捕らえられたか囚われたのか、どっちでも同じだった。



 万事屋応接室。今日も今日とて仕事は来ない。
 それでも律儀に、或いは暇に、万事屋メンバーは皆この狭い応接室に勢揃いしていた。
 神楽はソファに俯せになって、廊下からこちらに頭を向けでんと寝そべっている定春の頭を時折撫でつつ漫画を読みふけっており、新八はその横を通りながら掃除機をかけている。
 そして銀時は椅子に深く腰掛け、デスクにだらしなく足を投げ出してTVを見ている。
 平日の昼下がりにしては些か怠惰な光景だが、これが万事屋の概ねの日常だった。居間に勢揃いしており各々好きな事をしている訳だが、これも一つの団らんと云えるのかも知れない。
 鼻をほじりつつそんな暢気な思考を流す銀時の視線の先では、昼過ぎのワイドショーがだらだらとどうでもよさそうな話題を提供し続けていた。
 『えー、先日当番組でも報道致しました新型寄生えいりあん、キューサイネトルについてですが…』
 不意に聞き覚えのある単語が聞こえて、銀時がTV画面の方を見遣れば画面にパッと、絵に描いたヤクザ者の様な男の人相が映し出されるのが見えた。
 『大きな感染は沈静化しつつありますが、未だ気付かず生活している方々も多いと、幕府の調査によって明らかになっております。皆様、繰り返しになりますが、周囲で「二年後」などの…』
 掃除機をかけていた新八はTVから漏れ聞こえる報道に思わず手を止め、露骨に嫌そうな表情を見せて呻く。
 「あのイボ、まだ片付いてないみたいですね…」
 「年寄りだの一人暮らしだの妄想ライフだのを夢見てるニート侍が多いらしいぞ。ボケでもヒキでも元より虚妄に浸りたい連中だろうしな。ま、肝心のイボは一ヶ月程度で死滅するって事が解っただけでも良いじゃねェか。もう放っておいても害ないだろ」
 退屈そうに答え、ぴん、と小指の先のハナクソを飛ばす銀時に、新八は「掃除してんだからやめてくださいよ」と掃除機の先端で銀時の後ろ髪を攻撃し出す。
 「オイたった一つの吸引力はやめろォォォ!俺の貴重な毛根もたった一つしか無ェんだから深刻なダメージ与えてくんじゃねぇ!」
 「あーもう、暇なら買い物にでも行って来て下さいよ。僕今日は姉上に頼まれてるから早めに家に帰らなきゃいけないんだって朝も言ったでしょ。買い物さえして来てくれれば食事当番だし晩ご飯は作ってからいきますから」
 「何、新八はアネゴに頼まれごとアルか?」
 酢昆布をもぐもぐさせながら顔を上げる神楽に、新八は頷く。
 「うん。男手って言ってたから、多分床板の修理とかかな……近藤さんとかさっちゃんさんがよく壊してるし」
 家に帰ったり万事屋に泊まったりしていく新八だが、今日は掃除だか修理だからで早めの帰宅を余儀なくされているらしかった。夕食を作って行こうと言うのは恐らく、食事当番だからと言うよりもお妙の暗黒物質「卵」を夕食だと出されるのを避ける目的の方が大きいに違いない。
 「じゃあ私も行くアル!ちょうどアネゴに借りてた漫画読み終えた所アル。返すついでに次の借りるネ!」
 お妙は漫画など読まないが、店の客がプレゼントにとか言って置いていく事があるらしい。本人はぱぱっと売って道場再建資金に充てたい様だが、こうして神楽が興味を持って借りて行く事もある為、幾分かは放置している様だ。
 「銀ちゃん、一人で寂しくないアルか?」
 「あ?何で俺が。良いからそんなの気にしてねェで行ってこい。定春も連れてってやれよ。最近出番がただでさえ無ぇのにこの侭じゃ本当にイボ春になっても誰も気付かなくなんぞ。お前らがいなきゃ久々に独身気分味わえるなー結構結構」
 「お酒呑むのは構いませんけど、爛れた大人の間違いだけは起こさないで下さいよ?」
 ジト目で言いながら差し出された新八の手から買い物籠を受け取り、銀時は億劫そうに流しを直しながら立ち上がった。
 「あっ、私も一緒に行くネ!新八、定春の世話頼むアル」
