恵雨乞う種 / 2 「……足りてるんですけど。あんぱんも牛乳も」 衝撃と複雑な感情との狭間に晒された侭、むくりと起き上がった山崎の第一声はそんなものだった。 先に編笠連中に叩き付けられた事で既に食べ物の体を成していなかったあんぱんは、山崎が変装の為に着ている、普段の趣味ではない上に余り上等とは言えない袴を餡やパン生地まみれにしている。 どうやればこうなるのか、と傍目にも思えるだろう、あんぱんまみれの姿。アレ、どこかで見たような光景?と寸時思うが、何故か後頭部に鈍い痛みを覚えたので忘れる事にした。人には思い出さない方が良い記憶もあるのだ、きっと。 「つーかそれ以前に食いモン粗末にしちゃいけねーよなァ」 「投げたの旦那でしょ」 「ホラ俺はただの通りすがりだし?善良な一般市民の買い物だからねソレ。間違っても他人に投げつける様なもんじゃないからね普通は」 「……………後で請求書提出して下さればなんとかしますよ。自腹で」 明かに嘘と解る事をしゃあしゃあと宣った銀時は、その勢いの侭にずかずか部屋に入ってくると、室内に転がった山崎を除ける様にして窓辺に立った。カーテンを持ち上げ、外の様子にちらと視線を向けている。 「レシートは袋ん中」 さらりと言われ、本当に請求する心算か、と思いながら、餡まみれになった袋を覗いてみるが、レシートはすっかり汚れて仕舞っており、内容はとても読み取れそうもない。そもそも袋が裂ける程の勢いであんぱんを叩きつける力と言うのは何なのか。その力で木刀を突きつけられなかっただけ未だマシなのだろうか。 ちらりと銀髪頭を見上げてみるが、あんぱん代を請求する旨は本気では無さそうだ、とその横顔に判断し、山崎は餡を拭いつつ上体を起こす。代金の請求は些か不当と言わざるを得ないが、本来あんぱん以外のもので殴られていてもおかしくない様な心当たりは生憎、ある。 「……で。通りすがりって訳じゃあないんですよね」 「外のは偶然。通りすがりだよ。本命はあんぱんデリバリー。最初に言ったろ」 外で作業を未だしている隊士らにどんな顔をされているのやら、軽く手など振りながら、銀時はその肩を竦めてみせた。 「張り込みに忙しいジミー君捜索に時間喰っちまってな。結構苛つきながらもこの辺りだって言うタレコミ頼りに歩いていたら御覧の有り様だよ」 何か偶然お前らの助けになっちまったみてぇじゃねェの、と、浮かべる笑顔はどこか薄ら寒い。 余り見慣れたものではないが、そこに銀時が言葉にした通りの『苛立ち』を読み取って仕舞った山崎は、正直な所を隠さず溜息をついた。 「…………土方さんの事、ですよね」 「他にテメーを探し回ってわざわざあんぱんまで差し入れてやる必要が何処にありますかコノヤロー。 そうだよ、君らの大事な大事なヒジカタサンの事に決まってんだろ」 副長の事、と言わず、土方さんの事、と言った山崎の意図する所を正しく解したのだろう、銀時は重たげな目蓋を眇めて言う。 向けられる視線は、その形作る笑みとは裏腹に酷く剣呑だ。気圧されそうな背筋の寒さになんとか向かい立ち、山崎はその場に正座した。居住まいを正した事でぱらぱらと頭から粒あんの欠片が落ちていく。 「そう凄まんでも、もう逃げも隠れもしませんよ。俺は端から、旦那に直接問われた時にはちゃんと答えようとは決めてましたんで」 ただ、とそこで一旦言葉を切って、肚に力を込める。覚悟が欲しいのは、得体の知れない恐怖と戦う事にではなく、己のした事──或いはする事──に対する罪悪感の帰結と、責任に対してだ。 少しぐらいは怒りを向ける矛先が欲しかったのは事実だ。 無力なのは己だけではないと、卑怯な言い訳をしたかったのも多分事実だ。 だが、ここで憤るのはきっと間違えていない。