破壊された人間のエピソード / 2 扉に、解放された掌をついて、尻を突き出す様な姿勢で立つ事を強要される。そんな土方の横に立った銀時の手が黒い着流しの裾を捲り上げた。帯にぐるりと巻き付けて下肢を剥き出しにすると、ひやりとした外気に脚がぶるりと震えた。 厠とは言え、どう見た所でその用を為す便器に向かう訳ではない姿勢だ。羞恥心と屈辱とに苛まれて、土方は自らの手の甲に額を押しつけて俯いた。 手は既に自由にされているが、鍵を開けて個室から出る事も、鼻歌でも歌い出しそうな風情で傍らに佇む男を殴ってやる事も出来はしない。元よりあった土方の罪悪感を、誠実さがどうのと言う会話で更に拡げた挙げ句に揚げ足を取る形でこんな行いを強いられているのだ。これは銀時にとっての言うなれば『お仕置き』──溜飲を下げる行為に他ならない。 それを突っぱねる自由も選択肢も土方には与えられてはいたが、それは不可能であるとはいみじくも土方自身が良く理解している事なのだ。 ドSであると自他共に認める所の銀時だが、実のところ常日頃から無茶振りをした扱いを土方に強いている訳ではない。寧ろ逆で、土方へと向ける態度は非常に寛容である。優しい、は流石に言いすぎだが、公人である土方の立場や、何かと部外秘が多く多忙になりがちな仕事事情などは黙って看過してくれる事が殆どだ。 だからこそ土方も銀時と上手い関係性を築けていたのだと思うし、銀時もまた土方の罪悪感や過失を利して、時折箍の外れた様な無体を強いる事を赦されてもいる訳だ。 こうして銀時の強いる行動に屈辱や理不尽なものを得ながらも屈服する事が──銀時にそれを赦す事こそが、土方にとっての不器用な愛情表現でもあるのだ。申し訳ない気持ちや後ろめたさで無体を受け入れるばかりではなく、そこから粛々と悦楽を拾い上げる事で、銀時からの『愛情』を受容し肯定する。互いの歪さを確認し合う様なこの作業は、銀時が情に飢餓感を憶えた時にのみ叶う、一種の儀式めいた遣り取りとも言えた。 余り認めたくはない事だったが、土方もこの『儀式』で常より深い充足と安堵を覚える傾向にあった。その忌々しい事実を思えばこそ、銀時の存在を『侵食』と譬えたくもなる。 回避出来ればしようと望むその癖、一度流され始めたら最早抗えないのが土方の心境だ。逆らえない、逆らう資格もない、そんな大義名分に赦される侭に土方は銀時のあらゆる『愛情表現』を──それが暴虐たれど、受け入れる事にどんどん慣らされつつあって、未だ留まろうとはしないのだ。 それがまさか公共の厠でこんな風に下肢を曝される様な事態になるなどとは、少し前までは全く思いもしなかった。消えない憤慨と羞恥の狭間で思いながら、土方は強く唇を噛んだ。下着が無造作に引き下ろされ、武骨な掌が向き曝しの尻肉を撫で回す、おぞましさにも似た感覚を必死で堪える。 「なぁ土方、お前ローションとかゴムとか持ち歩いてねェの?」 「…ってる、訳、無ェだろうが…!」 露骨な問いに、常識的な人間としての嫌悪感が沸き起こる。元々普通の性嗜好だった人間、しかも男が、今までの人生で大凡想像した事もなかった、女──或いは『孔』の立場になると言う事に対する土方の葛藤は、恐らくは銀時の想像以上に深い。ただでさえ性観念に一定の慎みがある質であるところの土方が、己がいつ抱かれる事になっても良い様にと備えねばならないなど言う事態は、仮令想像にだとしても許せない事だ。 「だよなあ。どうすっかな。この侭ブチ込むのは流石に勘弁。キツいの通り越して喰い千切られかねねェし…」 土方の葛藤になど構わずそうのんびりとした調子で続ける銀時は、問いた癖に端から土方にそんな用意があるとはこれぽっちも思っていなさそうであった。つまり、これも一種のプレイの様なものなのだ。