雨の 降りつむ 空白の 庭 雨降りの庭 / 1 「だからよォ。綺麗な花咲きそうなのに寂しげに荒れてた庭があったからね?ちょっと丹精してみた訳だよ」 如雨露持って水やって、毎日の様に種に話しかけて肥料やってさ。 酔った勢いもあった。自分のしてきた『手入れ』の様を少しでも解って貰おうと、先程からあれこれと身振りも交えて銀時は必死で説明してみるのだが、聞き手である相席のサングラスの反応は余り良くない。 ああ、だの、うん、だの、面倒な酔っ払いを適当にあしらう様な調子の相槌が返って来るばかりで、先程から話は何も進展する様子がない。会話にすら満たないそれは一方的な、情けない愚痴。 「畑でも花畑でも良いわこの際。兎に角さ、こっちは一生懸命に世話してるってのに収穫が何もない訳よ。解る?大根育ったーって思って葉っぱ引っ張ったら葉っぱしかねーの。大根無ェ訳。光ってる竹斬ってもかぐや姫いませんでしたァくれェの肩透かしだろコレって?」 「解った、解ったよ銀さん。農家的な何かでも報われない何かでもいいけど、うん、大変だねぇ」 テーブルに突っ伏してぐちぐちと続ける銀時の肩を、サングラスもとい長谷川がぽんと叩く。 「大変ってなァ……あんた俺の大変さとか切実さ解ってねーもん。他人事だもん。良いよなー気楽で!人生真っ逆さま転落中のマダオの癖に気楽で良ーよなァァ」 「何今度は逆ギレ?!〜銀さん、どうしたのさ。今日ちょっと飲み過ぎだよ?」 掴んだグラスの中では透明な日本酒がたぷたぷと揺れている。その中に、目を据わらせた自分の姿と、困り果てた様な長谷川の顔が映っていた。 「呑まなきゃ……いや、呑んでもやってらんねェのよ。アルコールでも上手く流せねーとか、一体どんだけ俺余裕ねェんだよみっともねーなァ」 絡み酒になっている自覚も充分にあったが、半ば諦めの心地でグラスを一気に煽った。喉を下ってカッと灼ける様な熱が、どろどろした感情を溜め込んだ臓腑へと滴り落ちて行く。 「えーと、ガーデニングの話だっけ?ホラさ、花だってただ栄養与えてるだけじゃ咲かないかもじゃん?環境っていうかさ、世話する人の気持ち、そーいうのにこそ応えてくれるもんじゃないかな?そうして咲く花だから綺麗なんだと思うよ、うん。 俺もハツと結婚した直後はさぁ…」 しみじみと話し出す長谷川の言葉を右から左に流しながら、銀時はカラになったグラスを見下ろした。安物のグラスの底で、僅かに残ったアルコールが揮発する臭いを吸い込んで溜息をつく。 理解も覚悟もあった筈だと言うのに、アルコールに攪拌された頭は酷く自分本位に思考を進めて仕舞う。 「……いっそよォ。垣根で囲んじまったらどうか、と思わないでもないのよ俺ァ…」 でも、そうすると花が咲くどころか根腐れする事は必至。それも解っている。 ぽつりとした銀時の呟きは、眼前でああだこうだと語っている長谷川にはまるで届いていない。別に端から真剣に相談したかった訳でもないから構わないのだが。 こんなのは単なる愚痴だ。一人しみったれて杯を傾けながら、アルコールと共に喉奥に飲み下して忘れて仕舞えば良い様なものだ。 (土耕して、雑草引っこ抜いて、やっと芽みてェなもんが出て来たと思ったのに、その先何も無ェだなんて、なァ…) 不貞腐れた様にそう胸中で吐き出せば、押し出される様に、不思議と心安らかな苦笑が浮かんだ。 (いつも手前ェ以外で頭ん中いっぱいなアイツの事だよ、俺が見てなくても丹精しねーでも、きっと俺にァ見えねーような花、俺にァ見えねー所で咲かしてんだろ) これは嫉妬ではなく憧憬だ。暗い闇に差した光が眩しくて目を細めるのにも似た、安堵を覚えるのに手を伸ばす気には到底なれない、遠くに焦がれるもの。 