而して番となりて。



 思いの外数の多かった妖怪を闘神符を器用に効果的に扱い全て滅し終え、ヤクモは小さく息を吐いた。周囲に何も残っていない事を確認すると、再びマントを翻して歩き出す。
 伏魔殿は閉鎖された時空の狭間であるが故に『空気』が循環せず、気力が酷く回復し辛い。そこに来て更に、内部での行動を制限するかの様に、気力や体力の消耗が外よりも著しい。
 とは言え、伏魔殿探索生活の長いヤクモだ、今では随分とそんな環境に慣れていて、その気になれば一ヶ月以上もの長期間を伏魔殿に篭もり続けても問題が無い程だ。元々の気力の器の大きさや精神力の強さも無論その一助だが、そこに来て更にヤクモの体得した気力の扱い方の効率化のお陰である。
 要するに、伏魔殿内での最適な行動を、時間と経験との中でいつしか身に着けていた、と云う事だ。
 地流の動きを調査すべく伏魔殿へと足を踏み入れた当初は、空間構造も解らない為にフィールド間を歩き回るのさえ困難だったのだが、今となってはヤクモは伏魔殿の空間構造を概ね理解し把握するまでに至っている。連結された空間の繋がりを実際歩き回る事でマッピングする、と言う探索行動を繰り返す内に、段々とその全体像も見えて来ている。
 何処の空間が何処へと連結し、何処の階層がどの様に連なっているか。一見無秩序に思える伏魔殿の構造を憶え知り、通り過ぎた地理は大体頭に入っていると言う状態なので、既に踏破した区画の空間に於ける『座標』を知れば、闘神符を用いてそこへと直接『扉』を開く事も可能だ。
 そこまでヤクモが伏魔殿に慣れるには当然の如く時間もかかった。故に、伏魔殿で最適に動く術をいつしか憶えていた、と云うのは当然である。寧ろ憶えなければ命に関わる事態であった。
 そんな気力の『節約術』を日常事の様にこなして来た結果が、闘神符の効果的な使用などにも発揮されている。どれだけの出力ならば何が出来るか。知識だけでは得るのが難しいそんな経験もまた、伏魔殿で生き延びる為には必要だった。
 その為気付けばヤクモは大きな戦闘やフィールドの調査以外の事で式神を頼る事が少なくなっていた。符の効果的な使用を憶えて仕舞えば、式神に同じ事をさせるよりも大体の場合は気力の消耗が少なくて済むからだ。
 水場が続けばタンカムイに助けて貰う──のではなく闘神符で水上を越え。
 崖から足を滑らせればタカマルに飛んで貰う──のではなく闘神符で難無く足場を創り出し。
 フィールドに不審な点を見付ければサネマロに検分して貰う──のではなく闘神符であっと云う間に調べ終え。
 妖怪が現れればブリュネやリクドウに退治して貰う──のではなく闘神符であっさりと撃退して仕舞う。
 ここまで単独で何でもそつなくこなせて仕舞う闘神士と云うのも珍しい。とは彼の式神たちの談である。
 とは云えそれで式神を蔑ろにする訳ではなく、自分では厄介な敵が現れれば直ぐに声をかけるし、歩きながら様々な事を語らったり質問したり応えたりと、その仲は常々良好だ。
 式神らもヤクモが伏魔殿で生き延びる術として『気力の節約』を重要視している事を知っているからこそ、敢えてそれには口出しはしないのだが──それなりに沽券に関わる事だとは時折、タンカムイ筆頭にこぼしたり程度はする。
 そしてつい今し方も、ヤクモは単身で、現れた大量の妖怪を難無く撃退したばかりだ。
 妖怪の脅威がひととき去れば、そこは伏魔殿に数多い広大で雄大な大自然の有り様をしたフィールドだ。その見た目は、大地より空の近い山岳地帯と言った様相である。
 岩場の多い地形に吹く風は少し冷たく、ヤクモは妖怪退治の軽い運動で少し火照った身体を冷ます様にフードを外した。澄んだ冷たい風が頬を撫でるのに目を細めながら、足場の危うい崖道を然し迷い一つ無く進んで行く。
 『──だからさあ』
 『の場合は……でおじゃるね』
