根腐れ招く曇天 / 6



 曇天に覆われた隘路は、再び元の静寂を取り戻しじっとりとした陰鬱な薄暗がりと化していた。
 ほんの少し踏み出そうとした一歩の先はただの暗闇で、そこに向かって伸ばした筈の己の手すら判然としないものだった。
 悪足掻きをして手指を彷徨わせたら、大事に積んでいた石積みの塔がぶつかって崩れた。そこにそんなものがあった事すら気付かぬ様な、崩してから始めて気付かされた様な、呆然とした喪失感。
 結局、何かを見失った侭の目では、ただ悪戯に土方の隠そうとした瑕疵を暴き立てる事しか出来なかったと言う事だ。そこに感じるのは苛立ちと自己嫌悪と後悔で──何より強かったものが誤魔化しようのない妬心である事は、最早認めるほかない。
 「…………………何が、満足なんだよ」
 届ける相手の不在の侭、応えがぽつりとこぼれ落ちるのに任せ、銀時は己の目元を手で覆った。こうして目の前の現実も消えて仕舞えば良いと思った訳ではない。ただ、目ではっきりと見て仕舞ったものが、予想とも、最悪の現実とも何の齟齬もないのだと痛烈な迄に知らしめて来るのが、酷い落胆を伴って居座るのを感じた。壁に背を預け、ずるずると座り込むと両手で顔を覆って天から目を逸らし俯く。
 (……土方、)
 呼んだその先になんと続けたかったのかは、解らない。
 一度きりではなかった。それは当初から想像に易い話だった。それだけで済む様なものではないと言うのに。下手を打てば土方の人生さえも変えて仕舞いかねない事だと言うのに。真選組に──彼が何よりも大切にするものに何らかの疵さえ穿ちかねないと言うのに。それさえも惜しまぬ錘に己が果たして値するのかどうかなど、銀時には知れない。自分で自分の価値を量る様な愚かな真似は、益体のない想像の中ですら出来そうもない。
 知れないし出来ない、が、土方はそうする事を選んだ。銀時の『何か』を抱え、そうして突き放す事を。
 その矛盾した行動に何の意味があるかなどは、解る様で解りたくもない。それでも土方の選んだ答えには、銀時がそこに居ないかも知れない未来が確かに含有されて仕舞っている。
 (俺の為なのか、それともお前の為なのか。或いは俺や沖田くんの勘違いで、本当に真選組の為なのかも知れねぇ。けど、)
 ……少なくとも。それが原因で、土方は銀時の心を、今までの関係を、さもどうでもよいものの様に放り捨てて見せる事を選んだのだ。だから、取り残された銀時は薄暗い路地裏でたった一人、こうして項垂れている。日々己の気分によく似た曇天を見上げて、子供らに心配される程に腐ってばかり居る。
 (……俺は、どうすりゃ良かったんだ?)
 あの時、雨の中庭を見つめながら思った疑問を今一度諳んじる。
 自分がつい動揺を見せて仕舞ったから、土方の隠そうとした事を暴いて仕舞ったから、だから土方はこうする事を選んだ。全てを茶番で、嘘で終わらせた。血塗れの手で幕を引いた。
 だが、重たい緞帳の裏では何ひとつ終わってなどいない現実がある。
 土方は今も猶、幕臣の何某に望まぬ行為を強要されている。取引か脅迫か、打算か。何かの武器を喉元に突きつけられた侭、未だそうせざるを得ない状況にある。
 嫉妬から生まれた得も知れぬ憎悪の正体はと言えば、ひとつの衝動によく似ていた。
 それは、真選組の為という嘘を未だ続けながら嘘ではない事に向き合っている土方を今すぐにでも捕まえて、誰にも害する事の出来ない様に腕の中(ここ)に閉じ込めておきたい衝動の事だ。
 庭師の足下で黙っているだけだった蕾を囲って、やがて咲かず朽ちていくだけなのだろう花を、それでも、この中に。
 (そうすりゃ、きっと……?)
