヤクモの場合は。よく抱きつこうとして触れた瞬間に投げ飛ばされたもんだ…。
 まぁでも別に格闘ジャンルでも無いし筋肉バトルが本分でも無いから、どうでも良い気満々なんだよな、俺……」
 リクの天然真面目な驚き方に実に温度の低い返答を返すと、マサオミは昼食のサンドイッチと共に供された紅茶をずずりと啜った。本音から云うと、こんな別世界を展開している人外共はもうどうでも良かった。
 「く、くそおおお!負けるか…!パゥワアアアア!!」
 「ッく……、」
 中腰になりかけながら更に込められるユーマの力に、ヤクモが呻いた。腕が僅かに傾きを見せる。
 どうやらユーマの真正面からの力を殺す事には成功している様なのだが、それが限界であり、ヤクモの方も反撃を相殺されている状態らしい。完全な拮抗状態。こうなったらもう、先に力尽きた方が負けである。
 「云った…だろう、力だけでは、勝てはしない、と……!」
 ぐぐ、と傾きかかるヤクモの腕が止まった。が、ユーマを押し戻すには至らない。力を殺してはいるが、状況を打破するのにはどうしてもこれ以上の膂力が必要であると云う膠着状態に、ヤクモが唇を噛んだ。
 「ううううううおおおおお……!これならどうだ…ッ、パゥワァァァアアアア……!!」
 不意にユーマの込めていた力が一瞬抜けた。途端、真っ向からの力圧しを防ぐ事ばかりに神経を総動員させていたヤクモの力の均衡が僅かに崩れる。
 その隙は秒に満たない程度の空隙。然しここに来てそれを逃すユーマではない。彼のパゥワーの顎は既にヤクモの喉笛に食らいついたも同然──
 「──ッ!!」
 だん、と云う一際大きな音。目を見開き見つめるリクの前で、ヤクモの右腕はユーマの右腕に因ってスツールへと叩き付けられていた。
 「──」
 一瞬呑まれる息。そして。
 「しょ、勝者ユーマ君…!──凄い、ヤクモさんを負かしちゃうなんて……!」
 ジャッジであるリクの勝利宣言を受けて、ユーマはゆるりと腕から力を抜いた。いつの間にやらかいていた汗を拭い、勝者の──ばかりではない、酷く満足そうな笑みを浮かべる。
 遅れて、激しい技倆のぶつかり合いに紅くなった腕を軽く回しながらヤクモもまた身を起こした。
 「……見事だ、ユーマ。お前のその力は確かなものの様だな」
 「貴様こそ。この俺のパゥワーを止めるとは、大したものだった。咄嗟に機転を利かせる事が出来なければ、或いは負けていたのは俺だったかも知れないな……」
 ふ、と互いに爽やかな笑みなどを交わし合うと、握手ひとつ。
 そんな様子を、マサオミはすっかり生温さに加え乾ききった微笑みで見送っていた。
 「予想通りカバティ途中までの焼き直しだったなこれ……。総当たりする迄もなく俺は三位でリクは四位なのも明かだし?──……さて次は何の種目にするかねえ……」
 
 
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 六回戦・腕相撲
 一位:飛鳥ユーマ、二位:吉川ヤクモ、三位:大神マサオミ、四位:太刀花リク
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 気付けば時刻は少し早い夕飯時となっていた。
 マサオミが密かに内線でソーマに手配した通り、爽やかな少年漫画的空気を湛えていた室内へと、一つの、嵩の高いビニール袋が運び込まれて来る。
 ちなみに秘書には相変わらず関わる気はないらしく、入り口で荷物を手渡すなり挨拶もそこそこにそそくさと退室していって仕舞った。
 さて、そうして運ばれて来た、薄い黄色をしたポリ袋の表面には、どこかで見覚えのあるロゴがプリントされている。
 「……マサオミさん、これってまさか……」
 云いながら、リクが袋を開け、中に積まれていた箱を取り出す。
