根拠のない確信から



 ちらり、と右腕に填めた、リストバンドに取り付けられた流派章に視線を落とす。ちょっと遠目には時計の様に見えるかも知れない、黒と白の色彩で飾られた薄い、不思議な質感をした石の板。その上に点灯した数字は──六。
 その後に続けて空白が二つ空いているのを見ると、この後は当然七、八、と続くのだろう。流派章の値はそこで一周して仕舞い、それ以上の位は無い様に見える。つまり八の位置まで達成すれば、それは最強闘神士の一人として数えられる──と言う事になるのだろうか。
 果たして八が上限か、それとも未だ上が続くのかと云う事は、実際その位階にまで辿り着かねば解り様がない。地流宗家のミカヅチやその直属の部下らも、果たして流派章が幾つであるかは一般の闘神士の知り及ぶ所ではないからだ。
 然し流派章の数字(レベル)は飽く迄目安でしかなく、実戦経験や戦闘での判断や行動が全てのものを云う。実戦に於いてそれは顕著だ。
 つまり流派章の数字が高ければ高い程強い、と云う証明には一概には成り得ないのだが、それでも流派章が上がれば部署の中での位置付けも上がるし給与や賞与も増加する。周囲の尊敬(と妬み)も集める事が出来る。
 見栄や自尊心と云えばそれまでだが、会社で成果を上げるのと要するには同じ事で、ただ地流ミカヅチグループに所属する闘神士の多くが、流派章でものを云う様に、云える様になると云うのは間違い無い。
 その事実が確かであれば、ハヤテにとってはそれだけで良かった。要はゲームの様な単純さで、勝てば何れその分の見返りが返って来る、と云う訳だ。
 『式神が敵をどれだけ倒したか』『式神と心を通わせどれだけ勝ち抜いたか』。流派章の上がるプロセスは概ねその様なものである、と云うのが現在よくある認識だ。実際それ以外の事で上がったと云うケースも多いのだが、その例は多種に及びすぎて正直の所全く参考にならない。個人差と云われればそれまで、と云うレベルだ。
 確実なのは結局のところひとつ、『式神を使い敵の式神に勝つ事』になる。
 そうしてハヤテは相棒である青錫のジュウゾウと共に今までの戦いを概ね勝利で収めて来た。地流内部でもめきめき頭角を現して来た闘神士として多少は知られており、今では社内有数の『六』位階にまで上り詰めている。
 その数字の示す通りに実力者として認められている為に、与えられる任務も危険で苛烈なものが多いし、伏魔殿内捜索部では珍しくも単独行動が認められている。
 指導職への昇進の話を持ちかけられた事もあったのだが、生活は別に苦しくないし、給料や賞与のお陰で貯蓄も充分にある。金の出費は日常生活分を除けば趣味のバイクにかける費用が殆どで、肝心の仕事(戦い)は、一人で気侭にやれる自由さがある。就業時間を選べない事を除けばそれらは全てハヤテの性分にも合っていた。
 それに、自分とジュウゾウであればどんな敵にも負ける気はまるでしなかった。実際そうやって今までずっと勝ち続けて来た。
 流派章は五の辺りから急に上がりが悪く──と言うのも変だが、今までは敵を撃破する事で上がっていた気がすると云うのに、今では幾ら敵を倒してもそうそう上がる気配を見せない。
 六はジュウゾウとの必殺技とそれを計った自分のタイミングの良さとで苦戦した敵を倒した時に灯った。それから数ヶ月は経っているが、以降上がる気配は無い。
 今も最近伏魔殿内に姿を現し始めたと云う天流の白虎使いやその一味の探索及び討伐を命じられ、伏魔殿の中をここ暫く歩き回り妖怪を撃破し続けている最中だ。割り当てられたこの近辺は未だ地流の知り得ていない伏魔殿の中の最前線に当たる区域なだけあって、妖怪の活動もそれなりに苛烈である。
 伏魔殿の内部は気力を激しく消耗する為、探索任務は最低三日に一度と云うスパンが定められている。ハヤテほどの闘神士ともなれば二日三日ぐらい連続して潜っても平気だとは思うが、社則なのでこれは仕方がない。