 すたすたと玄関に向かう銀時の後を、ソファーから跳ね起きた神楽が追い掛ける。その後ろ姿に新八は首を傾げた。
 「え、世話って」
 「今廊下にデッカい●●●(ピー)してたネ」
 「見てンなら放置して逃げんなチクショォォォ!!!」
 新八の罵声を背中に受けながら銀時と神楽はかぶき町へと繰り出していく。
 これも概ね、いつもの光景だった。
 
 *

 「お、旦那じゃねーですか」
 買い物籠を一杯にした帰り道、銀時らに向けて片手をひらひら振って歩いてきたのは、真選組一番隊隊長の沖田総悟だった。色素の薄い髪に女の子と見紛うばかりの造作を裏切る、ドSな人格破綻者である。
 「こっちは…チャイナ娘によく似た山猿ですねィ。スゲーや旦那、どこで見つけて来たんですかィ?」
 「誰が猿だテメー!」
 いつも通りの遣り取りを始める沖田と神楽の二人を、往来の人間達は何事かとちらちら見て行く。銀時はそんな光景を前に欠伸を殺しつつ。
 「何、税金泥棒暇してんの?こんな所まで出張って来て」
 「旦那の所と一緒にしないで下せェよ。俺たちゃれっきとした聞き込み中でさァ」
 聞き込みということは何か真選組が出張らなければならない様な事件でもあったのだろうか。広い江戸中を攘夷関係の浪士の情報や事件があれば、少人数でも飛び出して行くとはご苦労な事だ、と思いながら、銀時はふと気付いて問う。
 「達?」
 「ええ。それ訊こうと思って呼び止めたんでさァ。旦那、土方さん見かけてねーですかねィ?さっきから探してんですが」
 「お前があのマヨラーを心配するなんて大雨が降るアル」
 「当然だろィ。あの野郎がどこでどう野垂れ死のうが知ったこっちゃねーが、聞き込み中に姿消したなんざ、況して殺されたりしてたら、真選組(うち)の良い恥晒しなんでね」
 相変わらず土方に対してはすぱすぱと辛辣な物言いをする沖田を見て、銀時は軽く頭を巡らせた。
 (あれが、そんじょそこらの浪士くずれにやられる訳ねェのくらい解ってんだろうが)
 「大方、またイボにでも食われてんのかも知れませんがねィ。ま、もし見かけたら、沖田はドラマの再放送があるんで帰ったって伝えといて下せェ。ついでに殺っちまっても構いませんから」
 わざわざ呼び止めた割には余り拘りもなさそうにそう告げると、沖田は来た時同様ひらひらと手を振りながら立ち去っていって仕舞う。本気で土方を捜していると言うより、単なる挨拶の延長線の様なものだったのかも知れない。
 (イボに、ねぇ……)
 今更ないだろ、と思った所で銀時の脳裏にふと閃くものがあった。
 「何ヨあいつ、ただ伝言したかっただけアルか。ウゼー」
 べー、と、雑踏に紛れて行く沖田の後ろ姿に向けて舌を出す神楽の頭に銀時はぽん、と買い物籠を乗せると。
 「神楽、お前先帰ってろ。俺はちょっと用事思い出したから」
 「銀ちゃん、まさかマヨラー探しに行くアルか?」
 「まあちょっとな。アイツに用事あったんだよ。新八の家に行く時は万事屋(うち)の鍵は閉めちまって良いから」
 沖田同様にひらひらと手を振って立ち去る銀時の姿を神楽は頬を膨らませて見ていたが、籠の中に財布がある事に気付いてパッと顔を輝かせた。駄菓子屋に寄ってから帰ろうと、うきうき歩き出す。
 
 *

 正直なところ、かぶき町で真選組の姿を探すのは容易だ。かぶき町に限らず、江戸の何処にいても彼らの姿は人目を引く。況してそれが顔も名も知れた『鬼の副長』であれば猶更である。
 歩き始めて数分、銀時は雑踏の中に、黒い制服の肩で誇らしげに風を切って歩く姿を難なく発見していた。
 長身、歩き方、黒髪、立ち上る紫煙。間違いないと確信した銀時はその背後に歩調を合わせて近付く。
 「だぁーれだ」
 「〜ッ気色悪い事してんじゃねェ!」
 刀の柄に抜き手を触れさせて、然し近付いた気配で察していたのか抜刀の気配はなく、背後から目隠しをされた土方はその場でぴたりと足を止めた。
 「だーれーだー?」
 「アホの坂田サン、って答えりゃ満足か?とっとと離れねェと公務執行妨害で逮捕すんぞ」
