雨待ち人の鉢 / 4 それからが、庭師が懸命に庭を丹精する日々となった。 土を耕して水を与えて、酷く酔った時に自らを『狗』と漏らす様に蔑んだ、あの綺麗な男の高潔な魂から、花は咲きはしないだろうか、結実が見つかりはしないだろうか。そんな事ばかりを、気付けば暇に飽かして考える様になる。 妙にオトコマエな宣言通り、男に対して開いた事など当然無い身の威勢が良かったのは口先だけで。柔らかい布団に沈んだ手指は内心の恐怖や不安を表す様に、強張った侭でシーツをキツく握りしめていた。 斬り合いでも始めると勘違いしているのではないか、と言うぐらい挑戦的な応えを件の飲み屋で受けたその直後、浮かれた勢いの侭に宿に誘えば、これもまた虚勢とはっきり知れる様な形で土方は応じてくれた。 取った部屋に入るなり、「お前を抱きてェんだけど」それでも良いのか、と一応は問いてみた。とは言え、厭だと言われても引っ込みがつくかは微妙だったし、逆に抱くのなら良いと言われても是と頷ける自信などまるで無かったのだが。 最悪、互いに擦って抜くのでも良いかと諦めに似た思いはあったが、何故だろうか銀時は、自分が土方を抱いていいものだとごく普通に思っていたし、想いが通じた以上ごく普通に受け入れて貰えると思っていた。都合の大層良い事に。 案の定か、土方は少しの間、それはもう複雑そうな表情を隠しもせずに黙していたが、やがて諦めか納得かを得られたのか、「解った、抱かれてやる」と、これもまた妙にオトコマエな態度できっぱりと言い切って寄越したのだった。 互いに丈も体格もそう大きな差も無さそうな同年代の男二人。それはもう色気も何もない光景なのだろうとは思うが、勿体ないぐらいに整った顔の造作も、日頃隊服にしっかり包まれている所為でか日に焼けにくい肌の色も、しなやかな筋肉を持つ身体も、柔らかくもない筋張った四肢も。何もかもが今の銀時の目には酷く魅力的なものに映っている事を自覚して仕舞えば、久しく思わなかった劣情が下肢を疼かせる。 今更自覚した恋情や劣情らしきものに対して、好ましいからと言って特に何をしようとも思わなかった、などと言う達観が実に空々しく今は響く。 (きっと、俺の腕の中になんざ、一生かかったって収まってくれる筈も無ぇと思ってたもんが、ちょっと手ェ引っ張っただけで落ちて来てくれたって言う意外性?みてーな感覚に麻痺しちまったんじゃねーかな…) 分析しようが麻痺しようが、布団に座り込んだ土方の姿に、そこから先の事を想像すれば、盛りのついた子供の様に興奮している自分に気付いて仕舞う。 悪態をついていた土方の手指が、引きつった様に強張ってシーツを掴んでいるのがふと目に映り、銀時の胸の裡に、劣情よりも余程強く、微笑ましさや慕わしさ──多分それの正体は愛しさによく似たものだ──が静かに灯る。 (……ほしいなァ…) 浮かんだ侭に胸中で呟けば、もう認めるしかない。衝動の原因はどうあれ、自分は土方に欲情しており、抱きたいと思っている。 布団に緊張した侭座して、床の間の刀と、脱いだ羽織の袂に入っている煙草とにちらちらと意識をやる土方は、自分で言った言葉通りの『据え膳』に徹しようとしていたのだろう。なかなか動かない銀時に焦れる風でもなく、ただじっと固まっている。 (……っても、コレさぁ…) 銀時に、男を抱く躊躇いは今更無い。望んでする事でも当然無いが。 だが、惚れている、と認識した対象人物が曰く『据え膳』を、開き直った様に決め込む姿は、何故か少しばかり痛ましい。 単に緊張しているだけなのか。互いに弱みなど見せて堪るかと突っかかって来た銀時が相手と言う事に抵抗や、隠しきれない不安や恐怖の様なものもあるのかも知れない。 「土方、」 そう思い、伺う様に声を掛けながら、座した横に膝をつく。ぴく、と神経質そうに震えた肩と顰められた顔は、至近距離で誤魔化せるものでもない青白さ。 怯んでいる。そう理解した瞬間、銀時の脳内で嗜虐心がぞわりと疼くのを感じた。日頃は澄ましているか物騒か不機嫌そうな表情が殆どの『男』が。沢山の部下に囲まれ凛と声を張り上げている『副長さん』が。