アイドリングストップ 一日の終わりの市中見回りを終え、短くなったくわえ煙草もその侭に副長室に戻った土方を迎えたのは、男臭い顔やデカい体格にジャストフィットした剛胆な大声だった。 「おうトシ、お帰り。今日も一日お疲れさん!」 「……ただいま──じゃねェ。近藤さん、何してんだアンタ」 時間的には一日持ち回り係も就業時間を終え、夜勤組に交代している頃だからだろうか、近藤は私服の着物姿で何故か副長室に鎮座していた。 局長室とは大して離れてもいない距離だが、灯りまで入れて机の前に当然の様に座っている近藤の姿を見ていると、自分が部屋を間違えたのではないかと思わず疑いたくなる。土方は三歩後ろ向きに戻り、部屋の前の表札を念のために確認していた。間違いなく副長室だ。 「いやあ、いっつもトシには色々任せっきりだしなぁ。見回りは終わっても、まだ残務があるだろう」 (……答えになってねぇよ…なんなんだ) 近藤の向かう文机に近付く気にもなれなかったので、携帯用の灰皿に煙草を押しつけた土方は上着を脱いで鴨居に下がる衣紋掛けにかけた。沖田の様に適当に脱ぎ捨てたりしたら隊服なんて直ぐに皺になって仕舞う。副長と言う、人前に立つ事の多い身としては気を遣う点である。 「報告書が幾つか入ってるからな。その辺の雑事だよ、残りは」 局長である近藤にもデスクワークは勿論あるが、その殆どは重要報告や最終確認の様なものだ。基本的に隊の運用や書類の集まる先は副長である土方の元であり、そこで分類と厳選を経てから近藤の手に渡るものも多い。 近藤がわざわざそんなことを訊く辺り、何か急ぎで目にしておきたい要項でもあったか、と考え、特にないよな、と数秒で結論が出た土方が次に考えたのは、飲みにでも行きたいのかと言う事だった。 しっかりと着込んでいた隊服を脱ぎながら、飲んで大丈夫だろうか、仕事は手につくだろうか、などと考えつつ土方は私服に着替えていく。 (まァそんな飲み過ぎない程度ならなんとかなるか。最悪、残務は明日の朝に回しても良いし…) そんな事を考えながら帯を結んで回しながら近藤を振り返れば、その真選組局長はきょろきょろと副長の机を見回していた。書類を摘み上げ、吟味する様な風情の、その横顔。 「………だから、何してんだよ」 「うん?だから、偶にはこう、上司らしい事をだなぁ。いっつもトシには苦労かけてるし」 (……?飲みに、って訳じゃねェな…これ) 首を傾げつつ、土方は近藤の横──机の前は近藤に占拠されていた為──に腰を下ろした。机の上には一日分の報告書が積んであるが、今日はいつもに比べれば少ない方である。その理由はと言えば沖田が巡視担当ではなかったからだ。あの悪魔の如き一番隊隊長が桂などを追い回し町に被害を出した時の報告書や始末書の山はとても『雑務』などとは言い難い量になる。 その控えめな量の書類を前に、近藤はやおら楽しそうな風情で言った。 「だから、今日の残業は俺に任せて、トシはもう休んでくれ」 「……………はァ?!」 思わず素っ頓狂な声が出た。ぱちくりと瞬きをする土方の肩を、近藤はがははと笑ってぽんと叩く。 「ただでさえお前、有給溜まり過ぎてる程仕事尽くめなんだ。偶には早めに休むのも良いものだぞ?」 あっけらかんとした様子で言う近藤の、そういう姿に土方は弱い。嘗て田舎の道場に、暴れん坊として厄介者扱いされていた土方を平然と迎え入れてくれたあの頃の、兄の様な包容力をどうしても思い起こさずにいられないからだ。 然しそれに絆される訳にも行かない。土方のそれは副長と云う立場より性分もあるだろう、隊内で起こった事、江戸市内で今日どんな事件があったかなど、と言う事柄にはきちんと目を通しておかなければ落ち着かない。 