If I could tell you 痛い。と思った。 「……痛ェ……」 声にも乗せてみるが、当然の様にそんな事をした所で痛みが消える訳もない。紛れる訳でもない。 痛い。ともう一度呻く様に吐き出して、それから土方は俯せていた枕から顔をのろのろと起こした。首と眼の動きで確認出来るだけの範囲をぐるりと見回して、目当ての煙草の気配が何処にも無いと知ると、再び枕に額を押しつけ突っ伏す。 剥き出しの肩が寒くて、もぐもぐと布団を身体に寄せれば、どうやら下着だけは身につけているらしいと知れた。寧ろ無いと落ち着かない布きれの筈なのに、今はその僅かな接触でさえ痛みをもたらしている気がして何だか居た堪れない。かと言って脱ぐ気にも到底なれない。 身体は多少は拭っていた様だが、散々かいていた汗はその侭だった筈だ。思い出せばなんだか身体がべたついている気がして来て、風呂に入りたいと正直にそう思うものの酷い痛みに身動き一つするのでさえ憚られた。 何しろ、筋肉痛は兎も角として、有り得ない箇所に憶えのない類の痛みと違和感とを得ているのだ。立ち上がったら更に痛いかも知れないし、風呂に入ったら沁みるかも知れない。 いやそれ以前にとにかく動きたくない。痛いとか気持ちが悪いとか怠いとかそう言うレベルではなくて。 「…………」 ぐ、と咽せそうになる息を呑んで、土方は枕を顔の下に抱え込んで布団を思い切り頭まで被った。反対に足先が布団から飛び出したので、もぞもぞと身体を動かして布団の中で亀の様に丸くなる。動いた事で恐れていた痛みも勿論発生したが、それ以上に羞恥心が勝っていた。 うおおお、と声にならない声を上げて喉奥で呻き、頭に一気に昇った血で耳まで真っ赤にしながら土方は枕にごすごすと額を押しつけた。 生娘が初夜を終えた訳でもあるまいし。否、ある意味で処女(?)は喪失したかも知れないが! そつなく、何でもない様な顔で起き上がればこんな、身の置き所を失う様な羞恥心にはそこまで駆られず済んだやも知れない。だが、それを演じるには余りに身体中が痛すぎた。そして、痛みから蘇る記憶は生々しすぎた。 うがあああ、と再び声にならない声で悶絶し、土方はすっかり抱え込んでいた枕を拳でげしげしと殴りつける。 一言で言えば。痛みの原因となった行為は恥ずかしくて堪らないものだった。それこそ身の置き所も羞恥心の紛らわし所もないぐらいに。 セックスそのものの経験が無い訳では無論ない。特別遊んだ憶えも無いが、それなり通り一遍の事は疾うの昔に済ませて来ている。 性的な快楽とは、多くの人間が秘め事の様に扱うものだろう。発情期の畜生でもあるまいし、場所も時間も相手も問わず淫蕩に耽る趣味なぞは、少なくとも土方には理解し難い類のものである。かと言って自らを特別清廉だとか言う心算はないが。 詰まる所、土方は人並みの常識を持つ者として、性的な行為や快楽を他者に明け透けに顕わにする事は好まぬ質であった。 商売女と寝る時も後腐れ無く弁えを知る遊女を選んだし、事が終わればさっさと帰る。商売上の信用以外を求めた事は無いから特定の親しい相手なぞも作らなかったし、甘い寝物語なぞした事もない。したいとも思わない。 一晩の僅かの時間の相手であれば情など置かずに済むし、己の性情を思えばそれは理に適った行動でもある。 「………………ありえねぇ」 ぽつり、とした呟きは、枕の綿の中に吸い込まれて弱々しく消えた。 性的な観念にも行為にも、解り易い理屈と理由とを並べて『ただの遊び』、そんな割り切りを知っていた筈の自分が。 こんな、理に適うどころか何もかもが不自然でしかない行為に身を窶した挙げ句、翌朝羞恥心に苛まれて顔すら上げられない、など。 