きみの言葉に復讐されたい



 
 「温泉でも行くか」

 眩いばかりの青空を縁取るほどの大きな入道雲も散って久しい秋口の頃。季節限定の芋餡と栗餡団子と宣伝を打つのぼりに釣られてつい、懐から探り出した小銭と引き替えに、店先の縁台に腰を下ろして数分。
 挨拶もそこそこに、休憩と言った風情で相席…もとい隣席を決め込んだ黒服の侍の言い放った前振り一つ無い唐突な発言に、銀時は思わず頬杖をついていた手を滑らせた。その侭片手で頭を抱える。
 「……あのさぁ…」
 最近はこう言った露店は疎か移動販売車の食事スペースでさえも禁煙となっている所が多いのだが、大通りに面した店だからなのか、この店には喫煙についての注意書きの類は取り敢えず見当たらない様だ。休憩と言う名目で腰を下ろした土方にとっては幸いな事にも。
 その土方は、店にお愛想のつもりで注文した、抹茶タピオカドリンクを取り敢えず手にしてはいるものの、まずは今吸っている煙草を最後までしっかりと味わおうと言う腹らしい。煙草を挟んだ指を緩やかな速度で口元へ運んでいる。
 店内に小さなイートインスペースと、外に向かい合わせの様に二つの縁台を置いた、小さな小さなカフェだ。最近出来たばかりの店らしく、メニューの品物はどれもこれも写真に映えそうな華やかなものばかりで、若い娘ならばいざ知らず、三十代に片足を突っ込んだ大の大人の男二人が並んで居て良い画では無さそうだ。
 しかも片方は生活困窮気味の万事屋、片や武装警察の幹部と言う異色の組み合わせである。
 とは言え、後者はその侭テレビに出しても問題の無いレベルのイケメンだ。幾ら物騒な役職のものとは言え、制服は二割り増し、とは銀時の正直な感想だ。
 正にその通りに、スイーツの華やかな写真に飾られたカフェの前と言う、大凡警察の居て良い様な『置き場所』では無いにも関わらず店員や衆目からの秋波がちらちらと向けられるのを、横に居るだけでも銀時はひしひしと感じさせられる。
 然しそれがどんなイケメンであろうが、スイーツの似合う男子であろうが、その実態は土方十四郎なのである。
 鬼の副長と呼ばれるチンピラ警察の大将格であり、喧嘩っ早くて血の気が多くて自尊心が高くて頑固で負けず嫌いで、坂田銀時の恋人でもある、土方十四郎でしかないのである。
 黙った侭置いておけばカフェの売り上げ貢献にも繋がるかも知れない彼だが、然し度々こうして銀時の頭を悩ませる。例えば唐突過ぎる訳の解らない言動とかで。
 大きな溜息をついて、一旦皿に芋餡の団子を置いた銀時に対して然し彼は、長い足を組んで何処か気怠げな仕草で正面を向いた侭、
 「何だ」
 の一言である。相変わらずの、一を言えば十を受け取って同意するものだと勝手に相手に思っている態度は、ある意味で銀時への信頼と取れなくも無い。飽くまで大分ポジティブに考えて、の話である、と注釈が必要だが。
 ともあれそれは恐らくは、一を聞いて二十を知る何かと鋭い地味な監察の部下や、一を言って十を好意的に呑み込んで仕舞う大将を相手にする内培われて仕舞ったのだろう、土方の悪癖の様なものだ。
 取り敢えず銀時は、土方の端的な物言いを斟酌し翻訳し解釈してやる事が己の仕事だと少しは自負している。と言うかそうでもしないと土方との間にまともな会話を成立させる前に、子供じみた言い合いが始まって仕舞う。
 (えーっと何だっけ?温泉??とか言ってたか?)
