surprise



 「待ぁ、ち、やが、れ、ェェェエエっ!!」
 吸って脳を血流を動かして手足を動かして吐いてを繰り返す肺は限界に程近かった。忙しない呼吸の度にずきずきと体のあちこちが痛んで、今にも眩暈を起こしそうだ。
 途切れ途切れになった言葉は、遠い背中に対しては最早何の意味も効力も持ちそうもないし、そもそも届いてすらいないかも知れない。
 真冬だと言うのに、重たい隊服とコートとの下は既に汗でびっしょりと濡れていて、暑い。だから呼吸も余計に上がって苦しい。
 足を止めたら最後もうそれ以上は動けなくなりそうだと、客観的にではなく現実的にそう判断しつつ、土方は遠い背中の逃げる先を必死で追いかけ走り続けた。
 明瞭ではなりつつある脳内で地図を広げて、赤い色彩の辿った道を違える事なく追う。出来る限り部下の駆けつける方角へと追い立てる様に走って来たつもりではあったが、こうも距離が離れて仕舞えばもう、惰性で振り回されている様なものだ。息は切れ過ぎていて溜息すらもう出ない。
 からかっている訳では無いのだろうが、前方を駆ける者がちらりと後方を──自らを追っている土方の様子を伺う様な仕草を見せた。思えば、相手の方も土方と同じかそれ以上の遁走劇を続けているのだ。ここからではその様子では定かではないが、逃げる側の体力も相当な消耗の筈である。
 「待ち、やがれェッ!」
 目が合った途端に土方は再び声を張り上げた。激しい収縮に肺が痛むがお構いなしに、苦しさをその侭怒気の表情へと変換する。その怒号に似た響きを受けてか、赤い服の逃走者は泡を食った様子で前方を向いて走る事に再び集中し始めた。
 止まる気配の無いその動きに、土方は全身の最早何処にも残ってなどいない様な力を振り絞って駆けた。奴が多少でも怖じけた今しか追い詰められる機は無い。或いは、単に獲物の悪足掻きを見て狩猟本能が刺激されただけなのか。
 幸いなのは、逃走者がよく目立つ真っ赤な服を着ている事だった。そのお陰で真冬の暗い夜道でもそれを見失う事なく追跡出来た。
 聞いた当初は、馬鹿な、と思った、実にこの季節らしいその要素がよもや本当に役に立つなど、土方はこうして己の全力を尽くした追跡劇を始めるまでは全く思ってもみていなかったのだ。
 
