懸念を抱くより一途が涯て

※10年前PIXIES妄想です。
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 想定外の事が起きる、と言うのはほぼ毎日ごくごく当たり前の事の様に有り得る。
 例えば、ゴミ箱に投じたゴミが入り損ねたり、買おうと思っていた商品が売り切れていたり、携帯機器のバッテリーが切れて仕舞ったり。
 或いは、撃った銃弾が弾詰まりをし(ジャムっ)たり、潜入行動が露見したり、予期せぬ所で死亡したり。
 普通の生業の人間であろうが、闇に生きるエージェントであろうが常に、予想外、思惑外れ、そう言った事態に直面しながら生きている。
 取り分け、死の危険性の身近なエージェントにとって、大概それら『想定外』の後に続くのは、落胆や驚嘆や危険と言った現象が多い。
 結論から言って仕舞えば、『予想外』に対して心を乱し冷静さを失う様ではならない。凶事であろうが慶事であろうが、どんな時にでも冷静に状況を分析して対処するだけの客観的な判断力と観察力。それはエージェントに必要な素養の一つとして、殊に合理的な手法を好むカンパニーでは、個々の意思を抑圧してでも機械の如き思考を働かせると言う教育が盛んに行われている。
 伊勢には養成所に居た頃から、どちらかと言わずとも得意な分野であった。元々合理的な考えには賛同出来る質であったし、観察力にも自信があった。
 お喋りではなく、出しゃばりもせず、傍らに一歩退いて物事を見る事の出来るそんな伊勢の性質は、圧倒的な戦闘性能よりもある意味で買われていたのだろう。だからこそのPIXIES第弐天──神埼貴広と言う絶対的な強者を補佐する立場に抜擢されたのだ。
 ともあれ──伊勢は己を冷静な補佐役としての鋳型に収め、それを苦なく全うして来た。適任だったと言えばその通りなのだろう。ともすれば脇の甘くなりがちな貴広に忌憚なく意見出来るのも、己の冷静な思考とそこから成る分析力や判断力に自信があったからだ。
 そんな伊勢なのだが、今目の前にある光景を──光景が、理解する事が出来ずに困り果てていた。
 ノックはした。応えも返った。いつも通りだ。だからいつも通り、執務室で貴広が面倒そうに顏を顰めながら書類にでも向かっている姿を当たり前の様に思い浮かべつつ、扉を開けたのだ。
 「何だ、伊勢」
 「どうしたの、兄さん」
 「………」
 理解はしようと努力した。分析も。だが、伊勢が暫しの観察の末に出したのは、余りに普通の様にそう声をかけて寄越した室内の二人の人間を幾ら見つめてみた所で、この事態を1から10まで理解するのは無理だろうと言う結論であった。
 取り敢えず室内に入ると扉を閉めて、正面の席にではなく応接用のソファに腰掛けている貴広へと、伊勢はまず視線をやった。
 「……何をなさっているのか、お伺いしても?」
 なかなかに控えめな問いだった。真っ向から、何をしているのか教えて欲しいと問うのも何だか馬鹿馬鹿しく思えて仕舞ったと言うのもあったのだが、そんな伊勢の疑問に、貴広は両手の中で何やら紐の様なものを熱心にいじる手は止めない侭に一言、
 「見た侭だ」
 …と、返して寄越した。それを受けた伊勢の判断は早かった。瞬き一つ程度置いた次には、そのソファの向かいに文字通り転がっている、双子の弟の五十鈴の姿を見遣る。
 「見た侭」
 然しこれもまた貴広と全く変わらない一言であった。見た侭と、そう発した五十鈴は、何処から持って来たのか、投網の様なものに簀巻きにされ、蓑虫よろしく転がっている。そう、矢張り文字通りに。
 「………」
 何やら作業に没頭している上司と、その向かいで妙な状態で転がっている弟。真面目に追求した所で馬鹿馬鹿しいだけな気は矢張りしないでもない、己の直感は恐らく正しいのだろうと、伊勢は客観的な心地でそこまで考えてから、引き結んだ口端を下げた。溜息は気持ちの中でだけついておく。