そう気付いても酷い羞恥に苛まれる土方の姿を、愛でる様に見下ろす眼差しが、銀時のそんな心情を何よりも雄弁に語っていた。 「本当はどっか宿にでも入ってから使うつもりだったんだけど…、まぁいいか」 そんな呟きと共に、がさがさと袂を探る様な衣擦れの音がして、俯いていた土方は不安も顕わのな表情を傍らの銀時へと向けた。 「イイコにしてろよ?」 優しげにさえも聞こえる声音と柔和な笑み。そしてその顔が続け様に向けられるのは自らの下肢。尻肉を鷲掴む手。それ以上を見ていられず、土方は再び戸に向かって目を閉じた。 片手が割った肉の狭間へと、確認する様に一瞬だけ触れる指の腹。ごく、と喉を鳴らすのは期待からか恐怖からか。 その答えが出るより先に、固く窄まり乾いている後孔に小さな固いものが押し当てられた。 「ぃ、」 咄嗟に力を込めて仕舞うが、銀時の指はねじ込む様にしてその物体を進ませて来る。大きさは小指の先ぐらいだろうか、然程大きなものではないが、異物の侵入を拒もうとする括約筋を割ろうと押し込まれれば矢張り痛みを伴う。 「座薬みてーもんだから。ホラ力抜け」 宥める様にぺしりと尻肉を平手で軽く打たれて、土方は泣きたくなった。座薬と言ったが、要するに得体の知れない異物を体内に挿入されながら、子供を躾ける様に尻を打たれている、その己の姿は客観的にどの様な惨めで浅ましいものと映るのだろうか。 「ぅ、んッ…」 身体の拒絶も結局通らず、小さな異物は痛みと恥辱と共に土方の直腸に押し込まれた。排泄しない様にと言う事か、異物を押し込んだ銀時の人差し指が第一関節ほどまで埋められた侭で、後孔に栓をする。 「なに、挿れたんだ…」 直腸からなかなか消えない違和感に顔を顰める土方に銀時はあっさりと言う。 「座薬みてーなもんっつったろ。要するにおクスリ。違法なもんじゃねェし、効果も一過性だから心配すんなって」 薬、と言うその言葉に、土方はいよいよ現実感を喪失し眩暈を起こしそうになった。銀時が用意したものなら違法なものだとは確かに思えはしないが、要するにセックスドラッグの類と言う事だろう。アルコールとはまた異なる、人間性を保つ為の人格や理性を一時激しく奪いかねないものだ。今まで一度もそんなものの使用を赦した事も押し通された事もない。こんな所で理性など飛ばしたくはないのにと思えば、背筋が嫌な汗で冷えた。 無意味だと何処かで理解しながらも、思わずかぶりを振った。応える様に銀時の手がそっと頭を撫でて行くが、そこには土方の望む様な慈悲はない。ただ愛情だけがある。 「あ……、」 体内で薬が実際に溶けた感触がした訳ではない。薬が留まっていると思しき箇所が突如熱を孕み始めた事に、土方はがくがくと震えながら再び銀時の顔を縋る様に振り仰いだ。 「溶けて来た?」 くに、と、薬が排泄されぬ為の栓であった銀時の人差し指が体内で蠢いた。 「ひ」 その動きがまるで弾みになった様に、直腸内に異常な熱が拡がった。そして、熱を持った部分が、体内が、猛烈な痒みとも取れる感覚に襲われる。 「い、ぁ、っ、やだ、や、」 皮膚に痒みを憶える事なぞ珍しくはない。衣服や薬物の刺激や虫さされで腫れ上がった患部が痛くなる事は誰もが一度は経験する事だろう。だが、その猛烈な痒さが体内で起きた事なんて憶えがない。初めて得たその感覚に戦き混乱しながら、土方は痒みを紛らわそうと腰をもたつかせて括約筋を開いては閉じて引き絞った。 すれば突き入れられた侭の銀時の指の存在に気付く。その指をもう少し奥まで突っ込んで、内壁を、直腸中を掻いて貰いたい。前後に指を動かしたり、曲げ伸ばしをするだけで痒みが、このどうにもならない感覚がどれ程解消出来るかと思えば、もう土方の頭の中はそれ一色に染まった。 