 数分も経たぬ前に突然言い放たれた言葉を思い起こしながら咀嚼はしてみたものの、僅か三度顎を動かす程度で言葉は粉々になった。団子よりも噛み砕きようのない、簡潔に完結された言葉に、銀時は頬を掻いた。これは言われた言葉の意味よりも動機を探った方が良さそうだ。
 「や。おめーが結構唐突なのも思いつきで取り敢えず行動してみるってのもそう珍しい事じゃねぇけどさ。それは見廻り中の休憩時間に、偶々団子屋で遭遇した万事屋さんに向けて言う台詞?台詞ってか提案?」
 甘く煮た芋餡を纏わせた団子を再び手に取って、一つを串から噛み千切る。ボリュームやサイズには欠けるが、普通の団子より柔らかい癖にもちもちとした食感は癖になりそうだ。思ってむぐむぐと下顎を動かす銀時に、土方は短くなった煙草を携帯灰皿へと棄てると前を向いた侭ぼそりと、
 「厭なのか」
 と吐いて寄越した。こちらに一瞥も呉れる気配の無い癖に、然し少し下がった、落ち込んでいると取れるトーンに、思わず団子を喉に詰まらせそうになりながらも銀時は土方の方へと九十度体を捻った。
 「馬ッ鹿、厭な訳ねェだろうが、ただなぁ、ちょっと唐突過ぎると言うか心の準備が出来て無かったって言うか」
 「厭じゃねェのに引いてみる様な真似とかすんな、面倒くせぇ。ツンデレとか流行んねぇぞもう」
 銀時の、我ながら必死と思える追い縋り様に、然し土方は相変わらず正面へと向いた視線を僅かたりとも揺らす事も無く素っ気なく打ち返して来た。舌打ちせんばかりの様子ですらある。
 「だーかーら−、そう言うんじゃねェって…」
 もちもちした団子がまだ喉に貼り付いている様な感覚がする。喉元を撫で下ろす銀時に矢張り一瞥も寄越す様子も無く、土方は煙草の代わりに、煙草よりも太いストローを唇で挟んだ。濃い緑色をした液体と共に半透明の球形をした物体が一粒そこに吸い込まれる。
 瞬間、むっと皺を刻んで寄せられる柳眉。ストローから口を離した土方は、無言で透明なコップを縁台の上へと戻した。どうやら市井の流行りものは昔気質な所のある副長のお口には召さなかったらしい。
 一口で諦められた奇抜な飲み物をちらと見下ろした銀時は、今度は栗餡の団子を囓る。こちらはただの栗ではなくカスタードクリームに混ぜてあって、洋風の味わいがした。甘味所はやはり銀時の領域であって、菓子類に興味の無い土方には余り向かないのかも知れない。
 「唐突に温泉とか言い出した理由だよ。何かあったんか?」
 「思えば、てめぇとゆっくり過ごした事とか無かったと思ってな」
 細い顎を手の甲に乗せて、少し口元を隠す様にしてそんな事をぽつりと呟いた土方は、そこで漸く銀時の方へ視線を寄越した。
 「……何だよ顔なんか覆って」
 「…いやあ、破壊力ってのを噛み締めてました」
 「よく解らねぇが気持ち悪ィからくねくねすんのはやめろ」
 こちらを向いた冷たい視線に射貫かれながらも、銀時の胸中は穏やかでは無かった。叶うなら抱きついて押し倒して熱烈ちゅー攻撃でもしたい所である。
 どっちがツンデレだ、悶えさせやがって畜生、と両手で覆った顔の下で散々に、最早何処へ向けて良いのかも解らない様な文句を言い倒した所で、銀時はおずおずと顔を引き剥がした掌を見下ろした。
 この国が長い戦争から解放されて、平和が訪れて早数ヶ月。とは言った所で平和とは即ち日常の事であり、日常に戻ると言う事は、大なり小なり犯罪の尽きない世の中へと戻ると言う事でもある。お巡りさんの仕事が無くなる気配は、残念ながらまだまだ当分は訪れそうもない。
 そんな多忙なお巡りさんからの、唐突ではあるが実に殊勝で可愛らしい提案である。そんなものが嬉しくない筈は無い。
 「ま、休みは最大でも二日しか取れねェから日帰りになるが」
 つまりはただの、会社勤めの人で言う土日の様なものと言う事か。住処がイコール職場と言う事情もあるのかも知れないが、土方が土日程度の休みを取っている事ですら銀時は滅多に見た憶えがない。