 「……申し訳ありませんが、未熟なもので状況が理解出来そうにありません」
 どことなく諦観の気配の漂う、伊勢のそんな言い種に、貴広はそこで漸く、手の動きは止めない侭に、生真面目そうな顏を辛うじて作って佇む部下の顏をちらと見上げた。
 「暇な時に考えていたトラップの実践に付き合って貰…、いや、付き合うと五十鈴が志願したのでな」
 眉が寄った。自然と持ち上がりそうに引き攣る口元を何とか堪えて、伊勢は再び五十鈴の姿を──蓑虫の様に両手両足が自由にならない程に巻かれ、海老の様な姿勢で転がってへらりと笑う、弟の姿を見た。
 「つまり?」
 「ちょっと挨拶代わりのスキンシップのつもりだったんだけど…」
 「……つまり、隊長の仕事を邪魔するなり妨害するなりした事に対する仕置きと言う事ですか」
 想像から概ね確定に変わった理解に、隠せず溜息が出た。伊勢の言葉に左右から同時に頷きが返って、吐息と同時に両肩まで下がって仕舞う。
 こめかみを揉みながらも改めてじっくり見ると、蓑虫状態になっている五十鈴の足にはぴんと張られたワイヤーが括り付けられていて、それは天井まで伸びてフックの様なものに引っ掛けてある。ワイヤーは透過度の高い極細の繊維を撚って作られた戦闘用の、視認性の低いものだ。
 天井に刺さったフックにも別のワイヤーが巻いてあり、そちらは真っ直ぐに伸びて机の上へと向かっている。その先には重たそうなファイルが幾つか重ねられていて、一番上には万年筆が一本。
 横を向いたその転がるだろう先を追えば屑籠。屑籠の上には、入り損ねたゴミの様に無造作に落ちたダンボール板が斜めに入っていて、その先を追えば──、
 そこで伊勢は手順を追うのを止めて、貴広へと視線を戻した。すると彼は丁度「よし」と手元で何やら熱心に作っていた『作品』──或いは部品──を広げてみせた所だった。
 それは柔軟性のある繊維で編んだ20糎四方程度の小さなネットの様なもので、続けて傍らに置いてあったツールボックスを開いた貴広は、そこから取り出した、じゃらじゃらと釘の入ったプラスチック製のケースを完成したばかりのネットで包んだ。
 一仕事を終えてどこか上機嫌そうに立ち上がった貴広は、ソファの後ろに置いてあった脚立に乗ると、天井にそのネットを広げて四隅を鋲の様なもので留めた。そしてそのほぼ真下には、蓑虫状態の五十鈴の、困っていなさそうな困り顔。
 「そこまで追ったなら、助けてくれても良いんじゃないかな」
 つまりはドミノ倒し、もしくはピタゴラな装置的なもので、五十鈴が足を僅かでも動かせばあれこれと長い手順を経て、最終的に天井のネットが外れて釘が降ってくると言う、教室の入り口に黒板消し並の微笑ましい(伊部隊基準)仕掛けと言う訳だ。
 過程はともかく全容を理解した所で、伊勢は態とらしい困り顔を浮かべている五十鈴に言う。
 「原因がお前の側にあるのならば、止める理由は無いだろう」
 それに、五十鈴ならば脱出も抵抗もしようと思えば容易だろうに、わざわざ貴広が手間のかかる遊びめいた悪戯を仕掛けていた間、何も言わずに大人しくしているのだから、罰もといお仕置きに甘んじる気もあると言う事だろう。
 「まあそれもそうなんだけど。やっぱり釘は痛そうかなって」
 「刺さらん様に落ちる様にしてあるから安心しろ」
 「そうですか?ありがたいです」
 貴広の実に寛大な物言いに、五十鈴も微笑みながらそんな事を言うが、落下ダメージそのものはあるんだよなぁと口の中で小声で呟いているのを、伊勢は見逃さなかった。だが、それでも止めてやる気は取り敢えず無い。事情の経緯までは解らないが、貴広がこんな面倒な事をして『遊ぶ』手段を選んだ以上、そうさせたのは五十鈴の自業自得だ。
 俯せに転がって膝をほぼ九十度上に曲げている五十鈴だが、そこから繋がるワイヤーは全く揺らいでいない。その気になれば何時間でもその姿勢を保てるだろうが、どの程度痛がって、嫌がってみせれば貴広の気が済む──或いは満足するのかの塩梅を計ろうとしているのか、うーんと大袈裟に唸っている。