この人に問われた時には話そうと、そう思える程に山崎は銀時に一定の信頼を置いていたのだから。 それを、裏切られた事に対しては。土方の分まで今は自分が怒る他ない。 「……何で、今更になってなんだ、と──、……そのくらいは言う権利、ありますよね」 見ている事しか出来なかった自分だけど、手を躊躇いなく伸ばせる位置に居た筈の人が、山崎の伸ばしたくて堪らなかった手を伸べずに去った。 伸べようとして、土方に拒絶された訳ではないのは明かだ。あの雨の降る日にどんな修羅場があったのかは知れないが、その後の両者の様子が結果を物語っている。 だから、銀時が土方の──恐らくは縋りなどはしなかっただろう、強がり何事もなかった風情で居たに違い無い、その様を見ながらも捨て置いた事は確実だろう。 普段通らない様な道で、奇妙な時刻に、襲撃に遭い、助けられて、倒れて、臥した。この一連の出来事について何も感じない、疑問を抱かぬ程に坂田銀時と言う男は朴念仁ではないと山崎は見立てている。それこそ、信頼と言う名前でも構わない程に。 (沖田隊長に嗾けられたのもあっただろうけど。きっと旦那は、経緯はどうあれ、結果は知っている筈だ。土方さんが…、) もしそうだとしたら、一体どんな気分なのだろうか。 大事な人が、自分以外の人間に全てを明け渡すと言う所行は。 不義だ、不貞だ、浮気だ、の。その現象に近い言葉は幾らでも浮かぶと言うのに、どれもが心の中にある、灼け爛れそうに痛い、熔けた鉄の流動の様な部分には当て嵌まりそうにない。 (……ああ、そうか) 「ソレお前らが言っちゃうの、って俺は返すべきかね」 不意に気付いた山崎はごくりと喉を鳴らした。銀時の声は静かなものだったが、凍えそうで、灼けそうな、平坦な諦念がそこには確かにある。 これが、誰かの為の怒りや、義憤以外の何と言うものなのか。何にぶつけるにも値しない、無力感や己への失望を肚の底に溜めるほかない、そんな憤り以外に何と呼べば良いものなのか。 …解らない。知りたくもなかった。 「あの時アイツの前から逃げたのは、確かに俺のみっともねー弱さだよ。だがな、手前ェにゃ何も出来ねェからと、何もせず見てただけの奴らにだけは言われたかねェな」 「……解ってます。その責も受ける心算で俺は今逃げずに居るんです。ただ、どうしても納得が出来ないんです。見舞いの時に何かがあったのは解ってます。もう手遅れだったのかも知れませんが、旦那ならあの時に何か、」 なにか、と諳んじて、自らの裡に答えが何もない事に気付いて、山崎は言い淀んだ侭項垂れた。 きっと、銀時があの時感じていたのもこの痛痒と同じ類のものなのだろうと、気付いて仕舞った。薄い瘡蓋一枚を剥がせば溢れ出しそうな、これは紛れもない妬心だ。 こんな重たいどろりとした澱を裡で燻らせ持て余していたら、真っ当になぞ笑える筈もない。これは間違いようもなく正しい怒りでしかない。 ……知りたくもなかった。これが本当の意味での無力感であるなどと。 だからきっと答えは無い。そうとは気付かぬ様に投げられた問いへと間違った選択を取ったその時点で、正しく与えられるものなど何も無いのだ。 「…………すみません」 責める口調は縋る意識そのものだった。自分が選び間違え何も出来なかったとして、貴方は何で間違ったのかなどと。頼るも詰るも謂われなどありはしない。 選ぶべきだった『何か』と希った期待でさえ知らないのだ。恐らくはお互いに。 項垂れて小さく奥歯を軋らせる山崎の後頭部へと、は、と短い溜息が降ってくる。同時に、がり、と項の毛ごと皮膚を掻く音。 「アイツは、戦う心算なんだろ」 溜息と言うよりは息継ぎだったのかも知れない。