 『それは──ですなぁ』
 腰に下げられた零神操機の中から声だけを飛ばして来る式神達と小声で会話を交わしたり、時には彼らのやり取りに目を細めたりしながら進んでいたヤクモの足がふと止められた。
 「…………深いな」
 呻く様に呟いて見渡す。眼前にはほぼ垂直に切り立った、壁の様な絶壁が下方へと続く深い谷が拡がっていた。谷底には風が吹かないのか濃い霧が溜まっていて、幾ら目を凝らした所で地面は到底伺えそうもない。
 深く底のまるで見えない暗闇へと試しに石でも投げてみようかと一瞬思うが、無駄そうなので止めておく。霧の中に妖怪が潜んでいる可能性も高い。
 迂回路はないものか、とヤクモは頭を巡らせてみるが、ここが複雑な岩山に削られた様な不安定で細い道である事も手伝って、他の道に出るには相当な距離を戻らなければならなさそうだった。だが、この絶壁を迂回するとなると、それもまた相当な距離を歩かされる事にる。
 崖を今一度見下ろし、続けて対岸を探す。絶壁と谷底とを挟んだ遠い距離に、幾つか霧から生えた様な岩山が連なっている。その先、遙か彼方には岩山が僅か霞んで見える。ここはどうやら見事なまでに深い谷を挟んだ断崖の端の様だ。
 谷底に降りる案はまず却下だ。妖怪が潜んでいるやも知れず、無駄に崖の上り下りをする羽目になるのは避けたい。と、なると何とかこの谷を越えるしかないだろう。
 足場を創って渡って行こう、と、気力と符で及ぼせる効果とを試算し、ヤクモは闘神符を懐から取り出した。と、それを発動させる前に神操機からサネマロが霊体を現して来る。
 『ヤクモ様。これだけの広さの谷を越えるのであれば、麻呂達の力を使った方が良いでおじゃるよ……多分』
 「……そうかな?然しタカマルかブリュネをわざわざ降神させるぐらいなら、」
 『何を水くさい事を』
 『そうであります。闘神士の役に立てず、何の為の式神でありますか』
 言いかけた言葉を珍しく遮ったのは、サネマロの霊体を押しのけて云って来る当のタカマルとブリュネの声。五体の中では比較的に口出しの少ない、珍しい彼らの主張を聞いたヤクモは驚きに一瞬目を瞠り、それから少し考える様に顎に折った人差し指を当てた。
 「別にお前達を蔑ろにしている訳じゃない。ただ俺は、己に出来る些事までをも式神(みんな)に頼りっきりにして余計な負担をかけさせたくは無いんだ」
 『それを含めて、ヤクモが伏魔殿で気力をどれだけ節約した方がいいかって考えてる事は僕らだって解ってるよ。だからこそいつも何も言わないけど』
 『ヤクモ様は何でもお一人でこなして仕舞われますので──我々としては見ていて時折もどかしく辛い事もあるのであります』
 『式神の事を思ってくれている故なのはよーく解りますよ?けどもうちょっと、頼ってくれても良いと思う訳ですわ〜』
 タンカムイ、ブリュネ、リクドウ、と続けて云われ、ヤクモは流石に狼狽えた。彼らにこんな風に強くものを意見される事は、伏魔殿での行動についてでは殆ど初めての事だ。
 『闘神士が式神に遠慮してどうするのだ、ヤクモ』
 少し呆れた様に。至極当然の様な口調でそう云う、優しさと労りとを持つタカマルの言葉に、ヤクモは苦しさの我知らず篭もった苦笑を浮かべた。
 式神たちは知らぬ事ではあるが、その言葉は──彼の嘗ての式神が、己の命を闘神士(ヤクモ)の為に差し出さんとした時に云われた言葉と同質のものであったからだ。
 そう──式神達は己の契約する闘神士との絆が為ならば、その名や命ですら惜しまない。
 自らが契約した闘神士が死すれば、契約は宙ぶらりんとなり式神は名落宮へと堕ちて仕舞う故もあるのだろうが、それ以前に──彼らの闘神士(ひと)へと寄せる思いは、慈愛であり真心であり信頼であり命題であり──それは何にも代え難い絆としか言い様のないものである。