有り得ない選択をした己にも。有り得ない事を赦した己にも。有り得ない相手にも。浴びせたい罵声は山ほどあって、然しそれがただの羞恥と後悔にも似た困惑が呼び水になっているだけの一過性の激情に過ぎぬのだと、そんな事が解るだけの分別が己にある事実が、土方には何よりも恨めしかった。 (何なんだ、セックスってこんな恥ずかしいもんだったか?なまじ朝まで過ごしちまって冷静になり過ぎてんのが不味いのか?いや…、) それとも。 (………………女ってのァ、こんな羞恥心を毎度感じてる、のか?) ふとそんな結論を思ってから、顔面を両手で覆って、土方は枕の上の頭を左右にぶんぶんと転がした。丸めた身体の、腰やら股関節やらあらぬ部分が痛かったがそんな事に構う余地もない。 そうだ。今土方が羞じを只管に感じているのは、『遊び』で迎えた朝にでもなければ、己の性情に反した『遊び』を行って仕舞ったから、にでもない。 「…………ありえねぇ、よなぁ…」 額を強く押しつけた枕に向かってそうこぼすと、土方は諦め混じりの心地で、じわじわとした疼痛を訴え続けている己の身の一部に意識を向けた。 「………」 黙っていても鼓動と共に感じる痛み。痺れにも似た違和感。そんな感覚を顕著に訴えて来ているのは、普段排泄にしか使った事のない、後孔だ。生憎と土方は痔と言う、肛門にダイレクトに来る症状を味わった事が未だかつて無かった。だからそれがどう許容して良い類の痛みなのか解らずに困り果てる。 挿れられる前に執拗に指でローションを使ってほぐされたから、その時点で痛みは然程は無かった様に記憶している。寧ろ一番最初に入って来た指の蹂躙に対する違和感と嘔吐感とを堪える方が大変だった。 実際、本来そんな箇所で受け入れるべきではない最大の異物が挿入って来た時は痛みを憶えるどころでは無かった。苦しさを誤魔化すのに必死だったのと、多少入っていた酒と、気分の昂揚感もあって──、気持ちが良い、と、普通にそう認識していた。と言うよりそう思おうとしていた。 あらぬ声をあげたり、何かとんでもない事を口走って仕舞った様な気もしない、でもない。 うわああああ、と頭を抱えて脳内で喚き散らすと、土方は頭まで潜り込んだ布団の中で更に身を丸めた。これは正しく『女』の扱いを受けたからこその羞恥心だと確信する。正確には、男の身でありながら、男を受け入れる『女』の役を甘んじて享受して仕舞ったから、だが。……おまけにもうひとつ付け加えると、奇妙な充足感を伴ったそれが思いの外に悪くなかったから、なのだが。 付き合い、と言う程度の馴染みと親しみと信頼を持った関係ではあった。だが、まさか。幾らそうだとしても。同性同士で肌を重ねる様な真似をする日が来ようとは、正直な所全く思いもしていなかった土方である。況して二十年以上男として生きて来た己が『男』ではない事など。想像出来る筈もない。 互いに性別が同じと言う事は、互いの肉体の事が本能的にも感覚的にも解ると言う事だ。従って、お互い何もかも明け透けな行為となるのは当然の話。問わずとも感じ易い場所ぐらい解るし、達するタイミングや感覚も解る。おなじかんかく、をぴったり重ねた同じつくりの身体で味わう。感じた悦さに思わず見上げた男の表情も、同じ事をきっと感じていた。土方がそう実感した瞬間に、背徳的な感覚を覚えそれに愉悦を憶えて仕舞ったのは──余り認めたくはないが事実である。 「……………………」 羞恥心と痛痒感に混じって、自己嫌悪がじわりと湧き出す。こんな時は妙に客観的な判断と分析の出来る己の性質が厄介だと思う。 一定の慎みや判断力は、仮令酒に鈍っていたとしても己から理性を根こそぎ奪う程に損なわれてはいなかった。