私の罪は千二百年 / 6



 古来より神とは人に『在る』と信じられ祀られて来たモノであり、それが故に人よりも上位の存在だ。そうであると信奉されて来て、そうなった。
 信仰を集めるべく、神の代となる存在は何であっても構わない。遙か大昔より連綿と伝わる神話や伝承と云った形無きものから、神が宿ると信じられて来た岩や樹などの自然物。神そのものであると奉じられて来た海や山、太陽。御神体として崇められていた像(形代)、玉石、鏡、刀剣。そして──妖怪、物の怪。
 最後の例は極めて少ないと云えるが、そも神とは穏やかなる和魂と荒ぶる荒魂と云う二面性を持つものであるとされている。一つの神の伝承がその二つの異なった性質に因って分けて解された事もあった。
 即ち神と呼ばれるものは恵みを齎す神聖な存在ばかりではないと云う事である。因ってその代が妖怪の伝承などに当て嵌められたりする事は珍しくもない。
 「だから神代の正体は兎も角、勧請されたカミサマが伏魔殿に住み着いていた大蛇(うわばみ)だろうが妖怪だろうが、別段おかしい事じゃない……って云えばおかしくは無い訳だ」
 「しかもどうやらあのカミ様を勧請したのはご同業だった様だしな」
 本殿の方をちらりと見遣って、ヤクモ。何となく釣られる形で振り返ってマサオミは同意を示し小さく顎を引いた。
 本殿にあった『御神体』たる鏡の奉納された祭壇には、経年の汚れなどでかなり掠れて仕舞ってはいたが闘神士にとっては憶えも馴染みも深い八卦太極と八方音とを配した陣が密やかに刻まれていた。意味もない御神体をわざわざ用意した辺り公にはされていないのだろうが、この地に神を──あの大蛇を──勧請した張本人は闘神士或いはそれに縁ある役職の者だと云う事は最早明かだろう。
 そもそも鬼門を開き裡の伏魔殿より『神様』を勧請すると云う時点で少なからず「こっち」の人間なのは間違い無いだろうとは思ったが。
 「……この辺りの土地に起きた天災を、何とかしよう、と…神を勧請した、………と云う単語の拾い読みを直訳しただけの経緯で良いのかどうかすら判然ともしない。辻褄としては一応納得出来るが」
 曖昧に呻きながら、ヤクモが手にしていた巻物から顔を起こした。その手元を少しだけ覗き込んで、マサオミは正直に肩を竦める。
 「いやあ……済まないな。俺、子供の頃から実戦メインで育った闘神士だからねぇ…」
 「全く。現代の文法ならまだしも、古語のレベルになると寧ろ現役平安人のお前の方が知っていて当然と云う所だろうに。こんな事になるならノートを持ってくれば良かった……」
 「あー。伏魔殿調査中によく何か書いてたアレ?」
 「ああ。伏魔殿内部はそれこそ古代レベルの文献の宝庫だったからな。暗号のポピュラーな解読方や専門用語、特殊な文法の解法を勉強してはまとめていたんだ。あれを持って来ていれば幾分捗ったろうに」
 云うとヤクモは悔しげに目を眇めた。基本的に人捜しの目的で来た訳である。まさかこんな事になろうとは思いもよらなかった為に、準備が万全では無かったのも致し方ない。更にそこに持ってきて、忘れ物を取りに帰りたくとも神域から脱出不能と云う現状だ。
 (俺がちょっとばかり太極文字や陰陽言語を不勉強だった事ぐらい、これ以上の現状悪化には当たらないだろ…)
 うーん、と再び呻きながら巻物の文字を真剣に辿るヤクモの様子を見下ろして、現在進行形で彼の何の助けにも力にもなれていないマサオミは、ほろりと溜息を吐き溢した。
 それなりに深刻そうではあった。
 先頃幾ら必死になれど鳥居より先に──即ち神域より外へ──出る事が適わないと知った後、マサオミとヤクモはああだこうだと今朝方の議論と差ほど変わらない言い争いを展開した挙げ句、「何とか此処から出る方法を探そう」と云う結論で収束を見て(毎度自分達ながら同じ事を繰り返しているなとは思った)、取り敢えず社殿から調査を開始する事にした。