どうせ届きやしないと、哀しい迄の大人の理解をして、手を伸ばす事すら恐らくはしない様な。 それでも。何かの気まぐれか思い違えか、花など咲かない筈なのに芽吹いた苗は、銀時の方を向いてくれていた。だからこそ、いつか咲きはしないかと期待もしたのだ。 花は咲かない。だが、芽吹いた小さな苗は風に揺すられもせれず、世話に甲斐を見出せなくなりそうな庭師に、枯れさせないでくれとでも言う様に寄り添ってくれている。 それは打てば響く様な単純なものではない。だが、諦めて仕舞える程に難解なものでもない。 (………なんでアイツは、俺に応える事を選んでくれたのかね) それが結局のところ、この小さな庭の庭師の悩みの帰結。 伸ばした手は取って貰えた。 …と言うより。踏み出すのを躊躇っていた様な一歩を強引に押し出させたら、緊張に身を硬くしながらもやっと手を伸ばしてきた、と言う感ではあったが。 それさえも、厭であったら絶対にしない筈の事だ。だからこそ、嘘でも同情でも面倒だった訳でもないのだと銀時には確信がある。 そしてその確信こそが唯一の勝率。 キスはするし身体は重ねてるし喧嘩混じりでもそうでなくとも会話はするし互いの空気ぐらい読むし、と以降の憶えを連ねてみれば、決して関係は悪いものではない筈だ。寧ろ良好と言っても良い。 それでも、花が咲かないのだ、と。強くそう思わせるのは、育つ事のなかった種が銀時の手中で芽吹いた事への驚きよりも、結局本来の通り、真選組と言う庭でしか花が咲く事はないのだと知って仕舞った落胆故のことだ。 (……………………自分が一番であって欲しい、のか…?〜おいおい、どんだけ俺ァ子ドモなんだよ。どんだけ欲求不満なんだよ。どんだけあの子にハマッてんだよ。そもそも惚れた相手がアイツだった時点でその辺諦めてた筈だろ俺ェェ?) 酔いの余り勢い手繰った結論に、顔面に掌を沈めて嘆息する。酔いで誤魔化せない程の情けなさで色々なものに一気に嫌気がさす。 「って訳なんだよ……なぁ聞いてる?聞いてる銀さん??」 例えば目の前ですっかり絡み酒モードに陥った酔っ払いのマダオとか。 だん、と卓に手をついて身を乗り出して来るのに、「へーへー」適当に応えながら銀時はすっかり面倒になった気分全開で立ち上がる。先程までの長谷川もこんな心地だったのだろうか。立場の逆転で知る『酔っ払いの面倒臭さ』はもう十分理解出来たのだから、これ以上は必要無い。 「あれ?何処行くの銀さん?」 「厠」 素っ気なく言い残すと、また酒瓶に向かい合う長谷川を余所に銀時は店の出口へと向かった。途中で店員の女の子を捕まえ、「俺もうおあいそね。残りはあのグラサンが払うから」と適当に酒一杯分くらいにはなるだろう小銭を渡し、その侭飲み屋を後にする。 もう随分と温くなった風が夜道をだらだらと吹き抜けていく。こんな風では酔いを醒ます役になど立たず却って不快なだけだ。 逆に、潰れるまで呑み直そうかと思ってはみたが、生憎付近にまだ営業している赤提灯の気配はない。かと言って深夜まで営業している派手な飲み屋で遊ぶ気分にも到底なれそうもない。 悪酔いで気分が余り良くない自覚はあった。ほろ酔い気分で愚痴を長谷川にこぼし始めた当初はそれなりに気持ちよかったのだが、問題の愚痴の内容は酒の肴には重たすぎた。お陰で今の為体だ。 そもそも、パチンコ屋でいつもの様に負かされていた長谷川を捕まえて呑みに繰り出した理由こそが、件の愚痴だったのだ。酒に合うものではない、楽しい話題でもない事は半ば承知で、然し誰かに滔々と溢したかった。余り気にせずに話を聞き流し、一瞬後には忘れてくれる奴なら猶更。 愚痴を聞かされ続けた挙げ句、支払いまで押しつけられた長谷川には悪い事をしただろうか、と一瞬だけ罪悪感が過ぎるが、 (……いや、職も宿も見つかるかもよ?