恵む 雨を ただ乞う 種子の眠り 恵雨乞う種 / 1 噤んだ口を、押し殺した嗚咽を。何も見ずに、何も聞かずに、何も知らずに、無知を装い手を畳んだ。 叫んだ声が届く前に、心ごと切り裂いて仕舞う前に、何も聞こえなくなる程の雨を望んだ。 そうして雨が全てを押し流した後。 根が腐り落ちたそこで、一度は実っていた筈の種はもう一度芽吹くだろうか。 監察方の筆頭で副長付きの補佐まで一手に引き受ける山崎は、その風貌の地味さや幸薄そうな立ち位置、日頃から軽んじられている様にも見える姿からは到底想像もつかないだろうが、地味に有能な人材だ。 言葉通り、地味な事で有能。意味通り、地味だからこそ有能。 表立って真選組の剣として戦う花形とは行かぬものの、諜報や情報収集と言った地味で地道な任務は組にとって決して欠かす事は出来ない。日頃はそう取り沙汰される事が無い為に余り知られていないが──寧ろ知られていたらお終いなのだが──監察方と言う彼等の任務は陰日向に真選組を支えている重要な存在だ。 そんな山崎への土方の信頼は大きい。斬り合いの場で背を預ける剣には足りないが、謀をする上での根回しや策には欠かせない。土方本人がそうだと明言している訳ではないにせよ、あらゆる面で『頼られている』のは事実であり、それは山崎自身も自負する所である。 だからこそ多少の無茶振り程度ならこなしてみせる。と、言うより、土方は『山崎なら出来る』と確信している事しか命令しない。逆に言えば、土方が「やれるな?」と暗に命じて来る事は『可能な事』なのだ。より正確に言い直せば『可能だと判断された事』だが。 それを信頼の為せる業と取るか、正真正銘ただの無茶振りでしか無いのか。どちらと取るかでその趣旨は大きく異なるのだが、少なくとも山崎は今までの命令の概ねを前者と取っていたし、実際に八割方は成功と言える成果を出している。 山崎当人としては「理不尽だなあ」と思う事はしばしばあるし、「自分にも出来ん事を振らんで下さい」と真正直に抗議した事も実際、ある。だが、結局気付けばなんでかんで任務を持てる全力でこなそうとしているのだから、どこまでも下僕体質な己に感心して仕舞う。そんな虚しい自画自賛をする気などこれっぽっちもないが。 別に土方の命令に抗議した時の反撃や制裁が怖い訳ではない。と言うか山崎が任務を満足に達成出来ずとも、その事に対して刀や拳が振るわれた事はない。『怖い』イメージのある鬼の副長だが実は、サボりなどの職務怠慢や局中法度を破る者には容赦無い分、正否はどうあれきちんと職務に向かう者に対して無用に暴力制裁をする事は無い。 以前山崎は、銀時が攘夷活動に関わっているのではないかと言う疑惑が生じた時に『黒と判じたら斬れ』などと無茶以上の無茶を振られた事があった。が、要約『攘夷とか関係ないんじゃないでしょうか』と言う、山崎の提出した報告書に対しつけられた文句は「なんだこの作文は」と言うだけのもので、調査内容と言う任務の結果そのものに土方が触れる事は結局なかった。 それは土方自身が銀時を『白であって欲しい灰色』と認定していた事情もあっただろうが、『白だと思う』と言う山崎の報告そのものは真っ当に受け取ったと言う事になる。 つまり、幾ら理不尽だろうが横暴だろうが無茶振りだろうが。土方にとって山崎の成して来る任務の結果そのものは及第点に常にあると言う事だ。 何かの折だったか、そんなに鵜呑みにしちゃって良いんですかと問おうと思った事はあったが、鵜呑みより何より、単純に土方が自分の考えと照らし合わせた上の結論が山崎の任務の結果への信頼に準じていたと言うだけの話の様だと、何となく気付かされたので、得心がいって止めた。 良くも悪くも信頼されている、と言う事なのだが、その事について山崎には一応自信がある。長年手となり足となり目となり耳となり、土方の思考や意志には理解以上の理解を既に得ている。