 拝殿に巧妙に隠されていた守りの結界を発見し解いたのはヤクモで、その中より出て来た古の闘神士(恐らくはこの神社の建立主)が遺したと思しき巻物を発見した所までは順調だったのだが、肝心の記載内容が古語も古語のレベルで、ヤクモには曩の発言通りに照らし合わせる参考書や解読書が必要とされる程の解読の難解さを誇っていた。
 古語と云うぐらいだからして、本場平安人のマサオミの方こそ詳しくあるべきなのかも知れない所だが、如何んせん今読み解かねばならない対象は、マサオミに読める様な普通の古語──文法や文字ではなく、太極文字や陰陽言語の古語なのだ。
 特別、闘神士になるだのと考えてもいなかったあの激動の幼少時代を思えば情状酌量の余地は存分にあって良い。……と思う。姉やタイザンのお陰で学が無いと云う事は無いが、基本的に子供の頃のマサオミは勤勉とは云えない方であったし、当時はそんな事よりも実戦を積み力を得る事の方が重要だった。今でこそ太極文字に因る文章をそつなく読み解ける程度には勉強してあるが、その内容が余りに専門的な分野や暗号めいたものに及ぶとお手上げである。
 無論ヤクモの方とて云う程マサオミと違いがある訳ではないらしいのだが、生憎彼の方には厳しい講師が六年間付きっきりだった事もあり、否が応無しに仕込まれたのだと以前聞かされた事がある。幸か不幸か伏魔殿探索でも現状でも、それが役立ってきたのは間違い無いが。
 (備えあれば憂いナシ、って奴ね)
 マサオミがぽつりと呟いて、ああでもないこうでもないと、社務所から拝借して来た古いカレンダーの裏にがりがりと解読文を書き付けているヤクモに再びの視線を落とせば、丁度彼は些か乱暴に髪を掻きながらペンを投げ落とした所だった。
 「駄目だ。肝心な部分は全く解らない。恐らくは後々宮司や他の者に見られても問題が無い様にしたからなんだろうが、暗号が偏執的な迄に複雑過ぎる」
 後半はヤクモにしては珍しく弱音に似た言い訳がましい云い種だったが、知恵すら貸せない以上マサオミにはかける言葉もない。
 「……解った事はと云えば、昔この辺りで大規模な天災が幾度も起こり、それを鎮める為に生贄だの祈祷だのあらゆる事をしたが効果も無く、仕方無しにこの地に新しい『神』を勧請し、それに因って救済を行おうとした、と云う事ぐらいだ。しかもこれも意訳。
 推論をも付け加えるならば神を勧請したのは闘神士で、神は伏魔殿より引っ張り出した大蛇だったと云う所止まりだな。現状の役には余り立ちそうもない。時間の余裕も無いと云うのに……」
 矢張り、人命がかかっていると云うのに現状の解決に何の尽力も出来ないと云う所が焦燥を生んでいるのか、続く言葉もヤクモにしては珍しく苛立ちを隠していない。
 自分達も神域(ここ)から出られない、と云う点も充分焦って然るべき事なのだが、ヤクモはその点は余り数えに加えていないらしい。
 「あともう一つ解っている事があるじゃないか」
 これも現状打破に余り役立っているとは言い難いが、とは言葉にせず続ければ、首を傾げたヤクモが目線で問いて来る。応える前に思考を纏める様にマサオミは腕を組んだ。
 「つまりだ、行方不明になった連中も俺達と同じ状況に陥ってたんじゃないかって事」
 今更得意気に云う事でもないなとマサオミとしては思っていたのだが、ヤクモの方には寝耳に水──と云うか思考が行き届いていなかった事だったらしい。ことりと首を傾げて頷く。
 「そうか。彼らも神域(此処)に立ち入ったは良いが同じ様に出られなくなった。外界への連絡手段も無く、この危機を伝える事も侭ならずに、救助に来た別チームが次々に同じ様に巻き込まれ──」
 ぶつぶつと一頻り呟いて、ヤクモは折った人差し指を顎に当て俯いた。かぶりを振る。
 「だが、そうだとしたら少しおかしい。MSSの定時連絡は最低でも二十四時間に一度と義務付けられていて、二十五時間を過ぎても連絡が無く本部からの連絡にも応えが無い様だったら、速やかに救助隊が送られる様になっているんだ」
 「だよな。俺も思った。幾ら閉じ込められたと恐慌を起こしたとしても、目立つ境内(此処)で大人しく救助を待ってさえいれば良いんだ。遅くても二日程度で救助は来る手筈なんだからな」
