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  イントッカービレ

※モエかす真霧島ルート、12月15日の五十鈴の通信の後妄想。
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 すまない、と最後に彼は苦々しくそう呟いた。
 諦めにはまだ至らない困惑。裡で渦巻く様々な感情を押し殺して漸く紡いだのだろうそんな言葉は、少なくとも五十鈴にとって大した意味を持ってはいなかった。
 是とも否とも言われなかったから。ただ、苦し紛れの様に絞り出された言葉になど、感情以上の意味は無い。
 お気になさらず、と返していたらどうだっただろうか。彼の心持ちは少しは楽になれたかも知れないが、所詮はその程度にしかならなかっただろう。それでは憂い惑う心の気休めにもなるまい。
 (…やっぱり衝撃はあったと言うか。傷ついてはおられるよなぁ…)
 椅子の背に体重を預けながら嘆息する。手のひらの中の、PIXIESの意匠の施されたバッジを一度固く握りしめてからポケットに放り込み、つまらない事この上ない心地を更に重たくする様な薄暗い天井を見上げた。
 (……けれど、僕らの関わる事の出来なかった十年の間に貴方が得たものが『それ』なのであれば、嫉妬ぐらいするさ)
 正当な理由だと思いながらも、言い訳じみている気がして来て妙な心地になった。
 件の調査の貴広への報告については、断じて恣意的な意図があった訳ではないのだが、自己判断で指令以上の所にまで踏み込んだのは事実なので、結果的にはそう取られてもおかしくなかった。もし伊勢が聞いていたのならば顔ぐらい顰めてくれそうだ。
 五十鈴は手を伸ばすと机の上に置いてあった薄い紙束を掴み取り、逆の手で開いた儘だったノートパソコンの蓋を少し乱暴に閉じた。
 そうして目を細めて見下ろす紙束の一番上は、カンパニーの最新のデータ上にあった経歴表をプリントアウトしたものだ。その紙面の一角に印刷された、如何にも証明写真と言った風の、幼ささえ伺える若い娘の顔写真を一瞥する。
 「……」
 これは、苛立ちに似たこの感情は、嫉妬と言うよりは憤りと言った方が正しい。嘘偽りで埋め尽くされた空々しい経歴の並ぶ紙面には、何一つ真実はなく、意味もなく、価値もない。
 だからこそ業腹なのだ。こんなデータ一つで形作られた人物の存在が、あのひとに、神崎貴広に、あんなにも苦しそうに言葉を紡がせるに至ったのだから。
 紙面に印刷された写真にも、文字列にも、恐らく真実は何一つない。同様に、五十鈴が此処から知る事の出来る情報は、偽りから生じたこの紙切れ一枚にしかない。五十鈴らの知らない所で貴広の過ごした十年間は、この偽りのデータからは決して読み取る事が叶わない。
 (…このデータ上の人物が僕らの知らない貴方を作った。挙げ句、それが仕組まれた事でもあった、のかも知れない、なんて来たら…、到底放ってなんて置ける訳ないでしょ…)
 深々とした嘆息と共に、五十鈴は手にしていた紙束をぽいと背後に放った。壁に取り付けられた小さな関節照明の光量ではとても照らしきれない陰を作っている天井を剣呑な心地の儘に見上げて、手で無造作に眼前の空気を払う様な仕草をする。
 ぶわ、と一瞬吹き抜けた風と共に、舞った紙束が寸時宙を泳いだ。そして次の瞬間には紙はシュレッダーにでもかけた時の様に細かく割かれ、ローテーブルの上に置かれていた灰皿の中にこんもりとした山を作っている。
 背後のそんな様子を振り返りもせず、足を組んだ五十鈴は天井を見上げた儘目蓋を下ろした。憤慨の感情は余り持続しない。それを向けるべき対象が目の前に居ないのだから、苛立ちを抱え続けるだけ無駄だ。
 五十鈴の至った結論はシンプルだった。
 あの書類に、その名をしたデータに因って裏打ちされた剣呑な存在に、貴広は十年もの間を欺かれ続けていた。
 幾ら貴広の猜疑心が強かろうが警戒心が強かろうが、十年と言う長い歳月を要すれば、信頼を得てその裡に入り込む事ぐらい造作もないだろう。元よりその為に送り込まれた存在であるのならば、尚更に。
 通信を取った時の貴広の必死な声音を思い出す。十年前であれば、生死が関わるなど余程の事でも無ければ到底聞かない様な、焦燥に満ちた感情を露わにした声。
 十年。人を変えるにも、騙すにも、信を得るにも、何かしらの思いを寄せるにも、きっとそれは充分に過ぎる時間だ。なればこそ貴広が受けただろう、真実と言う衝撃は想像するに易い。
 五十鈴の調べ上げた真実への痛苦を持て余し、浮かぶ疑念を何かの間違いであるのだと否定し、何かの間違いである筈だ、陰謀かも知れない、直接尋ねれば良い──そんな僅かの光明に縋りたいと、きっと今彼はそう思っている。
 だからこそ五十鈴は、その甘い可能性に切り込み、排除するつもりで告げた。
 僕たちは貴方の『敵』を許しはしない、と。
 その意味を貴広は解っている。解ってはいるが、きっと、飲み込む事も出来ずにいる。
 (今更全てをなんて棄てられる訳が無いのだから、残酷であろうが痛もうが、引き摺る自覚ぐらいは持って頂かないとね…)
 貴広が望もうが望むまいが、情勢は彼を巡って動き始めている。それがカンパニー内部の勢力争いや謀略程度で終わる事なのか、或いはもっと大きな事なのかは解らない。だが、投じられた賽が転がるのを已める事は無いのだから、せめてその出目が何を指すのかを知らなければならない。出来るだけ早い内に。
 人里と文明から途絶された世界の涯て。そこで十年間紡がれた揺籃の時はもう終わろうとしている。
 その事で貴広が瑕を負うのは五十鈴にとっては不本意な事でしか無いが、その時間の長さがその儘、偽りの時であったと言うのであれば話は別だ。
 偽りを作った存在があれど、それを知って、告げる事で、貴広が傷つくのが、苦しむのが解っていても。
 取り戻さなければならない。
 取り戻されなければならない。
 あの人はきっと、苦悩しているから。五十鈴の告げた『真実』を疑う事が出来ず、己の得た十年と言う偽りの安寧を捨てる事も出来ないから。
 苦々しく、無意味に謝ることを不甲斐なく思う事しか出来なかったから。
 
 「……だから、罪悪感ぐらい感じてくれないと困りますよ。隊長」





五十鈴が物凄く貴広に気を遣ってるし過保護なのは解るし、貴広も五十鈴らの献身を(ある程度は)解っているから、ぐうの音も出ない霧島さん疑惑の結論まで詰められて、隊長につく悪い虫は排除しますよ宣言(曲解)されても、否定も肯定も制止も出来ずに「すまない」としか言えなかったとは思うのですよ。
案の定の曖昧な反応に五十鈴も内心で「ああこれは一回ぐらい痛い目みるやつだろうな」って何か生ぬるく納得してるんじゃないかなあと。それを察して仕舞ったからこその「隊長は変わられましたね」って指摘だとも思う訳でして…。
冷徹な判断が出来なくて感情任せになったら、思い知る以外の「わからせ」はないだろうなと。勿論そうなる事は五十鈴的には業腹だけど、結果的に隊長の為になるなら良いかなとかそんな辛辣な部分はありそうとかなんとか。

触れるは易くとも、触れられない。

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