少なくとも、布団と男の身体とに挟まれた状態で「いいの」そう訊かれた時には未だ土方にはしっかりと理性も思考力も残っていた。 だから、頷いたのだ。 で、なければ、酔った勢いで己を組み敷く様な男になぞ身を任せたりはしない。仮に厭で堪らなくて抵抗した所で敵わなかったとしても、あのへらへらした顔面に青痣ぐらいは作ってやっていた事だろう。いや、もしもそうだったとしたら一晩明けた今も、痛みに呻いて羞恥に悶絶するより、怒りと屈辱感に任せて思い切りぶん殴りに行っている所だった。 (……つーか、いいのかって訊かれて頷くって何だ頷くって!乙女か!) そう言う意味では確かに己はこれっぽっちも冷静では無かったのかも知れないが──、あの時はただ、答えを探すのももどかしかったのだ、と思う。 訊くな、察しろ。そんな事を考えていたのだろう、とは思い返せるのだが…、今時純情な乙女でもやらないだろう反応だ。女の役を負う事を良しとしたばかりか、精神性までふやけて仕舞ったのだろうか。 「おーい土方くぅん」 「!」 後悔には至らない。それが厄介だと思える自己嫌悪の波間で悪足掻きをする様に溺れていた土方は、突如布団の向こうから掛けられた声にびくりと身を竦ませた。尤も布団の外からでは、丸く山を作った布団が僅かに身じろいだぐらいの動きしか伺えなかっただろうが。 「……何やってんの。風呂空いたけど使うか?」 がしがし、とタオルで頭を擦り拭く様な音と一緒になって、暢気そうな声が降って来る。 実に暢気としか──平時の侭としか言い様のないその声音に、土方は己の感じている羞恥心を思ってなんだか酷く理不尽な心地を憶えた。 人がこんな痛みだの羞恥だのに堪えていると言うのに、なんなんだこの気楽そうな声は。 苛々と思いながら、然しその内容が罵声になって飛び出さない様に土方は枕を噛んで、布団を掴んでいた手にぐっと力を込めた。 そんな、完全な籠城態勢を取る布団山をぽんぽん、と宥める様に叩く音。 「ひーじーかーたー。返事ぐらいしようや。何、ひょっとしなくてもどっか痛ェとか?」 どこかもなにも。 「……どっかの天パ野郎が好き勝手掘りやがってくれたケツが痛ぇ」 相変わらずの暢気そうな『天パ野郎』の声に苛立ちを憶えた土方は、低音で呻く様にそうぴしゃりと言い切った。実のところ不機嫌故の下がった声音ではなく単に喉が痛いだけだったのだが、布団を叩いていた手は怖じけた様に動きを止める。 「あー……、うん…、その。悪ィ」 「………」 もごもごと言い淀むその『間』からも、謝罪らしき一言からも、大凡誠意などと言うものを感じ取る事は出来ず、土方はくるまった布団の下で奥歯をぎしぎしと鳴らした。 いやだから誠意って何だ。俺は一体『何』を相手に求めているのだろう。 「大丈夫か?」 「……………もう良いから触んな。ついでにどっか行け」 思考して行くのが段々厭になって、土方は投げ遣りにそう言うと、丸めた身体に被った布団を更に寄せた。布団山の頂上、土方の丁度背中辺りに撫でる様に触れて来ていた手は、そんな解り易い拒絶の態度に取り残された様に離れる。 「いやどっか行けって言われてもここ俺ん家なんですけど」 がりがりと頭を引っ掻く様な音と、途方に暮れた様な声。布団端にしゃがみ込んだ男の、困り果てた内心を吐き出す溜息。自分でも面倒臭い態度だとは気付きはしたが、土方は籠城態勢を決め込んだ侭で居た。実のところ羞恥心よりも意地の方が勝って仕舞っていたのだと思う。 痛い事は痛いのだが、そんな状況を招いたのが己だからこそその理不尽さに苛々とはしているし、正直色んな意味で顔を上げられない。 