 *
 
 「サンタ強盗?」
 山崎の、妙に神妙な顔をして寄越した、そんな単語から始まる報告を受けた時、土方は己の表情筋が今にも笑いだしそうに引き攣るのを止める事が出来なかった。
 「はい。まあ厳密に言うと窃盗だけじゃ無い様なんで、怪人サンタとか、赤服の泥棒だとか色々呼び方はあるらしいですけど」
 そう山崎が話すのは、どうやらここ数日、町で話題らしい犯罪者についてだ。なんでも神出鬼没な上に犯す罪にも一貫性が無く、同心たちもほとほと手を焼いているとの事だ。
 その風貌は顔面の半分以上を覆う白髭で伺えず、年齢も知れない。一つ確かなのは、そいつが紅い帽子と揃いの上下を着ていると言う事だけ。それも、この年の瀬迫る季節、江戸でもすっかりとお馴染みになりつつあるクリスマスと言う行事につきものの、サンタクロースなる者の装束のデザインと言ってぱっと思い浮かぶあの格好だと言う。
 「まあ大体目撃証言を総合すると、サンタ以外の何でも無いなと言う結論らしいです」
 「…それで、サンタ強盗?」
 「強盗は被害届が出ている限りでは三件、後は万引きに空き巣に下着泥棒に自転車泥棒が監視カメラに記録されてて、重要参考人及び容疑者扱いですね」
 その、赤い服のサンタ強盗とやらの資料なのだろうファイルを読み上げる山崎の姿を半身振り返って見遣ると、土方はあからさまな息を吐いて机に頬杖をついた。
 「どう考えてもおふざけ以外の何でもねェだろうがそんなもん」
 夏も冬もその格好で活動していると言うのならば何らかのポリシーぐらいあっても良さそうなものだが、クリスマスの近いこの時期にその格好で、特に決まり無く軽犯罪を犯しまくっているのなど、愉快犯か目立ちたがりか、或いは単なる馬鹿としか言い様が無い。
 「十中八九そうなんでしょうけど、」
 呆れの色を隠さない土方の、細くなった目から然し山崎は視線を逸らしはしなかった。それでも同意の意だけは示して肩をすくめつつも続ける。
 「そんな、警察権力を小馬鹿にしている様な輩ですが、同心たちも手を焼いているのは確かです。救援をと乞われた以上、真選組(うち)としても無視を決め込む訳にはいきませんからねぇ」
 「大方、年末年始の忙しい最中に小物なんぞ追いかけてられねェって所だろうに。ったく、面倒な事ばかり押しつけて来やがる」
 真選組は基本的に対攘夷活動の武力組織ではあるが、法的には警察と言う構造上に位置している。その為に同じ警察組織であり、広く江戸を見廻る職務を負った町方同心から協力要請の名の下に、こう言った如何にも面倒そうな上に、しょっ引いても大した功にはならない様な事件を寄越される事があるのだ。
 その嫌がらせとも取れる慣例の背景には、大事件ともなると逆に真選組が特別権限で捜査権を持って行って仕舞うと言う事情がある為、お互い様と言った所なのだが。
 「季節に便乗しただけの愉快犯なら、放っておけば直ぐ消えるたァ思うがな。看過しかねるってのには、まぁ賛成はするが…、」
 箱から新しくくわえた煙草を上下させながら、土方はぼやきながら手のひらを差し出した。苦笑いを浮かべつつ頷く山崎がその手にファイルを差し出すのを受け取って、斜めに読み始める。
 然しその内容は概ね、今し方山崎の話したものに尽きていた。曰く、サンタの格好をしている。年齢不詳。性別は暫定男。種族は不明。身軽で体力もある。
 「つぅか、何でわざわざサンタの格好で強盗なんだよ」
 「やっぱり季節だからじゃないですかね?」
 「本場の異国と違って、生憎と江戸には連中の侵入経路として定番の暖炉は無ェだろうが。サンタの格好をしてやがるのに窓を割って侵入とか、本職に肖る気もゼロって事だろう」
 「侵入経路とか言わんで下さい、一応子供にとっては夢の絵面なんですから」
 ファイルに貼り付けられた、監視カメラ産と思しき白黒の写真を指で弾いて土方がそう言うと、山崎は何故か脱力した様な調子ながらも口の前で人差し指など立ててみせた。その「夢がないなあ」とでも言いたげな顔をじろりと睨んで、土方は仮名サンタ強盗とやらのファイルを畳の上へと放った。
 「今時誰がサンタの実在を信じるって?NORADぐらいだろ、大真面目に吹聴してんのは」
 まあ要するにサンタクロースと言うのは、大真面目に巫山戯られる程に、世界的に認知された、一年に一度だけ忙しなく働き回る有名人だと言う事だ。この江戸にクリスマスと言う習慣が根付いてまだ浅くとも、誰もが知る程度の知名度であるとも言える。
 件のサンタ強盗とやらはそのスタイルに肖る気はどうやら無さそうだが、どう言った訳かその姿を好んでいると言う。然し別にプレゼントを撒く義賊を演じるでも無く、手当たり次第のやりたい放題の様だ。
 こうなるとやはり目立つ事で警察組織を馬鹿にしているか、単なる目立ちたがり屋かと言う線が強い。その登場は五日前。クリスマスは明後日。サンタの装束でいる以上、奴さんは明後日以降には姿を消して仕舞う可能性は高い。
 「……まァ良い。明日から見廻りの際に取り締まりを強化する様に通達するとしよう。怪しいサンタには職質を積極的にかけさせるか」
 そんな、投げやり良い所な土方の決定に、山崎も同意を示して頷いた。大がかりに真選組を特別に動かす程ではないが、見廻りの隊士が日頃から注意してかかるだけでも随分と犯罪の検挙率は変わるものだ。真選組の権能と名は今までそれだけの成果を上げて来ているのだし、それはこれからも続く筈の事だ。
 何しろ町方同心より圧倒的に人数の多い真選組だ、本腰を入れれば怪しいサンタの一人や二人すぐに捕まる筈だ。
 土方も、山崎も、この時点まではそう思っていたのだった。
 