体で払えば良いだけじゃん?労働奉仕って奴) 直ぐにそう思い直して流した。酷い話だ、とは客観的に思ったが、それさえもどうでもよい。 (これァ、本格的に悪酔いしてるな) 或いはちっとも酔ってなどおらず、アルコールの力で不機嫌や不満への歯止めが効かないだけなのかも知れない。 ともあれ、こんな思春期の子供以上にやさぐれた感情を引き摺った侭家に帰れる気はしなかった。今の自分では神楽や定春にさえ八つ当たりをし、些細な事にもみっともない文句を垂れ流しかねないだろう。そんな自覚もある。 (いっそ殴り飛ばされれば……酔いも醒めるだろーが、家も壊れるな。止めとこ) 結果として浮かんだ具体的な想像に軽く身震いして、銀時は特に目的地も定めずに適当に街を流し歩く事にした。酔いが醒めるか、神楽が眠って起きないぐらいの時刻になるか、歩いている間に気分が劇的に変化でもするか。どれでも良いから待ちながら。 * 憶えている限りの『最初』は一ヶ月ばかり前の事だ。 仕事も終わっただろう夜に、見廻りと言う風情でもなくかぶき町を歩いていた土方を見つけたので声をかければ、返った反応は悪く無かった。訊いて確かめた訳ではなかったが、恐らく土方も銀時の姿をなんとなく探していたのではないか、と思う。 特別餓えていた訳ではなかったのだが、宿に行こうと誘ってみれば、意外にあっさりと了承を得られた。 ……ここで少々浮かれていたのは否めない。だからか、タイミング良く音を鳴らしてきた土方の携帯電話がいつもよりも恨めしかった。 急な招集に銀時はともすれば浮かびそうになる不機嫌さや独占欲を何とか堪え、大人の応対で土方を送り出す事には成功した。 「……悪い」 俯いて言葉短くもそうとだけ言って寄越した──アレを、無理矢理にでも捕らえて仕舞うべきだっただろうか。そんな質の悪い事まで、思い起こせば過ぎって仕舞うから余計居たたまれない。 それから数日後が『次』。仕事中なのを理解しつつ捕まえた所為か、こちらを億劫そうに振り向いた土方の顔から険は消えそうもなかった。 この間のやり直しを、と問いてみれば、残業が──しかも執務でなく実務が──あるからと、思いの外強い調子で突っぱねられ、渋々ながら銀時は諦める事にした。真選組の仕事や任務に関して銀時が無用に嘴を突っ込んだり、妨害をする事に関しては土方が容赦無いのを知っているからだ。 その翌日が『次の次』。昼間の休憩時間に土方自ら万事屋の戸を叩きに来た。新八と神楽がいるから、と言って連れ出そうと一応試みたが、時間がないと案の定バッサリと斬られた。 なら何をしに来たのだと問えば、通りがかっただけだと言う素っ気ない返事が返ったが、ひょっとしたら昨日の詫びの心算かと察し、居間と外とを気にかけつつ玄関先で軽く口接けて。それで別れた。 普段は物騒な表情をしている癖に意外に可愛い所があるんだよな、などと、お手軽にも少し浮かれる自分は単純なのだろうか。 だが、ここで理解し後悔したのは、なまじ少しでも触れると酷く惜しくなると言う事だった。 それ程に餓えていた訳でも無かったのが、いつも良い所で持って行かれると言う事を何度か経る内に、悔しさも加わってどんどん堪え難くなる。 これが遠距離恋愛と言うならばまだマシだったに違いない。なまじ近距離にあるのに続くニアミスと言うのは、地味に堪えるものだと知る。 『次の次の次』は町中。忙しそうに走り回っているのを遠くから見ただけ。 その次、また次、更に次、と。偶然見かけたり、お互い何かをしている最中での挨拶程度のすれ違いが続き、相手の忙しさは理解しつつも、いよいよ銀時の不満や不審が膨れ上がったその頃。 