 それが、滅多に取らない休みを取ってまで、温泉で一緒に過ごそうなどと言うのだ。銀時の頬が自然と弛んで行くのも致し方あるまい。
 「で?で?何処行きてェの。つーかいつ行くの」
 甘ったるい筈の栗餡の団子の甘みさえ、銀時の舌を弾ませる以上の役には立たない。そのぐらいに銀時の気分は浮かれていたし、よくよく見れば土方の横顔も満更でも無さそうに見える。それを、普段言わない事を口にしたから恥ずかしがっている、と言うポジティブ解釈をした銀時は心のアルバムへと土方のその横顔を大事に仕舞い込んだ。
 「ゆっくり出来るなら何処でも構わねェ。出発は…、そうだな、今日の夕方にでも」
 少し考える様な素振りをしてからの、全く考えになっていない土方の返答に、銀時はまたしても思わず肩をコケさせた。この言い出しっぺは唐突どころか提案と動機以上の思いつきは何一つ用意していなかったらしい。
 「また唐突だなオイ」
 「駄目なのか」
 「だから駄目って訳じゃ…、ってさっきもやっただろこの流れ」
 「駄目なのか」
 重ねて真顔で言われて、銀時は今度はゆっくりと団子を呑み込んでからそっと天を仰いだ。広く平らかな秋空に疎らな巻雲が複雑な文様を描いているのを見つめて密やかな一息。どうやらこの、休みを前にした副長殿はノープランどころかゴリ押しで行く気の様だ。
 「……駄目じゃないですけどね?何つーの、ホラ、先立つものの都合ってのがあんだろ。何日か前に言ってくれりゃ、稼いで来るぐれェの余裕もあんだけどよ…」
 今食べている団子も、財布の中の小銭を辛うじて掻き集めて得た一皿だ。当然現在の銀時の懐事情は極寒の真冬である。寒々しいどころの話ではない。
 この話が、例えば週末に旅行へ行くと言う様なお誘いであれば、予定日まで日雇いのバイトでもして旅費ぐらいは何とか稼げたのだが、その余裕もないとなると少々困った事になる。お登勢にでも金の都合を無心しなければならないだろうかと呻く銀時に、新しい煙草を唇に挟んだ土方は、何だそんな事かとばかりに言う。
 「発案したのはこっちだし、金ぐらい出してやらァ」
 「……わー、副長さんてば太っ腹ァ。〜じゃなくて、何かこう、男の甲斐性とかそう言うのがあんだよ。解んだろ?」
 矢張り男として(どちらも男だが)の見栄ぐらいは銀時にもある。団子を奢られる程度の事ならばまだしも、恋人の財布をあてにした旅行など、まるで不倫旅行か何かの様で心象が宜しくない。
 然し土方は、銀時のそんな心情など解っているだろうに、火を点けぬ侭の煙草を軽く揺らしながら懐を探った。
 「今更面倒臭ェ事言うな。別にてめぇに甲斐性だの何だの求めちゃいねェし、俺が良いってんだから黙って奢られとけよそこは。体裁が悪ィってんなら、名目上は貸しって事にしてやっても良い」
 「アレ、おかしいな。奢りって言われてる筈なのに複雑なこの気分」
 言うだけ言うと、銀時の抗議には最早耳を貸す気など無いのか、単に休憩時間を終わりにしたかっただけなのか、土方は懐から探り出した財布をぽいと無造作に銀時へと放った。
 黒革の二つ折りの財布は、小銭が少ないのかそう重くはない。だがその中身は、カード類を除いたとしても万事屋の暫くの食費ぐらいには軽くなる程度には入っている筈だ。
 「行くのに異論は無ェんだよな?なら今晩仕事上がったら訪ねる。ちゃんと準備して首洗って待ってろよ」
 立ち上がった土方はくわえていた煙草に火を点けると、一息吐いてからびしりと人差し指を向けた。
 「待ち合わせの文句に最も相応しく無ぇワードを聞いちまった気すっけど、せめて行きたい場所とか希望ぐらい無ェの?」