「だってさ、仕方ねぇじゃん?痛くさせちまったのは、なんつぅかまあ、申し訳なくは思うよ?思うけどさ、逆に言やそれって俺が好き勝手掘りたくなるぐらいヨかったって事だしー…、お前も気持ちよさそうだったしー…、要するにお互い夢中だった訳だしィー…?悦いって事は…、まあその、要するに凄ェ嬉しくて歯止めが効かなくなっちゃいましたー…的な…?そんな風にポジティブに考えてみねぇ?」 「……てめぇのポジティブってのがクソ最低な言い分ってのはよく解った」 「いやいやいやいや!?待って、俺なんかおかしい事言ってる!?ねぇだろ!?」 ずん、とトーンの沈んだ土方の声音に、銀時はおろおろとした調子で問いかけて来るが。 「……………」 もう良い、と二度目の拒絶の言葉を投げると、土方は布団山の中で溜息をついた。 こんなのは八つ当たりだと言うのは重々承知だ。何しろお互い良い年齢の男として付き合う様な真似をしていのだ。行為自体は同意の上の事だったのだし、自分が多少負担を負った所で文句を言ったり、況して何か賠償を求める筋合いではないのは解っている。謝罪されても気を遣われても、ただただ居た堪れないだけだ。 かと言って、何事も無い様に平然としていられる程に土方は強かな性格でも無かったし、人生初めての衝撃と羞恥とその他諸々とに、最早開き直ればいいのか溜息をついて諦めて仕舞えばいいのかも解らない。 「だってなぁ…、」 ぽつり、と銀時が溜息混じりにこぼすのが聞こえて、土方は布団を掴み寄せている手で耳を塞ごうかと考えた。これ以上下らない言い分なぞ聞きたくなかった。どちらかと言えば本当、心底に本当、何も言わないで貰いたい。それが無理ならせめて羞恥心が何処かへ出掛けてくれるまで黙っていてくれないだろうか。 だが、そんな悪足掻きめいた願いも空しく、布団山越しに銀時の両腕が土方の背中に触れて来た。撫でる様な動きで、布団の下で針鼠の様に毛を逆立てるその背を宥めていたかと思えば、やがてふわりと体温だけを寄せる様に身体を覆い被せて来る。 「──っ」 布団を隔てたそこから、昨晩何よりもどんなものよりも近くに在った温度を以て土方にその存在感を示して来る銀時に、思わず息を呑む。 埋もれている頭の横、耳元へと寸分狂わず的確に顔が、吐息が近付くのが解って、土方はまるで急所に牙を立てられた小動物の様な心地を憶えた。鼓動が跳ねる。恐怖ではない本能的な怖気に血の気が引いて、皮膚の下でなにかがぞくりと身を震わせた。 「お前がさ…、その、すげェ可愛かったって言うか、新鮮って言うかで、その…、堪んなくなっちまったんだよ」 囁く声は笑みを孕んではいるが、それが決してからかったり馬鹿にしたりする質ではないと──掛け値無しの本心だと直感的に気付いて仕舞った土方は──気付いた事を忽ち後悔したが──布団の中で両耳を塞ごうと藻掻いた。だが、その手はいつの間にやら布団の上から銀時の手にやんわりと押さえつけられていて動かない。 「っ、何が可愛いだ気色悪ィ、頭沸いてんのはその天パ部分だけにしやがれ!」 「いやいやいや、天パも本当は沸いてねェって言いたい所だけどまあ百歩譲って沸いてたとしても、俺の感性は沸いてないからね? ほらアレだよアレ…、オツキアイ的な仲になったって言った所でさ、うちで休んでくれてもお前何処までもガード固ェし、ヤらせろなんて言う気配出しただけで斬り殺しにかかって来そうな性格だし、だからってナマゴロシにされ続けてんのもキツいし口説いても反応良く無ェしで、もう毎度鉄の忍耐をひたすら鍛え上げるだけの簡単なお仕事だった訳だよ。いやちっとも簡単じゃねェけど!