第一回・本当に極めきっているのは誰だ選手権 結果発表 兵どもが夢の跡。 そんな言葉を体現するかの如く、二日に渡る(ある意味で)厳しい戦いを繰り広げた闘神士たちは、戦いを終えた今、その誰もが疲労を隠せずにいた。 同時にどこか晴れやかそうな面持ちの者も若干名。苛烈な環境と精神状態に於いての戦いは、果たして彼らを成長させたと云えるのか。 カバティ、しりとり、神経衰弱、七並べ、スピード、腕相撲、そして早食い。 積み重ねた競技を列挙してみると、戦いと云うよりは寧ろただの修学旅行生の夜更かしかパーティゲームである。その羅列からは到底、あの激戦の様子は浮かべられまい。 だが、ここに『最強』を名実共に体現する闘神士が四人も揃い鎬を削り戦った──その事実だけは勝負の内容に拘わらず確かな事実であり、それが今彼らにある酷い疲労と、その陰に見え隠れする──共に戦った者達特有の連帯感の様な、不思議に馴染み穏やかささえ憶える空気を醸し出している。 命を賭した戦いの末に友情や愛情が芽生える、と云うのも強ち嘘ではないのだ(多分)。……それが仮令ストックホルム症候群の様な自意識の保護を目的とした心理的無意識下の反応であったとしても。 ともあれ。基本的に精神がタフな四名である。戦いの果ての疲労感の中でも僅かに湧いた連帯意識に然し依存する事も無用に馴れ合いを深める事も無く、どちらかと云えば全員の共通体験を余韻として抱く様な、そんな空気下に彼らは現在あった。 「さて……」 然しいつまでもそれに浸っている訳にもいくまい。そもそも今までの数々の激戦の目的は飽く迄、極神操機を覚醒させた天地宗家と神流代表プラス元より人外評価の名高い天流属伝説ら、世に『最強』闘神士と謳われる彼らの内、真に『最強』なのは果たして誰なのかと云う事をはっきりさせる為だ。 故に彼らに必要な真の『戦いの終わり』とは、激戦への余韻などではなく、結果として明言される解答にある。 ゆるりと立ち上がり、戦いの結果を連ねた件のメモを取り上げるマサオミの姿を見て、リクも、ユーマも、ヤクモも、弛緩しかかっていた意識を引き締めた。どこか気怠さも伴っていた眦に力を戻すと、各々座す位置からその動向をじっと伺う。 続けてもう一枚新しい白紙を横に、二枚とも卓の上に並べると、マサオミは手に取ったペンをくるりと回した。とん、と宣言の様に紙上から卓を叩く。 「それじゃあいよいよ結果発表と行こうか。算出方法はポイント制だ。一位が4ポイント、二位が3ポイント、三位が2〜って感じで各々今まで得た合計値を弾き出す。最もポイント数の多い奴が勝者となる訳だ。 で、最初のカバティだが、あれだけはチーム戦だったから俺とヤクモにそれぞれ1ポイントずつで、チームTHE宗家はポイント無しと云う計算で」 「……まあ妥当な所だな。それでは早速計算を始めるか」 ポイント無し、と云う言葉に僅かに鼻の頭に皺を寄せつつ、ユーマが椅子を降りて卓の前へと着いた。値踏みする様に、早速ペンを走らせ始めたマサオミを見遣る。 「次のしりとりは……四位リク1ポイント、三位ヤクモ2ポイント、俺とユーマは同位で各3ポイントずつ」 かつかつ、と白紙に書かれた四者の名の下に正の字の角が引かれていく。 「神経衰弱。四位ヤクモ1ポイント、三位ユーマ2ポイント、二位は俺で3ポイント、一位はリクで4ポイント、と…」 「……これで僕とユーマ君が5ポイントずつ、ヤクモさんが4ポイントで、マサオミさんは」 「7ポイントだ。一歩リードだな。さて次は七並べだ。