今に至る『最後』は今日の昼間。新八の家へとゴリラもとい近藤を回収しに来たらしい土方に、偶然仕事に来ていた銀時は遭遇した。 「何また懲りずにストーカーしてたの?そのゴリラ。頭がコレだと苦労すんだろ、副長サン」 いつも通りのそんな揶揄を投げつつ銀時が近付いて行けば、厭な所を見られたと思ったのか、疲労で少し悪い顔色に苛々とした感情を隠そうともしない土方に無言で睨み返された。 その後の遣り取りはお馴染みの口喧嘩。戯れの様に腹立たしい言葉を適当に投げ合って、意地を張ったり折れたりしながらなんとなく落ち着く、筈だったのだが。 多忙なだけではなく、近藤を横に置いている所為か、土方はそれまでに感じていた不機嫌も相俟って始終ピリピリとした空気を纏い続け、それに因って銀時もまた自然と口数が少なくなる。近藤だけが両者のぎこちない空気を余り気にも留めずに二人に喋りかけていた。 そんな最中──何の拍子か、何の話題の中でかは聞き流していた為に解らなかったが、何かを笑って言った近藤に応じて土方もふと表情を緩めたのが、銀時の注意を酷く惹いた。 銀時のそんな注視の先。場所は街路、衆目の中である事など気にする風もなく、豪快に笑った近藤の大きな手が土方の頭を些か乱暴な仕草で撫でて、土方はそれを恥ずかしがりながら振り解いて、溜息混じりの笑みをこぼしながら説教に繋げる。 そんな光景を見た所為で──、多分銀時は酷く強張った表情で土方の姿を睨む様に見て仕舞ったのだろう。そんな目を向ければ普段通り、或いは先程の様に機嫌の悪そうな時であれば、何らかの言い合いが始まる所だ。 だが、銀時の視線に気付いた土方は、先程までの不機嫌さなど何処へ忘れて来たのやら、「んだ、その景気悪ィ面は」と、苦笑混じりにそうとだけ投げたのみだった。 ──これは下らない嫉妬だ、と言う自覚は勿論銀時にもあった。あった、が、嵩んだ日々の鬱積を流し押し出さんばかりの濁流に呑まれそうになった心は、いつもの様に上手いことそれを処理する事が出来ない。 適当にぷらっと気のない調子で暇を告げて、己が今何かの原因の一つになったなどとは夢にも思わないのだろう、近藤の笑顔と振る手に見送られて、銀時は角を曲がると早足で河川敷へ向かった。夕刻までごろごろして肺の空気を入れ換えたがこれも上手く行かず、結局、酒に頼る事を安易に選んだ。 そうして、パチンコ屋に居た長谷川を捕まえて飲み屋の暖簾を潜るに至る。 (結局、俺が子ドモなだけなのか?それとも、アイツが多忙な所に持って来て、色々無自覚なだけか?) とめどない愚痴を内なる自分へと投げながら、ゆったりとしたペースで歩を進める。 上空は風が少ないのか、月明かりも乏しい足下を照らすのは、切れかけてちらちらと目障りに点滅する景気の悪い街灯。 もう午前様だろうかと、月の角度を見上げて思う。歩き回る内、考える内、酔いなど疾うに醒めていたが、胸の裡に澱の様に堆積した悪酔いは未だ消えてくれそうにない。 (せめてよォ…、俺があれからずっと悶々としてたってのが、アイツにも当てはまってくれちゃァいねぇもんかね) 近距離でのニアミス続きに嵩む思いは、短絡的な欲求だけのものでは当然無い。この、悔しい様な惜しい様な焦がれる感覚は、果たして自分だけのものではない筈だと言うのに。 それでも、今日出会った土方は、近藤と話をしているだけで、決して銀時の前では見せない様な顔をして笑っていた。それは恐らく真選組の、彼らの間だけにある世界にのみ許された、各種の感情や状況に関わらず在る自然なものなのだろう。 (……大人の理解は出来るよそりゃァな。──でもよ、思えばアイツが俺と居て、あんな風に楽しそうにしていた事ってあったっけ……?) 