顔を付き合わせれば喧々囂々とどうでも良い言い争いを、互いの負けず嫌いの性分の任せる侭に繰り広げている『土方くん』が。今は緊張に身を強張らせ、無駄口を叩く余裕も無く、銀時の一挙手一投足に全身の神経を傾けている。 眇めた目の横にある耳に、甘い毒の様な言葉を吹き込んでやったらどうなるだろうか。強張った手指を布団に押しつけて圧し掛かってやったらどうなるだろうか。 今までに見た事のない表情や反応や声や態度を暴いてやりたいと言う純粋な興味や欲と同時に、泣かせて嬲って思う様狂わせてやりたいと思う危険な欲求が己の裡に生まれている事に気付き、銀時はともすれば留まらなくなりそうなそれをなんとか抑え込んだ。 確かに、『据え膳』に対して湧いた劣情は劣情だが、愛しいとか、優しくしてやりたいとか、そう言う普通の気持ち以外の仄暗い欲にまさかこんな時に気付かされるとは思ってもみなかった。元々ドSを自称しているしそのきらいは間違いなくあるのだが、日頃であれば容易く抑え込めるそれらが『本気』の欲求として、しかも惚れた相手に向けて鎌首を擡げるとは。 こんな衝動が土方に知れたら、ドン引きされる以上の事態になるのは間違い無いだろう。自尊心も矜持も高いこの男が、自らを屈辱的な扱いにされる事を好むとは到底思えない。 (……まあでも、どっちかっつーとMだよなこいつ。痛いメに遭いたいっつーより、痛いのを堪えられるってだけなんだろうけど) 土方が単身傷を負いながら戦っている場面は何度も目の当たりにしているのでそれは別段間違っても無い分析だろうが、本人に知れたら斬り殺される事必至の評価を下しつつ、銀時は強張っているその頬に手をそっと近づけた。仄暗く凶暴な感情にともすれば囚われそうになる心を振り切って、形の良い耳朶までをなぞる様にそっと触れる。 「正直な所、銀さんも結構理性とか色んなもんとの戦いなんだけどよ…、その、あんま身構えねーで、ちっと楽にしちゃくんねーかな?喧嘩相手みてーな野郎に委ねんのが厭なのは解るけどよ、」 そんな固まられてっと傷つけちまうかも知んねーし、と続けると、唇をぎっと引き結んだ土方の顔が銀時を鋭い眼光で見上げてきた。黒の洋装の胸倉を掴んで、ぐ、と顔が近付く。 「ヘンな気なんざ遣うんじゃねぇよ。惚れて腫れてだからセックスがしてェ、そんだけだろーが。っても性欲処理だけじゃなく、情を交わすなァ悪くねーたァ思う、だがな」 閨の中でさえ、この眼差しは炯々と光るのか。そんな事を、寸時どうでもいいことの様に。思う。 「てめーが、俺に惚れただなんて抜かしやがるから、俺はそれに応えてやりてェと思った。…てめーに焦がれた事を認めてやる事にした。それだけだ。だから、それ以上を俺に、求めんじゃねぇ」 鋭い刃の切っ先の様な眼とは別に、銀時の胸倉を掴み挙げた手指が引きつった様に震える。 キスしそうな程に近かった唇が戦慄いて、睫毛が伏せられるのと同時に力なく俯いた。 震える、声。強張った手も、土方の途方もない決意を表している事実に他ならない。 「意味の無ぇ事をする為に、手前の矜持捨てて抱かれてやろうってんだ」 交わす情以上に何が必要なんだよ、と。力なくこぼして項垂れた黒髪の後頭部を引き揚げ、遮二無二なって銀時は土方の唇を塞いだ。 「っん、」 戦く土方の背を宥める様に撫で下ろし、口腔を怯えた様に逃げる舌を捉えて追い詰める。だがそれは怖じけたと言うより、急な銀時の動きに驚いたと言った所だったのだろう、ややすると張り詰めていた背筋の強張りが解けていく。 目蓋を伏せ、自棄の様に座った侭でいる土方に、先頃憶えた痛ましさを理解する。 (コイツに取っては、手前ェの事なんて多分、道具か手段かでしか無ェんだ) 自分自身の感情を訴えるより先に、多分土方はあの時飲み屋で問いた時にもずっと考えていたに違いない。 元攘夷浪士の疑いのある人間と個人的に親しくなる事が、真選組にとって、己にとってどんなリスクを生むだろうか、と。仮にも幕臣に当たる警察と親しくする事で銀時に取ってどんな影響が出るだろうか、と。恐らくは習い性の様に考えたに違いないのだ。 