話題と共に言葉の向かう先が変わった様な感覚を覚えた山崎が頭を持ち上げてみれば、銀時の視線は山崎にではなく、窓の外の奈辺へと向けられていた。薄暗い曇り空からの白い耿りが、男の銀糸の髪を縁取って光っている。差し込んだ後光の様に神々しいものでは決してないが、縋る藁の様に見える。恐らくは僥倖。 「俺の知ってる土方はそう言う男だ。この侭諾々と意に沿わねぇ上に碌でも無ぇ事を続けられる様な奴じゃねーよ」 人質に向けられた刃があれば、それを血塗れになりながらも砕いて、己と、人質とに無体を強いた敵に噛み付く。いっそ呪いの様な執念で。手前らの魂を汚そうとした輩を赦しなどはすまい。 窓の外に何があると言うのか。視線をそちらにやった侭動かない、銀時の真剣な横顔の中にはほんの少しの笑みの色が含有されている。 否。恐らく描き見ているに違いない。重たいだけの雲の合間に確かに存在する晴れ間を。 「……鬼ですからね。何せ」 黙ってやられている様なお人ではない。そんな事は自分だって良く知っている。思って山崎も、銀時に沿う様に少しだけ口元を緩めた。笑うには至らないが、笑おうとして。 銀時の見立ての通りに、土方は──少なくとも意識して、戦う心算で『呼び出し』を受け続ける事を選んでいる。 そこでどんな所行が待っているのかなどは山崎の想像して良い所ではない。だが、浴びせられているだろう嘲笑や屈辱の中で、言葉の端々や見回した風景に、何かの益になるものはないかと模索を続けている筈だ。 その土方の戦いを手助け出来る事として、山崎が漸く得たものが今の任務だ。 それは必ずしも山崎の意に沿うもので出来ているのだとは言い難かったが── 「で、アイツの戦いをてめーが支えてる。ったく、これが妬かずにいられますかこん畜生が。俺にゃ助けろとも手伝えとも言わねー癖に、てめーには間接的でも手伝えって言うのなアイツ」 ああ可愛くねぇなホント。不貞腐れた様にそう続けた銀時が、首の後ろをがりがりと引っ掻きながら山崎の事を見下ろして来る。 「今更妬かんで下さいよ。『信頼出来る部下』と『信頼出来るお人』との差には、俺の方こそ結構へこたれるんです。旦那、アンタ気付いとらんでしょうけど、それだけ土方さんにとって旦那は、」 「特別なんだろ。んなの言われなくても解ってんに決まってるっつーの。何せあの子俺にベタ惚れだし?」 さらっと吐かれた衒いも迷いもない断言に、思わず虚を突かれた様に山崎は瞬いた。言う銀時は相変わらずの不貞腐れた様な調子ではあったが、再び逸らされた目元が弛んでいるのに気付いて仕舞えば、溜息がこぼれるのを堪えられない。 「……アンタ、自慢出来る相手には惚気るの隠さん人でしょ」 「まあドSって自称出来る程度にはな」 少し質の悪そうな笑みを浮かべみせる銀時の表情からは、言葉で言う程の険の様なものはもう消えている。実際消えた訳ではなく薄紙一枚程度の、然し裂けはしない忍耐の裡に内包しているだけなのだろうが、常の柔らかさを取り戻して来てはいる様だった。その事に山崎は密かに安堵の息をつく。 「お話します。訊かれれば全て。 これで俺は旦那に付く事になって、土方さんを裏切る事になるのやも知れませんが、鉄拳でも反省文でも切腹でも、何でもする覚悟は出来てるんです。……話す事で、旦那が土方さんを取り戻す助けになってくれるんじゃないかと言う、俺の信頼が代償です」 居住まいを正してそう、はっきりと山崎がそう言い切れば、視線の先で銀時は真剣な表情の侭で小さく肩を竦めてみせた。 「そこまで買い被られんのは正直御免なんだけどな」 心底、と、照れ臭いのが同居した様な調子で銀時がそう言うのとほぼ同時に、部屋の片隅に放り棄てられていた携帯電話が震えだした。