目隠し鬼 苦し紛れに宙を掻いた腕に柔らかなものが触れる感触がした。きっと髪だ。この男の、特徴的な天然パーマの頭髪。色は今は見えないが、くすんだ綺麗な銀色をしている。 触れた腕を慎重にずらして、探り当てた指先で目当ての髪を引っ張れば、「痛て」と銀時の小さな呻き声が返る。きっと迷惑そうな顔をしているのだろうが、同時に少し乱暴な戯れを楽しむ笑みの気配も感じる。 仕返しのつもりだろうか、臀部を両手で強く掴まれたかと思えば小刻みな動きで腰を打ち付けられて、土方はその衝撃に断続的な声を上げた。 「あ」とか「う」とか、意味の定まらない音声が喉から勝手に出て行く。身体の深い奥を幾度と無く突き降ろされる気持ちよさと好き勝手に蹂躙される苦しさに翻弄されながら、溺れまいと土方は必死になって、掴んだ柔らかい髪の感触に縋る。 夢中になる程に強くなるその膂力に、「痛ててて」と再び、今度ははっきりとそう呻くと、銀時は一旦土方の腰から手を離して遠慮がちに上半身を動かした。それが、少し腕の力を緩めて欲しいと言う意味なのは解ったが、体内から抜けそうになる熱に土方は焦って益々手に力を込めた。強張っていた両足も絡めて荒く息をつく。 「…ちょ、あのさ、ハゲるから髪の毛は止めてくんない?」 「んな事、言ったって」 見えねぇんだから仕方ないだろう、と続ければ、銀時はぽんぽんと宥める様に土方の強張った背を叩くと、そこから指を辿らせてそっと二の腕に手を添えて来た。 「移動さしてやるから、ほら離せって」 優しげなその仕草にようよう土方が指先にまで込めていた力を緩めると、指の隙間から細い髪がはらりと抜けて行く感触がした。手の甲を握りこまれて少し移動した所で、恐らく肩と思われる固い肉の感触に辿り着く。ここを掴めと言う事なのだろう。 土方の指先が了承を示して力を込めた所で、銀時は殆どぴったりと折り重なっていた上体をゆっくりと起こした。指は解けず、二の腕が伸びて遠ざかる体温に追い縋った。 「ちゃんと掴んでろよ?」 囁く様な声で言われ、その吐息の熱さにぞくぞくと土方の背筋は震えた。互いの顔が見えていたらきっと、銀時の欲に濡れた雄くさい表情を目の当たりに出来ただろう。 見えておらずとも、脳裏に描かれた想像と記憶との形作ったイメージは、土方の熱せられて熱い下肢と劣情とを疼かせた。興奮の侭に、絡ませた足先に、掴んだ指先に更に力を込めて縋り付く。 今までにした事の無い様なはしたない恰好を晒して、今までに憶えの無い解放感に表情を緩める。きっと今の己はだらしなく欲に支配された顔をしているに違いないと思うが、どうせ互いに見えていないのだから構うまい。 甘える様に縋り付く土方の動きに、低く息を飲んだ銀時が再び緩やかな律動を始めた。指に触れる肉に捕まって、振り落とされない様に土方は銀時と共に絶頂に向けて緩やかに上り詰めて行った。 それもこれも、夜に突如起きた大停電の所為だ。 前触れもなく町中を襲った暗闇に、さぞかし人々は騒然とする──かと思いきや、かぶき町の一部だけに留まった被害と、深夜と言う時間帯もあって実害は現在の所報告されていない。生憎と月の無い曇った夜空で、それこそ視界は殆ど真っ暗闇な筈なのだが、光の一切を失った暗闇に便乗した犯罪は今のところ起きていない様だ。 それもこれも、かぶき町と言う場所柄のお陰か、停電の一報と同時に繁華街の方面から速やかに自警団が組織され動き出し、皆協力して自主的に見廻りや呼び掛けを行っているからだそうだ。 警察として土方も速やかな情報収集と事態解決に臨もうと屯所に電話を入れたのだが、変電所のちょっとした事故で復旧作業も速やかに始まっていると言う、原因と解決に向けた動きがあっさりと判明した事と、肝心の現場が管轄外にあった事、また土方自身が非番だった事もあって、緊急性はないしその侭で待機で構わないと言う形になったのだった。 