 鼻先に突きつけられた土方の人差し指を見つめ返して、銀時は土方から預かった財布を袂へ放り込んで両肩を落とした。この分だと銀時のしなければならない『準備』とやらには、目的地から移動手段から宿泊先まで、旅程をしっかりと組む事まで含まれているに違いない。少なくとも土方の頭の中ではそう言う事になっている筈だ。
 「てめぇと一緒に行くなら何処でも構わねェ」
 人差し指を引っ込めて上着のポケットに手を突っ込んだ土方は、じゃあな、と言うつもりなのか銀時に向けて軽く肩をそびやかすと、いつも通りの見廻りへと戻って行った。
 「……だから、そう言う破壊力のある言葉をさらっと言うのやめて?」
 雑踏へ消えて行く黒い背中にそうぽつりとぼやいて、銀時は団子の最後の一つを呑み込むと、土方の残していった抹茶タピオカドリンクを啜った。抹茶味の癖にほのかに甘いそれは、暫くは喉奥に残留してくれそうだった。
 
 *
 
 しっかりと土産を催促する事は忘れない神楽と、二人でゆっくりして来て下さいと言う笑顔の新八とに見送られながら、タクシーに乗った銀時と土方は江戸の中央駅から新幹線へと乗り込んだ。
 「で、何処にしたんだ」
 目的地は、と、平日で空いている新幹線の自由席に座った土方は、少し冷える事を懸念してか着てきた羽織の中で腕を組んで訊いて来たが、「到着してからのお楽しみ」と銀時は軽くかわしておいた。別に勿体を付ける訳ではないのだが、無計画に提案を寄越した副長様へのちょっとした仕返しの様なものだ。
 「一泊だしな、移動時間はそう取らせねェから心配しなさんな」
 「てめぇにしちゃ気が利く」
 「てめぇにしちゃ、って何だよ。いつもの事だろうが」
 ふんと鼻を鳴らして笑う土方とそうして暫し軽口を投げ合っていたが、やがて疲れがあったのか彼は船を漕ぎ始めたので、銀時は俯いてうとうとと眠る土方の向かいから隣へと移動して、黙って車窓を通りすぎる早い風景を眺めていた。町と郊外との繰り返しの風景には然して見物があるでも無いのだが、肩にかかる重みと体温とに自然と笑みが浮かんで仕舞う。
 そうする内に目的地の駅に到着したので、銀時は土方を揺り起こすと、寝起きで覚束ない足取りの彼の手を引いて新幹線を降りた。
 江戸からそう遠くない、有名な観光地の駅名を見上げた土方は「何だ、随分近場だな」と少々拍子抜けした様子で欠伸をした。もっと遠くへ行くと思っていたのだろうか。
 「だから、移動に時間食ったら勿体ねぇからってさっきも言っただろうが。取り敢えずとっとと宿に向かうか。おめーこの侭じゃ二度寝しかねねぇわ」
 「眠気より腹が減った」
 「だな。途中で何か食ってくぞ。宿の方は時間も時間だから夕食は入れてねェし」
 駅舎から出ると観光地らしい賑わいがあって、平日だと言うのにそれなりに観光客の往来がある。駅前の案内板の前に立った土方は、頭を動かさない程度に視線を漂わせて物珍しげに辺りを見回している。
 「何食いてェ?」
 「ラーメン」
 「普ッ通だなオイ」
 「じゃあ寿司」
 打てば響く様な土方の答えに、銀時は思わず苦笑した。
 「おめーな、もうちょい風情とか大事にしてさ、その土地でしか食えねェもんとかそう言うのにしねェ?」
 「言ってもな。腹減ってんだよ。グダグダ考えてんのも面倒くせェんだ」
 基本的に仕事をこなす事を優先するきらいのある土方は、食へのこだわりが薄い。或いはどんなものでもマヨネーズをかければご馳走になるから良いと思っているだけなのかも知れないが。
 ともあれ旅先だろうが何だろうが、そのスタンスを変える気のないらしい土方が何故か胸を張ってそう言うのに、銀時は肩を落としつつも土方の目を背後から両手で覆った。
 「じゃ、最初におめーの目についた所にするか。何処が良い?」
 言われて土方は適当な方角へ指を向ける。
 どれどれ、と手を離しながら二人して見遣った先には、江戸でも数多い、回転寿司のチェーン店があった。
 
 *
 
 「旅行に来てまで何してんだかなぁ」