 *
 
 然し実際町に出て注意してみて思い知ったのは、サンタの人数がこの季節になると爆発的に増加すると言う恐ろしい事実であった。
 と言うのも。繁華街で客引きをする女も、看板持ちの男も、ティッシュ配りも、レストランの従業員も、コンビニの店員も、ただ歩いているだけの若い娘も、皆一様にサンタないしサンタっぽい格好をしているのだ。これでは堪ったものではない。
 「スーパーのおばちゃんまで紅い帽子を被ってましたよ」
 聞き込みから戻った山崎の余計な報告に、土方は覆面の警察車両の助手席で大きく溜息をついた。
 正直、これは予想外であった。予定外と言うべきかも知れない。クリスマス前日となって、まさかここまで町にサンタっぽい姿の者が溢れるとは思ってもみなかったのだ。
 朝の会議で、サンタっぽい格好に注意、怪しいサンタには職質、と号令を掛けた為に、隊士たちからの報告も朝からひっきりなしに続いている。あの売人っぽいサンタしょっ引いても良いですか?だの、ミニスカサンタって良いですね!だの。後者は明らかにただの感想だったが。
 「……せめて男に絞れと言っとくべきだったか」
 「まぁほら、奴さんは小柄なのもあって、性別は一応、暫定男、ですし。変な先入観はよくないって言ったの副長でしょう」
 「〜言ってもな。こうも何処に行ってもサンタっぽいのが蔓延ってるんじゃキリねーわ。木を隠すには森どころか、木が生えてんのは森ってレベルだろうがこれ」
 件のサンタ強盗(仮)がこう言った効果を狙っての事と言うのであれば、なかなかの策士と評しても良いかも知れないが、それよりも恐らく、同心たちが江戸の町がサンタ風の者だらけになって困るだろう事までを見越して、サンタ強盗(仮)の捜査を真選組に丸投げした可能性が寧ろ高い。
 車両の灰皿に煙草の吸い殻を放り込んだ土方は、矢張り祭事と言う日もあってか、夜が深まっても猶賑わっている繁華街をフロントガラス越しに睨め付けた。
 軽く見回すだけでも、サンタのコスプレ、或いはサンタ風衣装の一部を身につけている者は多く、またそうでなくとも単にクリスマスカラーとして赤い色の服を着ている者も居る。仮にこの中の誰かがサンタ強盗として町を物色していたとしても、それを見分け出す術は無いに等しい。
 クリスマス前と言う日もあって、サンタ強盗とやらが手配されていようがいまいが、真選組の見廻り人数はいつもより大分多い。悲しいかな、祭事で人が集まったり浮かれたりすると何かと治安が悪くなるのが常だ。
 時折、車載無線に小さな事件の訪れの報告が入るが、サンタ強盗に対する有力な手がかりも、一瞬で気持ちが切り替わる程の大きな事件も取り敢えず入って来てはいない。
 まあ平和に済めばそれはそれで良いんだが、と思って懐をまさぐるが、そこには空になった煙草の箱があるのみ。ただでさえストレスの溜まる現状、控えると言う選択肢は端から無い。土方は舌打ちをするとシートベルトを外す。
 「煙草買って来る」
 仕草と共にそう言って土方が車両から外に出ると、途端にひやりと冷たい外気が剥きだしの頬を容赦なく叩いた。よく晴れた冬の夜空は寒くて、空気も乾燥しているから皮膚に痛い。
 車は覆面だが、外から出来る限り悟られぬ為に駐車場の薄暗い片隅に目立たぬ様に停車してあり、日中から陽も殆どささない様なそこは町中よりも余程に冷えている気がした。
 寒さに軽く首を竦めて、土方は冬用に支給されている重たいコートの襟に顔を沈めた。隊服の上着同様に前を閉めて行動する事が前提に作られていない為、冷たい風を真っ向から受けると矢張り寒い。
 煙草は駐車場の隣にあるコンビニで売っている。そちらに向けて土方が歩き始めた丁度その時、反対側の通りで声が上がった。
 悲鳴や怒声の混じった声の中に、「泥棒!」と言う女の高い声を聞き取り、土方は素早く車を振り返った。すれば、車内にいた山崎もそれを聞いたのだろう、彼は車両から半身を乗り出した状態で土方の事を見た。
 そんな山崎に軽く頷くなり、土方はその場を駆け出した。ごく近い現場では、これもまた赤い温かそうなコートを着た、水商売と知れる派手な女性が道端に座り込んでおり、周囲に数人の人垣が出来ている。彼らは駆け寄る土方の格好が警察のそれだと認識するなり、「バッグを突然奪われて」「あっちに逃げました!」と口々に叫んで前方を指さした。
 足は止めずに土方は、彼らの指の先──夜の明るい繁華街を堂々と走る真っ赤な装束の背中をターゲットオンし、真っ黒なコートを翻してその色彩を追いかけ始めた。
 手順通りに、山崎は応援要請を出してから被害者の確保をしてくれるだろう。後ろの心配は端からしていない。だから土方は、ただの解き放たれた猟犬として、トナカイの曳く橇に乗らず自らの足で走っているサンタクロース姿の不届き者を追いかける事に専心した。
 