 「アホはひでーな。折角探しに来てやったのに」
 ひょい、と手を離せば、土方は前方に一歩を置いてから銀時を振り返ってくる。
 「探しに、だァ?」
 「沖田くんから、先に帰るって伝言」
 「〜…っの野郎、真面目に勤務する気がどこまで無ェんだ。──で?」
 ふう、と溜息と共に煙を吐き出し、基本目つきが悪いとしか言い様のない吊り目が銀時を睨む様に見てくる。
 「?」
 「他になんかあるんじゃねェのか。総悟の伝言だけでわざわざてめーが俺を捜してた、なんて事ァねーだろ」
 「ああ、うん、まあ」
 耳に小指を突っ込んで掻き、銀時は目を泳がせた。実際用事というか訊きたい事はあったのだが、こんな所で訊く話でもなく、出来ればゆっくり話の出来る所へ土方を連れ出したいのだが、果たして何と言って誘導すべきか。
 悩んだのは暫時。銀時は真顔で宣言した。
 「マヨネーズおごってやるからちょっと付き合え」
 
 *

 結論から言えばマヨネーズに釣られる程土方は単純ではなかった。というかマイマヨネーズを持ち歩く男には無意味な誘いだったと言うのが敗因だった。
 然し銀時はその後もあれやこれやと提案を出し、余りにしつこいその様子を見た土方も途中から「何か用が、しかも人目を憚りたい様な事情があるのだろう」と察したらしく、「晩飯」とそのタイミングに出した銀時の提案に渋々と言った感ながら首肯を寄越してくれた。
 「──んで、なんで手前ェの住処なんだよ」
 「新八が飯作っておいてくれるって言ってたからな。外食で駄目にしちまうのは勿体ねェだろ。火の車なんだぞウチの家計事情舐めんな」
 「…自慢気に言う事かよ。言っておくが宇治銀時丼とやらは御免だぞ」
 「あれは親父の食堂で食うから旨ェんだよ」
 言いながら万事屋の戸に手をかけるが鍵がかかっていた。既に神楽も新八も恒道館道場に向かったらしい。銀時は懐から鍵を出して施錠を解くと、土方を玄関に通した。居間に連れて行くと、自分は台所に食事の検分に向かう。
 新八が作り置きしてくれたのは肉じゃがと焼き鮭だった。良い主夫になるなアイツ、とか思いながら白米と味噌汁とおかずとを二人分に取り分け、急ぎ足で居間に戻る。
 目を離すと立ち去って仕舞う様な気がしていた。昼間は日常の光景が広がっていたそこに、居る筈のないものがいる、そんな違和感で。
 が、果たして土方はソファに大人しく座っていた。スカーフを解いて上着を脱いで、刀は傍らに。煙草の煙を燻らせて、それなりに寛いでいる風に見える。
 「はーいぱっつぁん特製の肉じゃがですよー」
 「…家政婦かあのメガネは」
 二人分に取り分けた食事を並べて行けば、それを見た土方は銀時と同じ様な事を思ったらしい。苦笑する様に言って煙を吐き出す。
 「んで、話があんだろ。何だよ」
 「飯食ってからにしようぜ。冷めちまうだろ」
 「〜何だ、本気で飯食わせてく心算だったのか?」
 「男一人でモサモサ飯食ってもつまんねーだろ。単身赴任のお父さんですか俺。的なさもしさが食卓彩っちまうのは嫌だろ」
 「そういやチャイナはどうしたんだ?メガネの家か?」
 「ああ。お妙に本借りるとかなんかで一緒に出掛けた」
 ふぅん、と頷いてから、土方はきょろきょろと辺りを見回した。今更落ち着かないと言う訳では無いだろう、何かを探す視線はややあってから銀時の方へと眉根を寄せた表情を伴って戻って来る。
 「…悪ィ、灰皿忘れた」
 「持ってくっから灰そのへんに落とすんじゃねーぞ!落ちてたら掃除だからな掃除!」
 文句を言いつつも戸棚から来客用の灰皿を発掘して渡すと、土方はまだ半ば程の長さのある煙草を平然とそれでもみ消した。代わりに懐からマヨネーズを取り出す。
 「……………」
 向かいに座って白米の椀を手にした銀時は一瞬顔を顰めるが、やむなしか、と諦める事にした。にゅるにゅると薄黄色の山が皿に出来上がっていく様から、必死で目を逸らす。
 (肉じゃがつーかマヨの中の何かでしかねーよ!)
