アリアドネの紅い糸



 大体にして、彼は酷く自信家であった。
 ただそれは彼自身の弛まぬ努力や苦労に因って培われたものが由来となっていて、鼻柱が高いだけの薄っぺらい自尊心とはそもそも質も意味も異なっているものだった。
 詰まる所、彼は己の自信を己で確信を持って裏打ち出来る程にはその事を自負していたし、己の裡に一本通った筋の様なものとして捉えていた。
 自信と言うものは彼がその能力で築き上げた末の結果の形の一つであり、彼と言う人間を支える礎のひとつであり、また彼がその途を失いそうになった時に見出す標でもあった。
 
 *
 
 夜明けを横目に丘を下りて、銀時と土方は土方家の菩提寺を訪ねた。村にただ一つある寺は古く、詳しくは知らないが、高名な謂われのあるものだそうだ。だが、土方にとってそこは、ただ家族の眠る場所とだけ憶えて居れば良いものだった。
 そしてそうと憶えていながらも、自らの足でそこを訪った事は一度しか無かった。それも、誰も居ない時にこっそりと訪れた一度きり。
 (そんなんじゃ、不義理と言われても反論出来やしねェな)
 溜息をつきつつ、ここまで乗せて来てくれた銀時の原付から降りる。未だ夜も明けたばかりの頃であったが、田舎の墓地だからか門などの設備は無い様で、入るのは自由で良さそうだ。
 どう言う経緯だか解らないが、銀時はこの墓地に来た事があるらしく、土方家の墓所の場所まで詳細に憶えていた。記憶の曖昧だった土方からしては助けられた形にはなったが、何となく釈然とはしない。
 土方が江戸に着いて、結成された浪士組として活動し始めてそう経たぬ内に、土方為五郎は亡くなった。届いた訃報に土方は、決まり通りの弔辞と花の代金とを送る様手配しただけで、葬儀には顔すら出さなかった。丁度治安維持の任務が苛烈になって忙しかったと言うのもある。煩わしいだけの家人たちと顔を合わせたくなどなかったと言うのもある。
 だが本音を言うならば、どんな顔をして義兄を弔えば良いのかが解らなかったのだ。土方の裡で義兄は未だ亡くなっては居なかった。義兄の早すぎる死を認めて仕舞えば、どうしたってこれから未来を生きねばならない己の罪悪感に行き当たって仕舞う。その罪悪感で己の生を躊躇う様な事があれば、創設間も無い真選組も、近藤も、また路頭に迷って仕舞いかねない。彼らを支える事を叶える為にも、土方は常に己に、己の自信から来た役割を自負し続けなければならなかったのだ。
 だが、土方と義兄との対話は、一通の白い手紙が繋ぎ続けていた。墓前に立てども結局浮かばなかった弔いの言葉は、己の裡を表した近況報告に形を変えて、義兄の生前から変わらずずっと続けられていた。
 墓は綺麗に整えられていた。義兄の妻が足繁く通っているのだと、以前そう本人から直接教えられた。手紙が届く度読み聞かせてあげているのだとも。
 驚く事に、為五郎にも、妻にも、土方への恨み言は何一つとして無かったのだ。良い家族に巡り会ったのだろうと、土方はそう確信にも似て思う。この僥倖を、恩を、返しきれる様な正しいやりかたは今もなお解らない侭だったが。
 墓前に膝をついて黙り込んでいる土方を見かねた様に銀時が、その辺りで摘んで来たと言って、桔梗の花を花入れに活けてくれた。
 線香は寺の住職にでも聞かなければ購入出来ないし、朝早くから叩き起こす訳にもいかない。だから、申し訳程度に供えられた花を前に、土方は漸く静かに手を合わせる。
 (……くそ。やっぱり言葉なんて浮かびやしねぇ)
 久しぶり、とも。元気でしたか、とも。益体もない挨拶の言葉も碌に浮かばない侭、土方は息を吐いて立ち上がった。
 ただ、きっとそれでも良かったのだろうとだけ、思う。
 (こんなのは、ただの自己満足みてェなもんだ。そんなのは解ってる)
 土方に少し遅れて立ち上がった銀時は、「どうする?」と酷く気楽な調子で訊いて寄越した。答えなどきっと解っていると言うのに、いちいち面倒臭い野郎だと思う。
 「帰るさ。決まってんだろ」
 迷わず墓に背を向け答えた土方の肩を思いの外に優しい仕草でぽんと叩く銀時の手。労っているのか、気休めのつもりか。思って視線を巡らせてみれば、突如銀時は額を空けて整えていた土方の前髪を鷲掴みにして、わしゃわしゃと乱暴に掻き回した。
 「っこら、てめ、何しやがんだ」
 「やっぱおめーは前髪V字になってねーと落ち着かねーわ。なぁ?真選組の副長サンよ」
 「………ちっ」
 乱された髪を手櫛で申し訳程度に直す土方に笑いかけながら、銀時は手にしたヘルメットをぽいと放った。舌打ちをした土方はそれを受け取って歩き出す。本当につくづく、気遣いの面倒な野郎だと胸中でだけぼやいておく。
 「…然し、一体どれだけ時間が経ってんだかな。組が大荒れになってねェか、考えるだけで胃が痛ェ」
 「仕事の山が倍増しどころじゃねェのはまぁ間違いねーだろうな」
 まるきり他人事そのものの銀時の口調に、無理もない話なのは承知で、土方はぎりぎりと歯噛みした。実際土方が江戸を離れてからの日数そのものが消えて仕舞った訳ではない筈なので、その間ずっと副長不在或いは行方不明となったら相当のおおごとになっているのではないかと危ぶんだのだが、銀時曰く「上手い事調整されてるみてーだからそのへんは大丈夫だろ」と、実に適当極まりない答えを寄越して来た。気休めにもならないので、土方はまたしても溜息を苦労して呑み込んだ。
 「……ま。今更その程度で揺らぐ様な育て方はしてねェからな」
 負け惜しみの様に言うと、土方はヘルメットをくるりと回して被り、墓地の外に停車してある原付の後部席に跨る。ゴーグルを額から降ろした銀時もそれには同意してくれたらしく、「だな」と頷きながら原付のハンドルを握った。
 (俺が──誰かの犠牲の先に生きている俺が、自信を持って人生捧げて成し遂げた仕事だ。下らねぇ、手前ェ自身の弱気や夢想の作ったもんになんざ、負けてもらっちゃ困る)
 ごつ、とヘルメット越しの頭を銀時の背に押しつけて嘆息していると、「じゃ、出発するぞ」と、言葉とほぼ同時に、エンジンのかけられた原付がゆっくりと滑り出す。
 山間の村落の風景が遠ざかり、舗装されていなかった道がきちんとした道路に変わる頃、のろのろと土方は背後を振り返った。山を越える為に緩やかなカーブを幾つも通って来たから、背後に郷里の風景など見えやしない。
 別に、振り向きたかった訳ではない。見たかった訳でもない。ただ、もうそこには亡いのだと言う事を、思い知りたかっただけなのかも知れない。
 (………また、手紙でも出すよ)
 原付は緩やかな速度で走って行く。振り向いた先にそう告げて、土方は前を向いた。