四位が俺とユーマで1ポイントずつ、ヤクモは……三位で良いんだったか。2ポイント。一位はまたしてもリクで4ポイントだな」 「次はスピードか。貴様が四位、太刀花リクが三位、俺が二位、ヤクモが一位だな」 次々刻まれ形を為して行く正の字。 「……」 寝台の上で疲れた様に俯せて枕を抱え、時折指を折りつつ暗算をしていたヤクモが不意に笑みをこぼすが、集計に夢中になっている三者はそれには気付かなかった。 「腕相撲。四位がリクで1、三位が俺で2、二位がヤクモで3、一位がユーマで4ポイント」 「最後は早食いですね。えーとマサオミさんが一位、僕が二位、ユーマ君とヤクモさんは同位だったから……それぞれ2ポイントずつ、ですね」 かつ。盛大にしかめられたマサオミの表情の先で、ボールペンの動きが止まった。 「…………どういう事だ?」 それを上から見下ろして、ユーマが呻く。 紙面に並べられた正の字は、それぞれの名の下に綺麗に三つ、等しく並んでいた。 「あ、全員15ポイントで揃ってる……凄い偶然ですね」 「偶然、で済む問題かこれは!?解っているのか太刀花リク、そもそもこの集まりは四人の中で誰が最も強い闘神士かを決める為のものなんだぞ! 俺達はこの二日間あれだけの真剣勝負を繰り広げて──結果全員同着だ、などと云う事が、あって堪るか…!!」 「…………うーん、確かに不本意と云うかどうにもこうにもすっきりしない癖に結果がはっきりしちゃってる辺りがなあ…」 「でも、そもそも一種目じゃなくて色々な勝負方法で戦った末だと思えば……これって凄く妥当な結果だと思いますよ?」 「全員が闘神士として甲乙付け難い実力者であると云う事は判明した訳だからな」 勝負結果に納得のいかないユーマ同様に呻くマサオミに対し、リクとヤクモは結果に特に異論も反論も無い様だ。あっさりと頷く。 マサオミとしては「オチ」がつかなかったと云う点が若干不満だと云うのが本音だが、流石にそれを公言して仕舞う様な失態はおかさない。 寧ろ真剣に勝負の結果として物申しているのはユーマの方である。 「だから!その甲乙とやらをはっきりさせるのが目的ではなかったのか!?」 「はっきりさせようと思ったが、為らなかった。そう云う事だろう」 「そ…、それでは俺達は一体何の為に二日も戦いを……!」 頭を抱えて泡を飛ばすと、ユーマは床に拳を叩き付けてがっくりと項垂れる。 「……親睦を深める為?」 「楽しかったから良いんじゃないかな?」 「………まぁ、不本意ながらそんな所で妥協するしかなさそうだな」 ヤクモ、リク、マサオミと、各々真顔だったり笑顔だったり肩を竦めた苦笑だったりで並べられ、ユーマはその侭床へと沈没した。 * 「……へぇー。で、結局勝負はつかず仕舞いだったのか」 「うん。僕は久しぶりに皆に会えて楽しかったけど、ユーマ君の方はそうも行かなかったみたいで……」 集計から少し後。各々帰り支度を整えた所で、様子を見にやって来たソーマに軽くリクが結果を報告する。ソーマもまた最強闘神士共の戦いに興味があった様なのだが、仕事の都合でずっと身が空かなかったのだ。 「色々ありがとう、ソーマ君。あと……ユーマ君の事、宜しくね」 苦笑して云うリクの視線の先には、すっかり風化して燃え尽きている飛鳥ユーマその人の姿がある。 最強、と云う名を懸けた勝負に、地流宗家としての自負強く立った身としては、全員同点と云う結果に色々と感じるものでもあるのだろう、と適当に解釈。 一方勝負の結果から兄の様子に想像のついていたソーマは、派手な色合いの、高級ブランドで固められたスーツの肩を竦めた。