だから、土方が下す己への評価や信頼を疑った事は無い。 だが残念ながら、それは優越感と言うよりも、一抹の寂しさを伴う成果であり、己の立ち位置だったのだと知る。 土方は、山崎が自分の意図を察する事が出来る者と解っているからこそ、隠し事はすれど嘘をついた事はない。それに対して反論をするな、口は出すなと言う必要が無いからこそ、誤魔化したり騙したりせずに本心を平然とさらけ出す。 畢竟、喩えるならそれは、姫君の着替えを手伝う使用人の様なものだ。姫君にとって使用人は家具も同然だから、肌を晒す事など何でもない事。 嘘を与えられない関係と言うのは、裏切るなと言う意味でもある。──否、裏切る可能性すら考えていないと言える。自分の目線と同じモノを見る男だと思っているからこそ、無茶も理不尽も平然と告げて来る。 (信頼、ってオブラートがそれを包んでるからタチが悪い。そして、そんな立ち位置の自分を、なにか足りないけど嫌いじゃない俺もタチが悪い) 思った所で溜息など出ない。端からそんなことは解り切っていたのだから。 山崎には、与えられた信頼の量を越えて、土方に特別な思い入れがある。だがそれはお互いにとって何のメリットにもならないものだなと簡単に気付いて仕舞える事で、だからこそ自覚して数秒で完結して仕舞った。 これを恋情と言うのかどうかは、山崎には正直な所、知れない。最も近く最も理解出来る位置に居ると言う現状は、恋などと言う厄介な感情を間に挟むより余程近しくて遠いのだから。 地味だ、とよく己の風貌や職務に対し言われる事はあるが、地味と言うよりこうなれば最早空気だ。「信頼が過ぎる」より寧ろ「疑う必要がない」なので、行動にも言動にも関心を払われない。常に土方の真後ろに座っていた所で、恐らく気にかけられもしないだろう。 土方の関心を『それ以外』のものにしたい、と、遊び程度に思う事は時折ある。だから、知らぬ振りをした問いを発したり、諫める様な事を口にしてみたり、支障の出ない状態で趣味のミントンに興じてみたりと、本来あった山崎退の『素』を出してみたりもする。それに対して土方が拳を振り上げるのを、特別な情やものだと勘違いする様な事は無いが、『空気』を脱せる喜びについ悪ノリし過ぎて仕舞う事はある。 だが、それに対して土方が本気で切腹だのと申しつけて来ない辺りを思えば、それすらも、解られている事なのかも知れない、と思う。 (……まあそれは被害妄想っていうか…我侭みたいなもんだよな。好きな子に構って貰いたくて悪戯する子供の行動みたいな…) そこまで考えた所で、今度こそ苦笑が浮かぶ。実際そんな感じの人間には心当たりが二人ばかり居るからだ。 一人はライフワークの様にイヤガラセを行う質だから良いとして。もう一人の事については考えると少々複雑な事になる。 山崎はそこで渋面になりそうな己に気付くと、素直に思考を中断した。目を向けていたカーテンの隙間から指を離し、変装用に掛けている態とらしい丸眼鏡を外す。 これは潜入にも使う小道具なので一応度が入っており、特定の角度で見ないと酷い近眼用になる。下らない代物ではあるが、レンズの屈折率を利用して作られた天人の技術の賜物で、結構値が張るものである。 レンズが多少ぶ厚いのが当面の課題だが、割れにくいと言う予期せぬ利点もあるので、潜入中に万が一戦闘に巻き込まれてもちょっとやそっとでは壊れない。 外した眼鏡を膝上に乗せて、ずっと外を見ていた為に疲れた目を擦った。裸眼の状態で一応ちらりとカーテンをずらしてみるが、目的の人物は当分動きそうもない。安心して、凝った体を解す様に背伸びをする。 土方に命じられ、自分の提出したプラン通りに、何人か割り出した拷問中の『事故』を起こした容疑者達。彼らは拷問と言う役割に関わったものの一見普通の一般隊士ばかりだ。 監察方の人間のみでそれぞれの監視──つまり内部調査に当たって二週間と少し。