 「ああ。その通りだ」
 四つ。室内に居る人数と同じ数だけのPSP製の小箱が、袋から取り出され卓の上へと並べられていく。
 「牛丼…ですよね。ハッピーチェーンの……。ひょっとして夕食ですか?」
 「夕食を兼ねようと思ってな。ソーマに頼んだんだ。ちなみに只の牛丼じゃないぞ。本当なら店でしか食べる事の出来ない特盛りだ」
 「下らん事をいちいち頼むな…。まあ良い、丁度腹が減っていた処だ」
 「待てユーマ。マサオミ、兼ねる、と云うのはまさか……」
 云うなり割り箸を手に取るユーマを諫める様に軽く腕を振ると、ヤクモは酷く不審そうな表情で四つの牛丼と四人の人間とを見た。
 その動きに釣られる様に、リクとユーマもまた順繰りに牛丼を見遣り、そして三者の視線は悠然とそこに立つマサオミへと集中する。
 全員の注目を待っていたかの様に、腕を緩く組んだマサオミはふっとニヒルに笑った。
 「その通りだ、ヤクモ。最終決戦は──特盛り牛丼の早食いで行くぞ」
 
 *

 でん。そんな脳内擬音と共に、四角い卓のそれぞれ辺を囲んだ四者の前に配置された、如何にもテイクアウトと云った風情のPSP製容器。蓋はまだ開けられていないが、温かさを充分に湛えた内部からは牛丼屋の香りが漂って来ている。
 容器の側面には、丸の左右に水牛の角の様な形を配置をした図形が描かれている。恐らくは牛の意匠なのだろうそれは、全国的に食堂チェーン店展開をしている有名店『ハッピーチェーン』のシンボルマーク。
 丼物をメインとした軽食を取り扱う店であり、国産の信用に於ける材料を使っていると云うのに異例の安価を打ち出し、故にか殆どの商品に日限定数が定められており、愛好家は日々並んででも購入する事を躊躇わない。
 店の所在地域に因っては、ご当地食材を用いた地域限定食も数多く存在し、その全てを網羅する事は非常に困難らしい。
 そして無論の事、味もこう云ったチェーン店にしては珍しく良質だとかうんたらかんたら。
 以前マサオミが熱弁を延々振るっていた、うろ覚えの知識からそれらの情報を思い出しながら、ヤクモは卓の上の四角い容器を眺めていた。
 容器の前には同じ意匠の印刷された紙袋に包まれた割り箸。横にはプルトップの開けられた日本茶の缶。このお茶もまたハッピーチェーン前或いは中にある自販機でしか購入出来ないものだと云う。
 「…………早食い、か……」
 それらをぐるりと見回してぽつりと呟くヤクモに、うむ、と意味もなく偉そうに頷くマサオミ。
 「その為に、頼み込んで特別に特盛りをテイクアウトにして貰ったんだ。良いか、この特盛りはワンコインとは到底信じられん程に量、味共に充実した逸品。俺達の勝負の締めに相応しいとは思えないか?」
 「御託はもう良い。要するにこれをいち早く食いきった奴の勝ち、と云う事だろう」
 「あの、このお茶も飲み干すんですか?」
 「まあそう云う事になるな。お茶の方は別に空けなくても良い。勝負は飽く迄、特盛り牛丼の早食いだけに限る。流し込むのに使っても、勝利の余韻に浸ってゆっくり干すのでも問わない」
 下らない勝負だ、とばかりに眉尻を上げて云うユーマと、確かめる様に問うリクとに答えてやってから、マサオミは「さて」と卓に向かった。
 「では、勝負は、いただきます、で開始だ。良いな?」
 「……結果が見え透いている気がするがな……」
 ヤクモの小さな呟きは、マサオミの耳にのみ辛うじて聞き取れる程度の声量。
 「まあ勝負は勝負だからな。さて──」
 いけしゃあしゃあと返す笑顔を半眼で見返すヤクモ。つい先日マサオミ当人に連行されたハッピーチェーンにて、同メニューを恐ろしい速度で平らげる有り様を見せつけられている為に、その表情から戦意は薄いが──確かに勝負は勝負である。思わず漏れる溜息。