 「じゃ、いただきます」
 「お、おう」
 意外に礼儀正しくそう言うと、土方は箸を手に取った。黄色い何かが瞬く間に口から胃へと消えていく。銀時は出来るだけそちらを見ない様に勤めようとしつつ、ご飯、味噌汁、肉じゃが、焼き鮭、漬け物と言う和の食卓をそそくさと片付け始めた。
 (液体だよなもうアレ液体だよな。どうやって箸で食ってんだよ!)
 実に器用に消えて行くマヨネーズの山に銀時は密かに胃を撫でた。糖分摂取過多の自分のほうが絶対マシだろう、などと言う事を考える間に、気付けば二人共食事を終えていた。
 「ごちそうさん。…メガネに、旨かったって伝えとけ」
 「あー…、わ、解った」
 (ていうか味解ったの!?)
 戦く銀時を前に、一息つくなり煙草に早速火を点ける土方。ふう、とどことなく穏やかな表情で煙を薫らせているので、機嫌は決して悪くなさそうだ。果たして肉じゃが効果のお陰だろうか。或いは単にマヨネーズか。
 (煙草>飯+括弧マヨネーズ括弧閉じ>煙草、で味ホントに解ってんのかコイツ…)
 「…あのさ、オメーって普段何食ってんですか?」
 「ん?屯所の食堂か町の飯屋だが、それがどうかしたか」
 「何食ってるのって問いになんで飯の種別じゃなくて店の種別が返るんだよ!やっぱお前アレだろ、マヨネーズが主食で他全部オマケなんだなそうなんだな?!」
 「馬鹿言うんじゃねェ、幾ら俺がマヨ好きでも腹に溜まらねぇもんが主食になる訳ねェだろうが!マヨネーズはどんな料理でも更に一段階昇華させるオールマイティ調味料なんだよ!」
 真顔で返され、銀時は反論を考えかけて矢張り止めた。卓越しに身を乗り出して抗議の姿勢でいる土方の胸倉を掴んで寄せると、目をぱちりと見開いた顔へと寄せて口接ける。
 ぽろ、と土方の手から煙草が落ちて、綺麗に灰皿の上に乗った。
 「──……、って、手前ェ!」
 数瞬後、真っ赤になった土方が銀時の胸を押す様にして離れた。押し出された銀時はソファにぺたりと戻り、眉を寄せる。
 「なにしやがん、」
 「やっぱり煙草かマヨの匂いしかしねェじゃねーか…食いモンの味とか絶対解ってないだろお前」
 「〜ッざけんじゃねェ!何だ、用件って喧嘩か?!俺つーかマヨネーズに対する宣戦布告なんだなそうなんだな!」
 顔を真っ赤にしてまくし立てる土方の様子は、怒り半分恥ずかしさ半分ちょっとと言った所か。その程度の成分分析が出来て仕舞う程には銀時は土方を見慣れている。
 「いや、コレはオマケ。ちょっと気になる事があったんだよな。別にマヨネーズの事じゃねェよ本題は」
 「……じゃあ何なんだよこの前フリは。何か言いたいならとっとと言いやがれ。回りくどいのは手前らしくねェ」
 灰皿に落ちた吸いさしの煙草をちらりと見て、土方は怒りの沸点を溜息で無理矢理に冷ました。額をごりごりと、折った指の背で揉んで、長い前髪の隙間からぎろりと凄味のある眼差しが覗く。
 (わーお。怖いつーか可愛いとか思っちゃう辺り、俺そろそろ重症?)