 『そう焦られるな、ハヤテ殿。我らなれば如何な敵にも負けますまい。そうでござろう?』
 流派章をじっと見つめるハヤテの内心を聡くも察し、普段は寡黙なジュウゾウが珍しくそう、神操機の中から声を飛ばして来る。
 「焦って……いる様にお前にも見えちまうか。やれやれ…まあコイツがさっさと上がってくれればそんな気苦労も要らないんだがな」
 そう、苦笑しながら肩を竦め、流派章から視線を上げた瞬間──
 「?!」
 前方で何かが弾けた。距離は遠いが間違い無い、あれは妖怪か式神か、とにかく何かの戦闘だ。
 「遂に出やがったか…?!」
 流派章の填められた手を神操機の方に軽く添え、ハヤテは地面を蹴った。金気に満たされた味気の無い光景を見せるフィールドは然し金行である自分やジュウゾウには得意の場である。
 相手が目当ての、天流の白虎使い一味であったとして、ここで仕掛けられるのであれば、それはチャンスに他ならない。
 よし、と頷きハヤテは足に力を込めた。速度を上げる。
 戦いの場は、近い。


 接近と同時に、今ひとつ扱いの苦手な闘神符で隠行の効果を発動させ、気配を消した。敵に有効な奇襲をジュウゾウは得意としている。それを最大限活かす為には出来るだけ相手にこちらの存在を気取られない事が望ましい。
 巨大な鉱物の陰に身を潜めて少しずつ距離を縮めていく。そうする内にも油断無く見据える視線の先で、妖怪の群が次々と闘神符の光に灼かれ滅されて行っている。
 (式神じゃなくて妖怪相手だったか……。これは符術士か…?)
 妖怪の数匹程度ならば、闘神士は伏魔殿では式神を降神させ気力を無駄に消費する様な真似はせず、闘神符を扱う。ハヤテはこの闘神符の扱いが不得手ではあったが、それでも少数ならば滅する事が無論可能だ。然しハヤテほどの気力を保持する闘神士ともなれば、式神を降神させて戦った方が能率が良い。
 今目の前で次々に、鮮やかな符使いで無駄無く効果的に倒されていく妖怪の群れ。正直これだけの数がいたら(しかもまだ追加は山の様にいるのだ)式神を降神させた方が早い。これだけ符を撒く気力があるのならば尚更である。
 だと云うのに式神の姿やその戦いが見受けられないと云う事は、式神を持たない符術士の仕業ではないか、と、ハヤテは見当付けたのだ。
 然し符術士にしても正直云って舌を巻く程に腕が良いと認めざるを得ない。符扱いの今ひとつなハヤテには驚嘆に過ぎるが、少なからず今まで地流の他の闘神士達の中ではこれだけ鮮やかに的確に、そして静かに符を扱う者を見た事はない。
 それにそもそもミカヅチは式神を持たない闘神士を伏魔殿に入れる許可など出さないだろう。そんな特例の存在が居たとしたら、その存在ぐらいは噂に上っている筈だ。
 つまり──今戦っている符術士(仮)は地流の者ではない可能性が高い。
 天流の闘神士は数がそう多くは無くその半数が正直雑魚ばかりである。皆それぞれ鬼門を守りひっそりと暮らしている事が多い為、実戦経験など殆ど無い者が多数を占めているのだ。
 だが中には鬼門を封じ全国を妖怪祓いをして回っている闘神士も少数とは云え存在する。それらは実戦を多く経験しているだけあってかそれなりに手強い事が多かった。
 鬼門への出入りを固く禁じていると云う天流が、そう易々と伏魔殿へと降りる、と云うのも考えものだが、昨今の天流の白虎使い一味の例もある。可能性としては高いだろう。
 (大当たりの部類、かもしれねぇな…)
 隠行の維持に集中しながら頭の端でそう思い、ハヤテは僅かに笑んだ。
 この、妖怪祓いをしている符術士(闘神士)は──強い。
 今までに敵としては見た事のないその鮮やかな戦い振りに、恐怖よりも寧ろ挑戦的な戦意が浮かぶ。