 思い描くが、そこには破綻した己の満足感しか伺えそうもない。手前の身勝手な情動だけでは、きっと誰の手すらも取れない。何の望みかすらも見えない。
 自分のしたい事は一体何だっただろうか。その問いに答えを出す為には、認めて仕舞うには、少しばかり遅すぎたのかも知れないが。
 (アイツは『俺』の為に手前ェを売って、俺にはそうと知れない様に嘘をつく事を選んだ。……どちらも、『俺』を護る為の行動である事は、もう疑い様がねェ。勘違いだとか気の所為だとか、そんな気休めで手前ェを誤魔化してる場合じゃねぇ)
 沖田の勘、と言うだけでは信憑性は無いかも知れないその確信は、土方が信頼を置きあらゆる事柄を任せている山崎までもが口にした時点で既に明らかだった。土方が嘘を諳んじたと気付いた時点で、答えは既に出ていた。それを、気の所為かもしれない、などと宣う権利など疾うにありはしない。手前で乗った嘘に自分までをも騙そうとする事など、端から出来はしなかったのだから。
 疵は手首の戒めの痕だけなどではきっと無い。それでも、手酷く扱われる事を諾々と受け入れ、傍目にはそれを悟らせぬ様に、真選組副長として凛と立っている。
 ならばいっそ、自分にさえもそれを悟らせない程に演じ通せと思う反面、自分の前でだけ僅か弱さを見せてくれたのかも知れない、そんな様に後ろ暗い喜びを覚える。それがどれだけ醜い感情か理解しつつも、その倒錯した喜びがまるで何かの僥倖の様に焼き付いている。
 呻いて、銀時は己の胸中と相変わらず同じ様な曇天を見上げた。
 (いつだって、コイビトらしからぬ淡泊さだとか、なんでもかんでもゴリラ優先だとか、報われもしねぇとか……そんな言い訳じゃもう俺は誤魔化されてくれそうも無ぇよ)
 どうしたら良いのか。どうして欲しいのか。どうして欲しくはないのか。数え上げる幾つもの問いに、脳裏に焼き付いた黒い姿は何一つ答えをくれはしない。
 …………それはそうだ。問いさえせずに、疵をその侭捨て置いたのだから。土方の吐いた嘘に応じて、銀時も嘘を吐き捨てたのだから。
 「アイツを……見捨てたのと同じじゃねぇか…」
 呻くのとほぼ同時。がん、と頭を殴られた様な衝撃と共に、右の拳が鈍く痛んだ。無意識の衝動に圧され地面に叩きつけていた手の、皮膚の、肉の、骨の、ずっと内側が割れそうに痛む。痛くて堪らない。己の拳ではない、もっと他の何処かが痛い。
 土方は隠そうとした。お前の責任ではないのだと、お前は関係ないのだと、そう言った。言って、銀時を突き放した。だから、銀時はそれを諾々と受け入れた。
 何故、とか。馬鹿な事を、とか。そんな否定や問いを口にして仕舞ったら、土方は自分のした事に対する酷い疵を自覚して仕舞う。だから、と。騙されたふりをすることで、土方の吐いた嘘を『真実』にした。嘘ばかりの侮蔑を吐き捨てて、傷つけて、立ち去った。それでも土方が銀時を騙し通せたと、後悔はないと思えるのならば、と。
 ひょっとしたら、あの時俺は何かを間違えたのではないだろうか。
 気付かなければ良かった?知らぬ振りをしてヘラヘラ笑っていれば良かったと?
 気付いた時に、お前は何て馬鹿な事をしたのだと責めれば良かったと?
 繰り返した疑問符に、銀時は無言でただ頷いた。
 「……そうだ。アイツのした事を否定しちゃいけねぇだなんて嘯いて、俺は、」
 逃げたのだ。
 それが正しく土方の払った犠牲や、抉られた心を護る事だなどと、自分を騙して、言い訳だけを並べて、逃げた。
 誰あろう坂田銀時自身が、土方十四郎の枷になったのだと、認めたくなかっただけの、怯懦の遁走。
 (騙されてやろうだなんて大義名分で、アイツに酷い疵を穿って)
 その上先程も、知らぬふりをすればそれでよかったのに、わざわざ土方の隠そうとしたものを暴いた。傷つけようとした。
 「手前ェでアイツを置いて逃げた癖に、嫉妬だけは一丁前にして、新しい疵ばっかつけて……最低だろうが」
 振り返れば目も当てられない醜態だ。言わずもがな既に知れたその正体に毒づいた銀時は、喉奥まで出掛かっていた謝罪めいた弱音の言葉を寸での所でなんとか呑み込んだ。この重たい曇り空に、その向こうの青空に謝ってどうするのか。なにしろ本当に謝るべき相手はここにはもう居ないのだ。