音が出ない様に設定してあるそれは、山崎が今回の監視任務用に用意したものだ。 そういえば先程そこいらに放り投げたんだった、と思い出した山崎は、「失礼します」のジェスチャーを銀時へと向け、携帯電話を拾い上げた。通話ボタンを押す。 「あぁ…うん。ご苦労様。こっちも直ぐに撤収するから。…そう。聴取は監察だけでやるから。ただ、今度こそ目の前で死なれちまう様な無様は絶対冒すなって言われてるし、厳重にね」 耳に当てたカラクリから聞こえてくる、監察隊士の緊張気味の声へと念押しをすると、他に二、三言交わしてから通話を切る。 監視対象の隊士は、自分が命を狙われた事にどうやら思いの外動揺しているらしく、つつけば上手い事証言を誘導出来るかもしれない。だが扱う案件のデリケートさは、真選組にとっての危うさでもある。ここが一つの正念場かも知れない。思って山崎は携帯電話を袂へと放り込み、壁に凭れて立っている銀時を振り返った。 「旦那、申し訳ないんですが、監視対象からの証言とか情報得られそうなんで、俺も屯所に戻らんといけなくなりました。なので、続きは」 「おいコラ今更敵前逃亡ですか、地味さに埋没して逃げる気かコノヤロー」 「い、いやだからもう逃げませんてば!覚悟したって言ったでしょ俺! これは土方さんに無体を強いてる何処ぞの輩の足下掬えるかも知れないチャンスなんです、命の危機に晒された隊士の口割るなら今しかないんですってば!」 ばき、と銀時の拳から不吉な音が聞こえるのに後ずさり、山崎はしどろもどろになりながら弁解をする。説明出来るならば逐一最初っから説明してやりたいくらいなのだが、一応は内部機密なのだし、何よりそんな長話をしている時間も惜しい。 土方の為、と言う結論だけを山崎のあやふやな弁解から読み取ったのか、銀時は重たげな目蓋の上に不機嫌そうな表情を作る眉を乗せた侭、暫く胡乱げな様子でいたが、やがて諦めた様に渋々と一歩、横へ移動した。玄関までの道がはっきりと開かれる。 苛々と、握った侭の拳を、壁に叩き付ける事も出来ずに彷徨わせる銀時をちらと見、頭を巡らせて玄関から正面にある窓を見遣って、それから足下のあんぱんの残骸を見下ろして。数秒の黙考の後で山崎は口を開いた。 「旦那、今日の夜は時間空いてますか?」 張り込み用の部屋は一ヶ月単位で借りているので、片付けはまた後で来ても良いし、監察方の仲間にやらせても良い。だから山崎が外に出るのに周囲を見回す様な必要は一切無いのだが、考えるに足る間が必要だった。 銀時の不機嫌も顕わな様子に圧された訳ではないが、こちらも何かしら事を起こして貰うならば早いに越した事はない筈だ。そんな打算がまるで無いと言えば嘘になる。そんな惑いの間だ。 「今日も明日も特に仕事は入れてねェからな。何処ぞのジミー捜索続ける心算だったし?」 「時間あるって事で良いんですよねソレ」 悪態をついている以外の何者でもない、口を少し尖らせて言う銀時の棘にこめかみを突かれる心地を憶えながら、山崎は壁掛け時計を見上げた。 これから戻って聴取して、裏付け捜査の為の段取りと、浪士風の襲撃者達の適当な罪状のでっち上げと……──、と今後の段取りをざっと簡単に数え上げてみる。 「じゃあ今晩九時に……ええと、」 かぶき町をテリトリーにする銀時に合わせた場所の方が都合が良いだろうと、繁華街の通りの一つを挙げ、待ち合わせ場所として飲み屋の名前を出し、その前でと指定する。 「向かいが回転寿司の?」 「そうです。店の近くで待ってて下さい。九時…丁度は無理かも知れませんが、三十分以内になら行きます。もしそれ以上経過した時に、店や人を通して俺からの言伝とか何も無い様でしたら、こっちも動けない状況になったと判断して下さい」 待ち合わせの指示にしては些か物騒な香りが漂う言い種になったが、職業柄の癖の様なものだ。