 元来、ハヤテは好戦的で自信に溢れた人格だ。相手が強くとも、戦って勝てば流派章も上がるだろうと云う考えに胸を躍らせる程に。
 隠行の効能を今一度確認してから、ハヤテは神操機に手をかけた侭、そっと巨大鉱物の陰からいよいよ目の前ほどに迫った戦場を覗き見た。
 投げられた一枚の紅い符が、ぱん、と音を立てて効能を展開させ、連続して迫っていた妖怪をまとめて滅する。同じ様な現象が、続けて二度、三度。
 ざ、と靴底で砂を噛みながら反転し両手で左右に符を投擲。幾つかの属性を発動させた符が広範囲に一気に、帯状に連なっていた妖怪達を滅ぼした。
 符を投げていたのはまだ若い──青年。恐らくハヤテよりは年下だろう。一人の様だ。
 彼の身体が、指先ひとつが閃く度、符が妖怪をいとも容易く消滅させていく。
 そうして見る間に空を埋め尽くす程に犇めいていた妖怪の姿は既に無くなっている。然し彼は警戒を解かずに新たな符を指に挟んで取り出すと、腰溜めの姿勢を取って前方を睨み据えた。
 整った横顔の中、意志の強そうな琥珀色の瞳だけが何故かはっきりと見えた。
 それにハヤテが何らかの感想を抱くよりも早く、大地を揺るがし何か巨大なものが這い上がって来た。大降神ほどではないが、質量がとんでもなく巨大な──妖怪。
 (あんなのは始めて見るな……!)
 大地から沸き出たのは巨大な、泥を無理矢理にこねて固めた様な妖怪の姿だった。辛うじて腕の様なパーツを地面より引き擦り出すと、それは両腕を振り上げ一気に、眼下の矮小な人間に向けて叩き降ろす。
 「っ!!」
 衝撃で大地が乱暴に揺すられ、暴風が吹き荒れるが何とかしがみついて堪える。金行の大地は土の大地とは違いそう酷く土煙は巻き上げないが、衝撃にバラバラと鉱物の破片が散る。
 さっきの符使いは、と思って見やると、どう云った身のこなしか彼は妖怪の初撃を避けて既に距離を取っており、その右腕が、
 「離・乾・艮・離・乾・震!」
 何かを妖怪に向け構え、不思議な動きをしていた。
 「印──、闘神士だったのか!?」
 ハヤテが思わず目を瞠る前で、闘神士の横をすり抜け妖怪へと式神が向かい、その腕から必殺技を放つ。
 暴風の様な一撃を食らい、妖怪は声にならない声を上げのたうち回る。そこに素早く闘神士の符が五枚、五行の配置で妖怪を囲む様に投げられ、一瞬にしてそれを滅した。
 「…………」
 隠行を保っていられたのは奇蹟に近かった。ハヤテが半ば茫然と覗き見る前で妖怪はその痕跡すら残さずに消滅して行き、闘神士が何か声をかけると式神は速やかにその手の中の神操機──にしては丸い妙な形をしている気がする──の中へと消えた。
 戦いの痕跡も僅かにしか残らない、静かな風のみが吹き抜けるフィールドで、闘神士は何事もなかったかの様に何処か超然と佇んでいる。
 正直同じ戦い方をしたらハヤテではとっくに気力が尽き果てているだろう。符の扱いに慣れているとかいないとかそう云う問題ではなく、気力の桁が既に違うのは見て明らかだ。
 静かな風に、その闘神士が身をすっぽりと包む様に纏ったマントが綺麗に踊っていた。まるで翼かなにかの様に。
 やがて彼は無造作な所作で何やら思案する様にその場に佇んだ。──と思えば、更に無造作な動きでハヤテの方へと首を巡らせて来る。その侭迷いひとつなくこちらに向け歩いて来るその姿に、ハヤテは思わず符の効果を今一度確認した。隠行は間違い無く発動している。
 然しハヤテのそんな焦りなど意にも介さない様子で。彼はハヤテと、先程佇んでいた場所との中間距離辺りで立ち止まると、軽く首を傾げた。どうやら息を吐いたらしい。
 「そこの人。練りが甘いからバレバレだぞ。別に俺は貴方をどうこうする心算はないから、出てきてはくれないか?正直姿が見えないと云うのは会話がしづらいんだ。それに傍目だと俺一人が間抜けに見えていけない」