土方は思わぬ余計なお世話もとい優しさに挫けそうになる心を叱咤した。近藤の肩を逆にぽんと叩き返す。留める様に。 「〜あのな、近藤さん。気持ちは有り難ェんだが、残務処理(そいつ)は局長の仕事じゃなくて副長(俺)の仕事だ。事件の仔細や町の動きは、俺がちゃんと把握してなきゃなんねぇ。誰かに任せて済ませて良い事なら、とっくに山崎やら暇そうな総悟にでもやらせてるよ」 溜息も冗談も混じった土方の言い種に、近藤はむう、と唸るがその言い分は理解したらしい。くるりと机から土方の方に向き直ると腕を組んだ。 「しかしなぁトシ…、良き上司として部下を労うってのがどうにも具体的に解らなくてなぁ…。仕事の手助けをするくらいしか思いつかなんだ」 テレビでも見たのか、それとも近藤が熱烈に恋する相手である志村妙に何か嫌味でも言われたのか。日頃隊士らに「対等な立場として五分の仲間」というスタンスを崩さない近藤だが、今日はそれに加えて「良き上司」と言う姿を模索しているらしい。 真選組は局中法度と言う重い制度を敷いてその規律を守っているが、こういう組織には珍しい事にも階級が余り重用視されておらず、隊長格も一般隊士もそれほど上下関係が厳しくある訳ではない。信頼関係がその侭尊敬に繋がると言う、ある意味理想的な形になっているからだ。が、それでも事実立場の上下は存在している。指揮系統と副長周り以外では形骸化しているかもしれないとは言え。 近藤もそれを解っている為、任務の際には日頃の剛胆で朗らかな姿ではなく、凛として立つ。誰の前だろうと素なのが変わらないのは沖田くらいのものだろう。 「らしくねぇだろ、良きも悪きも無く、アンタは真選組(俺たち)の大将じゃねェか」 溜息混じりに言う土方の言葉に、近藤は難しそうにしていた顔をぱっと輝かせた。照れ笑いを浮かべると、がばりと両手を伸ばして土方を抱き締めて来る。 「──〜ッ!?」 「嬉しい事言ってくれるなぁ、トシ。ほんと俺はお前らと言う親友や仲間に巡り会えて幸せ者だよ」 ばしばしと叩かれる背中は些か乱暴だが労いの類なのだろうか。些かオーバーアクション気味に笑ってそう言うと、近藤は何かを思いついた様に「そうだ!」と手を打った。 次の瞬間、土方の視界が横向きに倒れた。 「へ?」 思わず間抜けな声が出た。ぼす、と後頭部に硬く温かな温度。ぽかんと見上げた前方には近藤のにこにことした顔。 膝枕をされている、と気付いた土方の顔に──頭に、一気に血が昇る。 「寝ちまっても大丈夫だぞ、トシ。俺も常日頃からお妙さんに一日疲れた身を膝枕されたいなーとか考えていたんだよなぁ」 (いやソレと結びつかねーから!ていうか何だコレ!ナニコレ!) どういう絵面だよ、と心の中で絶叫する土方に構わず、近藤は土方の頭を自らの膝上に乗せ、ご満悦そうな表情で頭を撫でくり回して来ている。 (こんな所を他の隊士や、総悟に見られたら──いや総悟は今日夜巡りだが…ってそういう問題じゃねェだろ俺!!) 「っこ、近藤さん!ガキ扱いはやめてくれって!」 恥ずかしさと居た堪れなさと、その状況に安らぎたいと思っている自分とがごちゃ混ぜになって、真っ赤になった土方は起き上がろうとするのだが、そうすると近藤はますます強く頭を撫でて来るのだから堪らない。 「そう言えば、トシは昔から俺に甘えてくれなかったっけなぁ。総悟と違って」 「ッたり前ェだろ!年齢考えろ馬鹿!」 「甘えるのに年齢なんて関係ないだろ?」 大ありだ、と抗議しようとするが、わしゃわしゃと乱暴に髪ごと頭を撫でられて、開きかけた口は閉ざされて仕舞う。大きな手の先には、楽しそうで嬉しそうな近藤の表情。 (……頼られんのが好きなんだよな、この人ァ……) 近藤の、誰でも懐に招き入れる包容力は人好きで世話好きな質からも察せる通りだ。嘘や社交辞令などではないその証拠の様に、滅多に見ない程に上機嫌な風情など向けられては。 「…………」 それ以上土方には反論が浮かぶ筈もなく、大人しく観念する事にした。局長に副長が膝枕をされている図、と云う奇妙さは客観的に想像したが最後、恥ずかしくてやってられないものだろうが。 (脚硬ェし暑苦しいし良い事なんざ何も無ぇって…) でも、上から降ってくる大きく優しい手も、頭の下の体温も、酷く心地がよくて。 「〜……近藤さん。俺でも総悟でも構わねェが、あんま軽々しく甘やかしてくれんなよ。隊士の目ってのもあるんだ」 苦し紛れの抗議は力がない。土方は自らの手で目元を隠しながら、真っ赤になった侭の顔を自覚して、頭上の笑顔から目を逸らした。 すると、一瞬の間ののち、わっはっは、と笑い声。 大きく力強い手が、顔を隠した土方の手をひょいと退ける。 「トシぃ〜、お前そうやってると可愛いなぁ。なんだか思春期の娘と何年振りかに交流出来たお父さんみたいな気分?」 「……………頼むからあんまからかわないでくれ。て言うかどーいう喩えだソレ」 言うに事欠いて思春期の娘は無いだろう。そんな事で一喜一憂するのは警察庁長官の松平だけで充分だと、土方は胸中で呻く。 「ほらトシぃ、眉、眉」 考える内渋面になっていたのだろう、近藤がにこにこと土方の眉間をつっついている。「も、いい加減にしてくれ…」赤面した侭溜息をついて、土方は近藤の手を捕まえて止めさせる。 押し退けた掌同士が触れて、指がふと絡まった。思わず土方が見上げると、近藤は目を細めて微笑んでいた。 「昔からお前はそうだったよなぁ。そういう面して、面倒事は一人で抱えっちまって。相談とか余りしたがらないで、気付いたら手前ぇで解決して、傷だらけで帰って来てる。総悟はお前のそういう所が特に好きになれんと、よくぼやいてたよ」 近藤の道場に世話になってからも、土方は周囲の恨みなどが近藤らに波及するのを恐れ、暫くの間余り打ち解けずに居たものだった。逆恨みで近藤の家を狙おうとしたり、門下生の縁者を襲おうとしたり、全て未然に防いで来た心算だったが、思えばあの頃から『自分の巣を守る』狗の様な役割を自然と負っていた気はする。 やがてそれらの連中が、土方の力に純粋に諦めを抱くまで。近藤の道場に人が増えて賑やかになるまで。近藤らといる生活と、外を歩く生活と。自然と分け隔てが生まれていた。 ただでさえ近藤やミツバを奪われた様に感じていた沖田にとっては、そんな恵まれた環境にありながら彼らを頼らず孤高に佇んでいる様にも見える土方の存在はさぞ疎ましかったのだろう。 恨みを山ほど買う程に、狂犬めいて暴れまわっていたのは土方自身の蒔いた種だ。だが、そのツケを自分の命以外で払わされるのは御免だった。 近藤も、沖田も、ミツバも、道場そのものも、土方にとっては護り通したい大切な人であり場所だった。 それは、真選組に場所を移した今も変わりはしない。寧ろ以前より所帯が増えて苦労も倍増しになっている。近藤自身が立場上の問題から狙われる事も少なくない為、土方は今まで幾度も、近藤にそれを気取られぬ様に防いで来ていた。 無論、その中には密偵や暗殺者として入り込んで来た隊士を始末する、と言った血腥い所行も含まれている。仔細を全て知るのは監察の山崎だけだ。無駄に鋭い沖田とてその全てを識るには至っていないだろう。 (でも俺は、アンタを守る為なら、) 「……今は、違うだろうが……」 呻く様な声には内心を裏切った嘘が潜んでいる。だからなのか、近藤は彼にしては珍しくも、少し困った様に弱気な笑みを見せた。 