山崎の監視対象の隊士はアリバイの確認などで外れていく容疑者リストから消える気配の無い、最も疑いが濃厚な者で、この一人を含めると残りの容疑者は三名。何れも監察の中で信用の置ける者にそれぞれを任せてある。 普通屯所で暮らす真選組隊士は警邏で町を歩けど、職務中に自宅に戻る事など無い。その逆に、警察と言う3Kモノの激務にある所為か、屯所住まいでない者は非番の日の特に日中は疲労回復の為に自宅で惰眠を貪っている事が多い。 山崎の担当する容疑者は正にその例の体現だった。今日非番で、朝起きて寝間着の侭新聞を取りに来たきり、家の中にこもりきりでいる。家の中を何度か伺ったが、TVやラジオの音がしないばかりか、電気ガス水道のメーターに変動も無く人の動く気配も無い為、恐らく家主はぐっすりと眠りこけているのだろう。 因って今の監視対象は家主ではなく家の方。調べた限り平凡な長屋の一室だ。斜め向かいの空き家の二階に陣取った山崎は、容疑者が非番の今日は家からそう出歩く必要がない様、あんぱんも牛乳も買い込んで、早数時間は窓辺に座りっきりでいた。 容疑者が勤務日ならそれとなくシフトを調整したり監察方でローテーションを回す事で職務に就きつつ監視が可能なのだが、屯所内で容疑者が不穏な行動を起こしたり、逆に曲者に狙われたりする事などまず無い。因って本命は今日の様な容疑者の非番日か外回り日になる。 顔見知りの何でも屋を雇い、セールス目的で家を訪わせる事で様子を伺ってから既に二時間が経過している。その時も寝間着で応対した容疑者隊士はまだ眠っているのだろう。いい加減日も高いと言うのに良い気なもんだと、溜息を膝上の眼鏡に吹きかけ、山崎は手持ち無沙汰な調子でレンズを磨いた。 眼鏡を日頃着用している人間以上にこんな行動をしている気がする。張り込みとは得てして暇なものなので、どう監視対象から注意を逸らさずに居つつも時間を有益に使うか、が肝要だ。 そんな中で山崎がよく行うのは、直ぐに棄てても問題のない様な益体もない思考だ。集中が途切れない様に出来るだけ任務に則した事を考えるのが常なので、脳内議題は自然と組の事や事件全体の概要やらになっていく。 ちらりと、壁に掛けられた安物の時計を見遣る。時間は日の角度や体内時計で把握していたが、数字でわざわざそれを確認するのは習慣の様なものだ。 一週間ばかり前の夕刻頃。丁度今頃の時間帯だろう。正に今の様に張り込みをしていた山崎が偶々報告を携え屯所に戻った時、銀時が自分を訪ねて来たと門番から報告を受けた。今真選組内部は『事故』の容疑者の焙り出し以外にも神明党の残党の捜索などでごたついていたのもあり、門番はやむなく追い返したと報告して来たが、山崎にはそれがずっと引っ掛かっていた。 あの万事屋の旦那こと坂田銀時が、山崎を名指しで訪ねて来た事など果たして今までに一度でもあっただろうか?と順序立てて思い起こす間もなく、それには「否」と言う答えが返る。 大概の場合、と言うか今の所九割九分九厘の率で銀時が屯所に来る目的は土方にある。だから妙に思って報告したんです、と言う門番に、土方当人にはこの事は伏せておいて欲しいと山崎は咄嗟に口止めしていた。 今、この状況にあって銀時が山崎を訪ねるとしたら──理由など他には無い。 そしてその可能性には土方を触れさせたくはないと言うのが、山崎の正直な所だった。 佐久間老人に『二度目』の呼び出しを受けた土方が酷い顔色で帰って来たのも、銀時が訪ねて来たその日と同じだった。これを偶然と言う言葉で片付けられるなら、山崎は監察などと言う職務には就いていない。 銀時は土方に会うか、常とは違う様子を目撃するかをして、山崎に直談判に来たに違い無かった。 沖田の様に煽る調子では無いとは言え、遠回しに銀時が土方の異常事態に関わっている事を示唆して仕舞った以上。銀時当人がそれをもしも問いに来たのであれば、山崎には義務ではないとは言え答える必要性が少なかれ生じる。 ……もとい。