「っよ、よろずやぁ…っ、」 縋る様な声を上げて、腰を蠢かせて指の蹂躙を必死で求める。ただでさえ堪え難い感覚である痒みが。それも決して己の触れ難い所が痒さを訴え疼く事の恐ろしさが、土方の身にあっと言う間に充満しその意志を陥落させていた。 もしも叶うなら、或いはひとりの時であったら、恥も外聞も棄てて自らの指を後孔に差し入れて必死で掻きむしっていただろうと思う。そんな、普段は土方の理性に遮られる様な事さえ、痒みと言う感覚はあっと言う間に突き抜けたのだ。 「たの…っ、たのむ、たのむから、」 身を捩って土方は、痒い患部にギリギリ届かぬ位置を保っている銀時の指を深くに呑み込んで、そして痒さを紛らわす刺激を得ようと藻掻く。 それは性感と言うより、もっと原始的な、子供の頃より知るもどかしさであった。痒いところに手が届かない。正にその言葉通りの実に解り易い望みを、土方は拙く余裕の全くない仕草で以て必死に訴え続けた。 * そんな、転げて砕け落ちた理性を、最早拾う事も取り繕う事も出来ない程にあっと言う間に陥落した人間の姿を満足げに見下ろしてから、銀時は藻掻く土方の腰を押さえた。己の指を求め自慰めいた動きをする土方の姿と言うのも面白そうだったが、何しろ場所は公共の厠の中である。店じまいの時間も勿論だが、余りに客が厠から長時間出て来ない事を店員が気にしだしたらアウトだ。 ゆっくり時間を掛けて拙い土方の媚態を愉しむ事は早々に諦め、銀時は人差し指を何か軟体動物の様にゆっくりと上下に蠢かせながら少しづつ体内へと進めて行ってやる。薬の効果か、ほんの少し腫れた様な感触を指に返して来る土方の体内は熱を孕んで熱く、細かな血管たちの訴える痛痒感でさえも指先ひとつで感じられそうに熟れていた。 薬の成分は、簡単に言う所の痒み薬である。宇宙産なので成分は不明だが、まあ体に有害なものは含まれてはいないだろう。短時間のうちにアレルギーに似た作用を接触部に起こし、猛烈な痒みやそう言った錯覚を効果として齎す。男女何れにも使えるものとして、その辺りの安っぽい『おとなのおもちゃ』屋に売っていたものだ。粘膜吸収は効果が出るまでが早く、体液の分泌もあって比較的放散されるのも早い。ちょっとした刺激物なので後遺症や副作用は残らないとは書いてあったが、あの土方がこうまであっさりと理性を失って仕舞う程の効果とは。痒みとは拷問でも有効な手段であるとされるが、全く以てその通りらしいと目の前の光景が語っている。 「っはあ、あ、ア、あ、ぁ、ひぁっ、あ、、ゃ、ンぁッ、」 ひくひくと白い喉を晒して、戸に両手をついてぶるぶると全身を微細に震わせる土方の表情には、苦悶と恍惚とが同時に浮かんでいた。銀時の指が痒い患部に触れているだけでもマシなのだろう、内壁は健気にもひくひくと収縮を繰り返しながら指に吸い付いて、その場に留まる事を促している。 だが、それだけでは到底痒みと言う尽きず湧いて来る感覚には堪え切れないのだろう。段々と土方は腰を揺すって脚を震わせ、痒さを紛らわす──或いは解消する強い刺激を求め出す。 銀時は正直な土方の身体の反応に密かに笑みを零しながら、指をゆっくりと体内から引き抜いてやった。引き抜かれるまでは動きの刺激が堪らなかった様で、土方は背を仰け反らせて啼き喘いだが、指が全て抜かれて仕舞うと、後孔を淫らにもヒクつかせながら涙と唾液と欲とに濡れた顔で銀時を見つめて来た。 「よろずや、、たのむ…っ、痒、やだ、も…!」 引き抜いた銀時の指も、吸収される前の薬に直に触れたからか、じとりと痒み初めていた。粘膜ではないだけに然程は酷くないが、人差し指の先ががほんのりと赤みを帯び始めて疼いている。その様は不用意に漆にでも手を触れさせかぶれた時の症状にも似ていた。 「……」 これは、ゴムも無しに一物を突き込むのには少々…いや大分気が退けた。