丹精した庭には何も無かった、と。そんな錯覚がひととき銀時の裡に落ちたのも確かだった。 嫉妬と言う言葉で括ればそれだけの事だ。土方に直接訴えた所で、呆れて笑われるのがオチだ。 なぜならば、それは土方にとっていつもの事でしか無いものだからだ。庭の喩えで言うならば、自覚や意識や丹精など必要なく、近藤の横で、真選組の中で凛と咲いている花だ。 ああはなってくれないのに、傍に来てくれた。それ以上を求めるのは手前勝手な言い分だ。況して、嫉妬で悪酔いに酔った感情を納めるべき鞘も見つからないなど。 はあ、と際限のない溜息を溢しながら、銀時は抜いた片袖の中で腕を緩く組んだ。結論も出た所で鬱積は己への呆れや落胆に変わったのだから、そろそろ帰ろうと決心し、道を戻る為に適当な路地に足を向ける。 「──、」 そこに、話し声の様なものが耳に届いた気がして、思わず銀時は動きを停止した。耳をそばだてる。 ただの会話であったら気にも留めないが、ふと聞き取ったその気配は、穏やかな遣り取りと言うより喧噪に近いものに聞こえた。『ただの会話』とは到底思えない雰囲気の。 時間からして、ただの酔っぱらい同士の喧嘩と言う線も有り得る。だが、良くない事件の可能性も充分考えられる。どうしたものか、と銀時は暫し考えたが、結局声の聞こえてきた路地裏に踏み入る事を選んだ。どうせ通り道にもなるからと言う言い訳と共に、気配と足音はあからさまに立てて、喧嘩などであれば第三者の介入に速やかに沈静化する事を狙って行く。 特別良くない界隈ではないが、何事かを騒ぎ立てる声たちは穏やかとは到底言えそうもない、複数の人間達の、乱暴な調子の声が飛び交っている。 (ついでに──血の臭い) 生温い風に乗った腥い臭いを鼻が捉え、銀時の歩調は自然と早まった。血臭が漂って来るほどの血の量が流されている。そんなのはただの言い争いや殴り合いで起きるものではない。十中八九間違いなく刀剣に類した刃が振るわれている。そして、刀の役割はただひとつ──人を傷つけるか殺めるか以外有り得ない。 (オイオイ。喧嘩にしちゃァ物騒過ぎんだろ) かつん、と頑丈な靴底が薄ら暗い路地裏の地面を蹴った。小走りの足音が血腥い夜に響き渡る。 喧嘩が命の遣り取りにまで発展すると言うのはただ事ではない。辻斬りだとしたらこんな奥まった路地裏で行われるものではない。誰かを狙った暴行或いは殺人、と言う線もこうなれば濃厚になって来る。 路地裏など、長物を振り翳す斬った張ったには余り向いた環境ではない。つまりこれは、恐らくは『狩り』だ。獲物を、人間社会のルールの及ばぬ闇に引きずり込んで、ただ暴力でいたぶり、最終的に殺める為の。 普段人の目などそう触れる事もないだろう路地の、裏の更に先。暗く高い塀と、黙した家々の壁とに挟まれた隘路。薄暗く腥い空気に晒され自然と渋面が浮かぶ。 やがて、狭隘な道の先に建物と建物の間にスペースの空いた一角が現れた。路地裏通りの丁度三つ辻になったそこに人影が幾つか確認出来る。 声を荒らげている年格好も不揃いな浪人風の男達。闖入者である銀時の姿を認める者も居るが、彼らのその注意の大半は地面に向けられていた。 ふと、何かの悪戯の様に月明かりが雲を割いた。僅かの光源と、闇に慣れた銀時の目に、地面に仰向けに斃され男の一人に馬乗りにされた人間の姿が妙に鮮烈に飛び込んで来る。 「なんだテメェは!?」 視線をそこから動かせない銀時の意識に、そんな誰何が落ちた。 (……何だ、だって?) こっちが何だと言いたい。 何の冗談だと言いたい。 黒髪を散らして地面に斃れていた頭がのろのろと動いて横を向き、銀時の姿を──伏して猶その鋭さを失わずにいる眼差しに映した。 。 : → /2 |