 この、連日の空模様に似た感情の正体は、逃げた己に対する無力感と後悔だ。だからもう、下らない言い訳や、有り得ない他の可能性などは全て棄てなければいけない。
 そして、向き合わなければいけない。
 自分がこれからどうしたいのか、土方をこれからどうしたいのか。
 (どうすればいい?どうすれば、お前を、)
 言いかけたその先は続かない。どうすればいいのか解らないのだから、どの道を選べば良いのかも未だ見えて来ない。
 だが、道は解らないが、向かうべき先は解っているのだ。少なくとも、曇り空の下でただ座り込んで懊悩する事には、正しさの欠片も無い。進む意志の欠片も無い。
 それを、長い時間をかけて認めて、銀時はのろのろと立ち上がった。少しも近付かない雲間の暗さに向けて、口を開く。
 「……オメーが多分そんな事ァ望んでねーのは解ってんだよ俺ァ。……でも、俺は、」
 お前を取り戻したいんだ。
 自分の元でなくても構わない。ただ、お前が掌に傷を作らないで済む様な場所へ。煙草ひとつ取り出すのも躊躇う様な事もない奴等の居る所へ。
 そう、言葉にすればはっきりと己の望みが知れて、苦く笑うほかない。
 取り戻す、と言う範囲がどこからどこまでなのか。それに因って変わるものは恐らく沢山ある。選択は本来ならば慎重に行われるべきだ。
 だが、そんな余裕があれば端からこんな為体は晒さないだろう。そう思いながら、少し湿気を含んだ頭髪をがりがりと引っ掻いて、銀時もまた歩を再開する。
 (…………そうだな。まずは事情を知る野郎に直接話訊いた方が良さそうだ)
 曇りの合間に僅か射した光明を掴み取り、銀時は密かに算段を始める。
 自分とて、いつまでも逃げている訳には行かないのだと、今更の様に思い知る。
 土方が、銀時の、一体『何』を理由にしたのか。知るにも嘔吐がでそうなそれを、しっかりと認めなければならない。
 (ああでもその前に夕飯の材料買って来ねーとな。まあ行きにちっと『寄り道』するくれェは良いよな?)
 脳裏に万年胃袋枯渇状態の娘の姿をちらと思い浮かべ、銀時はそのお陰で少し取り戻した余裕に目元を緩めた。
 そうして向かう方角は、真選組屯所。
 どうにか事態を全て知る事が、本来ならばまず最初に行わなければならない事だったのだ。少し順序は変わったし道はこじれて仕舞ったが、きっと今からでもまだ遅くはない筈だ。


  *


 ジリリリ、と電話のベルの鳴る音に、はっと意識を引き戻される。「はいはい」鳴り続ける電話に律儀な応えを返しつつ、湯飲みを洗っていた新八が台所から手を拭き拭き駈けて来るのに、ソファから勢いよく起き上がった銀時は軽く手を振って制止の動作を向ける。
 「え?何です、」
 思わず立ち止まる新八の横を通り抜け、銀時は机の上の電話に向かった。受話器を取る。
 「はいもしもし、万事屋銀ちゃんでぇす」
 恐らくは予想に違えないだろうと思いながら、相手の応えより先に受話器を肩に挟み、メモとペンを手に取る。
 銀時のそんな様子から、待っていた電話なのだろうと察した新八が軽く眉を寄せつつも頷くのに、一応労いめいた仕草で手を振っておく。そうする間にも右手は忙しく、受話器の向こうから寄越される内容をメモ上に書き留めていく。
 数十秒もしない内に、必要としていた材料がメモに揃う。内容を軽く相手に確認すると、とん、と文字列の末尾にボールペンを叩き付け、顎に挟んだのとは逆の手で受話器を掴む。
 「ああ。手間かけさしちまって悪ィな。今度会ったら一杯ぐらい奢るからよ」
 じゃあな、と笑って言い残し、受話器を置く。戻った静寂に、気になったのかそこに立ち尽くした侭の新八がふと声を上げる。
 「仕事ですか?」
 「んや」
 違うと解っている様な問いだったので、銀時も正直に違うと応えつつ、書き付けたばかりのメモをピッと音を立てて切った。メモ帳には下敷きが挟んであるので、下の紙を鉛筆で擦れば筆圧痕が出る、などと言う間抜けはやらかさない。
 「新八、悪ィがちょっと野暮用で出て来っから。今日の夕飯当番神楽だったよな?帰って来たら、偶には卵掛けご飯以外にしやがれって伝えといてくれや」
 「それ僕に死ねって言ってません?遅くなるんですか?」