薬は完全に溶けた様だから、後は粘膜に成分が吸収されるか、薄まって仕舞えば良いのだが果たしてどうなのか。 準備もなしに行うもんじゃなかったな、と少しだけ後悔しながら、銀時は再び指を、今度は二本に増やして土方の体内へと送り込んでやった。 「ひっ、んぁあッ、あっ、う、あ、あァっ」 内壁は腫れと熱を持っているが、すっかり熟れた様に指の二本を容易く呑み込んで、矢張り痒みを紛らわす刺激を求めて必死で吸い付いて来ている。指が大きく前後する度、曲げ伸ばしをしてやる度、薬物の影響でか多く分泌された腸液がぐちゃぐちゃとはしたない音を立てた。 「そこ、っあ、そこ、もっと、」 「このへん?」 辿々しく訴える「そこ」が何処かなんて具体的に解りもしないし、土方も最早直腸全体が痒いのだから、どこを刺激した所で同じだった。前立腺を捏ねて、痒いと訴える内壁を掻きむしってやればやる程に理性を棄てて、痒みの解消と言う原始的な感覚に快楽を憶えて無心に泣きじゃくるばかりでいる。 はあはあと犬の様に舌を出してだらしなく喘いでいる土方の性器は、いつしか後孔への刺激から性感を得ていたらしく、とろとろと先走りを零して震えていた。 かく言う銀時も、下着を窮屈に押し上げている一物をなんとかしたい所ではあった。が、痒みをもたらす作用を、男性として敏感な部位に得たらどうなるのかと言う怖れがある。この効果を見ていれば、痒さを解消したい余りに土方の体内をずっと犯し続けるぐらいの衝動は憶えかねない。自分で仕掛けておいて何だが、これでは余りに酷い生殺しだ。 薄まれば良いんだけどな、と再び思った所で、銀時はふと思いついて、土方の、ぐっしょりと濡れた性器へと手を伸ばした。性急に扱き上げ、吐精を促す。 「っひ!?、あひ、ひィっ、んぁ、あー…ッ!」 後ろの刺激だけでもおかしくなりそうな所に前も弄くられて、土方は目を白黒させながら快楽にあっと言う間に陥落した。びくびくと震える腰が姿勢を崩しそうになるのを、戸に上体を押しつける様にして保たせてやり、掌に受け止めた精液を指に掬うと未だ刺激にヒクついている後孔へと塗り込めたり拡げたりしてみる。 精液を纏わせた三本目の指には痒みの症状は殆ど表れて来なかった。痒みを未だ訴えているのは、先に挿入した銀時の二本の指と、すっかり薬効を吸収して仕舞った土方の体内だけの様だった。改めて指でじっくりと手繰ると、腫れと熱を持ってぷくりとした感触はいつもの内壁より大分肉厚である様に感じられた。 「よろず、や、ぁ」 「ん、」 ここまで来た以上、体内に男の──銀時の性器を受け入れる所まで事は運ぶと理解しているのか、或いは期待していたのか。縋るよりも強請る気配の濃くなった土方の後孔へと、もどかしく取り出した、いい加減我慢も限界な性器を押しつけた所で、銀時はこれから己が感じるだろう愉悦にごくりと喉を鳴らした。 万一痒みが性器にまで出る様だったら、その時はそれこそ、場所を移してでも土方の事を味わい尽くしてやれば良いか──いや、お互い痒くて堪らないなら寧ろ利害の一致だろうなどと楽観的に考えながら、銀時は自らの手で支えた性器を、熱を持った体内へとゆっくりと進ませた。 「、っあ、あ!」 ぶる、と土方が腰を震わせて、侵入してきた異物を受け入れ感じ入り始める。指に無心で吸い付いて来ていた内壁の蠢く柔らかさと熱、腫れた肉の感触とが、指よりも余程大きな性器を余すことなく包み込もうとするその動きに、思わず銀時は法悦の吐息を漏らした。 がららら。 「!」 そこに無遠慮に響いた音に思わず銀時は身を竦ませる。引き戸の開いた音だ。店内の喧噪が寸時耳に届き、引き戸が閉ざされる事でまた遠ざかる。 「っ、んぐ、」 銀時は咄嗟に土方の口を押さえた。