 「…隊長はこう言ったトラップなどを作るのがお好きですよね」
 執務室中を無駄に行ったり来たりしている、部屋の中の物品を適当に使って作られた即興のトラップ──或いはピタゴラの様な装置の仕掛けをぐるりと見ながら伊勢がそう振ると、作業を終えて満足したらしい貴広は、余った糸を結んで輪にし、そこに両手の五指を引っ掛けながら返す。
 「まあ、道楽さ。このスイッチを入れたらどうしてこうなるのだと言う様な、相手の想像を裏切る意外性のあるものを作ったり考えたりするのは嫌いではないからな。戦略でも戦闘でも、敵の裏をかいたり不意を打ったりする手は常に有用だ」
 普段はほぼ漆黒を扱って戦う事の多い貴広だが、トラップの取り扱いにも長けている。だが、実戦でその技能が使われる事はまず無い。漆黒一つで全てが事足りるからだ。
 「技倆差や体格差、有利不利と言った状況の顕著な敵を相手にした時にどう立ち回るかと言うのは、昔嫌と言う程に叩き込まれたからな…。漆黒は使用禁止で、銃火器の一つも携帯していない状況で多数の敵を相手に密林を駆け回るなど、いつの時代のゲリラの戦い方だと当時は思ったし、その感想自体は今も実は余り変わらん」
 養成所で学んでいた頃の何か嫌な事でも思い出したのか。目を細めて言いながらもその手指は複雑に手順を動いて行く。伊勢自身はやった事すらないが、それがあやとりと言う遊戯である事は知っている。貴広が何故そんな遊戯を知っているのか、出来るのかは知らない侭であったが。
 「とは言え、お前たちの様に、攻守どちらにも特化した特異な、『強すぎる』能力を持った相手であっても、時には有効手に成り得るものだからな。頭にあって損はないのは確かだ。逆に言うと、お前たちはそう言った姑息なトラップを回避、或いは見抜く術を身につけておいて損はないと言う事だが…」
 まあ、思考を養う暇つぶし程度のものだ、と付け足して言う貴広の手の中で、あやとりの一つの形が完成した。複雑な形状をしたそれは、鉄塔か何かの様だった。
 糸で作った輪を、切ったり結んだりはせずに、指の動きだけで何かの形をつくる。ただの遊戯と言うには器用で、工夫があって、手間がかかる。
 感心を込めてその動きを見ていた伊勢は「で」と続けられた貴広の一言と共に、ただの糸の輪に戻る図形を見て我に返った。
 「お前の方は何の用事だったんだ、伊勢。望むならお仕置きは順番待ちになるが?」
 「違います」
 少しぼんやりとはしていたが、断じて望む意図など無い。溜息をつきつつ眼鏡を軽く直した伊勢は、何やら楽しげに静止している五十鈴を横目に、執務室を訪れた用件──任務についての話に移る。
 「…──と言う次第ですので、」
 伊勢の話を真剣に聞いた貴広は、手渡された地図を片手にあれこれと思索を始める。頭で描いている、人を動かす手法も、この他愛もないトラップも、あやとりも、彼にとっては似た様なものなのかも知れないと伊勢はふとそんな事を思った。
 漆黒を扱う貴広であれば、双子の操る神風よりも容易く、攻めも守りもこなせる。それでも貴広に漆黒ばかりを扱わせるのではなく、手段としての戦術や思考を教え込んだのは、矢張り彼に指揮官としての教育を施すと言う目的があったからなのだろう。
 幹部候補生は多かれ少なかれ多彩な技能を育てられるが、貴広の場合は漆黒の扱いにさえ長じれば、他の技能など、極端な話をすれば不要であった筈だ。あの無尽蔵の洌い闇を操る力さえ行使出来れば、屍など幾らでも容易く拵えられる。
 それでもそう──特化した兵器として育てられなかったのは何故なのか。合理的手段を好むカンパニーからすれば、大きすぎる能力を持つ者に、無駄な自意識や思想を生む知恵を持たせる教育と言う行為は、却って『兵器』として扱い難くする事でしかなかっただろうに。