 二人して顔を見合わせながら入った、回転寿司店でもぼやいた言葉をもう一度呟いて、銀時は柔く苦笑した。
 「何か言ったか?」と枕を顎の下に抱えた土方の、晒された項に唇を落として「何でも」と言いながら、襟足の産毛の感触を舌先で楽しむ。
 回転寿司屋に入って、土方が真っ先に頼んだのは公言通りに、サイドメニューにあったラーメンで、全くいつもの光景と言うか、江戸でも充分出来る事なのになと銀時は思ったのだが、まあ土方が楽しそうだから良いかと、日常めいた風景を堪能したのだった。
 それから予約をしておいた宿へチェックインをして、二人して大浴場で広い温泉を楽しんでから、戻った部屋に敷かれていた布団でくつろぎタイムの最中と言う訳だ。
 予めルームサービスで頼んでおいた日本酒をちびちびやって、余りアルコールを入れると眠くなるからと、適当な所で土方は布団にごろりと横になったのだった。
 そうなると当然黙っていられないのが銀時の心情である。臥して足をゆらゆらと揺らしている土方の、風呂上がりでまだ上気した膚の上を、悪戯めいた仕草で堪能する。
 「いやね?結局やってる事はいつもと変わんねぇなぁって」
 「別に、奇抜な事をしたくて温泉に行こうとか言い出した訳じゃねェんだし、ッ良いだろ」
 枕に横頬を預けて、与えられる微弱な刺激がくすぐったいのか目を細める土方の項に少し強めに吸い付いてから、銀時は立ち上がると部屋の電気を消した。
 陽はすっかりと落ちているが、山の下の繁華街はまだ明るい。山沿いの高台にある宿の窓からは、穏やかで真っ黒な海と、砂金袋をぶち撒けた浜辺の様な町の風景とが見下ろせるだろう。
 江戸では見られない風景。それらを然し薄いカーテン一つで遮った侭、部屋に備えられた非常灯の薄い橙色の灯りしか無い真っ暗な部屋の中で、そこらのラブホや万事屋やらで出来る様な『いつも通り』の睦み合いに興じる。
 薄手の浴衣を剥いて仕舞えば、硬質な手触りのしなやかな肉を持った土方の身体は惜しげもなく晒される。温泉の成分でかいつもと少し違う気のする肌触りを重ね合った肉体で楽しんで、伸ばされ絡められる両腕に逆らわずに唇と舌とを啄んでから顔をそっと離せば、矢張り『いつも通り』の土方の顔に出会う。
 「折角だし、奇抜な体位とか挑戦してみるか?」
 「っ、ん、いつも通りで、良いってんだろ、」
 離れて行く舌を追う様にちろりと、伸ばした舌先で口端を伝った唾液を舐め取った土方の、顎の下の柔らかい皮膚に銀時は音を立てて吸い付いた。
 「いつも通り、ねぇ…。まぁ確かに、おめーを抱く時はいつでも銀さん大興奮状態だしね」
 一旦上体を起こした銀時は、浴衣の袖を肩からばさりと落とした。縋る様に掴まっていた土方の両腕が自然と布団に落ちたので、銀時はそれをぐいと頭の上でひとまとめに押さえる。のしかかる様な姿勢になって腰を低くすれば、見ずとも互いの一物同士が既に固く兆している事は容易く知れた。
 「結構」
 ふ、と笑った土方はもぞりと腰を動かしてみせて、柔い微弱な刺激を味わう様に目を細めた。拙い仕草の自慰めいた行為が可愛らしく思えて、下の方は土方の好きにさせた侭、銀時は唇と舌だけで目の前の乳首にむしゃぶりついた。捉えた両手がぴくりと震えて指を戦慄かせる、僅かの抵抗を楽しみながら、すぐにぷくりと固くなったそれをなおも可愛がってやる。
 「ぁ、あ、」
 もどかしげに胸を反らすのを押さえ込んで、じゅる、と音を立てて吸い上げた乳首を歯の間で転がしてやれば、土方は腰を揺すって性器への刺激を必死で貪る。もどかしい感覚が堪らないのか、忙しない呼吸を繰り返す口はまるく開かれて、切なげな声を上げている。
 「手、放して欲しい?」
 囁く様な声で訊けば、こくこくと頷きが返る。
 「イキてぇの?自分で触ってイッてみる?」
 続け様の問いに、土方は頷いて、それからかぶりを振った。
 「了解」