パッドが入りすぎている為か大袈裟な動きに見える。 「大丈夫、兄さんならあと何時間かすれば元に戻るからきっと。丁度明日は僕も実家に顔を出す日だから、その時一緒に連れて帰っておくよ」 「そっか。一週間に一度はちゃんと家に帰ってるんだっけ。ソーマ君、忙しいのに大変だね」 「別に、大したことないよ。大変って云えばマサオミの奴こそ、千二百年前からわざわざ来たんだろ?勝負の為に。それで結果がこの割には、案外どうでも良さそうな顔して見えるけどな」 失いそうだった両親との生活をやっとを取り戻せたのだから、その程度は苦労にもならない、とは心の中で云うだけにとどめて、ソーマは誤魔化す様に話を切り替えた。少し離れた場所で何やら話し込んでいるマサオミとヤクモの方を見る。 「……うーん。マサオミさんも何だか凄く始終楽しそうだったし……ひょっとしたら、勝負とか結果とかは二の次で、実際は僕たち皆に会いに来てくれたんじゃないかなあって思うんだけど…」 「マサオミの奴が?そーかなぁ……?リクの考え過ぎだと思うけどね…」 云ってにこりと微笑むリクの姿を見上げて、ソーマは少し呆れた様に溜息をついた。 どうやら天流宗家は、心底に楽しむ事が出来たらしい。 * 「なぁ、態とだろ?」 「何がだ?」 返しながらもその問いは確信の様で、嘯くヤクモの口元は楽しそうに僅か緩んでいる。 「七並べ。あの時点じゃまだ結果まで流石に読んでたって事はないだろうが、集計の時、負けず嫌いのアンタなら異論ぐらい唱えるかなと正直思ってたんだがね。何も云わなかったのは、全員同点って結果で納得しちまったって事だろうが」 負けず嫌いのアンタにしちゃ珍しいぞ、とマサオミは少々質の悪い笑みを浮かべてヤクモの脇腹を小突いた。 全員同点、となった時点で、「七並べは順位的には二位だった」とヤクモが言い出していれば結果は一点差でヤクモの勝利となっていたからだ。それだと云うのに当人が何も異論を挟まなかったのは、負けず嫌いの性分よりも、この結果を良しと見た事に因るのだろう。 「別に態ととは云わないだろう、そう云う事は。元より俺は、闘神士として自分がどの程度の強さかに興味があると云っただけで、別にその序列や順位などどうでも良かったしな」 それに楽しかったし、と続ける天流属伝説の闘神士の晴れ晴れとした横顔をにやにやと見つめて、ちょっかいを出すべく一歩近付いたマサオミは、然し無造作に手を払われて憮然と止まる。 「〜大概負けず嫌いの癖に、後輩達の手前丸く見せてるのか?」 「お前こそ、最強闘神士を決める、などと云う名目で、存分に楽しんだんじゃないのか?」 むっとして云えば、ふ、と柔い笑みで返され、マサオミは言葉に詰まった。どこから見透かされていたのだろうかと少々額に冷や汗をかくが、表情に出さない事には取り敢えず成功。 「………まぁ別に良いんですがね。リク達もどうやら楽しんでくれたみたいだしな」 云って、ちらり、と見遣るのは、先程やって来たソーマと話し込んでいるリクの姿。そこから逆方向へ頭を巡らせてみれば、難しい年頃故に色々あるのだろう、消し炭の様になり果てているユーマがいる。 「リクは兎も角、ユーマは少し根が真面目過ぎるからな。だが、皆それなりに楽しんでくれたとは思う。そう云う意味では今回のお前は珍しく良いことを提案してくれた」 言葉に誘われる様に、マサオミは視線をヤクモの方へと戻す。丁度その瞬間、リクの言葉を受けてソーマがこちらを見遣ったのには気付かない。 