痒みと快楽とに苛まれきってすっかり理性を溶かして仕舞っている今の土方に、自ら声を抑えるだけの力があるとは思えなかったのだ。 性器を中途半端に押し込んだ侭の状態で、土方の口を押さえて、息を潜める。入ってきたのはどうやら男性客だったらしい。小便器の方へと足音が向かったかと思えば、がさごそと衣服を寛げる音が響いて来る。 「よろ、ずや」 「っ、」 蚊の鳴く様な声で、押さえた手の下で土方が喉をひくつかせて啼いた。かゆい、と言う切実な訴えと同時にきゅう、と引き絞られる様な、性器へのダイレクトな刺激を感じた銀時は喉を鳴らして、澱んだ目から理性も焦点も失った土方の横頬にそっと口接けた。 「煽ったのはお前だからな…?」 これもまたひそやかな吐息の様な声で直接耳元にそう囁いてやってから、銀時は戸について身を支えている土方の腰を抱えて便器の方を向かせると、その体重を自らに寄り掛けさせながら戸に背を任せた。それから土方の乱れた着流しの袂を掴むと、口に無理矢理噛ませる。 成人男性二人分の体重を受ける形になった戸がぎしりと軋むが、閂の掛かった錠は抗議の声をあげたのみで、未だ奮闘してくれそうだ。銀時は脚を拡げてしっかりと立つと、土方の片足を抱き込んでその身を自分に預けさせる。 「──っ、、んくっ、」 「……っは…、」 体内を急激に進んだ結合部に土方の体重の殆どが掛かる形になって、痒みが僅かでも解消された事にか衝撃にか、後孔だけではなくその全身が漣の様にびくびくと震えた。腫れて常と違った感触を齎す内壁の纏わりつく動きに、銀時も恍惚感に息を詰めて息を吐く。 然し静止していた時間は僅か数秒にも満たぬ間。銀時は土方の体内で得られる悦楽を感じようと夢中で、土方は痒みを訴える体内を好きにして貰って生じる快感に身を任せ、二人はほぼ同時に身体を動かし始めた。小刻みな律動に乗って、着物を噛まされた土方のくぐもった声と、土方の肩口に顔を埋めた銀時の息遣いが響く。 小便器の方では、酔客の男が用を足し始めたのか、じっと耳を済ませば水音らしき音が聞こえてきた。相当呑んだのか、その放尿は長い。 果たしてこの男は、壁一枚と戸一枚を挟んだ後ろでの、こんな秘め事に気付いているのか。 考えてみた所で、それを判断する術は銀時にはない。はくはくと口に押し込まれた着物を噛んで呻いている土方が、うっかりとあの上擦った声を漏らして仕舞ったらどうなるだろうか。或いは自分の荒い息遣いを聞かれたら。性器が体内を出入りする濡れた音が聞こえたら。ぎしぎしと鳴る扉を不審なものと気付いたら。 銀時としてはそれでも別に構わないと思う。厠だが、つい恋人同士盛り上がって仕舞っただけだと宣える。公然猥褻や店側への営業妨害などの軽犯罪を問われるやも知れないが。それも些事だ。 だが、土方は。 幕府直属の警察組織の、幹部職に就くこの公人は。到底そんな醜聞に晒される事なぞ望みはすまい。男同士公共の場で淫蕩に耽っていたなどとは、マスコミは疎か近藤や沖田と言った仲間に曝したくはないと言うだろう。どうかと問えば泣き叫んででも拒絶するだろう。 銀時は土方の抱える愛情表現の全てが、決して被虐嗜好から生じたものではなく、自らの罪悪感の軽減方法なのだと知っている。誰にも赦さぬ様な蹂躙や無体を赦すのも、銀時の全てを受容しようとする本音から生じた思いであると、知っている。 付き合いが始まった頃、銀時は尊大な性格の土方が何処まで己を許容するのかに興味があった。だから、やれ仕事だやれ近藤さんがどうだとか言い重ねるのを寛容に諾々と受け入れ続け、土方が自らの我侭を通す事に、銀時が己を赦す事に慣れて甘え始めた頃になってその掌を返してやった。 今までの甘えを批判して、それで今まで銀時の負った負債を突きつけてやれば、土方はそこに素直に罪悪感を得て、代償行為の様な無体でさえも自らに課せられた罰の如く受け入れたのだった。 