 もどかしげな仕草に忍び笑って、銀時はその侭乳首を可愛がってやる事に専念する。
 「っなにが了解、だ!ッあぁ!」
 問う前と後とで全く変わらない状況に、喉を反らせて頭を振った土方は、じわじわと追い上げられる刺激に堪えかねる様に藻掻くと、浴衣と下着越しに感じる銀時の硬度と熱とを求めて腰を浮かせた。
 「普通で、良いって言って、っんぁ、あ、!」
 押さえられている手がもどかしげに戦慄く。せめて何かを掴んで気を逸らしたいのか、無意味に指が空気を幾度も掻いている。
 いっそ浴衣の帯で縛ってやって、直接触ってやろうかとも考えた。だがその場では互いに興奮を煽られて良いかも知れないが、翌朝気まずい事になるのは御免だ。折角二人きりの旅なのだし、出来れば下らない事で喧嘩などしたくはない。
 「はいはい、普通な。じゃ軽く普通にイッてみようか」
 手伝ってやるから、と言いながら、銀時が唾液ですっかり濡れすぼった土方の乳首を再び噛んだり吸ったりしてやれば、「も、そっち、良いッ、からぁっ!」と切れ切れの声と共に、土方は腰を左右によじった。剥き出しの土方の性器が浴衣越しの銀時の性器に激しく擦りつけられて、思わず心地よさに息を吐く。
 「っあぁ、あー…、ぁ、あー…ッ!」
 びくんと腰を跳ねさせた土方の背が漣の様に震えるのと同時に、密着した下腹に熱い湿りが迸るのを感じた銀時は、押さえつけていた土方の両手をそっと解放して上体を起こした。
 腹の上に精液を散らして、脱力して浅い呼吸を繰り返す土方の腰を抱え上げると、銀時は強く引き寄せた片足に噛み付く様な口接けをする。
 「俺はそろそろこっちにお邪魔してェなぁ」
 言いながら、尻肉を指の腹で軽く引っ張ると、剥き出しにされた慎ましやかな孔がひくんと震えた。
 「あんま、ガッつくんじゃねぇ、って」
 両足を拡げられ、尻をほぼ上方向に剥き晒しにされると言うとんでもない体勢で、然し土方は紅潮した頬を持ち上げて薄く笑うと、肩上に担ぎ上げられた片足で銀時の頭を蹴る様な仕草をしてみせた。
 「解ってる解ってる。ちゃんと慣らしてからな」
 「……なら、早くしやがれ」
 言ってぷいとそっぽを向いた土方を微笑ましくも見下ろしつつ、銀時はゴムの袋を開けて、小さな袋の中を満たしているぬめりを指に掬い取った。
 「っ、ん」
 ぬめる指で触れられ、竦む様に開閉した孔へとぬぷぬぷと人差し指を滑り込ませて行く。すっかりと憶えて仕舞った土方の体内の形をなぞる様に収められて行く指へと、まるで味わう様に口が吸い付いて来る。
 後孔を使ったセックスを、銀時と繋がる手段として長い事受け入れ続けて来た土方の身体は、少し弄って可愛がってやるだけでその役割を思い出した様に綻んで、容易く銀時の指の蹂躙を受け入れてくれる様になった。何れそこで憶える快楽への期待でか、喉は上擦った声を上げて、体内は熱を持って、腹を震わせる度にうねって絡みつく様だ。
 散々擦りつけられてすっかり元気になった肉棒を片手で取り出すと、血管を浮かせてそそり立つそれを扱きながら、銀時は孔を蹂躙する指を性急に増やして行った。三本まとめた指を体内でばらばらに動かせば、空気を巻き込んで粘着質な音が響いて、互いの荒い呼吸に混じってより興奮を煽る。
 「なァ、ナマで入れてい?良いよな?」
 言うなり銀時は指を、排出しようとする後孔の動きに逆らわずににゅるりと抜いた。その動作に反射的に両目を固く閉じた土方が、首を夢中で縦に何度も振るのを見届けるのとほぼ同時に銀時は、指の質量を失って柔く開かれた侭の孔に、いきり立った一物を何度か擦りつけて深呼吸した。ここまで来てゴムを付けて、なんて間怠っこしい事をやっている余裕など、きっとどちらにも無い。
 こう言うものは年齢とかでは無いのだと、衝動に急かされて荒くなる息の下で考える。それを愛だとか解り易い感情の名前だけで片付けようとは思わないが。