 それに、漆黒を禁じ手にした訓練など、まるで漆黒がいつか使えなくなると言う想定の様ではないか。
 (隊長の養成所での師は確か、水野政策部長だったか…。武闘派幹部の一人と名高い…)
 カンパニーの幹部連では珍しくも、現場を職場にしている様な人間であると評判の人物だ。伊勢や五十鈴ばかりかPIXIESの誰もが直接に指導を賜った事は無いが、貴広は彼を教官に直接の指導を受けたと言う。
 親代わりの様なものだと貴広自身が以前そう口にしていたが、その言う調子がどことなく苦かったのは、そう言った厳しい指導の思い出が強いのだろうと、伊勢は今までそう思っていたのだが。
 (そんな人物の指導方針としては少し妙な気もするが…、考えすぎだろうか…)
 水野自身の方針と言うより、更に上からの命令でそうなったと言う可能性の論が、伊勢の裡で俄に生じる。貴広をどうしても、カンパニーの擁するただの強力無比な兵器としてではなく、寧ろ普通の凡百のエージェントの様に育て上げねばならない様な。そんな理由。その可能性。
 「……」
 考えすぎだろう、と二度目の己の囁きは聞こえたが、一度湧いた妙なノイズは消えない。そして、それが余り宜しくない考えの様な気はしている。恰も警鐘か何かの様に。
 今は関係のない事だ、と伊勢は無言の侭に思考を打ち切った。双子の兄の妙な様子に気づいたのか、五十鈴がちらりと見上げて来るのに、なんでも無い、と示す様に小さくかぶりを振る。
 貴広は未だ、眉を寄せて鉛筆を片手に地図の前であれこれと唸っている。それをちらりと見た伊勢は、珈琲でも入れようと思って一歩下がった。その時、踵に件のピタゴラなトラップのワイヤーの一部が引っかかる。
 「あ」
 と思った時には、途中経過を大幅にすっ飛ばして、トラップの最後のワイヤーが引っ張られた。天井からネットを支えるピンが外れて、ぱかんと蓋を開いた釘のケースが五十鈴の上から狙い違えず落ちて来る。
 危ない、と思うよりも早く、俊敏に身を起こした五十鈴は、つい今し方まで己に巻き付いていた筈の投網から既に逃れていた。次の瞬間には室内にふわりと風が起きて、降って来た釘たちが無重力の様にその場で静止している。
 その背後でもゴールの既に倒れて仕舞ったドミノ倒しの様にぱたぱたころころと仕掛けが動いて、そして行き場を失って止まった。
 唯一、五十鈴からは離れた所に落下したケースを伊勢が拾うと、風に乗った釘たちが巻き上がって、その中にからからと落ちて来る。
 ご丁寧に綺麗に向きまで揃えて収まった釘ケースの蓋を閉じた伊勢はふうと嘆息した。矢張り五十鈴はいつでも逃れられる状態で、あの姿に甘んじていたらしい。その行動原理が反省由来なのか、単に貴広の無聊を慰めていると言う役得(五十鈴基準で)ゆえなのかは解らないが。或いはどちらも正解なだけか。
 「そんなでも丹精込めたのだぞ。甘んじて喰らえとまでは言わんが、せめて起動から発動までの手順は遵守して貰いたかったものだ」
 鉛筆をくるくると指の中で器用に回しながら、今度こそ明確に不満そうな調子で言う貴広に、伊勢は素直に頭を下げた。
 「……すみません」
 「それに、トラップに気をつけろと言った傍から引っ掛けるなど、仮にもPIXIES序列第弐天とは思えない為体だぞ」
 「…………返す言葉もありませんよ」
 別に伊勢の反省が欲しかった訳でもない様で、肩を竦めて見せる貴広だが、伊勢は大真面目にそう重ねた。視界の端で、足に括り付けられたワイヤーをほどきながら五十鈴が小さく笑っているのを見て、元はと言えばお前の所為だろうと思うが、五十鈴も解っているだろうし意味もないので口にはしない。
 「まぁ、仕掛けを作っていただけで気も晴れたからな。構わんさ」
 「お楽しみ頂けたなら良かったです」
 軽い調子でそう言う貴広に、にこにこと笑んで返したのは伊勢ではなく五十鈴であった。床に落ちた網やネットを拾って言う彼の、その額に貴広の突き出した鉛筆の尖端がこつんと当てられる。