 *
 
 それから夜道を裏表、散々な追いかけっこが続いている。相手も馬鹿では無いらしく、前方に別働隊が現れるなり素早く方向転換をしたりと、町の端々にまで逃走ルートの理解を深めている様だった。しかも話通りに身軽で、家の塀を越えたり階段を登って飛び降りたりと、道無き道も実に器用に走り回っている。
 こいつが件のサンタ強盗本人と言う可能性は、当てはまった条件から見ても高い筈だ。それならばこの顛末は、土方が力尽きるかサンタ強盗が力尽きるかの何れかしか無い。
 土方は口から飛び出しそうな心臓の煩い鼓動を出来るだけ意識しない様にして、最後の全力を振り絞って走った。
 脳内の地図では、確かこの隘路の先は下水工事中の道に続いている筈だ。この時間では工事は行われていないが、道具は片付いておらず、車線規制が掛けられている。
 道が悪くなれば捕まえられる目算は高くなる。その賭けに速度を増した土方の視界に、ぐんぐんと赤い背中が近くなって行く。
 と、その時突然、走る隘路に面していた建物の裏口がひょいと開いた。
 「!?」
 声にならない声を上げたのは前方を行くサンタ強盗の方であった。彼はいきなり開いた扉に、出て来る者に、進路を塞がれる未来を見たに違い無い。だが、彼にとっては幸いにか、扉は右に開いた。扉にタックルをかければ扉を開いた者ごと押しのけて通る事が出来るし、出てきた者が道に倒れれば、しつこく追跡して来ている土方が足を止める可能性は高い。
 「どけええええ!」
 サンタ強盗が──やはり男だったらしい──怒声を上げる。その言葉に、扉から出てきたそれがくるりとこちらを向いた。
 それは、デフォルメされたサンタクロースの着ぐるみであった。コミカルに仕上げられた大きな顔に大きな体躯。お馴染みの赤い装束に白い髭。
 この季節向けの、食品店か何かの販売促進のマスコットキャラクターなのだろうそれは、休憩か何かの目的で外に出て来ただけだったに違いない。振り向いた所で、全速力で走って来る赤いサンタクロースと、全速力でそれを追う黒い警察とを目の当たりにして、見事に固まった。
 当然の如く、サンタ強盗は着ぐるみサンタを押しのけようとした。だが、着ぐるみのサンタが避ける素振りでひょいと足を動かすと、そこに引っかかってサンタ強盗は盛大に転がった。突然の事に受け身を取る暇も無かったのか、顔面から落下してごろごろと転げて壁にぶつかって止まる。
 続けて、土方が何かを言うでも無くとも着ぐるみサンタは素早く身を引いた。土方は駆けてきた勢いの侭に飛びかかってサンタ強盗の背に馬乗りになると、後ろ手に手錠を掛けて時間を確認する。
 「21、時…、じゅうなな、ふん、確保、」
 赤い服のサンタ強盗は転げた衝撃ですっかりと目を回していて、土方が馬乗りになっておらずとも暫くは動きそうも無かったのだが、漸く走るのを止める事の出来た土方はどっと全身を襲う呼吸と心の臓の激しい鼓動とに、ぜいぜいと喘ぐばかりでその場から動く事が出来ずにいた。