「……そうだな」 (すまねェ、近藤さん) この人に嘘はつかないが、話す必要のない真実も言わない。言えない。 そしてそれを朧に理解しているからこそ、近藤もまた少し寂しげに笑うのだ。お前はあの頃から変わってはくれないのか、と。それも俺の為なのか、と。 きゅ、と自然と組み合った指に力が込もった。 「俺は暢気なもんだが、お前はそうも行くまいよ。だからなぁ、羽は伸ばせる時に伸ばしとこうな」 逆の手が再びぽん、と頭に落ちて来て、さらりと黒い前髪を除けた。先程までのぐしゃぐしゃとした手つきではなく、無骨な手からは想像も出来ないくらいの優しさがそこにはあった。 「……羽なんざ伸びたよ、もう。なんてったって局長直々に労って貰えてんだ」 優しく撫でる手のひらにうっとりと目を閉じて、土方は少しだけ微笑んだ。こんな風に近藤に甘えた事など、それこそ酔っぱらって我を無くした時くらいしか無かっただろう。素面で、子供みたいに頭を撫でて貰って、それに安らいでいるなどと、日頃の『鬼の副長』からは想像もつくまい。 それでも、甘えるのは下手だから。たいしたことない、と強がって笑う。 見抜かれているから、黙ってこうして居てくれる。 ただ、繋いだ手の中がひどく暖かい。 一方近藤の方はといえば、実の所少し困惑気味ではあった。 性分なのだろうか、土方は近藤と出会った頃から自分から他人へと好んで混じり合う質の人間ではなかった。と言うより、他者の助けや温度を知らない或いは必要としていない節でさえあった様に思える。 喩えるなら、出会った当初は懐かない猫。今では分を弁えた犬。当人に言うと憤慨される事は請け合いなので近藤のその感想は密かに胸に仕舞われるべきものである。 ともあれ──長く付き合い、時に真剣にぶつかり合い、時に腹を割って話し合って理解を深める、そんな関係になってよりよく解った事はと云えば、彼は単に他人に甘えたり頼ったりする事が下手なのだと言う事だった。 虚勢を張ったり、一人胸の裡で感情を呑み込む事に慣れ過ぎた土方は、真選組副長と言う立場に収まった事でそのきらいを更に強め、碌に弱味や弱気を晒す事が出来ないだけなのだ、と言う事だ。 それを知ってからと言うものの、宴席で、食卓で、話し合いで。あらゆる所で、近藤はなんとか土方に本当の意味で頼られはしないものかとずっと悩んでいた。局長として、大将として頼りにされていない訳ではない。ただ、プライベートな部分で情けない部分を露呈する様な相談などをされてみたい、と。 然し押しても引いても土方が甘えを見せる事は殆ど無かった。 ならば、と、日頃の彼の働きを労うと言う形で、無理に折らせる様にしてみた、訳なのだが。 実際。膝枕をされた当初の土方はかなり本気で暴れだしそうだったと言うのに。今はどうだろうか。心地よさそうに眦を細めて、手など握ってくれている。 (…………可愛いなぁ) 殆ど歳の離れていない男の親友に抱く感想としては如何なものかと正直な所では思わないでもないのだが、散々苦労した挙げ句に漸く引きずり出す事に成功した、土方十四郎の『素』。なるほど、普段は絶対に見る事が適わないが、油断した時にちらと覗くのだろうその片鱗は、「可愛いイキモノ」と言う評価で強ち間違ってもいないだろう。 日頃凛と立つ姿の内側で、恐らくは近藤にしか晒す事のないだろう、大人しく言うが侭に安らぎきっている様な様子は、厳しめに見積もっても『甘えてくれている』事の一種だと言える筈だ。 (と言うより、変わったのかも知れんなあ。最近は昔より表情豊かになった気がする。そうでもないとこんな風に甘えちゃくれなかったんじゃないか?) 