 そしてその絆は、闘神士の事を見守り共に歩んでくれる、とても尊い存在の証に他ならない。
 その、時に言葉よりも解り易く繋がった絆と信頼故に、式神は闘神士の心の侭に在る。闘神士の行動に時に否定の感覚を憶えても、それをやんわりと密やかに、闘神士の心に反しない程度に諭したりし、その心に従いただ寄り添って見守ってくれるばかり。
 少なくともヤクモが現在契約している五体の式神は皆それぞれヤクモの事を思ってくれているし、一丸となってその有り様を大事にしてくれている。
 そしてそれと同時にヤクモの成す事、憶える迷い、揺れる先行きを、然し全幅の信頼を以て見守ってくれている。
 故にそんな式神達がヤクモの行動に対して、まるで咎める様な意思を見せると言うのは滅多に無い事だ。珍しさの余りもあって、ヤクモは彼らの言葉に素直に耳を傾ける事にした。
 「……遠慮って云うか。うーん…。俺は闘神士としての大概の事なら一人でこなせて仕舞うからなぁ…」
 嫌味でもなく自慢でもなく単なる素で呟くと、ヤクモは取り出した侭だった闘神符を手の中でくるくるとひっくり返しながら苦笑した。
 「だから逆に、自分で出来ない事は皆に遠慮なく頼っているんだけどな。それでは駄目なのか?」
 『駄目だ、なんて事は勿論ないでおじゃるよ……多分。確かに式神の本分は戦う事でおじゃるが、それ以外の──例えばヤクモ様曰くの『些事』であったとしても、頼られると云う事は純粋に嬉しいのですじゃ。これこそ式神冥利に尽きる、と云う奴でおじゃるな…多分』
 「……そうか…。流石にそこまでは気が回っていなかった。すまない、皆」
 再び零神操機から霊体を覗かせて云うサネマロに諭す様に云われ、ヤクモは式神らの意見を神妙に受け止めて、まずは謝った。式神たちにもそれぞれの思いがあるのにそれを、気付けば闘神士(人間)だけの尺度で考えていた事を素直に羞じる。
 『謝る所ではないでおじゃるよ。麻呂らは皆ヤクモ様の事を正しく解っておるゆえ』
 少し落ち込んだヤクモへと、そう労る調子で云うサネマロの思慮深そうな瞳に感謝の微笑みを一つ返すと、ヤクモは闘神符を懐へと戻した。代わりに零神操機を手に取ると、開き、意識を繋ぐ。
 「式神、降神」
 ヤクモの呼び声に応え、火行を示す赤い光と共に雷火のタカマルが降神する。同時に、神操機の中でタカマルと同じく翼を持ち飛行能力のあるブリュネが落ち込む気配を感じ取り、ヤクモは淡く微笑みながら、消沈しているブリュネを労る様に零神操機の表面を軽く撫でてやった。次は頼むから、と小さく言い添えておく。
 ヤクモは紅い神操機をそっと対岸の方へ指さす様に向け、傍らに立ったタカマルを振り返る。
 「じゃあ、タカマル。早速で悪いが、対岸まで少し頼めるか?」
 「お安い御用だ。失礼するぞ」
 ヤクモの問いに頼もしく頷くと、タカマルはひょい、と無造作にヤクモの身体を横抱きに抱え上げ、その腕の翼で風を打って地を蹴った。一瞬の浮遊感にヤクモは二、三度瞬きをして己の置かれている状況を見下ろしてから、曖昧に苦笑して首を傾げた。
 「……タカマル?その、普通にこう、抱えてくれるだけで良かったんだが…」
 俗に言うお姫様抱っこの状況に置かれ、ヤクモは腕をこう、と荷物を持つ様な仕草をして云うのだが、
 「そんな事ではヤクモの気が休まらぬだろう」
 とあっさり返される。しかも谷の広さ故の気遣いなのか、タカマルはいつも戦闘で発揮する神速の飛行速度とは程遠く、ヤクモの身体の負担にならぬ様ゆっくりと滑空しながら距離を進めて行く。
 「………………却ってこっちのが落ち着かない気がするんだけどなあ……」
 そんな己の式神の気遣いを解っているから、式神に横抱きにされていると云う、幾ら17歳男として慣れない体勢と状況であろうがヤクモは強くは言わずに、居慣れ無さに苦笑を浮かべるのみにしておいた。
