だから愚かな恋はなつかしい



 あの時、手を離さなければ良かったのか。
 些細な事で生じたずれが段々と大きな歪みになって、小さなすれ違いや下らない喧嘩が摩耗させる、心の痛みに堪えきれないと諦めて仕舞ったのは誤りだったのか。
 結論を急いだのは多分お互いにだった。
 急いで、誤って──、そうして離れた手を。放した手を。悔いても、悔いても。
 時は決して逆しまには戻らないし、望んだところで、行く先にそれを悔やまぬ日々があるとも思えない。
 あの時手を放さなければ。離れなければ。諦めずに手を伸ばし掴んで引き留めておけば。
 そうしなかったからこそ訪れた、予定調和の明日を、きっといつまでも悔い続けずに済んだのだろうか。
 ──……否、恐らくは変わらない。起きた事は、どうした所で、起こった事だ。それが全てを変えて仕舞った現象であれば、手を取ったか放したかで結果なんて恐らく変わりはしない。然程には。
 ……否、これとて所詮はただの慰み言。
 全ては空言と繰り言。
 だから、終わらぬこの日々を、救いのない後悔を、これからも延々と繰り返すのだろうと銀時は自嘲する。
 
 見上げたカレンダーの虚しい数字の並びを見つめて、後悔の中に沈んだ、棘にも似た悔恨をただただ羨む。
 待つのは迂遠。望むのは永遠に程近い何か。保証がなく後悔もない、ひとつの心の行き着く先。














 やがて、待ち惚けを続けた夜に、呼び鈴の音が響き渡る。
 開いた玄関の戸の向こうにその姿が訪れるのを、きっと己はずっと待っていたのだろうと確信して銀時は力無く笑んだ。
 延々と繰り返した、恋を棄てる為の努力も苦悩ももう必要無いのだと、そこに立つ男の瞳の中に恋の宿りを見出し理解する。
 放して仕舞った筈の手は、戻って来た。それが事実。
 愚かな恋の続きは、狂おしいばかりの懐かしさに包まれながら、始まる。