本気で銀時が問い質そうと考えたのだとしたら、多少強引な手段で口を割らせられる可能性もある。と言うべきだろうか。 無論監察として、山崎はどんな拷問だろうが情報をもらす様な真似はしない。だが、相手は攘夷浪士でもなんでもない。ただ山崎同様に土方を案じるだけの人間だ。答えるか、答えないかの判断は拷問の恐怖になどない。強いて言えば期待と良心次第だ。 そこで少々複雑な思いを孕むのもその、期待と良心とやらだった。 「………」 大して汚れてもいないレンズを拭き終えた布を懐に仕舞い、山崎は慣れない眼鏡を鼻に乗せる。そうしながらもう一度眼下を伺うと、炊事場の窓が開いている事に気付いた。 先程までは開いていなかった事を思えば、目を醒まして空腹を覚えて何か作っていると言う所だろうか。独身男の自炊、しかも監視している限りではラーメン程度の簡単なものしか作っている姿を見かけなかったので、今回もそんな所だろう。 食事、と考えた所で自分もそこはかとなく空腹を思い出し、山崎はあんぱんの袋を一つ開けた。土方も他の監察もあんぱん尽くしの生活に何故か苦い顔をするが、自分の張り込みスタイルとしてこればかりは譲れないと言い張る、山崎の数少ない拘りである。 と、件の家の戸が開き、容疑者の隊士が姿を見せた。もう寝間着ではなく、ちゃんと袴をはいている。非番だと言うのに起きればきちんとした格好をしているのは侍としての矜持かそれとも性格か。 或いは外出の予定でもあるのか。思わずあんぱんを囓る事も忘れ背筋を正す山崎の視線の先で、彼は炊事場の窓の前に立つと、窓を外からガタガタとやり始める。 どうやら建てつけが悪く上手く閉じなくなって仕舞っただけらしい。ほ、と息を吐きかけた山崎は、然し次の瞬間、あんぱんを思わず取り落としていた。 隊士の前に編笠を深く被った侍か浪人の風体をした男が二人、立ち止まる。はっと視線を巡らせてみれば、長屋の反対側から同じ様な連中が一人、二人と出て来るではないか。 (まずい) 隊士が狼狽えた様に後ずさる。何者だとか何の用だとか口にしているが、編笠の男達に動きはない。恐らく声もない。前方に二人、そして退路を鬱ぐ様に逆側の街路から更に二人。逃走防止だろうか、人の多い市街に出る方角の少し離れた路地の陰にもう一人。 全部で五人。山崎は咄嗟に腰を浮かせるが、自分の腕では正直五人と言う人数は手に余る。更に監視対象の隊士は家から無防備に出て来たばかりで佩刀していない。武器らしきものも何も手にしていない。 不穏な空気を感じたのは山崎だけではなかったのか、近所の人間達がそそくさと家へ引っ込んで行くのを見て、背筋を汗が伝い落ちる。目撃者もいない、居ても口を噤む、絶好の口封じ日和だ。 携帯電話を取り出した山崎は、覚え慣れた緊急回線のボタンを押していく。こうなれば隊士は見捨ててでも、彼を『口封じに始末』する犯人を捕まえた方が良い。 ところが、発信ボタンを押す寸前、ふと視界に見慣れぬ色彩が飛び込んで来た。 (旦那?!) 「何者だ!?」 山崎の胸中の叫びと、編笠の一人の誰何が重なる。スーパーの袋を片手に、通りすがりとしか言い様の無い風情で、通りすがらない場所にいつの間にやら現れていたのは銀時だった。 山崎の見ている向きからは丁度背中側しか見えないが、あの白い、流水紋の様な柄を裾にあしらった着流しと、銀色の髪はどう見た所で間違いようがない。 両手を挙げてなんだかんだと、いつもの様にのらりくらりとした事を喋っているらしい銀時を前に、編笠の男たちのアイコンタクトが交わされていく。 面倒だからこいつも斬れ。恐らくそんな所だろうか。 隊士の方は、銀時の姿に覚えがあったのか、無用に動かず目を白黒させながら事の成り行きを見ている。下手に逃げたり騒いだりしない所は評価点だが、事態が把握出来ずにいるその様子は隙だらけで、山崎はそんな情けない姿になんとなく怒鳴ってやりたくなった。主に土方の代弁で。 