ぽつりと呟いたヤクモには先程までの疲れ切った様子はもう無く、ただ穏やかなだけの空気を纏っている。 マサオミの視線から云いたい事を悟ったのか、ヤクモが小さく息を吐いた。同じ様に天流宗家と、地流宗家の両者を等しい視線で見遣る。 「……………ずっとこうだったら良いのにな」 此処に集って、遊ぶ様に楽しく『勝負』に興じた四人の闘神士は、嘗ては敵同士であったり、流派の諍いに因って断絶をされていた故に刃を向け合うしかない関係にあった。 ヤクモの云う『こう』と云うのがどの程度までを内包しているかは知れない。然し、この『結果』は嘗ての日々からは想像もつかない程に穏やかで、そして楽しい──恐らくは誰もが思いもしなかっただろう、そんな有り様でもあるのだ。 平穏を。或いは真なる意味での『戦い』の無い結果(こと)を受け入れる事が出来ている。闘神士同士が面と向かい合っても、至極平和に。 「…………………………アンタも少々難しく考え過ぎだと思うがね。ま、何なら次回『第二回』としてもっと規模を大きくして開催してみるって云うのも案外面白そうじゃ」 「────そうだ、まだ…、次もチャンスが」 「ないか?……って」 地獄の底から響いて来る様な唐突な声音に、言いかけていたマサオミばかりではなく、リクも、ソーマも、ヤクモも、思わず瞠目した。 はて、と一同振り返る先には、いつの間にやら灰色の状態から脱し、少々不敵な表情で拳を握り固めているユーマの姿がある。 「……兄さん?」 思わず声をかけるソーマに、ふ、と笑みひとつを向けると立ち上がるユーマ。 「案ずるなソーマ。次こそはこの地流宗家飛鳥ユーマこそが最強の闘神士であると、はっきりさせてやる」 「いや次って、ちょっと巫山戯て云ってみただけ──」 「丁度良い。この際だからな、極めた四名だけの勝負では物足りまい。ソーマ!今直ぐムツキに連絡を取り全国の地流闘神士を集結させろ!太刀花リク!貴様も天流の闘神士たちに今すぐ招集をかけろ! 都内のミカヅチドームで一大トーナメントを開催するんだ!正真正銘、最強の闘神士が一体誰であるのかと云う決定戦をな!!」 「いやあの……話聞けって」 マサオミの言葉になど耳も貸さず、ごうッ、と、ユーマは目に炎を灯して勢いよく言い放った。 「天流の闘神士って……、ヤクモさん以外にはナズナちゃんやテルさんぐらいしか僕知らないんだけど…」 「えー…今からやるの…?面倒臭いなあ……。ドームは確か明日は空いてたかなぁ」 すっかりその気になって燃え上がっているユーマに対し、結構真面目に返しているリクと、携帯電話をぽちぽちとやり始めるソーマ。第二回と云う提案に異論は無いのか、電話の向こうの相手とビジネスライクな会話を始めてしまう。 「て云うか結局式神がいないって事が変わらない以上…、何だ、全国の闘神士全員で雁首突き合わせてしりとりとかしちゃう訳……?」 苦笑しつつぽつりと漏らすマサオミの横には、本気で笑い転げているらしく、壁に向かって肩を震わせているヤクモ。 一同を前にユーマは握り固めた拳を天へと突き上げ、高らかに宣言するのであった。 「よし、ではこれより『第二回・本当に極めきっているのは誰だ選手権』を開始するぞ!!」 お約束のオチで。ポイントで集計は土壇場で思いついたので(…)、点数が同点に調整出来なかったらもう一種目か二種目増えてテルミン勝負とかやる羽目になってました。危ない危ない。 漢数字とアラビア数字を混ぜてる箇所が今まで何カ所かある訳ですが、見易さと云うか解り易さ重視なので、少々お見苦しいですがお許しを。 |