 「どの口が言う。次からは邪魔をしたら吊るすからな」
 「はい。了解しました」
 矢張り微笑みと共に言うのは、謝罪ではなくただの了承である。つまりは次の『お仕置き』が吊るす事だろうが構わないと言うだけの事だ。
 意味する所を解っていない貴広と、気にしていない五十鈴とを見遣って、伊勢は際限の無さそうな溜息をまた一つ重ねた。暖簾に腕押しとか糠に釘とか言うが、正にそれだ。
 「…では、僕は仕事に戻りますね」
 貴広の真剣な横顔を見て、五十鈴はある意味己の散らかした様なものである、投網やらツールボックスやらを静かに片付けると、伊勢にちらりと目配せをする様な仕草をしつつ執務室を出て行った。貴広の気は済んだのだから、後は邪魔をするべきではないと言う判断だ。案の定か貴広は五十鈴の言葉にひらりと手を振ったのみで、視線は目の前の作戦立案と言う作業に没頭して動かない。
 「伊勢」
 「…はい?」
 「この地点の配備なのだが──」
 とんとん、と鉛筆の尻で地図を示して言う貴広の表情は、先頃まで子供の悪戯じみたトラップを作っていた時と然程に変わりはない。何か一つの目的の為の思考、パズルを組むのにも似たそこに共通しているのは、真剣な『楽しさ』だったのかも知れない。
 「未確認ですが、地図上B-6地点には新型の戦闘用アンドロイド兵士が動員されていると言う噂もあります」
 「……成程。そうなると手薄なのは寧ろ西側の市街地、多少の戦闘は想定したとして──、」
 情報部の理念は単独行動且つ単独での任務の完遂に重きが置かれる。つまり細かい事は現場の判断となるのが基本だが、それを出来る限り滞りなく行わせる人選や采配、計画の立案は隊長である貴広の裁量に依るものが多い。隊員が個別に全てを為せるのならば、始めから序列は疎か隊長と言う指揮官でさえも必要なくなって仕舞う。
 それ故に貴広は己の関与出来る事として、常に慎重にプランを立てる。複数人で赴き自ら隊員を指揮する任務で無いのならばなおさらに。然し机上のそれが必ずしも現場で活用出来るかは定かではない。それでも彼は入念に考えを詰めて行く思考を已めない。気の遠くなりそうな作業を淡々とこなしていく。
 机上の論も盤上の思索も、現場ではそう役に立つものではない、と、貴広はそんな己をしてそう、少しばかり皮肉げによく言う。同時に、無意味かも知れないが無価値では無いからだ、とも。
 彼がただの武器や兵器として育てられていたとしたら、到底無かった様な思考だろう。それが遊びに近いトラップを作る様な無駄でしかない様なものであったとして。悪足掻きにも足らない様な貴広の思考や思想を養った事は、果たしてカンパニーにとってどんな意味を含むのか。合理的では無さそうであるがゆえに、その正体や目的は見当もつかない。
 貴広の口にした智慧の果実と、それを味わって育ったこのPIXIESと言う存在もまた、何か逃れる事の叶わないものの裡でしか無いのかも知れない。
 不発に終わったトラップの残骸と、卓の上に放り出されたただの紐でしかない輪とを、ちらりと一瞥し、伊勢は思う。
 それでも己のすべき事は変わらない。思う事は変わらない。ワイヤーが切れれば釘が降って来る。そう仕掛けられただけの児戯めいたものの様に。愚直なだけの機能と感情とは、全てこの為だけに存在している。





本篇でも冬葉に訳わからんトラップ仕掛けてたし、楽しそうだったしで、隊長は無駄に手の込んだ作業とか企みが好きなんだろうなあと。暇と言うのもあるだろうけど。
あとすごく個人的に水野政策部長と隊長との関係が知りたいと言うか妄想したいと言うか。実在の人物なのかとか。そんな事ばかり考えているからいつもまとまらないのですよ…。

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