 取り敢えず携帯電話の短縮だけを発信して、山崎に応援を寄越すように促そうとするのだが、手足の先まで痺れているし、情けない事に言葉もまともに出そうも無い。
 (まあ…、無理もねぇか…、久々の全力疾走以上の全力疾走だ…、)
 だから煙草を控えれば良いんでさァ、と沖田が知ったら人を小馬鹿にした表情でそう言うに違いないと忌々しくも思った、そんな土方の頭に不意に、ぽん、と何かが触れた。
 「……?」
 息を切らせた侭見上げると、先頃の、こちらは尻の下のコスプレサンタではなく、着ぐるみのサンタの方が、永久に変化しない侭の笑顔で土方の事を見下ろしていた。その、暖かな布に包まれた大きな手が、汗ばんだ土方の頭部に置かれている。
 「……………」
 どうやら着ぐるみサンタに頭を撫でられているらしい、と数秒経って認識した土方がぽかんと見上げていると、着ぐるみの手を引っ込めたサンタは次には、被り物らしい首と体との隙間から人間の手を覗かせると、その手に掴んでいたペットボトルをぽいと放った。
 「……」
 首と胴体との継ぎ目にごそごそと戻っていく人間の手を見て、これこそ夢も何もあったもんじゃないなと土方は苦笑した。その侭着ぐるみのサンタは何事も無かった風情で、笑顔を浮かべた着ぐるみに包まれた手を振って建物の中へと戻って行く。
 地面に放られたペットボトルは未開封のスポーツドリンクだった。休憩でこれを飲む為に出てきた所で、サンタ強盗とそれを追いかける警察に遭遇したのだろう。
 サンタクロースは肩に担いだ大きな袋からプレゼントを出すと言う。間違えても首を取り外しそうになりながらプレゼントを出すなどと言う事はあるまい。だが、息も切れて汗もかいて、当然喉も酷く渇いていた土方はどんな贈り物よりもありがたくそれを頂戴する事にした。喉を鳴らして勢いよく煽ってから、呼吸が少し整ったのを確認して携帯電話を発信する。
 「山崎、さっきサンタ強盗らしい輩は確保したから応援寄越せ。場所は──」
 説明しながら見下ろせば、足下にはすっかり伸びた犯罪者サンタクロースの姿がある。その付け髭をめくってみれば、未だ若そうな、如何にも遊んでいる風の男の素顔。先頃盗んだ女のバッグは服の中にでも隠してあるだろう。
 クリスマスイブにまでサンタの格好で泥棒。予想通りに十中八九愉快犯だろうな、と思いながら、土方は狼藉者のサンタが、明日のニュースで子供の夢を壊さなければ良いんだが、とらしくもなくそんな事を考えた。
 「……まぁ、世の中には本物のサンタも居たらしいが」
 愉快な風貌の着ぐるみサンタの笑顔と、実に夢破りなプレゼントの渡し方をしていった、見慣れた気のする腕や仕草を思い出して土方は、彼にしては珍しくも子供の様に破顔した。
 それこそ、サンタを信じる子供の様な顔だった。




後で訊いても着ぐるみバイトなんて知らない振りを決め込む銀サンタ。

シンタクラースとズワルトピート。