アリアドネの紅い糸 / 0



 大体にして、彼は酷く自信家であった。
 ただそれは彼自身の弛まぬ努力や苦労に因って培われたものが由来となっていて、鼻柱が高いだけの薄っぺらい自尊心とはそもそも質も意味も異なっているものだった。
 詰まる所、彼は己の自信を己で確信を持って裏打ち出来る程にはその事を自負していたし、己の裡に一本通った筋の様なものとして捉えていた。
 自信と言うものは彼がその能力で築き上げた末の結果の形の一つであり、彼と言う人間を支える礎のひとつであり、また彼がその途を失いそうになった時に見出す標でもあった。
 
 だから、それが崩れた時、彼は己の限界を悟った。無意味を知った。失望と言う言葉にすら値しない程に打ちのめされて、崩れ落ちる膝をただ茫然と見ているほかに無かった。
 
 彼を今まで支えて来て、彼と言う人格を構成していた要素の一つでもあった自信も確信も、全ては『その為だけに』存在していた。
 故に、その役割を、意味を、目的を失い果てれば、後には自信を力として研鑽して来た時間が、あらゆる意味と価値とを失い果てて取り残されると言う、酷い無力感しかそこにはもう見当たらなかった。
 彼の自信と確信とが余りに強固に、彼の人生に結びついていたからこそ。根こそぎ失われたそれを救う術を、彼は一切持っていなかった。
 それが失われる事など、考えてすら居なかった。思いもしなかった。
 
 静かに、怒りを持って、彼は叫ぶ。
 嘆きを憤怒に変えて、失意のもたらしたその痛苦に立ち向かいながらもそれを受け入れて、彼は叫ぶ。
 
 
 もう、こんなものは要らない──と。







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