 首肯してマサオミは周囲を見回した。開け放った侭の拝殿の扉からは不気味に静まり返った霧深い境内の様子が伺えるが、そこに人の気配はなにひとつ無い。それどころか今のマサオミ達の様に社殿を探索した痕跡さえ伺えないのだ。
 あの神なる大蛇は「彼らが域に入った」事については「是」と寄越したのだ。神が嘘偽を申す事が無いのは確かである為、今現在彼らが救助を待ってじっとしていたり、付近を調査していたり、何らかの伝言を遺そうとすらしておらず、ただ姿を忽然と消して仕舞っている事は奇妙に過ぎる。
 「……仮に、彼らが此処を動くとしたら何処へ向かう?」
 「まあ俺だったらお手上げな限り、動かず此処で救助を待つけどな」
 それが最も慎重で安全な選択なのは云う迄もない。最初に此処に来た者らは兎も角、救助に訪れた次のチームであったら猶更そうする事を選ぶだろう。MSSの危機管理マニュアルにも確か、有事の際は動かず救援を待てとあった筈である。
 「…………では逆に、彼らが此処を離れなければならない理由があるとしたら?」
 と、ぽつりと呟くヤクモ。マサオミの方すら既に見ていないその視線の先には、ひょっとしたら答えが見えているのではないかと、そんな気が何故かした。
 厭そうな溜息が漏れる。それでもマサオミへと寄越された問いかけなのだから答えねばなるまい。現にヤクモは自分からは何も云おうとはしてこない。
 或いは認め難い仮定を他者に肯定して貰う事で、納得(若しくは諦め)を得たいのやも知れないが。何れにせよヤクモがこう云った話題上で何処か超然とした教師の様な物言いになるのはいつもの事である。
 ともあれマサオミは少し考えてから云う。
 「パニックを起こして何処かへ消えた、と云うのは流石に三チーム七人全員に当て嵌めるにしては弱いし有り得ない。だから──例えば、惑わされたとか混乱させられて、此処から離されたと考える方が建設的なんじゃないか?」
 仮令キャリアが浅かったとしても一応は闘神士である。そうそう無様は冒さないとは思えるし、ここまでミイラ取りがミイラになっている現状は普通はそうそう有り得ない事だ。何かイレギュラーな事態が起こっているのは間違い無いだろう。……それもまた今更の事だが。
 マサオミの解答は然し余りヤクモのお気には召さなかったらしい。複雑そうな表情で頷いて、受けた彼は続ける。
 「……そこなんだよなぁ。もしもそのテで七人とも全員が境内(此処)から連れ出されたとしたら、俺達も『それ』と同じ被害に遭っていてもおかしくないと思うんだが……」
 確かに。大蛇が顕れた時には腰を抜かしそうにはなったものの、取り敢えずマサオミもヤクモも無事だ。仮にMSSの隊員達が同じ様に大蛇に遭遇し、恐慌を来して逃げたとしても──それはその侭彼らが此処に戻って来ないと云う説明にはならない。
 その為、他の要因をヤクモは考えたのだろう。もしも彼らを連れ出した何かの要因があったとして、それが次に同じ様に此処に閉じ込め(綴じ込め)られた自分達に襲いかからない理由はないとして。
 然し此処に閉じ込められたと認識して既に小一時間以上の経過を見ているが、現状全く何か異変が起こる様子もなければ兆候もない。
 「………………なぁアンタひょっとして、その『要因』とやらが襲いかかって来る事期待してない?」
 「当然だろう。現状の打破に繋がるならば危険だって冒すに躊躇いはない」
 顔を顰めて恐る恐る投げるマサオミにあっさりと打ち返すと、これ以上此処に座って問答をしていても無意味と判断したのだろう、巻物を元の様に仕舞い込んでヤクモは立ち上がった。
 「勝手について来た時点で自業自得だ……と云いたい所だが、俺の無茶にお前を無理矢理巻き込む様な心算は無いから、そんな厭そうな表情をするな」
 云われた通りの厭そうな表情で固まって仕舞ったマサオミへと更にそう苦笑混じりに続け、ヤクモはさっさと拝殿の出入り口へと向かって歩き出す。慌ててその後を追いながら、マサオミは更に更に厭そうな表情になっている。