相変わらず面倒事は背負い込むし、監察の直属と言う立場を使って局長に悪い意味ではなく隠し事もするし、高血圧だし、と並べると昔と全く変わっていない様にも思えるが、最近幾分表情が柔らかくなっているのは確かだろう。 真選組と言う内側だけでなく、外側に影響されたのではないか、とは薄々感じないでもない。 近藤は、絡み合った手とは逆の手を緩く握って、指の背で土方の頬に触れた。 躊躇う様な優しい仕草に、土方がぱちりと目を開く。撫でる手がくすぐったいのか、片目を軽く閉じて、怪訝そうな眼差しが見上げてくる。 「そうだよな。万事屋たちと知り合ってからお前、ちょっと柔らかくなったかも知れんなぁ」 「はァ?!」 口にしてから、仕舞った、と近藤は思うが遅い。土方のさきほどまでの安らいだ様子は何処へやら、ぴき、と額に青筋を浮かべて上体を起こして仕舞う。 「何だよいきなり、冗談よしてくれよ近藤さん。あの馬鹿共にアンタこそ影響受けまくりじゃねェか」 自然と離れた手が机の上から煙草を取り上げ、不機嫌そうな口元がそれをくわえる。苛々した時など精神安定にヤニを欲するのは土方のあからさまな癖だ。 「しかも何だよ、柔らかくなったって。あの馬鹿野郎に感化されたみてぇな言い方は勘弁してくれ」 「あー、そうか。すまんすまん。別にそういうつもりで言ったんじゃないんだぞ、なぁトシ俺はだな、」 「上に立つ者が簡単に謝んじゃねェよ!〜…もう良いから、アイツらの話は止めだ」 (え?何これ、逆ギレ??) ぷはァ、と、苛立った心を象徴するかの様な煙を吐き出しながらトゲトゲしく言う土方に、近藤は二度目は流石に言葉を呑み込んだ。降参する様に両手を上げて苦笑を浮かべる。 「さて、俺は残業があるから、近藤さん、悪ィがそろそろ」 「い、いやだからね、今日は…」 「アンタは局長なんだからもっとどんと構えてやがれ。残務なんて下の者がやる事だ」 「…………」 先程甘えてくれていた(?)姿など見る影もなく、ぎろ、と眼光鋭く近藤を睨む様に見る土方の様子は、いつも通りの鬼の副長の姿だった。戻って仕舞った、とでも言うべきなのか。近藤は少ししょんぼり肩を落とす。 「……じゃあトシ、また明日な」 「ああ。お休み、近藤さん」 席を立った近藤と入れ替わりに机の前に座った背中が、振り向かぬ侭ぷらぷらと手だけを振って寄越してくる。 「お休み、トシ」 ぱたり、と障子を閉じて近藤は大きな溜息をついた。途中までは上手く行っていたのに、どこで間違えたのだろうと呻いて気付く。 (万事屋たちの所為で柔らかくなって、でもアイツらの事を言われると途端に不機嫌になっちまうってのは……、まるで子供みたいというか、総悟のトシに対する態度そのものっていうか) 休ませようという企みは残念ながら失敗に終わった訳だが、恐らく元より休む気など無かったのだろうから、ある意味当然と言えるかもしれない。 珍しくも心を折って甘えてくれたのは(自覚無しにせよ)嬉しい誤算だが、今の土方のいつも通りの姿と言うのは、言う迄もなくこの障子の向こうで、少しだけ苛々しながらも仕事に向かい合っている姿に相違ない。 そしてそれは、局長の問題行動や隊士へ忙しくフォローをして回って神経を磨り減らして、それでも近藤が甘えさせてみようと頑張ればあんな風に頭など撫でさせてくれるくらいには柔らかくなった土方十四郎でもある。 変わった奴と言うのは、変えてくれた奴の影響力にこそ気付かないものだ。何処か楽しそうに笑う様になった事など、自分では恐らく気付いてもいまい。 思いの外に簡単だった答えに、自然と近藤の口元に笑みがこぼれた。 近土も好きですが色んな意味で絶望的。なんて言うかナチュラルな熟年夫婦みたいな…? 信号待ちの僅かな時間くらいの休息。でも間違いなく充足。 |