 知らぬ者が見れば射殺さんばかりの眼と見るかもしれないが、ただ単に銀時の「気になること」とやらが気になる故の、気構えが前面へと出ているだけだ。こう、じっくり観察していると、この間までは知れなかった事が色々と知れてくる。人を知ると云うのは本当に面白い。
 それが、好きな奴であれば猶更。日常的に目にしているものでもないから余計に。
 銀時は立ち上がると卓をぐるりと回り込んで土方の隣に膝をついた。土方の視線がその行動を追い掛けて来るのに、気怠げな眼差しで緩い笑みを返すと、ソファの上に置かれていたてのひらをそっと取る。
 「……」
 引き寄せなかったからか、振り解かれはしない。ただ怪訝そうな表情が銀時の手の動きを見ていた。
 「あのさ。……、土方くんはさあ、子供、欲しかったの?」
 「は……?」
 銀時の表情は真剣(のつもり)だったのだが、土方は寧ろぽかんと、何を言い出すんだこいつは、と言う表情で瞬きを繰り返している。
 「子供だよ。欲しかったの?」
 「……何いきなり言い出すんだ、てめェは……」
 わけがわからない、と言う表情に、銀時は少しだけ心の内側を何かに引っかかれた気持ちになる。苛立ちには満たないが、もどかしさよりは強い。その正体は恐らく小さな小さな、ささやかな憤りだ。
 「十五郎、って言ったっけ。自分で育てるって言って、スゲー心配してたじゃん」
 口を尖らせてそう言えば、土方の口元がひくりと歪んだ。
 「だからさ、お前、子供欲しかったのかな、って」
 「っそれは、俺じゃなくて、あのイボだろうがッ!」
 銀時の手を振り解き、思い出すのも恥ずかしいのか引きつった表情になった土方は全力で反論して来るが、銀時は払われた手で頬杖をついてこれみよがしに溜息をついた。完全に責めの姿勢だ。
 「でも、お前の場合は、本体とまだ一体化してたみたいじゃん、他の奴らと違って。て、事は、お前の願望や行動パターンをあのイボがなぞってたって事、にならねぇ?」
 「〜ッ、知る、か…!」
 実際土方に聞いた話では、あの時の行動の記憶はあるのだが、よくよく考えると「何を血迷ってたんだ」と言った所だったそうだ。確かに自分の行動として記憶にあるのだが、己の冷静な意識とは結びつかないと言う状態だ。
 土方以外のあの場にいた連中は皆、本体と寄生体が入れ替わって仕舞っていた。故に記憶はまるで無いと言う。
 そして銀時は寄生すらされていなかった為、全員の行動をよく見て覚えている。紛れもない自身の記憶として。
 「なぁ、答えろって」
 銀時の詰問口調に、土方はぷいと余所を向いた。構わず顔を突き出して続ける。
 「子供、欲しいの?」
 「〜っ、しつけェってんだろうが!大体、俺ァ所帯なんざ持つ気今の所全く無ェんだよ、〜っていうか手前ェに言われなきゃいけね様な事じゃねぇだろこんなん…」
 話題が話題なだけに歯切れが悪い。ぐしゃぐしゃと自らの前髪を掻き潰して吐き捨てる土方の姿をじっと見つめて、銀時は己に小声で問いかけてみる。何故突然こんな風に、まるで責める様に問いているのか。理屈では解る様で、正体が解らない。
 (………俺、嫉妬してた?してる?)