 『ヤクモ様はもう少し麻呂達に『甘える』事を憶えればいいでおじゃるよ…多分』
 ヤクモのそんな困惑した有り様に、楽しそうに笑う姿を出しながら云って来る、サネマロの不思議な色合いの瞳をぱちくりと見返して。憮然とした訳ではないが真っ向からそう云われるには今ひとつ抵抗があり、ヤクモは鼻の頭に軽く皺を寄せた。
 「もう甘えるって歳でも無いぞ?俺」
 『歳は式神(僕ら)には余り関係ないでしょ?』
 『愉快な家族みたいなもんが折角五人もいるんですし、もうちょっと遠慮抜きで甘えてくれれば、式神としては嬉しい限りですなぁ』
 『そうであります、ヤクモ様は何でもお一人で頑張り過ぎなのであります』
 水を得た魚の様に続々と続ける式神達の思いを、その堂々巡りになりつつある会話からはっきりと感じ取る事が出来て、ヤクモはくつくつと喉奥で笑いを噛み殺した。嬉しさやくすぐったさや、ここまでずっと気を張り詰めて来ていた己の焦りとを思って、笑んだ侭でそっと力を抜く。
 ヤクモを抱えているタカマルも、腕にかかる身体の重みが強ばった荷物の様なそれから、ゆったりと体重を預けて来る人間のそれに変わった事を知って密かに微笑んだ。
 「ヤクモ。これからもだが、もっと我らを頼り、甘えてくれて良いのだぞ」
 「……うん」
 タカマルがそう云うと、腕の中から返るのはくすぐったそうな微笑み混じりの吐息。
 それとほぼ同時に、ふわ、と翼を羽ばたかせ、タカマルは谷を越え対岸へと辿り着いた。相変わらず峻厳な山岳地帯の続く風景だが、その中でも周囲が幾分安定した平地になるまで少し余計に飛んでから大地へとゆっくり降りる。
 抱えたヤクモの身体を地面に降ろそうと少し身を屈めたその時、こつり、とヤクモの頭がタカマルの胸当てに触れた。タカマルが思わず腕の中を見下ろすと、おずおずとした琥珀の瞳だけが顔を上目に見上げて来るのに出逢う。
 「………云われた通りちょっと甘えてみようかな、と思って」
 そしてそんな爆弾発言に遭遇し、幾ら今まで「ちょっとは甘えろ」と散々進言はしたものの、自分達の契約者たるこの17歳天流の生ける伝説の闘神士の事だから余り効力はないかもなあと思っていた矢先の、彼の『信じられない』行動に、当事者たるタカマルばかりではなく零神操機の中の四体の式神も思わず凍り付いた。
 「………………、」
 そんな式神達の沈黙を否定的なものと見たのか、ヤクモが気まずそうに苦笑を浮かべようとするのに気付き、タカマルは慌ててその場に素早く胡座をかいた。内心はともかく普段クールな態度をしているこの雷火族にしては珍しい事に相当に焦っている。
 「ああ、そうだ。ここ暫くゆるりと出来ていなかった事だしな、少し休んで行くのも悪くあるまい。こうしているから存分に休んで良いぞ、ヤクモ」
 焦りは微塵も外に出さず、冷静にそう言い切るとタカマルはヤクモが休みやすい様に腕の力を少し抜いて、上体が寄りかかりやすい様にしてやった。流石に式神の膂力と云うべきか、それでも腕に収められたヤクモの身体が不安定になると云う事はない。
 「……うん、有り難うタカマル。皆も」
 式神たちにも「意外な事を云った」と思われているだろう自覚はあるのか、少し照れくさそうにそう云うと、ヤクモはタカマルの胸に頭を預け、両手の中に零神操機を抱く様に大切に持つと目を閉じた。程なくして安らかな寝息が聞こえてくる。
 「…………………………………………」
 正直一瞬はフリーズしかけたタカマルだったが、落ち着いてみるとこの状況に喜ばしさや嬉しさを感じずにはいられず、腕の中で実年齢よりも幼く見える寝顔を晒しているヤクモをいとおしげに見つめると、そっと翼を動かしてその身体が冷たい高地の風に冷やされる事のない様、包み込んでやる。
 『抜け駆けひとつだね、タカマル』
 『役得でおじゃるな〜』
 『ええですなぁ』
 『羨ましい限りであります』