灯の消えた万事屋で、暫くは停電の起こる前の続きで銀時と二人、持ち出した蝋燭の灯りの下で酒を愉しんでいた土方だったのだが、 「真っ暗だと人間大体やる事ったら一つだよな」 などと銀時に唆され、蝋燭を吹き消して仕舞えば後はもうなし崩しになっていた。 嵐の時とか、大雪の中とかは翌年の出生率が上がるとかなんとか、銀時の言う下世話な蘊蓄を当初は「適当な事を」と聞き流していた土方だったが、実際真っ暗闇になった布団の上で、互いの姿は見えずとも重なり合う人間の体温を感じた時、その理由がなんとなく解った様な気がしたのだった。 何しろ見えない。自分から相手は見えないが気配は見えている時よりも余程に感じられると言うのに。 音や気配や動作から、普段視覚に頼っている時では解らなかった感覚が雄弁に伝わって来る。背を抱き腰を掴む掌の汗ばんだ感触や力の籠もり方、吐き出す吐息。そう言った情報全てから土方は銀時の熱情と情欲とを強く感じた。 そして何より、相手からも自分は見えない。常にはあった羞恥や屈辱感やただ溺れるだけの怠惰さを客観的に感じる事が無いから、土方は自分でも驚く程に奔放に与えられるものを享受出来た。自ら足を拡げて積極的に望んでも、はしたない顔を晒し声を上げても、銀時には見えていないのだと思えば気が楽で──何よりそうしている自分の、堕落さえ感じる為体に酷く興奮した。 銀時も常より積極的に快楽を享受する土方の態度に火を点けられたらしく、その動きはいつもより荒々しかったり嫌らしかったりしていた。 そうやって暗闇を興奮材料に散々に盛り上がった銀時と土方であったが、出せるものにも体力にも限度と言うものがある。終わってから二人して折り重なる様に暫しぐたりと伏していたが、再起動は銀時の方が早かった。 男の性的な欲求は吐き出すのと同時に感情ごと片付いて仕舞うので、彼はすっきりはしているのだろうが幾分怠そうな動作で上体を起こすと、重たげな息を吐きながら何やら枕元を探り出した。恐らく自ら脱ぎ散らかした衣服を探していたのだろう、ややしてから暗闇の中に衣擦れの音が響いて来る。 それから未だ再起動に至れず横臥している土方の横へと戻って来る気配を感じたかと思えば、頬に手の甲で触れられた。怠さのまだ抜けていない土方は、遠慮がちにかぶりを振ると銀時の手から逃れる様にもぞもぞと身じろいだ。 何度も達して揺すり揺すられた腰は、起き上がろうとしてもがくがくと震え力が入らない。まだ後孔には違和感が残っているし、迂闊に動けば中に出されたものが溢れて来そうな気もする。 「大丈夫か?ちょっとハッスルし過ぎちゃった?」 「……ハッスルとか言うな、オッさん臭ぇ」 動作の意を汲んでか手は離れたが、代わりにそんな言葉が降ってきて、土方は暗闇に渋面を浮かべた。冷静になってから色々客観的に言われると、毎度の事ながら切腹しようかさせようか一瞬誘惑が沸き起こるのを禁じ得ない。 「大丈夫だから少し構わないでくれ」 震える腰で起き上がるのは少々みっともないと思ったので、土方はそう断ると引き寄せた布団の中で密かに臀部に指を触れさせ、未だ生々しく皮膚に残る濡れた感触に呻く。これは布団の中でこっそりティッシュでも当てて仕舞うべきだろうと思うが、この暗闇ではどこにティッシュ箱があるかなど到底解りそうもない。 ち、と舌を打つ。同じ理由で煙草も見つからないのは不満だった。どうしたものかと土方が考えていた時、銀時の手が布団の中へとするりと潜り込んで来た。暗闇の中での突然の狼藉に、土方は驚きふためきながらも不埒なその手首を何とか後ろ手に掴んで止める。 「オイ、俺ァもう疲れて、」 「いやいや違うってそうじゃねぇよ。