 事実は、イボの子を取り合っていただけだと言うのに。結論は、そんなものは無かったと言うだけの話なのに。
 お妙と──あの場合はイボとだろうか。勝手に宿主達の願望やイボの生存本能を模したものを構築していただけだろうに。
 顔からは全く想像もつかない。態度からも。そんなことを気取れた事は一度たりともない。我が子を欲している土方など。
 銀時も一度は流れの事とは言え、赤子の面倒を見たことがある。だから、その愛しさや大事にしたくなる思いは解る。人の親になどなったことはないが、それだけは人間としての感情として理解出来た。
 同じものを、土方は自分の子供だと設定されていて、ああして欲したのだろうか。守ろうとしたのだろうか。
 だとしたらそれは。
 (…………………俺とじゃなくって、誰か、女と所帯でも持たない限り、無ェだろ…?)
 かり、とした感覚を銀時は今度こそ実感した。嫉妬だ。紛れもなく。
 (……なんで俺イボに嫉妬してんの?……〜いや、違うか)
 ぼやいてから気付く。嫉妬したのはイボにではなく、誰かと所帯を持って暮らす土方の姿にだ。その「家族」の様にだ。
 思い合っていた筈のミツバをも、彼女の幸せを望んで突き放した男だ。今更何処かの女と所帯を持つ事を望むなどとは、到底思えない。少なくとも土方が真選組で刀を振るう道から外れるまでは、有り得ない事だろう。
 (例えば、十年後とか。どうなってんだろう、俺たちも。アイツらも)
 考えもしない、不安に似た不定形な感情が湧き起こるのを感じて、銀時は顔を顰めた。こういう想像は趣味ではないというのに。
 明日も、明後日も、万事屋の光景はいつもときっと変わりない。神楽は沖田に出会えば喧嘩をするだろうし、新八は毎朝万事屋に通って来るだろうし、定春は毎日排泄物の始末に皆を困らせる。
 近藤はお妙のストーカーをして、お妙はそんな近藤を笑顔で張り倒して、沖田は土方の命を狙ったり悪態をついたりして、土方は。
 偶然会って、下らない撞着で銀時と一戦やらかそうとしたり、またか、とうんざりした様な表情を向けて来たり、偶に飯に誘えばマヨネーズの山を作って銀時を辟易とさせてくれるに違いない。
 変わらないものがそこにある。変わらないで欲しいものだと願っているのに、時々それが足りなくて、変わらないものかと手を伸ばしてみたくなる。
 「……確かに俺が訊く様な事じゃねーかもしんねェけどさ。子供いたら、大事にしようとすんのかな。お前でも」
 「………お前でも、たァなんだよ。人の親の責任なんざ持つ気ねェし未だ解んねぇよ」
 いつの間にか出したらしい新しい煙草に火を点けて、煙混じりの溜息。土方は先頃までの詰問調子は何処へやら、目の前で俯いて消沈する銀時へちらりと視線を寄越して来た。
 「〜なんなんだよ、まるでてめーがガキ欲しいみてェじゃねェかよ。繰り返すけど俺のはアレ、イボだから。イボの願望だから」
 子供が欲しいというより、日常を盤石にする証が欲しいのかもしれない、と、ふと思った銀時は、勢いよく顔を起こした。真顔で言う。
 「土方くん、俺の子供産む気とかない?」
 「待てコラ。てめェとの間にガキなんざ、出来たとして、真っ平御免だ!出来ねーけど!」
 青筋を浮かばせて怒鳴り返した土方の言葉に、銀時の心が疼いた。唇を噛んで再び俯く。
 「……銀さんは、ちょっと憧れてたんだけど。子供の居る生活」
 「………」
 「天パでもV字前髪でもいーけどさ。お前と二人で、赤ン坊の世話してる絵とか。いいんじゃねェかなって」
 「…………いや、良くねーだろ。なんでしんみりした感じになってんの」
 「そう言う、お前が当たり前みたいに家族なんだって言う日常が、あっても良いかもなーって。思っちまったんだよ」
 土方の反応が良くなかったのもあって、銀時は最後投げ遣りにそう言うと、後ろ手をついて足を投げ出した。秘蔵の酒でも出して来て煽って寝ちまうかと、やさぐれた思考をかなり本気で考え出す。
 そこに、は、と呆れ混じりの土方の声。
 「望みもしねェ嘘吐き出し過ぎて、思い違えしてんじゃねェよ。ガキの世話なら間に合ってるだろ、てめぇの所にはもう、二人と一匹の立派な家族が居やがんだ」
 アイツら捨てて誰かと所帯持つ手前ェなんざ、想像もつかねェよ。
 最後は溜息に混ぜた呟きだった。土方の言う「誰か」には、彼自身も含むのだと、明確に理解したそれは──紛れもなく、銀時が先程嫉妬した感情の正体と同一のものだ。
 「家族、ってのになれりゃ、今も先もずっと変わらねェだろうとか、どうせそんな馬鹿な事でも考えてたんだろ、てめぇは」
 (図星…)
 浅ましかったかなあ、と思わず銀時は溜息をこっそりと吐き出した。見抜かれていたのだとしたら、鬼の首を獲った様に責める調子で迫った自分が少し恥ずかしいというか、気まずい。
 知ってか知らずしてか、土方が続ける。
 「第一…、そう言うのとは、違うだろ。始終手前ェの面見て過ごすのなんざ、飽きが来らァ」
 「そう言う事真っ向から言われると流石に凹むと思うよ!人として!」
 「〜飽きてェ訳じゃねーから仕方ねェだろーが」
 (……あれ?)
