だから愚かな恋はなつかしい / 7



 つい、癖で伸ばしそうになった手を何とか留める事が出来たのは、理性のお陰と言うよりは冷や水を浴びせられる様な現実のお陰だった。
 これは、違うのだ。同じだけど、違う。一度は銀時と心を通わせた、あの男を取り戻す事が出来た訳では無い。こちらを見る表情や目や態度、全てが語る。違うのだと、突きつけて来る。
 あの男は去ったのだ。だから、また戻って来たとして、それは違う。……否、同じだからこそ繰り返すのかも知れないが。
 現実は解りきっている。だから、『また』。『また』、そうなって仕舞わぬ様にと、手を引くべきなのだと、知っている。
 愛想の無い、ただの礼儀の延長線としか言い様のない別れの一言を残して帰って行った、その背を追い掛けたいと思う愚かな心を銀時は無理矢理に押さえつけて、握った拳の中で悔いさえ潰した。
 失われた時間は戻らない。記憶は、戻れるけれど足りない。──だから。
 空いた隣の席を見遣る。そこに居た筈の男は居ない。もう、居ないのだ。
 伸ばす事を留めた手が、折り畳んだ指に空虚を掴んで酷く心を冷やす。冷静になれと、突きつけて来る。
 その指の先で、何も知らぬ素振りで見つめて来る目の奥にあるものは、酷く憶え深い記憶。
 (………どうせ、また、こうなっちまうんだろうが)
 喉から出せない言葉を酒と共に干して仕舞えば、そこにはもう何の痕跡も、何の惑いも残らない。隣り合って飲んでいた者が、何の気紛れか奢った酒など、初めから無かったのだとそう思える。
 それだと言うのに、ただ妙に冷静で、自棄じみた己の思考が投げ遣りに認めている。
 (また、)
 こちらを見る鋭いあの眼差しが、柔らかく変化して笑みを寄越して来る、その記憶をまるでトレースするかの様な想像に、銀時は自嘲した。
 恐らくは予定調和の様にそれはきっとまた訪れる。どんなにそれを避けようとしたところで、諦めて仕舞えと言い聞かせた所で、きっと、また。……『また』。
 それを是とせず躱す選択肢は無い訳ではない。こっ酷く振り払って逃げ出す手段が無い訳ではない。だがそれを選ぶ事は己には出来ないのだと、銀時はもう既に解りきっていた。