 (巻き込まれる心算が無ければ、端からアンタについて来てないっての)
 何処までも、闘神士を降り式神を持たない自分では、この生粋の伝説の闘神士様には何にもしてやれないのかと、今の自らの一言で思い知って仕舞い、感情面で落ち込むのを隠せない。
 そんなマサオミの鬱屈に気付く筈もなく、拝殿から靴を履き直して境内へ降りると、ヤクモは符を一枚取り出した。発動はさせず、考える様に暫しそれを見つめて、渋い表情になる。
 「……やっぱり無理か?」
 「無理……ではないだろうが、役に立つとも思えない」
 問いに、今度はヤクモの方が厭そうな表情になる番だった。手の中でひらひらと符を振って、眉間に皺を寄せる。
 神域と云う『場』は一種の隔であり圧だ。その場の神の支配する域は空間そのものに圧として示される為、裡では微細な力がその圧に因って掻き消されて仕舞う。神域の外ですら術を満足に扱えなかった事を思えば、軽い符の力程度では恐らくは通じまい。
 しかもこの域は『綴じ』られている為、試した訳ではないが恐らくは伏魔殿の内側同様に『空気』が循環していない可能性が高い。気力を全力で叩き込んで符や術が成功したとして、その後気力が回復せずに意識不明、などと下手を打つ真似は論外である。
 「式神は?麓では降神出来たんだし此処でも行けるんじゃないか?」
 軽く問いてみた心算だったのだが、振り返ったヤクモの表情は予想以上に険しいもので、マサオミは己の迂闊さを一瞬だけ呪った。
 マサオミにとっての『迂闊』のその通りに、ヤクモは気遣わしげな表情で自らの腰の後ろに下げた神操機に手を触れさせる。
 それは非道く苦く辛そうな質に見えた。己の無力感を痛感しているのだろうか、それとも。
 「ただでさえこの神域に居る事で皆に負担を掛けているんだ。単純な圧以外も恐らく多分に。それに──」
 「それに?」
 「……いや。兎に角皆に頼るのは『此処では』危険過ぎる。別の手段を講じた方が良い」
 言いかけて止められると云うのは気にかかるが、素直に吐いてくれそうにもない。ヤクモの云う事は些か私情の混じっていそうな道理だが、その浮かべっぱなしだった苦味の強い表情に押されてマサオミは取り敢えず頷く事にした。
 存在とその意味を異にするとは云え、神──に類する──様としての有り様だけを見れば、元が妖怪だろうが伝承だろうが、神も式神も親和性を持つ筈である。
 ……とは云え純粋な存在定義としての『圧』に及べば互いに拮抗ないし抑圧に至るのはある意味当然の宿命だ。強力な必殺技でもより強い式神やその必殺技の前では掻き消され押し負けるのが道理である。
 その有り様は海と波に似ている。絶えず波を生む海に新たに小石を投じて小さな波紋を生んだ所で、それは直ぐに掻き消され消えて仕舞う。
 それと同じく、これだけ強烈な神気に満たされた域では、式神の力も可成り押し込まれている筈だ。外界ではその作用を差ほど受けなかったとは云え、此処は真性の神域真っ直中である。その中で式神を降神し何かをさせようとは、無謀にも程があるだろう。
 『式神の仕様そのものが削がれてる訳でも無いですし、少しぐらいなら問題ないと思いますけどね〜』
 考えに沈むヤクモの方に向け、重い空気を払拭する様な明るい式神の声のみが発せられるが、彼らの闘神士はかぶりを振ってそれに返す。
 「得体が知れない以上リスクが高すぎる。──大丈夫、『今』は無理だと云うだけだ。後できっと皆を頼る時が来るから、その時にはいつもの様に頼むよ。今は俺が…いや、俺達が出来る事をしないとな。
 ──さて、そうだな。まずは」
 ぽん、と労う様に神操機に軽く手をかけてそう云うと、ヤクモは間を置く様に腕を緩く組んだ。追いついて横に並んで立ったマサオミの方をちらりと見遣る。
 「継続して、当初の予定通り鬼門を探そう。今までの推論と解読の一部の通り、鬼門が神籬であればあの大蛇の本体も其処に在ると云う事になり危険度は増すかも知れないが、此処でじっとしているよりはマシだろう。それにひょっとしたら、」