暴言も手も足も早く出る、短気で血の気が多い性格の癖に、思考する暇さえあれば非常に慎重に物事を謀るのが土方と言う男だ。利と益とを掴む機会は実戦でも腹芸でも決して逃さず、その逆であれば斟酌してやる甘さなどない程徹底的に斬り捨てる。それが己の本心を裏切る類の目的意識であっても、だ。 そんな土方が徹しようとしている『据え膳』の意味を解らないでいられる程、銀時は賢しく生きられる人間ではない。己の都合の良い事だけを選び取って、その裏に隠されたものを見て見ぬふりなど出来はしない。 恐らく、銀時が望めば、強いれば、先頃思った様な仄暗く凶暴な衝動さえも土方は甘んじて受け入れてくれるだろう。折られる矜持と苦痛と自分自身の愚かさを詰りつつも、拒絶はしないだろう。 ……勿論する心算は無いが。今のところ。 「ふ、……っは、ぁ」 呼吸毎に口内も食らい尽くさんばかりの口接けからようよう解放された土方が大きく息をつく。散々に吸われて紅く色づいた唇の端から形の良い顎先までを伝う唾液の筋が、薄暗い部屋の灯りを受けてぬらりと照り返しているのが酷く淫靡なものに、銀時の目には映る。 項を捉えた手で短い黒髪の襟足を手遊びの様に撫でる。切って日が浅かったのか、指に触れる毛先は少し硬い。思って、逆の手を頬に滑らせ、親指の腹で濡れた唇を軽く押したりなぞったりすれば、こちらは男の癖にとても柔らかくて存外気持ちがよかった。性別はどうあれ人体のパーツとしては粘膜なのだから柔らかいのは当たり前なのだが、銀時は暫し夢中になって唇への愛撫に興じる。 「…おい」 ふに、と押された口唇が可愛くない響きを紡いで動く。凝視していたものの不意な動きに銀時は思わずどきりと手を止めた。整った鼻梁に合わせた様に綺麗な形の唇が、今は血が上がっているのか紅く濡れて妙に艶めかしい。喘ぐ様な呼吸を繰り返している、薄らと開かれた口唇の隙間からは真珠粒の様な歯が時折覗いている。 その更に奥には熱く柔らかい咥内があって、捕まえてみたら応える様に絡んで来た舌があるのを知っている。 「よろず、──っ、んんッ」 屋号で呼ぶなんてムードが無い奴だなあと苦笑を浮かべながら、そう紡ぎかけた土方の唇を再び塞ぐ。ちゅ、と音を立てて吸い付けば顔を顰めていた眼がやがて伏せられた。普段は触れたら切れそうに鋭い黒瞳が閉ざされるのを見て、銀時はゆるゆると頬に触れさせていた手を腰へと下ろしていった。 辿った背骨は硬く、腕を回した腰は女の様に括れてもいなければ柔らかくもない。だが掌の下でしなやかに息づく身体は生きている者の勁さを感じさせてくれて、酷く心地が良い。 しっかりしている癖に存外に細い腰が銀時の腕に支えられて傾くと、背中が冷たいシーツの上にゆっくりと落ちた。項に触れていた手をそっと除ければ黒い髪がぱらりとそこに散る。 「ん…、」 唇を離せば、自身の喉から出た音にか、土方は紅潮した顔をことりと傾けて大きく息をついた。片手の甲を額に押し当てているのは、潤んだ目元を隠そうとでも言うのか。 「……気持ち良さそーね」 微笑ましさすら感じるその様に、からかう心算は無かったが思わずそんな笑み混じりの言葉が漏れる。カッと瞬間湯沸かし器の様に頬に朱を走らせた土方が、途端鋭さを取り戻した眼で、自らに覆い被さる姿勢の銀時を睨み上げてくる。 (まぁ、女抱いた事はあってもあんまキスとかしなさそーだもんなコイツ…) どこかぎこちないが、負けじと云う感じに銀時に応じていた土方の様子からそんな事を思う。商売女は抱いても、本気で惚れてる女には結婚するまで手を出さないタイプだ、恐らく。 「いちいち下らねぇ無駄口叩いてんじゃねぇよ、この腐れ天パが」 「アララ随分つれない事で」 虚勢を吐いた事で寸時状況を思い出したのか、再び強張りを見せる土方の腰をそっとなぞりながら、銀時は固く結ばれていた角帯を抜き取った。遊女の装束の様に簡単に解けるものではないが、男なのでどうすれば良いかぐらいは当然承知している。 黒い着流しは冬用で少し厚い。流石に真冬は冷えるからか襦袢も着ており、肌蹴させた和装は少し重たそうだと思い、後でちゃんと脱がしてやろうと銀時は密かに算段を立てた。