 姿が見えない──などと言いつつ、ハヤテの佇む位置へと正しく視線を合わせ注視し、その琥珀の瞳の闘神士は苦笑めいた表情でそう告げてきた。マントの前を僅かに開き、両の手がカラであると云う事を示しながら。
 「…………、」
 ハヤテは正直当惑した──が、確かに符は発動していると云うのに、あの闘神士に云わせれば『練りが甘い』らしく『バレバレ』の様だ。ならば隠れている意味もないのだが、この侭誤魔化し通す、と云うのも、と一瞬思って──それからかぶりを振った。そんなのは自分の性ではない。
 覚悟を決めて符への集中を解く。と、隠行の効果が今度こそ綺麗に消え失せた。膝の汚れを叩いて、ハヤテは立ち上がると相手を見据える。
 正直、驚愕など悟られたくはないので、殊更不敵そうに笑いながら。
 「元から余り自信は無かったんだが……練りが、甘いって?そう云われちまうとちょっとヘコむな」
 不遜にそう問うと、彼は意外に幼い挙動で頷いた。
 「妖怪相手ならば誤魔化せるだろうが、判る者には判る、と云う程度かな。普通に扱う分には問題などないさ。俺だって集中して探らないと見付けられはしなかっただろう。周囲にも気を配っていた戦闘中に近付いて来た気配があったからな。辿ったから気付けた」
 自慢でもなく得意げでもなく。淡々と事実のみを感想めいて漏らした、と云ったその口調にハヤテは知らず笑みを口元に乗せていた。同世代の人間と話し付き合うのに慣れているのだろう、闘神士のそんな様子を伺えて、思わず、である。
 「地流の闘神士だろう?よく見る連中とは格好が違う様だが…」
 不意に切り出したその云い種にはっと我に返り、ハヤテは掴んだ侭だった神操機を思わず相手へと向けた。間違いなく彼は地流以外の何者かである事が確定したのだ。
 然しハヤテの殺気立った様子を、彼は軽く吹き消す様に吐息を漏らした。
 「何故地流の闘神士(あなたがた)は皆一様にそうなのかな……。最初に云った通り、俺には戦う気はさらさら無いんだ」
 こんな事ならやはり無視しておけばよかった、と語尾で曖昧に呟くと、彼は全身で溜息をつく様な仕草をしてから改めて己の戦意の無さを主張するかの様に軽くカラの両手を挙げて見せてくる。
 そんな動きは、警戒を解かせ油断を誘うのでは、と疑えなくもない。が、何処か疲れた様な口調や表情からは本当に「うんざり」している様な色が確かにあり、つまる所本音でしかないのだろう、と云う結論にハヤテは達した。そもそもあれだけの戦いを見せた強者が騙し討ちなどをわざわざするとも思えなかった。
 「それなら何で俺に声を掛けたりしたんだ?地流と天流の闘神士がこうして顔を突き合わせた以上、戦う流れになっちまうのは必然だろ?」
 先程ひっくり返していた彼の腕にあった流派章は、位階までは読みとれなかったのだが、確かに天流の印をその中央に光らせていた。
 故に神操機はまだ下ろさぬ侭、疑っていた訳ではもう無いのだが、気にはなった部分を突いてみる事にした。彼にとって『敵』である筈の地流の闘神士を前に「無視しておけばよかった」とは流石に闘神士どころか流派そのものの存在を軽視された様で聞き捨てがならない。
 「放置して、後で不意打ちを食らうと色々困るからな。今の内に説得すればその心配も無くなるだろう?」
 ところがハヤテのそんな内心に気付く事なく構う事なく、酷く真面目腐った真顔で、そんな事を彼は云ってのけたのだった。
 無視どころか、云うに事欠いて──説得、などと。
 互いに敵視し合って概ね千年間。陰陽関係の如何な歴史書にも必ず記されている、天流と地流の永訣と云って良い対立。たとえ知己であろうと流派を異にするだけで全てが敵となる。闘神士として在る以上命題として誰もが抱えていると云っても良い、その構図。
 ハヤテは実のところ余り流派に深い拘りは抱いてはいなかったが、それでも天流とは敵なのだと思い実際そう扱って来た。