 「なるかも知れねェしなんねェかも知れねぇ。看板もう下げちまって良いから。どうせこんな天気じゃ客も来ねぇだろうしな。んじゃ、後頼まァ」
 メモや財布を袂に仕舞い込みながら、ぷらりと手を挙げて玄関に向かう銀時を、慌てた様な新八の声が追って来る。
 「銀さん!」
 「ん?」
 ブーツを履く為に玄関に座る銀時の背後に新八が立つ気配がした。言葉通りの『野暮用』とは思っていないのだろう、呼ぶ声には少しの心配と、疑問とが含有されていた。
 話して良い事ではない、訳ではない。だが、話す事は出来ない。何故ならそれは、土方と自分との関係とか、真選組副長の醜聞だとか言う込み入った事情の前に、万事屋ではなく坂田銀時個人の感情と、その抱える問題だからだ。それに、そうでなくとも幕府の何某に相当する人間を敵に回すやも知れない事なのだ。無関係の子供らを無用に関わらせるべきではない。
 仮に。土方に『銀時に関わる何か』と言う担保を片に取引を命じた幕臣の何某を密やかに暗殺したとして。銀時が孤独な風来坊であるなら迷わないそんな天誅の思惑も、江戸のあちこちに根を張って万事屋などと言う稼業を未成年の従業員兼家族らと暢気に営む今の銀時にとっては、ただの無謀でしかない。
 話せない、事だが、ならばせめて、子供らの感じる不安や不審を払拭出来れば良いと思って、銀時は首の後ろをかきながら、意識して軽い声を上げる。
 「危ねぇ事とか厄介事じゃねェから心配いらねーよ。ちっと人に会って来るだけだ」
 「……そうですか」
 言った事は嘘ではない。それは感じ取れたのか、溜息と共に降って来る声音は、然し余り釈然としない様子を孕んでいる。
 なんでかんで。あれから、いつも通りの風情で銀時は過ごして来た心算で居たが、子供には子供なりの鋭さや聡さがあるのだと痛感させられるものがある。神楽も新八も、銀時がどこか鬱いだ様子で居たことには気付いていたからこそさりげない気遣いをくれていた。
 それらに全く気付けない程に、銀時は薄情な雇い主ではない、心算でいる。飽く迄つもりだが。
 まるで、連日続く重たい曇天の様だ。からりと晴れる事も、濁流の様な雨を降らす事も出来ない。ただぶ厚い雲を拡げて周囲の者たちにまで気鬱にさせ不安感を与える。
 そんな風に感じさせていたのかもな、と改めて思えば頷ける所もあり、銀時は小さく息を吐いた。浮かんだ苦笑は意図的に呑み込む。
 「………………なぁ、ぱっつぁんよォ」
 「……なんですか?」
 とん、とブーツの踵を三和土に打って、それからゆっくり身体を起こした銀時は、見送る様にそこに佇んでいる新八を振り返った。寸時見た玄関の片隅には、今日は曇りだから持っていかなかったのだろう、神楽の傘が傘立てに収まっている。
 もう、ここに一人で暮らしている訳ではない。家の中に居る他人たちに、彼らの生きている、棲んでいる証に、最初は居慣れない様な感覚がつきまとうのが厭で、どうでもよい感情しか向けていなかったと言うのに。
 いつの間にかそれが当たり前になっていて、いつの間にか失ってはいけないものになっていて、いつの間にか欠かせないものになっていた。
 土方の存在も、そんなものに少し似ていた。鬱陶しくて、反りが合わなくて、仲が悪くて。真選組の連中の中でも、願わくば余り関わりたくはない手合いで居た筈なのに。
 いつの間にか。否、いつからだろう。それは解っているが、今はまだ記憶の下に仕舞い込んでおく。失う前に取り戻そうという己の意志さえあれば、他には何も要らない。
 「茶ァありがとさん。ちっと晴れ間探しに行ってくらァ」
 晴れの日を待つのではなく取り戻す為には、自分から足を動かさなければならない。手で遮りたくなる程の眩しくて優しい日々は、厚い雲に囲われたここには、ただ漫然としていても戻って来やしない。
 多分、これはその足がかりの一歩目だ。漸く手に入れた鍵を、記したメモへと意識し、今日中にゃ戻るからと言えば、眼鏡の奥の目を瞬かせた新八は一瞬後にこわごわと苦笑を浮かべた。
 「銀さんがお礼言うとか気持ち悪いんでやめて下さいよ。第一それフラグですから。厄除け厄除け」
 「お前ね、銀さんの事なんだと思ってんの」
 「ただの天パでまるで駄目な万事屋のオッサンで年中暇あり金無しな侍でしょ?」
