維摩の沈黙 ※打算で付き合ってる(事になってる)W副長ネタです。 雑多な音たちが意識を叩き始めた事で、土方は長い眠りの終わりを感じた。 眠気は未だ残留してはいるが、起きれないと言う程ではない。それでも眠りと覚醒との狭間で微睡む事は思いの外気持ちが良くて、土方は惰性でもう暫くの間目を閉じ続ける事にした。 布団の温度を保つのは己の体温だけで、それも冷めつつあるのか今は少しばかり涼しい。肌に密着する薄い掛け布団との隙間には分秒毎に朝方の少し冷えた外気温が入り込んで来ていたが、起き上がった所でどうせ肌寒い事には変わりないと決め込んでじっと動かずに居る。 人の動く気配や調理器具の奏でる軽快な音たちが、そんな布団籠城中にある土方の耳を時折心地よいリズムで叩いて行く。 屯所の自室であれば到底聞く事など無い、そんな音に耳を澄ませる内にここが何処だったのかをぼんやりと思い出した土方は重たい目蓋を持ち上げた。輪郭の定まらない視界の中、上体を起こして頭を巡らせてみる。 「ぎんとき…?」 寝起きの掠れた声は想像したよりも頼りなく室内に拡がった。素肌に感じた肌寒さに思わず肩を震わせた事も原因だっただろうか、まるで迷子の子供の声の様だと苦笑し、土方は朝の微光を投げかけて来る窓を見遣った。灯りのついていないこの部屋唯一の光源は白々と眩しくて、思わず目を細める。 よくよく見ると窓は少しだけ開かれていた。拳一つ分ぐらいの隙間を開けたそこから、どうやらこの涼しさは入り込んで来ていたらしい。夜には窓は開いていなかった筈だから、先に起きて床を抜け出した坂田が開けておいたのだろう。恐らくは、早朝であっても褥の色香を不健全に保っていたこの室内の空気を少しでも普通に戻す為に。 必死でまぐわった行為の後は気絶する様に眠りに落ちた為、土方には布団に潜り眠った記憶は無い。坂田も同じ様な状態だっただろうから、室内の空気はそれはもう早朝に似つかわしくない程に凝っていたに違いない。 見下ろした体にも、特に拭ったり洗ったりした様子は無い。下肢にこびり付いていた生々しい残滓は最早すっかりと乾ききって肌を乾燥でひりつかせながら独特の臭気を放っている。早急に必要なのは眠りや食事よりも風呂かなと思いながら、不快感に顔を顰めた土方は布団に手をついて怠い腰を持ち上げた。 坂田がゴムをしていた記憶は無いので、体内は恐らく昨晩の侭だろう。とは言え眠って結構な時間が経っているのだから、殆ど乾いている筈だ。多少はこぼれるかも知れないが、まあ今更の事だ。 どんなに意識が飛ぼうが億劫だろうが、眠りに落ちる前に後始末はきちんとすべきだ、と最早何度目になるとも知れない後悔を頭の端で巡らせながら、土方は中腰の姿勢で辺りを見回した。すっかりと見慣れて仕舞った坂田の自宅の寝室には、部屋の意を為す一組の薄い布団以外に特に物は見当たらない。 無造作に放られたティッシュ箱。昨晩の残骸の潜んだ屑籠。の、横には片付けるのを忘れたらしいローションの瓶。それらを順繰りに見回す土方だったが、何度見直した所でそこに目当てのものは見当たらない。 仕方あるまい。溜息を吐きつつ、薄い上掛けの布団を肩から羽織って体の前で手で寄せて土方は立ち上がった。腰の怠さと股関節や肩の痛みも大体いつもの事だ。 歩きだそうとしたその途端、尻の狭間にひやりとした感触を憶えてびくりと顔が引きつる。今更の事、とは言ったものの、それは余り心地の良い感触ではない。 (どんだけ出しやがったんだあの野郎は…) 休み休みの行為ではあったが、互いに何度達したかなどいちいち数えていた訳では無い。そう言えば誕生日プレゼントだからどうだこうだと言いながら揺さぶられていた記憶はある。それを思い出さずとも、この分だと結構な量を注ぎ込まれていた様だと知れて誰が見ている訳でも無いのに土方は湧いた羞じに顔を熱くした。 (何がプレゼントだ、下衆なAVじゃあるまいし) 口には出せない文句の代わりに箱からティッシュを乱暴に何枚か掴み取ると、内股を伝おうとしていた細い液体の筋を拭う。 風呂か厠で、出るものが出なくなるまで始末した方が良いな、と愚痴の様にぼやいて、土方は後孔にまで当てたティッシュを新しく箱から取ったティッシュにくるんで屑籠へと放った。 人間が二足歩行をする生き物である以上、下方を向いた孔に何を注ごうが重力には逆らえない。それは快感を以て達した精液だろうが、単に洗浄用途の水だろうが同じ事だ。 不便で、不毛。性行為は大層気持ちの良い充足感と悦楽とを齎すものだが、醒めた目で見れば無駄の多い機能だ。特に人類のそれは大凡生命の保存活動に必要な生殖に適しているとは言い難い。