だから愚かな恋はなつかしい / 4 境内へ続く石段を出来るだけゆっくりとした足取りで降りてから、銀時の足は徐々に早足になり、最後には駈け出しそうな速度になっていた。 角を曲がり、道を進み、歩く人の気配の少ない住宅街を抜けて、目に映った静かな公園へと踏み入って、息を切らせてその場に立ち尽くす。 「──、」 喉から今にも溢れそうな声を必死で飲み込むと、小さな水道の蛇口を思いきり捻ってその下に後頭部を差し出した。フィルタの壊れた蛇口からじゃぶじゃぶと溢れる水に暫し黙って打たれて、それでもなかなか冷えない、熱暴走でも今にも起こしそうな頭に上がった血の温度に泣きたくなる。叫んで、怒鳴って、泣きたくなる。 感情はただ持て余されていた。解っている。これが初めてじゃないのだから、解っている。 こちらを見る土方の表情を見て、直ぐに解った。これは己の知る土方十四郎とはもう違うのだと、また──『また』違うのだと、否応なく理解が出来た。 己の想いを肯定せぬ侭で居た頃の土方に、『また』──そう、また『戻って』仕舞ったのだと。 どうしてだろうと思う。こんな酷い絶望があるだろうか。触れて、交わして、得て、そうして失うのだ。また。『また』。 おかしなもので、再現性を確信して仕舞っている己は滑稽だと思いはするのに、それを否定出来る気は全くしないのだ。土方は、また。土方だから、また。 (………酷ェだろ、そんなん) みっともなかろうが泣きたい、叫んでみたい、情けない様な心地に浸されながら、銀時はのろのろと持ち上げた手で蛇口を閉じた。びしょ濡れになってぽたぽたと頭から滴る雫もその侭に、力なく透き通った空を仰ぐ。 哀れなのは自分だけか。ひねた気持ちでそう、これも『また』だが。思って嘲る。 幸いな事に、昼間の小さな公園には、蛇口の前で絶望に佇む銀時の他に人影は見られなかった。そうでなくとも小汚いベンチとゴミ箱と水道ぐらいしかない、公園と言うには少々無理のありそうな場所だ。 荒れ狂いそうな感情の前に形振り構う余裕が咄嗟に取り繕えなかったとは言え、己の一連の奇妙な行動に、今更の様に苦笑する。 『また』と言える程の事なのだ。いい加減諦めて、自分から避けて回るなり離れるなりをすれば良いだけの話だ。 ……だが、どうせ。そう、『また』。 銀時がどれだけそうしようと努めた所で、土方はきっと変わらないのだ。土方十四郎と言う人間の本質、或いはそこに至る何かが変容でもして仕舞わない限りは、この『また』は約束された再びとなる。 一度は破綻へ向かったあの途へは戻れぬ侭、ただ最も望ましい部分ばかりを都合良く再現しては消える。それまでの余りに果敢ない猶予。 これならばまだ、叶わなかった約束に一人憂いて盃を傾けていた夜の方がましだ。期待が出来ていただけ、余程にましだ。絶望しようとしなかっただけ、救いがあった。 (俺は、どうすりゃ良いんだ…?今度はどうすれば、) 握りしめた拳の中に、嘗て愛しい人に触れていた想いを閉じ込めた侭、銀時は再び訪れるだろう苦悩に痛みの予感を感じて目を瞑った。 。 ↑ |