後ろ、ちゃんと出しといた方がよくねェ?」 掴んだ手首の先で掌にぎゅっと尻肉を鷲掴まれ、土方は胸中で声にならない悲鳴をあげた。驚きと羞恥の混じった「ひぇっ」とかそう言うみっともない類の声を。 正に己が今気にしていた事を指摘された事は、気遣いとしては嬉しい様な気がする反面で腹立たしかったが、だからと言って「じゃあ風呂行って来る」と立ち上がってがくがくに震える腰を悟られるのは癪だ。かと言って風呂場に連れて行けと言う訳にも行かない。 水でも飲みたいと要求して、銀時が台所に立った隙にティッシュを探して粗方拭って、そうして落ち着いてからゆっくりと風呂へ行こうと考えていた土方の計画は、銀時の掌に尻肉を掴まれた事で破綻して仕舞った。何しろ、掴まれ拡がって弛んだ孔からは既にとろりとした感触が伝い落ちていたからだ。 「っあとで、やる、」 だから触るなと訴えると、あろうことか銀時はぺろりと土方の被っていた布団を剥ぎ取って仕舞った。再び出そうになった「ひぇっ」と言う悲鳴を飲み込んで、土方は暗闇の中、銀時の声のした方へと抗議の視線を向ける。 今度は純粋に驚いただけだった。暗闇と言う環境下、全く相手の挙動が見えないと言うのは厄介だ。同じ環境であったとして、戦いの最中なら神経を研ぎ澄ませ応じられる自信はあるが、生憎とセックスの後の空気には殺気や緊張感など欠片も無い。 「ほら結構遠慮無く出さして貰っちまったしー…、責任取るっつぅか、後始末してやろうかと」 闇から返る臆面もない声に、土方は耳まで真っ赤にして歯軋りをした。終わって気絶しそうな時や寝落ちした時などには銀時の後始末の世話には確かになっているが、それは出来れば素面でやられたい事ではない。排泄じみた行為なのだ、恥ずかしい訳が無い。 解れ、察しろ。そう土方が抗議しようと思った時、銀時が暗闇の中でティッシュを抜き取る音が聞こえた。 「恥ずかしいのは解るけどよ、どうせ今なら真っ暗だし何も見えねェから良いんじゃね?」 「………」 言われて、土方の頭の中では「それもそうか」と言う納得と「意識がはっきりしてりゃ恥ずかしいのに変わりはねェだろ」と言う反論とが同時に声を上げていた。 だが、その二つの意見は結局言い争う事もなくあっさりと、前者の納得を採用して消えた。そうだ、何しろこの暗闇だ。土方からは銀時の顔さえ全然見えないのだから、銀時からも土方のどろどろに精液で汚れた孔など見える道理は無い。 「…………」 黙り込んだ土方の答えを承諾と取ったのか、「じゃあ失礼して」と言い置いて、銀時の手は暫し彷徨いながらも土方の二本の足を探り出すと、身体を仰向けに転がして割り開いた。 「……」 まるきりセックスの時の様な体勢に、土方は顔をかっと熱くし反射的に足を閉じかかるが、足の間には銀時の気配はあれど姿は見えない。 そうだ、先程までと同じだ、と土方は己に言い聞かせた。暗くて何も見えないから、見えていないから、奔放に振る舞っても恥ずかしくはない。 銀時の掌が、立てた土方の膝からゆっくりと上がって来て臀部に辿り着く。ぐ、と尻肉を左右に開かれれば、ひやりとした外気に触れたそこが咄嗟に収縮するのを感じて、土方は暗闇に視線を逃がした。 銀時からは見えないと解っているが、見えないのは自分も同じだったと、その意味を改めて思い知る。指がいつもとは異なり探る様にしながらいやにゆっくりと移動してきて、いつ開かれるのかと身を固くしていればいきなり一本全てを突き入れられて、変な声を上げそうになった。 ぐち、と湿った音だけがはっきりと耳に届く。銀時の指は使われた後で柔らかな抵抗しか出来ない括約筋を柔く押し退け奥まで入ってくると、濡れたそこを指でこそげる様にしながら出て行く。 