 やがて、ぼそぼそ、とヤクモの手の中の神操機から、押し殺した様な声が次々漏れて来て、タカマルは密かに身を竦ませた。
 「ぬ、抜け駆けと云う事もあるまい…。第一タンカムイよ、そう云った意味ではお前が最も常に良い目を見ているではないか」
 『僕が要領がいいんじゃなくって皆が下手クソなだけだよ。ヤクモはいつだってちゃーんと僕を…もとい僕らを大事にしてくれてるんだから』
 そこはかとなく神操機から目を逸らすタカマルに、霊体をひょろりと覗かせたタンカムイが言い返して来る。どことなく棘のある言い回しは、その姿の愛らしさを裏切る程に辛辣な色をしている。
 タンカムイは常々、何かにつけてヤクモに「お強請り」をしたりするのが得意である。降神して貰った後もちょこまかと懐いて動き回る小柄なイルカモドキの姿は、一見すれば大層『可愛げ』のある様子ではあり、当のヤクモもそう感じるのかよく、歩くタンカムイを両腕に抱えて仕舞ったりしている。曰く「重くないしひんやりしていて気持ちが良い」とか何とか。
 その行動もまたタンカムイが「そうさせよう」と狙っている故なのだが、流石にそれは誰も知らない。
 『皆抜け駆けばかりであります。自分も一度で良いからヤクモ様をお抱えしたいであります』
 『ブリュネはこの間沼地を走り抜ける時ちゃっかりヤクモを肩車しちゃってたじゃない。いきなり担がれたからヤクモも吃驚してたし』
 『あ、あれは不可抗力であります!自分が丁度降神されていた時に、ヤクモ様の身が泥で汚されるのを黙って見てなどいられなかった故──』
 「そう云うのも役得と云うのだぞ」
 『ワテなんてごつごつしてるし柔らかくもないしサイズも大きいしで…ブツブツ』
 『ほら皆静かにするでおじゃる。余り騒がしくするとヤクモ様が目をお覚ましになって仕舞うでおじゃるよ……多分』
 式神五体はぐるぐると皆で互いに思っていた『羨ましい』或いは『自慢』な事を言い合うだけ言い合っていたが、サネマロに呆れた様に咎められ、おっと、と一斉に口を噤んだ。
 そうして静かになると、風の吹く音に掻き消されそうな細い穏やかな寝息が静かに流れていて、式神達は思わず胸を撫で下ろす。
 『……大丈夫の様、でありますな』
 『ヤクモは結構騒がしくっても平気で寝れちゃうからね。でも睡眠はきっと浅い筈だから静かにしてあげようよ』
 言い出しっぺの癖に取りなす様にそう言うタンカムイに、一同も特に反論する要素も無かったので素直に同意する。
 妖怪や神流と云う敵がいつ襲い来るか解らない伏魔殿の中ではゆっくりと休息を取る事も難しい。ヤクモは大概は安全を入念に確認してから符を用い身を隠す結界を張り、それでも異変や気配を察知すれば直ぐに起きれる程に睡眠を浅くしている。
 今も、幾ら式神(タカマル)が番をしてくれていると云えど、恐らく何かがあれば直ぐにでも飛び起きるだろう。
 そんな生活を続けていた所為か、ヤクモは休息はいつ如何なる場所でも取れる様になっている。元より騒がしい中でもマイペースに眠れる体質だった事もあってか、こうして式神達が騒いでいる程度ならば意にも介していない筈だ。
 寝言や寝返りもなく、身体と脳の休息の為にすっと睡眠へと落ちているのが、効率的な休息を取る事に慣れている良い証拠である。
 それだと云うのに表情は酷くあどけない、己らの闘神士を微笑ましく見守りながら、式神達はなおも小声でお互いとヤクモとの関わりを楽しげに(或いは羨ましげに)語り合うのであった。




うちのヤクモは式神布団で寝オチと言うパターンが多い様です…。きっと安らげるんだろうなあと勝手に決め込んでおきます。
これも戦隊惚気ネタと云うより、元々はヤクモの伏魔殿行動の自分的な妄想まとめでした。

初期のから校正ついでにタイトル変えました。心境の変化と解り難さの所為。

番いで番で番うものたち。