実際に待ち合わせがご破算になるとは山崎自身まるで思ってはいないが、銀時はそうでも無い様で、不満そうで不審そうな態度を隠しもせずに溜息をついて寄越して来る。 「……わぁったよ。こちとらちゃんと話さえ訊けりゃ何でも何処でも構わねーし、てめーの都合なんざ知った事かと言いたい所だがね」 山崎の直面している任務の内容が重要性の高いものであり、土方の現状を打破する切っ掛けになり得るかも知れない、と言う事情だけはきちんと呑み込む事にしたのだろう、ここが銀時の妥協点の様だった。 「すいませんね。何か奢りますんで」 特に応えも寄越してはこない銀時へと軽く頭を下げて暇を告げると、山崎は長屋を出て外で待っていた監察の同僚と共に急ぎ足で大通りへと向かった。互いに服装は隊服ではなく町人風のもので、通りに停めてある警察車輌も覆面だ。まさかついぞ数分前に裏の通りで重要な捕り物があったなどと、往来を行く人々は思いもすまい。 (さて、これでなんとか、副長を襲撃した連中の背後関係を洗う取っ掛かりを得られりゃ良いんだけど…) 張り込みと言う、地味で時間と忍耐と焦燥ばかりは食う任務の、その成果がまるきりのハズレだった時の落胆は監察として山崎には憶え深いものではあるが、出来れば避けたいと思うのは当然の事だ。況して、今回の張り込みはただの攘夷浪士や犯罪シンジケートの検挙ではない。警察組織のトップに居座る幕臣が、先の真選組隊士の殺害と土方の襲撃とに或いは関わっているやも知れない可能性を探る重要なものだ。外れた時にあるのは落胆よりももっと憶え深い──無力感に違いない。 思って僅かに俯いた山崎は、いや、と膝の上で拳を固めた。 (今更外れて堪るもんか。副長の勘と、何より自分の仕事ぶりを信じるよ、俺は) 無力感に立ち尽くすのも、後悔で動くのを止めるのも、傍観者の所業だ。現状ではいけない事を何処かで感じながらも、己の失敗や瑕疵が大切なものを傷つけはしないかと怯えながら、誰かが自分の代わりに何かをしてはくれないかと、勝手な期待を寄せる。 蚊帳の外ならばそれで良いかも知れない。だが、その内側で戦う事を選んだ以上は、そうもいかない。 (初めから不安材料やミスを考えてどうすんのさ。俺は、俺に出来る事が副長を助ける最善の策だと信じて任務に就くだけだ) 協力を、と信を寄せてくれた、土方の信頼に沿う為にも。自分自身の意志の為にも。 外れて落胆をする結果を先んじて思考して仕舞うのは癖のようなものだが、今はそんな怯懦な思考すら厭わしい。だからこそ、完璧な解答を信じて、上手いことそこに答えを運ばねばならない。 (それに…、一度は蚊帳の外に追い出されたってのに、食らいついて来ようとしてくれる様な人も居るんだし) 終始険の込もった不機嫌顔を殆ど崩す事の無かった銀時の姿を寸時脳裏に描いて、山崎は隣席の同僚には気取られぬ様に忍び笑う。 (旦那の協力を仰いだ事がバレて、副長の怒りや失望を買ったとしても……それはそれで、きっと悪くない結果になる様な気がする、だなんて……、ちょっと楽観的過ぎるかな?) 眉尻を釣り上げた鬼が、切腹だのなんだのと怒鳴りつけている姿を思い浮かべれば、そんな『日常』だったものたちさえ今は遠いのだなと思い知れたが、だからこそ取り戻すべきものなのだと、逆に強く思える。 今後の算段を、希いたい有り様へと混ぜて。山崎はそっと拳から力を抜くと、車の後部席に押しつけられる様な緩やかな慣性に身を任せるのだった。 。 /1← : 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