所謂チラリズムの興奮を解している身としては少々惜しまれるものはあったが、皺を寄らせ汚された着物で土方を真選組の屯所に帰す訳にも行くまい。 そこまで考えてから、まだ相手を思いやれる様な余裕が自身にあると知って、銀時は密かに安堵の息をこぼす。幾ら赦される事の確定している様な関係とは言え、合意の上でのプレイの一環ならまだしも、徒に土方を貶めたりしたい訳ではないのだ。 「…っスんなら、早くしやがれ…ッ…!」 着物を肌蹴た所で動作を止めていた銀時に向け、居た堪まれなくなった土方が思わず声を上げた。ぐ、と片方の掌で目元を覆って、もう片方の手は硬く拳を作ってシーツを握り締めている。 「あぁ、いや。折角だから土方くんの素敵な御姿を眼に焼き付けとこうかと。…ひょっとして視姦プレイ的な感じになっちゃった?」 「っざけ、──ひッ、あ!?」 緊張でかまだ殆ど兆しを見せていない下肢を下着の上から鷲掴む様に触れると、土方の身体はそれこそ凍り付いた様に強張った。だが、それとは逆に顔には血が昇って、最早隠しようもない程に紅い。 「〜ッく、そ、」 『据え膳』は一つ悪態の様な声を吐くと、思い切り顔を逸らして腰を少しだけ浮かせた。その動作から土方の望みは直ぐに知れて、銀時は密かに笑いを噛み殺しながらシーツとの隙間に手を差し入れて臀部に手を回した。下着を長い足から抜き取ってやる。 羞恥心が重しになるか、折れた矜持が胸に刺さるかでもして、本当に今にも死を選びかねない程に思い詰めた、必死に『据え膳』たろうとする土方の姿を見下ろすと、銀時はともすれば胸に去来しかねない感情と衝動の渦をそっと呑み込んだ。 顔を隠そうとする手をやんわり取れば、こわごわと指が折られて絡まる。 ああ、なんて不釣り合いな甘さだろうか。そんな事を思いながらも、銀時はその指を振り解けなかった。 卓の下で漸く許してくれた左手一つ、銀時の手を取って絡めてくれた指五本。それと同じ温度と甘さ。 抱きたいと言う欲求に応えてくれたのも、自分自身の願望ではなく、それが寄せられた想いに応える為の誠意だと己に課して、四肢を強張らせた侭虚勢を必死で張って寄越してきている。 惚れている、と本心を隠さず告げた銀時に、己の本心で応えようとした、でもその他に応えるものを知らない、土方の知るたった一つの方法がこれだと言うのであれば。 彼には譲れないものがあり過ぎて、銀時に折れてくれるものは多分酷く少ないのだろう。だが、そんなもの達を背負って、自ら不自由な鎖に繋がれながらも前を向いて戦う事を選んだ、そんな土方の姿にこそ銀時は惹かれた。それは間違い無い。 だから、差し出された、土方の選んだたった一つの方法が、全てをやる事は出来ないけれど、己の矜持ひとつをくれてやると言う事が、彼の気持ちの全てを表している様で、酷く嬉しくて、酷くいとおしくて、酷く──虚しい。 意味のない事だと土方は云う。 銀時とてそれは理解している。 同性同士なのだ。これはセックス未満の所詮はただの抜き合い。その事実に感じた空しさよりも余程強い劣情は、どれだけ好きだの愛しているだのと着飾った所で、土方の矜持を折って叩き壊して踏み躙る所行にしかならない。 (じゃあ、俺に応えて情を交わすって事は、土方の尊厳を奪う事でしか無いのか?) ぐ、と苦い甘さを奥歯ですり潰して、手の下で与えられる快楽に身悶える土方をじっと見下ろす。 甘く喘ぐ白い喉が動くのに、誘われる様に唇を首筋に埋める。肌理の細かい皮膚を甘く吸い上げて、鎖骨を歯でなぞって、硬い指先と唇とでいとおしむ様に身体のラインを辿って行く。 (意味の無い事でも、非生産的な行為でしかなくても、土方、) お前の事がこんなにも好きだったのだと。 手前ェの事を、代替の利く歯車の一つみたいにしか思えなくなる程に、真選組と言う居場所だけを大事にして、その為に刀を振り翳す方法しか知らない、不器用な男が愛しいのだと。 気付いて仕舞ったら、堪らなくなった。 欲情だと、劣情だと、薄汚く意味もない所行だと詰られても構わない。 お前の事がこんなにも好きなのだと、伝えられる手段が他に解らない。 矜持も恐怖も恥も銀時に譲り渡し、大人しく脚を開こうとしてくれた男に、どんな方法で情を返せばいいのかが解らない。 