 「「「「いただきます」」」」
 唱和と同時、四者は素早く目の前のPSP容器へと手を伸ばした。蓋を取り割り箸を居合いの如く引き抜くと、白米の上にこんもりと盛られた牛肉と玉葱とに突き立て──
 「ごちそうさま」
 「早ッ!!!?」
 「……矢張りな」
 僅か三度ぐらいしか口と牛丼とを往復していない様に見えたと云うのに、既にカラになった容器を前に悠然と言い切っているマサオミの姿を見て、ユーマが頬を膨らませながら表情を引きつらせる。既に予想済みだったヤクモは驚きもせず、黙々と口に牛丼を運んでいく。
 箸の動きが余りに速すぎて三度しか往復していない様に見えたのか、それとも一度に大量を運んだのか。別にどちらでも良い。
 と──
 「ごちそうさまでした」
 「「何ぃいいい!!!?」」
 二番目に上がった声(勝利宣言)にまたしても引きつるユーマと、素で驚きを隠せないヤクモ。云う迄も無い事に、その注目の先は太刀花リクその人である。
 「美味しかったですよ、マサオミさん」
 「それは良かった。だがこの特盛り牛丼は矢張り店で食うのが一番だからな。今度暇があったらボート部の皆とでも食いに行ってみてくれ」
 「そうですね。…リュージ君はきっと「野菜が足りてない」って怒りそうですけど…」
 などと暢気に遣り取りを交わす勝者二名を見て、ヤクモは白米と共に奥歯を噛んだ。
 「仕舞った、すっかり忘れていた……!」
 そう──太刀花リクはその穏やかそうな見た目を裏切り、食事の速度が早く、しかも存外に大食いなのだった。
 以前伏魔殿でナズナやソーマと共に修行に入った際に、モモが作ったサッカーボール大のおにぎり(?)をリクはなんと僅か数口で平らげた事があり、その場に居合わせたヤクモもそれは目にしていた事だったのだが──あれから色々とあってすっかり失念していた。
 思わず呻くが、はっと我に返り、箸の動きを再開させる。ヤクモと同じ様に呆然としていたユーマもほぼ同時に動き出している。
 この際三位には何が何でも収まりたい処だと云うのは両者共通の意識。慌てて牛丼を掻き込んで行く二人を後目に、のんびりと茶を啜りながら満足そうに笑みを湛えるマサオミ。漸く得る事となった真っ当な勝利に浸る様に。
 ヤクモはがっつかなくとも食事は早い自負はあったが、「ぱぅわ〜!」と喉奥で呻きながら箸を動かすユーマの姿に焦りを掻き立てられていた。
 そうして二人とも懸命に箸を動かす事数十秒後。
 「「ごちそうさまでしたッ、!」」
 宣言は奇しくも同時。更に、両者共お茶の缶を手に取り、喉に詰まった白米を流し、ぜえはあと息をつく動作まで同時であった。
 「おお、まるでコントの様な展開」
 感心する様に朗らかに手を打つマサオミへと、またしても同時に上げられる凶悪な目線。
 「煩い。……これは、同着か?」
 「くそ……、貴様らに気を取られすぎたのが敗因か…!」
 「まあユーマもヤクモも同着だな。よし、結果は……と」
 己が勝利した事で既に満足なのか──或いは牛丼を食せた事で上機嫌なのか、マサオミはさっさと、今までの勝敗結果の続きにペンを走らせた。
 
 
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 七回戦・早食い
 一位:大神マサオミ、二位:太刀花リク、同位:飛鳥ユーマ、吉川ヤクモ
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六、七回戦。こう云う先の読める展開が好き。ユーマとヤクモを戦わせたら王道少年漫画(本人達は至って真面目)にしかなりませんて。
リクの早食いは口が大きくなるギャグ調のイメージが22話の所為であるんですが、マサオミは素面で瞬間的に食べ終えていると云う超人なイメージで。但し丼限定。