 地流の──ミカヅチグループの方針として、天流は明確な『敵』として定められている。それは地流と云う組織を盤石の一枚岩にする為の手段としても有効なものであると云えよう。
 つまり、それだけ天と地の流派には、昔あった深い溝に加え更に年月に因って刻まれ続けた蟠りが存在しているのだ。
 反射的に流れた思考の途中で、流石に目が点になって仕舞った己に気付いて、ハヤテは再び口元を緩ませ笑んだ。今度は些か苦さが混じって仕舞っていたが、何故か不思議と気分は逆に澄んでいた。呆気に取られ過ぎて寧ろ清々としたのかも知れない。
 「そうか……、それは悪かったな。解ったよ、その奇抜な意見に免じて今はやめとこうか」
 喉の奥でくつくつと笑いながら、構えた侭だった神操機を下ろして肩を竦めるハヤテを、彼はどこかきょとんとした様な表情で見ていたが、ハヤテにもう戦意が無い事を知ると、安心した様に軽く上げていた両腕を戻した。疑われない様にか、マントから掌だけは覗かせる様に姿勢を正すのに胸中で密かに感心する。どうやら説得などと云う発言は嘘や方便などでは無いらしい。
 実際この闘神士と真っ向から見えてハヤテに勝利の可能性があったとは己でも思え無かったのだが、あの意外性溢れる一言で戦意を削がれていなければ、或いは勝算を掴む為にも挑み掛かっていただろう。強そうな敵を前にむざむざ退ける程に潔い性格をハヤテはしていない。
 「に、しても説得とは云ったもんだ。お前さん、伏魔殿の中に入る様な思い切った天流にしちゃ日和った事を云うんだな」
 「天流だから地流だからと分け隔てる事にそもそも賛同しかねるからな。闘神士として当然の意見のつもりだったんだが──そうか、日和見と取られる事もあるのか……」
 繋ぐ為の様な軽い問いに、またしてもよく解らない事を応えてから。日和見とされた事に含む所でもあったのか、彼は少し考え込む様に折った指の背に顎を乗せた。
 「そうだ。地流の闘神士とこうして話せる機会などそうそう無いから、参考に訊きたい事があるんだが…」
 「ん?何だって?」
 不意に思いついた様に顔を上げ云う彼に、ハヤテはつい自然にそう返して仕舞ってから苦いものを噛んだ。余りに平然と、友達などと会話する様に口にされた為に、一瞬相手が天流と云う『敵』である事さえ忘れそうになっていた。
 飽く迄相手は天流である。迂闊にこちらの情報を漏らす訳にはいくまい、と胸中で頷いたハヤテに対し、然し目の前の天流闘神士が続けて寄越したのは、予想を斜め上に越えた、酷くどうでもよい事だった。
 「地流(あなた方)はどうしてそんなに好戦的なんだ?天流が憎いと云う以前に、倒す結果に寧ろ重点を置いている印象を今まで感じていたから気になっていたんだが……ひょっとして天流一人頭幾らとミカヅチグループから恩賞が出ている、とか?」
 「……残念ながら個別の天流撃破数に対しては特に褒賞は出ない。お尋ね者やら討伐指令が出た時以外では、ンなのいちいち管理しきれないからな。──ただ、コレだ」
 地流にとっては常識である。天流にしたってそのぐらい想像がつくのではないかと思え、呆れ半分不審半分で肩を竦めて云うとハヤテは己の右掌を顔の横に上げた。くるりと手の甲側を彼へと見せる様に向ける。
 「コイツが上がれば給料も待遇も名前も上がる。ま、昇進みたいなモンだな。だから皆必死なのさ。斯く云う俺もコイツが上がってくれる事が戦いの中での当面の楽しみみたいになっている」
 ハヤテが説明してやりながら示した流派章に、彼の意識が一瞬吸われ、次の瞬間には僅か歪んだ口元と共に逸らされる。
 「………成程。流派章制度を巧く利用しているんだな、地流は」