「っイ、」 性急に進んだ手の動きに、土方の喉奥で出掛かった悲鳴が止められた。 誰も触れた事のないだろう後孔に這わせた指はその侭に、思わず顔を伺い見れば、強張った顔で土方は猶も笑みを浮かべて寄越す。 「……いちいち、構うんじゃねぇ」 ぐい、と胸筋を突っ張って顎を押し退けられ、銀時は大人しく上体を引いた。 男が同じ男に組み敷かれる恐怖が。命の遣り取りを日常生活の一部にしている様な男が他者に身体を委ねると言う事が。どれだけ土方の心を苛んでいるかなど、銀時に知れる筈もない。 それでも土方は何でもない事の様に、恐怖など無いかの様に振る舞おうとするのだ。 (これが、さ。愛しいとか、労りてぇとか、優しくしてやりてぇとか、抱きしめてみてぇとか……そんなもん以外の何だって言うんだよ) どうすればそれが通じるのかは解らない。が。 「お前は厭がるけどな、俺はやっぱ、ヤんならお前にもちゃんと感じて貰いてェし。勿論俺も気持ちよくさして貰う心算だけどよ」 後半は土方に対等さを示すためのおまけの様なものだったが、本心だ。嘘などつける状況では到底無い。 「俺は、」 「はいストップ。構うなって言ったの、お前の方だから」 反論か文句か、言いかける土方の唇を指一本を押しつける事で塞ぎ、途端憮然と目を逸らすその姿に思わず苦笑が浮かぶのを我慢出来ない。むずむずと心をくすぐる様なその感覚は、ついぞ口にしたら殴られる事は請け合いな類の感想だろう。 真選組とその役目と近藤を護る事しか頭に無くて、顔だけは良くて、態度も目つきも口も悪くて、強かで賢しくて喧嘩っ早くて、馬鹿で不器用で。必死で。真っ直ぐな男。それが土方十四郎と言う人間に抱いた概ねの感想だった筈だと言うのに。 (こんな風にしおらしくしてると、不釣り合い過ぎて、『可愛い』とかつい思えてきちまう。重症か俺。それともアレか、ギャップ萌えって奴?) 浮かんだもどかしい感情の侭に、じわじわと高めた土方の下肢に掌をゆるりと這わせて行く。弾力はないが滑らかで気持ちのよい感触を伝えて来る内股を、掌全体で、指で、じっくりと撫で回す。 「…ぅ、」 ぴくん、と、立てられた膝が跳ね、もどかしい刺激に土方が身じろぐ。紅く染まった目元が、唇をぐっと引き結んだ、まるで何かに堪える様な表情が、痛ましい以上に、苛立ちとも惑いとも取れない煮え切らない感じがしてもどかしい。 (崩してやりてぇ) 知らなかった一面を知って、その上、見えなかったものまで暴こうとしている。だと言うのに、まだ足りないと非道い餓えがある。 それが土方にとって苦痛か、或いは矜持を踏み躙られる様な冒涜であったとしても。せめて少しぐらいはその葛藤を感じない様にしてやりたいと思った。そのぐらいしか、土方に本当の意味でしてやれる事など、きっと無いのだ。 (お前に、どうしようもない程、惚れちまったんだ。お前が、それを受け入れてくれたのが、すげえ幸せで、) ごめん、と嘯いた聞こえない程に小さな囁きを吐息に乗せて、銀時はもどかしい喘ぎを呑み込んで堪えている土方の唇をこじ開ける様に口接けた。「ふぁ、」と呼吸が鼻に抜けて出た甘い声に、またシーツを掴む手が少し強張る。 恐らく。銀時が土方の手を引っ張って堕ちたとしたら。今の土方は銀時の手を振り解く事も出来ずに、ただ、真選組にとって『そんな自分』が不要になったと判断して、自分自身をも難なく斬り捨てるだろう。いつもの、簡単な計算の様に。 (俺はきっとお前にそうさせる。俺が居ると、お前はきっとそれすら躊躇わねぇ) (或いは、俺自身を斬るしか) 思って、唇を離した至近距離で、熱に揺らいでいる瞳をそっと覗き込んでみた。 ……嘘など何処からも読みとれそうになかったから、恐らくはお互い様なのだろうが、余計にタチが悪い。 (思えば…、落ちてやるから落としてみろってソレ、端から落ちてるって事じゃねーか…) 挑戦的に過ぎる応えを思い出せば、胸に刺さった様な痛みの甘さに、銀時は泣きたくなった。 こんなに、成就して空しくて堪らない恋情を覚えたのは、初めてだった。 。 /3← : ↑ |