付き合いを始めた当初であったら、間違いなく銀時の言い分が無用な我侭であると断じられ、土方は銀時よりもあっさりと真選組(自分自身)の事を取って、それで終わっていただろう。だが、暫くの間銀時が寛容な、尽くすと言っても良い姿勢で相対してやった事で、土方はそのぬるま湯に、銀時の存在が在る事に慣れきって仕舞った。 手放したくない、ではなく。手放されたくはない、と思って仕舞える程に。 尤も、これは匙加減の大事な関係作りでもある。飽く迄常日頃は低姿勢でゆっくりと待ち、土方が自らのした事を何か少しでも罪悪感に思うと言う罠に落ちる様な事が起きれば、容赦はしてやらない。そして終わったらまた何事も無かったかの様に柔和に相対する。その繰り返し。 今回は、約束を反故にして仕舞ったと言う罪悪感に付け込んでみたのだが、段々学習して来たらしく土方も真っ向から銀時の批判に折れる姿勢を容易に見せなくなってきていた。言葉を慎重に躱す様子から、極力『罰』から逃れようとする足掻きを模索しているのを見て取った銀時は、態度には殆ど出さなかったが──酷く憤慨していた。 だから、少しキツめに無理矢理に、土方に『お仕置き』を強いてみる事にしたのだ。大凡良識的な価値判断力を持つ公人には、公共の厠で行為に及ばれるなどと言う横暴には堪え難いものを感じている事だろう。然しそのすぐ横に『逃げ道』を用意してやる事で、土方がどう言う態度を取るのかを確かめたかった。 まず、厠で押さえつけたが、土方は、拒絶しなかった。暴れれば容易に逃げられたのに。 薬を使った時にも、土方は本気で逃れようとはしなかった。薬を押し込んでいた指を振り解いて、排泄しようと思えば出来たのに。 今も、自ら声を抑える事が出来ずとも、口に押し込まれた着物を必死で噛んで、出そうになる声を必死で堪えている。 そして何より、公共の厠と言う場所で、薬物を盛られたのだと言う逃げ場を。これなら、仮にこの様が誰かに露見した所で、土方は自らを『被害者』であると公言出来る、そんな言い訳を。 逃れたいと本気で思っていたとしても、意に沿わなかったとしても。薬で逃れられなかったからなのだと言い訳が出来る様に。 ──それでも、土方は逃げなかったのだ。少なくともこの無体を受け入れた。更には落とした理性を忘れて煽ってまでみせた。 それは銀時の嗜虐性が追うに値する様な獲物ではないだろう。だが、無抵抗になった人間もまた、狩人と言う絶対的な強者にとっては獲物と言える存在なのである。 出ない声の代わりの様に、天井に向けて反らされた白い喉がひくひくと震えているのを見て、銀時はひとまずの状況にいたく満足した。扉から背を離して再び土方の震える脚を無理に立たせると、背中を押して便器の後ろに設置されたタンクに両手を付かせる。 そうして尻肉を掴んで深く押し込んだ性器をぐりぐりと捩じり動かして、内壁──未だ酷い痒みに苛まれているだろうそこへと、余すところなく擦りつけてやれば、 「っ、んぐ、ッん、ん!」 明確な呻き声を上げて土方の背が反った。がた、とタンクの蓋が無粋な音を立てる。 静まり返っていた厠の中に、それらの声や音は、無慈悲な鉄槌の様に落ちて響いた。 「ん?何だ、誰かいるのか?」 丁度放尿を終えたらしい男の声が、物音に応える様に返る。洋式便器を前に、タンクに縋り付く様にして身を保とうとしている土方が、がくがくと顎を震わせながら着物を噛み締めた。 普段ならば厠の、しかも見えざる個室に他の人間が居た所で何も思うまい。だが相手は酔っ払いだ。何かと気が大きくなっており、判断力も危うい。 衣服を整える衣擦れと共に、男の足音が二つ並んだ個室の方へと向かって来る。