 「……鬼門?」
 唐突に脳裏に何かが引っ掛かり、マサオミは瞬きをした。鬼門と云う単語で何が気になったのかとヤクモが訝しむのを前に、ゆるゆると思考を固めて行く。
 神の勧請された鬼門。伏魔殿への接点。鬼門より顕れた神。域を包む有り得ない程濃密な神気。
 「マサオミ?」
 「〜……あー、すまん、ちょっと待って」
 急激に思考の海に沈んだマサオミを不審そうに呼びかけるヤクモ。手でぱたぱたと彼に待つ様にと伝えながら、マサオミの中では一つの推論が組み上がっていく。
 まさか、と呻いて仕舞う程には荒唐無稽だったが、明々白々な八方塞がりの現状では強ちこんな推論ですら莫迦にしたものでもない。かも知れない。
 「ヤクモ、」
 「…………なんだ?」
 「飽く迄仮定なんだが。取り敢えず俺達はあの大蛇の御大の歓迎を受けて、一旦此処から離れようとして『綴じ』込められている事に気付いた訳だよな?」
 「? ああ」
 マサオミの云わんとしている事に思い当たりが無かった為か、ヤクモはきょとんとした侭頷いて寄越した。その表情で、こう云った話し合いや言い合いで彼に己の推論などを話し聞かせるのは初めてだった様な気がするなと気付くが、ともあれマサオミは続ける。
 「此処に派遣された連中が御大に遭遇していたとしたら、驚くとか戦くとかまあ前段階は置いといて、それこそ此処は何なのかとその辺りから調べるんじゃないか?」
 だが社殿にはマサオミ達が調査の手を入れる以前には、何者かが踏み入った痕跡は見受けられなかった。謎をばらまかれた挙げ句これだけあからさまに人工の建造物が存在していたら普通は先ずそこを調べようと思うものだろう。
 「で、だ。MSSの連中は何の為に此処に来た?鬼門を調査する為だ。だから今さっきアンタが云った様に、連中は『当初の目的通り』に鬼門を探しに行った。……閉じ込められたとかそれ以前に、要するにそれだけの事なんじゃないか?」
 此処が『綴じ』られていると気付く要因が無ければ、その状況の異常性に気付く事も無い。だから救助なんて待つ必要も無い。否、救助が必要な状況であると気付く事もないかも知れない。
 「………つまり彼らは、此処に入り、閉じ込められた事に気付かず、『神』に遭遇する事も無く、ただ此処を訪れた目的として──調査の為に鬼門へ向かい、そして消えた、と」
 閉じ込められていたと自覚があればそれこそ救助を待って動かない筈だ。道理としても推論としても通っている。ヤクモの呟きは問いではなかったが、マサオミは一応頷いた。
 「それに此処から出られない理由は、──憶測だが、この神気は普通の神域とか云う程度を遙かに越えている。だから此処は域と云うより寧ろ、
 ………………『裡』なんじゃないかと思える。そう云う意味では行方不明になった連中が鬼門を目指す事自体も、偶然とは云えそう的外れでもなかったって事になるんだが」
 「……?神域の、と云う意味ではなくて、か?」
 「そうじゃなくて。つまり定められていた神域が入り口でも、そこから出られなかったって事は此処は神域以上の『裡』であって、そうなると出口は御大の『生えて』いる地点一つ──つまり鬼門にしかない、んじゃないかと」
 言葉を慎重に選んだマサオミへと、得心に至ったのか、空気を軋ませる様な緊張を纏ったヤクモが、一言一言を区切る様に云ってくる。
 「…あの大蛇は、自らの域をこの山だと云い、『内は腹の裡に入った様なもの』だと表した。多くの神話や伝承でも蟒蛇の類は『呑む』ものであるとも、知れている」
 結論を続けて仕舞ったヤクモに一瞬苦い眼差しを向けてから、マサオミは呼吸を軽く継ぐ。
 「そう云う事。つまる所この異様に澄み切った神域っぽい裡側は、──いや、この神域そのものが、あの御大の腹の中……なんじゃないかな」
 『神』の身の内。これ以上に澄んだ『域そのもの』は存在すまい。環境や『綴じ』方で構築されるものでも到底有り得ない、これだけ穢れのひとつもなく保たれた域。それはまさしく『神』の域でしかないのだ。