 ありがとう、と何処か苦い表情でそう続けると彼は軽くひらひらと手を振り、マントを翻らせた。この場を先程の言に違えず辞退しようと云う意図明かな行動には、ハヤテが疑問や口を挟める様子が無い。無造作に向けられた背中には拒絶や断絶はなにひとつ無いと云うのに、それ以上の声をかける事は何故か躊躇われた。
 敵である筈の地流を説得し戦いを回避しようとした心も、ごく自然に同年代の人間を相手にした言い種も、流派章の為に戦う地流闘神士へと恐らくは向けた苦いあの表情も。全てがハヤテには違和感と疑問しか残らない。故に気になったと云うのに、それを問い掛ける──覚悟が、無かった。
 直感的に憶えた印象でしかないが……、呑まれる、と何処かでそう感じていた。
 屈託のない態度と真摯な表情の先にあるだろう彼の理念と云うものを、単純に笑い飛ばせる気がしなかったのだ。
 恐らく、それは、ハヤテの今抱く、闘神士としての生き様とは、真っ向から、相容れない。
 地流だから天流の事を理解出来ない、と云う段階ではなく。地流組織の命じる侭に従い、社の一員、部品の一つとして生きてそのシステムの恩恵に肖って、流派章と云う解り易い格付けに価値を見いだしているハヤテにとって、彼は理解を得て良い存在ではない。
 当たり前の様にこちらに背を向けて歩き去ろうとする天流の闘神士に、ハヤテは惑いの表情の侭で神操機を向けた。開こうと親指に力を僅か込めるが、風にマントばかりを静かに揺らされている彼は立ち止まりもしない。殺気に気付いていてもいなくとも、警戒ひとつなく。
 「……………、」
 あの強さに怖じ気づいた訳では、ない。寧ろ相手が強ければ挑む価値も在ろうものだ。
 だが、動く事が出来ないのは──純粋に、面白い、と思って仕舞ったから、だ。
 天流が、敵が、流派章を上げる為の『足し』でしかない獲物が。地流闘神士ハヤテの中で『一人』として扱うに足りた、初めての存在。
 実力と、アンバランスな云い種。同じ地流の闘神士同士でさえ踏みにじり利用する、そんな中に一滴落ちた清浄な水の様に。
 (……命令や妬み謗り、お愛想でさえ無い『普通』の会話を、よりによって天流としちまうとは…、な)
 流派章を上げる目的で戦う己を間違っているとは思わない。だが、周囲に居る『仲間』は同じものを目指すライバルばかりで、況して敵は敵だ。それ以上の認識など必要無い。
 故に。その『敵』が置いていった、友達同士の様な気安さや屈託の無さが酷く鮮明で。今までハヤテの知る類に見ないその闘神士に、興味や面白味を気付けば見出して仕舞っていたのだ。
 く、と喉で密かに笑うと、ハヤテは神操機を静かに下ろした。その先にはもう、あの後ろ姿はとっくに見えなくなって仕舞っている。
 「名前も訊かない侭だったな…」
 神操機を仕舞うとその手で頭を軽く掻き、挑戦的な笑み一つ。
 「ま、次回の楽しみにでもとっておくか」
 伏魔殿を探索し、妖怪や天流を倒し流派章を上げる事。それに加えもう一つ、そんな些細な目標を追加してから、ハヤテは任務遂行の為の行動を再開した。遙か先方を行った闘神士が居る以上遂行は困難なのだが、表情には質の少し違う満足感が乗っている。
 追いつく為には、追い越す為には、もっと苛烈な最前線を任務先に希望すべきだろう。
 焦る必要も無い。恐らくそれはいつか自然に適うのだから。




18話前妄想イン鷹宮も惑い気味。何この捏造120%。ちなみにこの数日後、行く予定だった最前線からハズされて誰かさんの討伐を任される次第。
鷹宮は地流社員の例に漏れず流派章こいこい&天流は敵だし倒せ派だけど、ヤクモは最初の戦いから天流同士の大バトルな訳で、流派だからってどうの、とは抱いてない気するんですよ…。況して流派章のレベルとかどうでも。本人が逸脱しているからかどうかはさておいて。
実際五体もいるしで流派章のレベルシステム自体適用されてないとかで、あの強さでLv0だったりするの希望なんですが。

根拠がないのに確信。直感とか。