全部元鞘ですと言う、自分的にはハピエンのつもりです…。長々お付き合い頂きありがとうございました。

小指を繋いだ縁の糸。

  : 
 









































*

*

*

割とかなりもの凄く蛇足なんですが、これもう言い訳したいやつなので堪え難く…。
言い訳とか余計な話はいらんと言う方はさくっとお戻り下さい。

 ・…えーと設定と言うか仕組みにかなり無理があると言うのは解っているのですが、自分の脳ミソレベルでは上手い事思いついたネタを裏打ち出来るファンタジー設定をでっち上げる事も侭ならず、「理解せんでええ、そういうもんじゃ」とゴリ押ししましたすいません。まあでも原作の虚さんの理不尽ぷりと横暴っぷりを思えば少しは許されるのではないかと甘く考えております。
 ・実はアルタナってものの事を、ここでは某FF7的な解釈をちょっとしてまして…。実際ゴリr…、原作者もFF7ネタ時々使ってましたし、アルタナ設定には魔晄設定の影響もあるのではないかと勝手に思っておりますがそれはさておいて。
 ・とにかくそれを拡大解釈した今回は、ただの資源としてのエネルギーではなく、星とそこから生まれるあらゆる生命の根源の様なもので、多かれ少なかれ生命はアルタナの影響を受けているとかなんとか…。まあとにかくそんなデッチ上げですはい。
 (本編での高杉も、その身に虚さんの血が混じっているから最後に戻って来たと解釈出来る展開でしたが、あれが生命全部にある様なノリ)
 ・…なので、人の想像するイフと世界の見る夢は同じもので、無意識下で日頃から行われていると言う無理矢理な感じです。人と星(世界)の意志はどこかで繋がっていて、世界が寝惚けたらそれに影響を受けてあちこち変化して仕舞う事もある。
大体の場合は誤差で、決まった流れに収束するのだけれど、今回は土方の存在が消える=真選組と銀さんの関わり方が少し変わる=虚さん退治に影響が出る、と、言う訳で修正要請が出た…とかまあそんな感じで…。もごご。

 ・以前にも確かぼやいてるのですが、柳生篇ラストで、九ちゃんが自分を庇って片目を失ったのだと言う経緯に今でも責任を感じているお妙さんからその事を、土方が聞かされているシーンがあります。
 まあぶっちゃけ当時からバラガキ篇の展開や土方の過去詳細を考えていたとは思えないので(褒め言葉)、あの時の土方の表情(ミイラだけど見た目)や言葉の真意は単に、「どう言いくるめて近藤さんの所へ連れて行くか」に尽きると思うんですけど、創作や妄想的には、過去を踏まえた上での態度だと思いたい…!と言う部分がどうしてもありまして…。
 お妙さんに自分を重ねて見ただろうとか、同じ様に、罪悪感から責任を取らなければならないと強く思っていたのではないかとか。そんな妄想をあの一コマ二コマから無理矢理抽出した結果が、
 矢張りトラウマもあったし、思う所もあったけど、表向きそれを乗り越えている。けど、やっぱり根付いている。振り向きはしないけれど、ついて離れない。そんな、土方にとって突けば直ぐに瘡蓋やそれが破れる様な痛い部分になっているんじゃないかなと。
 ……そんな妄想乙的な根底が出来るに至った訳です。そんな訳で過去捏造やそこを突く事はしたいなとずっと思っていたらこんな説明だらけのトンデモ話になって仕舞いました。力不足と言うか色々もう不足です。と言うクッソ長いだけの言い訳でした。


迷宮から出るのに使ったのは糸車でしたっけ…。