 鬼門より勧請され出て、山を自らの域として『丸呑み』にした──あの蛇の威容からすれば強ち想像だに出来ない事でもない。が、そうそう有り得る事でも想像でも無い。そもそもマサオミ達の前に顕れたあの姿は半透明だったその見た目通りに、仮初めの『姿』だろう。式神で云う霊体の様なものだ。
 ともあれ。故に域より出られないのも無理はない。鳥居より域の裡に──大蛇にとっては腹の中へ──そうとは知らぬとは云え入って仕舞ったのだ。その『内側』に存在している、神の出所である鬼門以外には頼れる出口も無いだろう。
 (まさか『身体』を突き破る訳にも行かないし。まあ突き破れもしないだろうが)
 相変わらず辺りを不気味に覆い続けている霧を見上げる。もう時刻は昼にも近づいている頃だろうに、空の色も陽の傾き具合も知れない。或いは時間の流れ方が違う可能性もある。
 そう。正に『神の領域』。実相世界と位を同じくしながらも薄紙一枚を『隔』てた、神の体内。
 「……事態が厄介になった」
 取り留めもなくなりつつあったマサオミの思考を断ち切る様に、ヤクモ。
 「今更だろう?それともまた何か厭な材料でも思いついちまったとか?」
 「──いや。今更と云えば今更の事だな。つまりあの大蛇も、伏魔殿の均衡崩れに巻き込まれた犠牲者だと云う事だ」
 思って然るべき事である。元より大戦以降ヤクモはしばしば均衡の乱れた伏魔殿へと降り、その修復や現世へ及んだ些事の解決に奔走していたのだから。
 伏魔殿と云う位相空間のその全容はウツホの消失以降も未だ現存しているが、封印の役割やウツホの力を多く受けていたフィールドは大戦の折りに消滅し、その事で空間全体の均衡を乱している。一つの属性に特化し凶悪な妖怪や化け物を生み出して仕舞う事もあれば、陰の気が強大になり辺りを汚染したなどと云う例もあり、伏魔殿や鬼門周辺に於いては未だ経過をじっくり見守り続ける必要があるとされている。
 あの大蛇も鬼門より勧請された存在だ。勧請されてより永きの間ずっとただ『在った』だけの『神』が、普通ならば域へ──現世へ──これ程影響力を及ぼし、それでいて『呑』んで仕舞う事など有り得ない。此度の異変を受けた事で或いは『狂』い、変質し異様化した事が原因だろうと考えに至るのは易い。
 現世へ何も介入しなければ問題は無いが、生死や状況は不明にしても既にあの大蛇の及ぼしたこの域内で七名の闘神士と一人の一般人が行方不明となっている。太極の均衡を見定め遵守する闘神士としては、既に『駆除』すべき対象であるとも云える。
 「……………アンタが甘いのは解りきっている心算だが、『人命がかかって』るんだろう?」
 「解っている」
 思いの外きっぱりとした返事が返って来た事に密かに驚きつつも、若干不安を隠せずマサオミは、数歩前に進んだヤクモの背を目だけで追った。
 (幾らカミサマとして勧請されたからと云って、妖怪や化け物の類にまで同情していたらキリがないだろうが…?)
 それに少々、らしくないな、とも思う。他者の命や闘神士生命がかかっている状況でヤクモが甘さや下手な勁さを露呈するのはいつもの事だが、その範疇に妖怪の類まで含むと云うのは意外性があった。
 だが、厄介になった、と云う云い種や、犠牲者、と云う言葉には妙な重み──強いて云えば沈鬱さを伴っている様にも聞こえた──が乗っていた様に感じられる。
 (まあいざとなったらフォロー……させて貰えれば良いんだがな)
 苦笑して、少々自信を失いつつあった自らを鼓舞すると、マサオミは境内の裏手へと向かうヤクモの足取りを追い掛けた。
 目的は云う迄もない。当初の予定通り、鬼門を探すのだ。





またせつm。短縮しようと一気にネタばらしと云う安直さ。またしても神道なめんな陰陽なめんな設定でうわぁい。
やっと一応マサヤクっぽくなって…来てないなorz

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