そんな光景を横目に親指で発信ボタンを押し込むと、山崎は携帯電話をぽいと放り投げる。それぞれ応対に応じた番号を割り振った緊急回線宛なので、通じさえすれば速やかに仲間が動く事になっている。コール音の直ぐに途切れた電話にはもう目も向けず、取り敢えず先頃落としたあんぱんを拾い上げた。 それとほぼ同時に編笠の一人が動いた。背後の道からじりじり迫っていた一人が銀時に斬りかかり、もう一人は僅か遅れて隊士を狙うが、その白刃が武骨な木刀に飛ばされる方が早い。 銀時が何か声を上げた。口の動きからして「危ねェじゃねーか」とかそんな所だろうか。 続け様、慌てた様に刀を抜く前方の二人に、手にしていたスーパーの袋を投げつけ、開けっ離しだった長屋の玄関から隊士を中に押し込むと、銀時は見るも鮮やかな動きで、斬りかかってくる刀を木刀で捌いた。カン、と刃を受けたかと思えば相手を蹴り飛ばすその様は、剣術の試合と言うより喧嘩のそれだ。柔軟なそんな判断と動きはなまじ剣術と言うものに拘る侍にとって最も苦手な手合いだろう。 (やっぱり旦那、場数慣れしてるっていうか…) 改めて感心する。武器を手にした人間を無力化すると言うのは存外難しい。真選組でも「武器を手にして抵抗の意志あれば斬って良し」と断言されているぐらいで、人の命は奪うより奪わず倒す方が余程困難なのだ。 それだと言うのに銀時の動きは澱みなく、そして明確だった。刃物ではなく木刀だから殺さずにおける、と言う単純な理由では勿論無い。木刀だって打ち所に因っては十分過ぎる殺傷力を持つし、逆に致命傷を簡単に与えられないと見て知れる得物だからこそ、敵はそれを恐れないので厄介になる。 今までに山崎は何度か銀時が木刀で相手を無力化する様を見てきている。常人には困難なそれを容易く成す男だと解っているし、今回もそれはきっと違えはしない。 (これも、信頼って奴なのかね。…だとしたら少し複雑なんだけど) もぐ、とあんぱんを咀嚼しながらそんな事をぼやく。自分がこうして暢気に、ヤムチャや天津飯よろしく観戦に徹していられるのはそう言う事だ。 二口目を囓る頃には編笠の男四人は地面に倒れ伏していた。残る一人は、と視線を動かせば、緊急回線を受けて飛んで来た、近場に待機していた監察の仲間数名がそいつを包囲しているのが確認出来た。時代劇よろしく重役出勤の後片付けの様な感じにはなって仕舞ったものの、銀時の手出しが入らなければ隊士はとっくに殺されていたことだろう。 容疑者が非番の時こそ危険は起こり得る、とは当初からの想定の通りだ。銀時が通りすがったのは流石に想定外だったが、これは果たしてどう転ぶのか。 山崎の視線の先で、五人目を捕縛した隊士らが倒れた編笠達の周囲にやって来るのが見えた。肝心の銀時は── 「……あれ?」 思わず声が出た。銀時が、いない。 眼鏡を外して窓から身を乗り出して見るが、監察仲間がこちらを振り返り、作戦成功のブロックサインを出しつつ長屋の奥に放り投げられた容疑者隊士を確保しに行ったり、地面に転がる編笠男達を手際よく拘束したりしている光景のみしかそこにはない。 彼らを打ち倒したのは間違いなく坂田銀時だった。狐に摘まれた気分で山崎が頭を室内に引っ込めた時、背後にある戸がぱぁんと勢いよく開かれた。 「!?」 ぎょっとなって振り返ると、そこにはひしゃげたスーパーの袋を掲げた、銀色の侍の姿がある。 いつの間に、とか、旦那、とか、何でここが、とか。山崎の各種の疑問が形になるより先に、銀時がにやりと嗤うのが見えた。 「はァい。あんぱんデリバリーサービス銀ちゃんのご利用ありがとうござい」 いやアンタ万事屋でしょう、と言う山崎の脳内のツッコミは形になる前に、 「まァァァァす!!!」 「ぶべらっ!?」 ビニール袋──中身はあんぱん数個だった──が顔面に勢いよく叩き付けられた事で封じられていた。 後編スタートもザキからでした…。 : → /2 |