日々思ックソ堪えてはお前の寝てた布団とかの匂い嗅ぎながら右手で遊んじゃうぐらいには追い詰められてましたけど!」 「マジで一度死ねこの変態」 「や!いやだから!そのぐらい難攻不落な城を攻める様な気分だったんだって! それがだよお前、昨晩何なのアレ!呑んでる間も何かの罠かっつーくらい無防備だったし、寝かしつけるつもりで…、いや邪な気持ちがまるきり無かったとは言わねェけど──、布団に連れてったら凄ェがちがちに緊張してるし目ェ合わせねェしで、覚悟して訊いてみたら解んねェくらいちっさく頷いて真っ赤になってるしで、これがデレなのか!?いやいやデレとか通り越した可愛いイキモノ以外の何だって表せば良い訳!」 「……もういいほんといいからそろそろマジで黙ってくんない頼むから」 切実な──としか言い様の無い、些かに情けのない声で滔々と銀時が喚き声を流し続けるのに、土方は羞恥心を通り越して段々泣きたくなって来た。悲しいのではなくて途方に暮れて。 「……………俺が今、マジで幸せで浮かれまくってんの、解ってくれた?」 熱そうな息を吐きこぼす音と共に拗ねた声でそう言われ、ぽふりと土方の項の上に銀時の頭が落ちて来る。 「…………本当は真っ赤な面してやがんのもな」 何のこともない。余裕のある素振りや言動は、単に恥ずかしかったからこその強がりだったのだろうと、土方は喚く銀時の声の調子や言い分から気付いて仕舞ったのだが、今回は後悔はしなかった。羞恥はより増した気はしたが、布団越しに感じる男の体温も自分と同じ様に熱かったから。 逆に、土方の方が朝先に目覚めていたとしたら、恐らくは羞恥を隠す為に、痛みを堪えてなんでもない様な素振りを決め込んでいただろうと、己の性格に対するそんな想像も容易く。 「………………それはお互い様って事で」 言いながら、銀時の手が布団山の頭の辺りをゆるりと引き剥がす。土方は己の顔が未だ紅いのは承知だったので、せめてもの抵抗で振り向きはしなかった。枕に顎先を埋めた侭、精々不機嫌そうにふんと鼻を鳴らして応じる。 それすらもただの照れ隠しだとは解っているのだろう、頑固だなあと言いたげに笑った銀時の息遣いが土方の項の毛を割った。 「ついにねんがんのアイスソードを手に入れたぞとか自慢気に叫びたくなっちまうガラハドの気持ちも解るっつぅか?」 己で口にした通りに『浮かれて』いるらしい銀時の唇が、土方の項の辺りで音を立てる。明るい朝の光の中の何だかくすぐったい──どころか寒い──戯れに、土方は眉間に皺を作って有り体に嫌悪感を示しはしたが、次の瞬間にはそれを隠す様に枕に額を落とした。 流れていく唇の動きが、やがて土方の背を隠している布団を、卵の殻でも剥く様に全て剥がして行くまでにそう時間は掛からない。甘える様にして覆い被さってくる体温と衣擦れの感触とにそっと吐息をこぼしながら、土方は段々と身体の芯で燻り始めた感覚に目を眇める。 自らの性的な部分を明るい場所で他者に晒す事など土方の好みではないし、昨晩の行為を思えば未だ全身もその極一点も軋む様な痛みを以て抗議を訴えては来ていたが。 ひじかた、と。熱くなった銀時の息遣いが耳朶に心地よく溶け落ちて来るのにふるりと背筋を震わせて、きっと自分と同じ様に血を昇らせているのだろう、背後の男の顔を漸く振り返った。 恥ずかしい、事が、本心で幸せを感じて仕舞っていたからだなどと。気付かない方が良かったのかも知れないと、負け惜しみめいて思いながら。 見上げた男の表情は、確かに紅かったが──幸せそうに目を細めていた。 どうせ自分も、同じ様な顔をして仕舞っているのだろうけど。 ……こいつらのが恥ずかしい。 "おれのいうことがわかるだろう"。 |