結合部で音が鳴らない様に、銀時は相変わらず土方の体内を、突き入れた侭の性器を使ってこね回していた。 びくびくと痙攣する全身を必死に留める、土方の目は白目がちに焦点も定められずにいて、ただ無意識の反応なのか着物を喉奥にまで含む勢いで顎を引き結んでいる。 銀時も性器で憶える純然たる快感と悦楽に堪えて、奥歯を噛みながら口を笑ませていた。 外の足音が、個室の前で止まる。もう片方の個室は開け放たれていたから、誰もいないとは直ぐに知れる。と、なると声や物音がしたのは、鍵のかかった表示をしているこちらの個室だけだ。 「おい?」 訝しむ様な声が掛けられる。外からだから鍵は外せないだろうが、個室内の様子が異常と知れたら、上や下から覗き込んだり、或いは店員を呼んでくるかも知れない。 背後に迫った危機感の気配に、しかし銀時は息を詰めて笑んだ侭だ。そう、銀時は『どちらでもいい』のだから。 一方の、そうではない方である土方は、理性が殆ど無くとも、状況が終わりの足音を引き連れたものであるとは理解しているらしく。虚ろな視線を彷徨わせ、肩越しに救いを求める様に銀時を振り返って来る。 タンクを掴む手も、立つ脚も、全身も、微細な痙攣を続けている。それでも勃起した侭の性器はぽたりと便器の中に先走りの滴を垂らしていて、酷く惨めで滑稽な存在に見えた。 「ふ、」 小さく息を呑んで、銀時はゆっくりと性器を引き抜きまた同じ速度で、こじ入れる様に蠢きながら押し込んでやる。 「んっ、んぐ、ゥ、ン──ッ!!」 途端に、着物を噛み締めた口でなく、喉から憐れっぽい音が漏れた。そして呻き声の様なその音と同時に、便器の中へとびちゃびちゃと小さな水音を落としながら、土方は射精していた。 「…なんだ、吐いてんのか。おい、大丈夫か?」 呻き声と水音で、外の男は個室内の人間が嘔吐をしている最中であると思った様だ。こんこん、と戸をノックして来るそんなお節介に、銀時は「ああ、大丈夫だ」そう、悦楽に上擦りそうになる声と息遣いとで答えてやった。これなら具合の悪そうな声にも聞こえるだろう。 飲み過ぎには気を付けろよ。最後までそんなお節介を残して男が去って行く足音が、戸の閉まる音で完全に聞こえなくなると。 く、と喉を鳴らして、銀時はがっくりとタンクに上体を預けて小刻みに震えている土方を見下ろした。柔和な声と優しげな手で、ぐしゃぐしゃに濡れた侭ぜいぜいと息をついているその顔をそっと撫でてやる。 「頑張って堪えたから、もう赦してやるな。お前が『誠実』なのはよく解ったし」 それが──この無体も土方の招いた事なのだと、当然の権利の様にそう言いながら、銀時はぐたりとした土方の腰を掴んで、自らも達するあと少しを詰めるべく、腰を打ち付け始めた。 「ひっ、へぁ、、っん、あ」 土方の身体は最早反射の様な動きと反応しか返って来なかったが、そうまでして自分は許容されたのだと思えば、銀時の裡には酷く満たされた心地が残されるのだった。 よろずや、と拙い声を嬌げて啼き喘ぐ土方の姿からは、この『お仕置き』で自らの罪悪感は、課せられた罰は雪がれたのだと言う実感と安堵を覚えているだろう様子が伺えた。 また暫くは、約束を反故にされようが、多忙を理由に会えない時間が続こうが、それを大人しく赦してやれるだろう。 そして、草臥れた土方に何の咎も無いのなら、銀時に鬱屈が生じていないのなら、会えなかった時間の分だけ優しく甘やかして愛してやろうと思った。 きっとそれは『次』には履行される事なのだろうと。銀時は確信めいてそう思っていた。 最近えろをと思うと下衆銀がデフォルトなんですがこれ如何に…。下衆いけどガチ愛なんですこれが。 つーか分割する必要無い程ヤッてるだけですねまたしても…。 奇妙で滑稽で盲目のエピソード。 ← |