 ひくひくと喘いでいる様な孔へと、先走りを滴らせている先端を宛がって、銀時は腰をぐっと沈めた。
 「っはい、って、く、」
 目を閉じて視界を遮断する事で感覚だけを逃さず味わおうとでも言うのか、悲鳴にも似た土方の言葉に銀時の背筋は快楽と愉悦とで粟立った。先端を食む刺激に唇を湿らせて、息を詰めながら体内へと一息に入り込む。
 「、っふ…ッ」
 「っあぁああ…!」
 指とは比べものにならない質量に体内を拓かれて、然しその割には甘すぎる啼き声を上げる土方の、本能的に逃げを打つ腰を銀時は尻を掴んで強く押さえつけた。びく、と肩上の足が硬直して痙攣に似た動きをする。
 性器の全長をきゅうと食い絞める体内の熱と柔らかさとに、一時快楽の吐息を吐いた銀時は、枕を片手で抱えて涙と唾液をこぼした侭、小刻みな息遣いを繰り返す土方の顔へと手を伸ばした。汗で額に斑に貼り付いた髪を指で剥がしてやると、彼は湿った目をゆるりと動かして銀時の姿をようよう捉える。
 「……いつも通り?」
 努めて優しい声音で問えば、土方は少し笑ってから頷いた。枕を手放した腕に引き寄せられて口接けに暫し興じる。
 然しいつまでも生殺しの様な戯れで我慢出来る程に、幼くも臆病でも無い二人は、やがてどちらからともなく舌の交わりを止める。土方の尻を再び抱え直した銀時は、少し抜けかけていた性器を再び奥深くへ押し込み、それから一気に引いた。
 愚直なまでに、そこを通ろうとするものを熱くキツく抱きしめるだけの肉の筒が気持ち良くて堪らない。夢中になって出入りを繰り返しながら浅く前立腺を押し潰して、深く結腸までを犯してやる生殖の為の銀時の動作に、土方は啼き喘ぎながら感じ入る。
 意味をまるで成さないはしたない言葉の羅列と、とろとろと精液を噴きこぼしながら達している土方へ沸き起こる、愛しいとか可愛いとかもっとしてやりたいとか、そう言った感情たちに身を任せて、銀時は幾度も、達しても幾度となく交わりを続けた。
 いつも通りだけど、いつもより気持ち良い、と切れ切れの言葉で譫言めいて言った土方の言葉に、堪らないと思った。
 
 *
 
 「……全身痛ェ」
 と、起きるなり呻いて寄越した土方を何とか宥めながら、銀時はフロントに電話して取った、温泉を幾つかプライベートな小さな浴室へと割り振った、家族風呂へと連れていった。
 温泉らしい雰囲気を味わいたかったのもあって、幾つかある家族風呂の中でも一つしかない、露天を選べたのは良かった。矢張りまだ早朝と言う時間帯なだけあって、温泉の利用客は他にもそう多くは無い様だ。
 家族風呂の露天は宿のバルコニーの様な所へと張り出してあって、銀時の肩程度の丈の竹垣で周囲を囲ってある。風呂の縁に座っても外からは見えないし、立ち上がってやっと顔が出るぐらいだ。
 そこから見える風景はと言えば、海へ段々と続く温泉街程度のもので、晴れていれば遠くの島や山まで見えるそうだが、生憎の薄曇りではそう大した眺望でも無い。
 とは言った所で、土方は疲労困憊したらしい身体を湯にぐたりと浸からせるのに一杯一杯だったし、銀時はそんな土方の膚のあちらこちらに散らして仕舞った吸い痕を数えるのに夢中だったので、晴れていようが曇っていようが絶景だろうがそうでもなかろうが関係無かった。
 「今日はどうする?帰りの電車は夕方だし、そこらへん観光でもしてみるか?」
 チェックアウトは十五時の予定だ。朝食は宿の食堂でビュッフェスタイルで供されるらしいが、その後の計画は白紙だ。昼食は外に食べに行っても良いし、宿に頼めば用意してくれると言う。
 のぼせない様に一旦露天風呂の縁に上がった土方は「んー…」と少々掠れの入った声で唸る。だが言う程に真面目に考えている訳ではない様で、今ひとつ気が入っていない。