 余所を向いて煙を吐き出す横顔は、見ようによってはクールだったかもしれない。だが、吐き捨てる様にそう言う土方の耳の後ろが赤くなって見えるのは、あからさまに照れ隠しにしか見えない姿だと確信して仕舞うのは、付き合いの長さで得た銀時の、歴然とした発見。
 家族になりたいだとか、子供が居ればより深く繋がれるのにとか、そんな想像とは相容れない返答を受けた筈だと言うのに、得たものはそれより遙かに貴重な、発見と確信。
 このくらいが丁度良いだろうと示される。決定的に近付きはしないけれど、声を上げれば届く程度の心地よい距離感。
 町で遭遇して睨み合って、似た様な行動パターンに苦笑して、喧嘩しだす連れを止めて、偶に飯に誘えば今までは見えなかった色々なものに気付いて、妬いたり、辟易したり、少しだけ触れられたりする。
 それは、見えない、想像もつかない先の事に不安定感を抱かせる様な、危うい立ち位置の癖に、収まりだけはいい。もう少し、が欲しいくらいの、不満と希望とを内包した、確かな日常の光景だ。
 「変わらねェよ。俺も手前ェも。他の連中も。……曲がっちまったり、違えちまったり、イボに取り付かれたりしねェ限りは」
 普段はそこにない灰皿へと、溜まった煙草の先の灰を落とし土方は少しだけそう、笑った。
 「じゃせめて通い嫁でいいから来てくんねェ?」
 「断る。……てめェ、人の話聞いてねぇだろ」
 「聞いてる!聞いてますって!」
 ぎし、と目を細めて振り返ってくる土方の凄絶な表情に気圧された銀時はぶんぶんと首を振る。
 こればかりは仕方がない。日常的に。日常故に。
 (好きな奴とは一緒に居れたら良いなって思っちまうもんだろーが…)
 滅多に叶わないからこそ、得難いと思うのかも知れないが。欲するのだけは止められそうにない。
 「大体、人を飯で釣って、なんか大層な話でもあるのかと思えば…」
 「それは悪かったって。言っとくけど銀さん的には結構重要だったんですけど!」
 「イボの話持ち出す様な事じゃねェだろ、直球で訊きゃあ良いだけの事じゃねーか!」
 「嘘つけ!なんだかんだ答えねーだろおめーは!あっ、それにホラ飯は旨かっただろ、殆どマヨネーズの味しかしなかったかも知んねェけど」
 腕を組んで不機嫌そうにああだこうだと言う土方に、銀時は苦笑混じりに応じながら。
 まあ、これも日常として在るべき姿なのだからいいか、と小さく呟いた。




銀さんガンガン束縛するって云ってたからなあとついぞ考えずにいられない。それはさておき、サザエさん方式だから全編意味ないね!解ってる!

囚われるとそれ以上求めて。続けば一度は其処へ行きたい。無情の再現、頼り切れない。