 かちかちと、どこから取り出したか火打ち石を鳴らして鑚火をする音にふんと背を向け、銀時は玄関の戸をからりと引いた。
 随分な言われ様だが、最後にちゃんと『侍』と付けてくれる辺りが新八らしい。まるで駄目な以下略と言う、マから始まってオで終わる不名誉な称号が枕詞になっていようが。
 「いってらっしゃい、銀さん。天気、早く良くなると良いですね」
 「……あァ」
 ぷらっと片手を挙げて、戸を閉める。銀時は我知らず緩みそうになる顔を、閉ざした玄関の向こうに置いて来るのを忘れた。
 下り階段の前までそれを引き連れて、そうして思い出した様に軽く両頬を叩いて気を引き締める。
 「さて、と」
 向かう先に浮かぶのはここ数日、習い性の様に脳裏に蘇る黒い後ろ姿。弱さなど二度は見せず、毅然と去ったあの背を、追い掛けて引き留める事は出来なかった。
 遅れて追い掛けて訪ねた真選組屯所でも、結論から言えば土方どころか、サド王子沖田にも、ストーカーゴリラにも、地味顔の何某にも会う事は出来なかった。どうも今面倒な事が内部で起きているらしいとかで、いつもは顔パスで通してくれる門番係の隊士にも門前払いを食らったのだから致し方ない。
 だからと言って引き下がる様な大人しい性分では無い己の性質ぐらい銀時はきちんと理解している。一度進むと決めた以上、何に妨害されようが、道に迷おうが、納得がいくまでは走ってやる心算でかぶき町の住人たち──と言う単語で括れる情報屋の皆さんにそれとなく頼んで回った。
 懐次第で情報を提供する本業の人間ばかりではなく、噂好きの人々や、何くれなく話の飛び込んで来る飲み屋や食堂の人、いつも決まった公園のベンチに座るお年寄りにまで当たって、銀時は訪ね人の姿をここ数日探し続けた。
 そうして漸く入った一報。懐に仕舞い込んだメモが示すものが果たして明るい材料になるかは、まだ知れない。
 そして、今の土方に自分が何をしてやれるのかと言う答えも、まだ知れない。
 それでも。事件の後に土方を見捨てる形で、自分の憤慨や悔恨を丁度良く表現出来る『嘘』に乗って、余計に負った疵を深くしただろう、あんな真似はもう繰り返したくない。それはただ晴れ間を期待して部屋で腐り続ける事も同じだ。
 だから、今度は。
 挑戦的にそう思えば、自然と口元が先程までとは質の違う笑みを浮かべる。
 「ま。いざとなりゃァ、ちょっと荒事にしてでも、まるっと吐いて貰うかね」
 地味で印象にもどこか薄い顔を思い浮かべながら、銀時は質の悪い笑みごと雑踏の中へと身を沈めた。メモに書き留めた住所は既に暗記しているので、大体の方角にアタリを付けて歩き出す。
 未だ重たい雲が、それを無言で見下ろしていた。







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蛇足と思いますがおまけで今更時系列。自分用(笑えない)。
当初から前後する想定だったので文頭に「何日」って日付入れようかと思ってたんですが、なんかダサかったので…。
本文中でその前後模様を表現出来て無いのは力不足ゆえに…・゚・(ノД`)・゚・。
つか編集し直してェェェェ!!どうしても一個ずつ出すとなると区切りとか選んで仕舞うのが…。

一年近く前 … (通り雨#1
半年前 … 年の瀬に飲み屋で銀土遭遇。両思い自覚してオツキアイ開始。(雨待ち〜
-14日 … 神明党へ討ち入り。奉行所の邪魔が入って一部取り逃がし。
-5日 … 真選組隊士襲撃死亡事件。以降土方忙殺モード。
0日 … スタート地点。銀さん構って貰えず悶々。 土方と幕臣取引。帰り道に土方襲撃。(雨降り〜
1日 … 沖田と山崎に嫌味言われつつ見舞いした挙げ句別れ話。銀さん不憫。(雨枯れ〜
2日 … 土方を襲撃した浪士が拷問中に『事故死』。土方は発熱中。山崎は調査開始。
6日 … 山崎は調査結果を土方に後出し報告。土方も明日二度目の約束取り付けたからと山崎に後出し逆報告。(根腐れ2
7日 … 銀さんと土方遭遇。土方は二度目の帰り。銀さんは屯所に行くけど門前払い。(根腐れ5〜
7日以降 … 土方何度目かの責め苦の最中。いい加減疲れて来た。(根腐れ3
10日以上先 … 今。銀さん誰かに会う為に出て行く。間ずっと幕土的な酷い話なので具体的な日数と内容は本文中伏せ。