 そんな土方の、湯に浸かった侭の足に寄りかかって、空く時間を指折り数えた銀時が、フロントで観光案内のパンフレットでも貰って来るかと算段を立てていると、突然濡れた髪を引っ張られ、顔が上向いた所に上から口接けられる。
 「疲れたし、いつも通りで良い」
 珍しい動作にぱちくりと銀時が瞬きをすれば、土方はふっと息が抜ける様に笑って目を閉じた。
 「……いつも通り?」
 「ああ。てめぇと過ごすいつも通りに、部屋でだらだらしてェ」
 顔が自然と熱くなって、のぼせかねないと思った銀時は、土方の隣へ上がると目を閉じたその頬に口接けた。目だけは眇めてみせたものの、珍しくも振り払ったり避けたりと言った否定的な仕草を取らない土方の、緩やかな弧を描く唇を指先でなぞった。
 「『いつも通り』には、いやらし系も含みますか?」
 「…まぁ、明日に支障の無ェ程度になら許可する」
 態とらしい銀時の言い種に、寛容にもそう頷いた土方は両腕を思い切り伸ばして背伸びをした。少し冷えて来たのか、行儀悪くも湯の中へと滑る様に身を沈めて、疲れた体を──何由来とは言うまいが──リラックスさせて気持ちよさそうに笑う。
 後頭部を浮かばせながら四肢を目一杯に伸ばす土方の、くらげの様にふにゃふにゃになった姿を風呂の縁に座って見下ろした銀時は、果たしてこのプチ旅行の話になってから何度目になるだろう、笑みの成分が強い溜息をついた。
 「悪くねェんだけどさ、ほんっと、旅行来た意味ねェなあ」
 「だから、てめぇと一緒にゆっくり出来んなら何でも良いって、最初っから言ってるだろうが」
 まぁ温泉には入れてるけどな、と、木桶に引っかけてあったタオルを折り畳みながら言う銀時に、頭を器用に湯に浮かばせた土方もまた、何度目かの殺し文句を真顔で投げて寄越して来る。
 湯の温度は少し熱い。そろそろのぼせる頃かも知れない。湯から離れて居る部分は爽やかな早朝の秋風が触れて通れば少し寒いくらいなのだが、こんな会話をしていれば丁度良い体温か、それを通り越しそうだ。
 「そんなら家で過ごしても良かったんじゃねぇの?ああいや、厭だとかそう言う訳じゃなくてだ。仕事馬鹿のおめーがわざわざ温泉だなんて、どう言う風の吹き回しなんだって」
 痛烈な反論か拗ね気味の抗議ぐらい返って来るかも知れないと思って、銀時は努めて軽そうに、別に気にしてませんけど、とばかりの調子で言ってみた。やっぱり厭だったのか、などと言われるのは本心では無いと解っていても余り心臓に宜しく無い。
 然し予想していた様な土方の不服そうな言葉は返らず。彼は湯の中ですっかり桜色になった膚を惜しげもなく晒しながら立ち上がった。ぼたぼたと派手に滴を散らしながら、もう上がると言った風情で風呂の縁に手を掛ける。
 これは確信があった。熱い湯の中ではきっとのぼせて仕舞うから、それを避けようとしたのだと。
 風呂から上がると、そこでほんの僅かだけ振り向いた土方は、辛うじて浮かべる事に成功した、悪戯っぽい笑みの中でふんと鼻を鳴らしてみせた。
 もう上がるのかと、慌てて追いかけようとした銀時の顔を見下ろして、口を開く。
 「…………ちょっとばかり遅くなったが、誕生祝いだよ、てめぇの」
 「え」
 言い放たれただけだった唐突な言葉たちが、ようよう意味を持って銀時の裡にぽとりと落ちる。その不意打ちじみた奇襲に思わずぽかんと間抜けな一音を漏らした銀時の、その隙をつく様に土方は漸く目を細めて彼らしい笑みを浮かべた。
 してやったりと思ったのか、単に言うだけ言って安心したのかは知れないが、恐らくは言うつもりなど無かったに違いない言葉をひとつ。贈って寄越す。
 「真選組の副長を丸一日貸してやろうってんだよ。有り難く受け取りやがれ」
 言うだけ言って脱衣所へ避難しようとする土方の肩を掴んで止めると、銀時は想像通りに紅くなっていた彼の顔を振り向かせて口接けた。




今年の土誕に続いて旅行リベンジ。旅行である必要ないやつだけどね!

おまえの言葉は解り難い。