ぷちゅりと気泡の潰れる音に咄嗟に土方が括約筋に力を込めれば、空気を巻き込む水音を立てて、まだ滑っているどろどろとした液体が孔を伝い落ちて行った。 銀時の指がそれをとろりと掬い、ぐし、とティッシュで拭う音がした。 「ん。あともうちょいな」 銀時の息遣いを思いの外臀部の近くに感じて土方は身を竦めた。ふう、と自分の茹だりかけた頭が熱い息を吐くのが煩わしい。 もう一度指が今度は二本まとめて入ってきて、内部で拡げられる。触れる外気に土方は目を固く瞑り、指の動きに誘われる様にして吐き出されて行くものの、悪寒に似た感触に堪えようと努める。 こんな行為だと言うのに、暗闇の中の作業と言うだけで、互いに互いの姿や振る舞いが見えないと言うだけで、どうしてこんなにも嫌らしいものの様に感じられるのか。どうしてこんなに背筋を浮かせ粟立てるのか。 「……なぁ、土方」 ややあって、銀時の呼び掛けて来る声に紛れもない熱の気配を感じて、悔しさと安堵とを同時に憶えた。やられた、と責任転嫁を思いながら、最早隠しようもなく熱く浮いた呼気を吸っては吐き出す。 「んっ、」 孔に入り込んでいる指がぬるりと、明かに後始末の意図とは異なった動きをするのに、土方は今度は抗わず素直に声を上げた。それだけで既に明確に答えなんて知れている。 「もっかい、良い?」 耳元に吹き込まれる様にそう囁かれ、土方は小さく頷きながら、全部この暗闇の所為だ、と、情けなく熱に陥落した脳に悪態をついた。 * そうしてもう一戦やらかして仕舞った後には、土方はもうがくがくに崩れた腰を自ら起こす事は諦めて布団に転がっていた。 「…水か煙草」 暗かろうがなんだろうが責任取って探せ、と、ぶすりと言う土方に、銀時ははいはいと苦笑しながら立ち上がった。畳をひたひたと踏む音がして、襖が開く音の後には床をぺたぺた言わせながら足音が遠ざかって行く。 自ら招いた事とは言え、後始末と言う名目の中で一体何をやらかしているのだろうと、土方は後悔と気恥ずかしさとに苛まれながら布団の上でじっと仰向けになっていた。居た堪れはないが身を隠すにも布団がどこにあるのかさえ解らない。 「ほれ、水」 やがて足音を引き連れて戻って来た銀時が近くにしゃがみ込む気配。土方は身体を横倒しにすると頭だけを擡げた。声のした方へと手を伸ばし彷徨えば、そこにひんやりとしたコップが渡される。 水を一口、二口と咽せない様に含んで唇から離せば、銀時の手がコップを受け取って離れていく。 「まるで見えてるみてェだな」 器用で感覚の聡い男だと、感心しながら土方がそう言えば銀時は「ああ」と肯定して寄越した。 「夜襲とか視界ゼロの中で初手を仕掛けなきゃなんねェ事もあったからな。意外と夜目は利くのよ」 「……………………」 そうなのか、と返しかけた土方は然しそこで凍り付いた。 つまり、なんだ。もしかしなくても。 「……オイ。さっきてめぇ、見えてねぇからどうとか言ってなかったか…?」 「あ」 「『あ』じゃねェ!てめ、まさか全部見えて──、」 気付かなければ良かった事実を指摘して仕舞ってから、土方は頭に一気に上る血にそれ以上の言葉を紡げずぱくぱくと口を上下させた。 どうせ見えないからと思って、或いはそれを言い訳に、どんな痴態やみっともない真似を晒したか。己の行動と銀時の嘘とを思い出せば、怒りをどちらに向ければ良いのか解らず、土方は暗闇に向けてやけくそに拳を振り回した。 ばき、と手応え。どうやら一発入ったらしい。と言うより敢えて貰ってくれたのかも知れない。猶も振り翳した拳を子供でもあやす様にそっと掴んで止められ、土方は己の迂闊さを呪いながら力なく項垂れた。 停電の復旧はいつになるのだろうか。願わくばこの侭暗闇の中でもう何日かは隠れていたいのだが。 70巻の停電ネタで銀土したかっただけ。 猫目と鳥目。 |