強烈な快感を伴う、と言う作用さえなければ、文明的な生物の間では自発的には行われる気がしないと時折そんな事を思う。 (まあ問題は、自慰だろうが同性だろうが、気持ちよけりゃ良い、って点が重視されちまってる事、か) どこか捨て鉢にそんな結論を置いて、土方はティッシュを捨てた両手を軽く叩いて、背に被った布団を滑り落ちない様に掴んだ。襖を開いて居間に出るが、果たしてそこにも誰の気配も無かった。広くなった空間に背筋を軽く震わせながら土方は電気の灯されていない室内を横切って、先頃から様々な音を奏でている水場の方へと向かう事にした。そこにはこの家の主が居る筈だ。 この少し旧い家は坂田が屯所の外に持っている自宅だ。坂田も普段は土方や他の隊士同様に屯所に用意された部屋で寝泊まりをしているのだが、それ以前に住んでいたこちらの家は大家の厚意もあって引き払ってはいないと言う。深酒をして屯所に戻るのが面倒な時や、こうして密会をする時には丁度良いと思って時折使っているらしい。余り戻る機会も多くはないから少々埃っぽい所もあるが、日当たりも良いし家として見れば住み心地はなかなかに悪くはなさそうだ。 繁華街の外れにあるスナックの二階と言う、貸し部屋にしては少し妙な立地だ。そんなに長い期間を暮らしていなかったからか家財の類は殆ど無い。布団と、物入れと、簡単な調理器具と備え付けだった白物家電。精々がその程度のものしかない。 最近では土方を伴いラブホテル代わりにしているので、ローションだのゴムだのと言ったアダルト系ないかがわしい物品も転がる様になった様だが、土方と付き合う以前にも坂田がこの部屋に誰か他の人間を連れ込んでいたのか、なんて事は知らないし特に知りたいとも思わない。 台所を覗き込むと、コンロに向かっていた、甚平姿の坂田が顔を僅かだけこちらへと振り向かせた。 「起きたのか。はよ」 然し手と目を離せないのか、言うだけ言うと直ぐに顔を正面へと戻して仕舞う。昨晩ここを訪れる前にコンビニで酒類と共にそう言えば食材の類も買っていたなと思い出しながら、土方は素足で踏む床の冷たさを心地よく味わいつつ水場の入り口に立って坂田の手元を伺い見た。 坂田は四角いフライパンを前に卵を焼いていた。だし巻き卵の様だ。一面に伸ばした黄色い卵を片方に寄せると空いた所にまた溶き卵を流し入れ、転がしながら少しずつサイズを大きくしていく。 卵と油の焦げる香ばしい匂いに鼻を鳴らして、土方はそんな坂田の器用な手つきを見つめた。 「マヨ入れたか」 「入れねェけど、かけたきゃ後からかけて良いから」 「入れた方が旨ぇのに」 ふ、と苦笑と共に返る答えに目を細めて、土方は残念そうに舌を打つ。マヨネーズは後からでもかければ美味しいのだから、言う程残念がってはいなかったが、何となく甘えたい気分であった。 「飯出来たら呼んでやるから、風呂行って来いって。沸かしてあるから。眠ィなら二度寝でも構わねぇけど」 後半は、くぁ、と欠伸を噛み殺した土方を見て付け足す。そんな坂田の申し出に、然し土方は緩やかにかぶりを振った。壁に寄り掛かって落ち着いて仕舞ったら何だか色々な事が億劫になって仕舞った。風呂に入ってさっぱりしたいと思うよりも、この侭何もせず呆っと坂田の動きを見ていたいとさえ思えて来る。 「……いやなんつぅか目に毒って言うかね?」 卵を転がす事に集中してはいるが、坂田はちらちらと土方の方を振り返って何やら抗議めいた事をぼやいた。言われて己の姿を見下ろしてみた土方は眉を寄せた。そこに在るのは、昨晩散々に致したその侭の姿に、無理に羽織った布団一枚。確かに少々埒もない恰好である。 「服が無かったんだよ」 探したのに見当たらなかったのだ、と気恥ずかしさを誤魔化す様に強く抗議すれば、坂田は「あー…」と歯切れ悪そうに目を游がせた。その壁の向こうでは洗濯機が動いている音がする。 昨晩は、長い任務行動が漸く一段落ついた所だったのだ。とある攘夷浪士支援組織の摘発と言う大仕事に真選組の費やした月日は実に三ヶ月。その間は誰もかれもが多忙でそしてぴりぴりと緊張していた。到底気の休まる期間では無かったし、徹夜仕事になる事や一日中駆け回る事も多く、坂田も土方も疲労していた。 そこに来て今日は土方の誕生日と呼ばれる日だった。昨晩此処に辿り着いた時は既に午前様。それが理由かなど定かではないが、互いに第一ラウンドから理性を飛ばしていた記憶は土方にも残っている。服を脱がすのも脱ぐのも億劫だと思う内に、貫かれた時にはすっかりと汗ばんで湿った着物が肌にまとわりついていた。それを鬱陶しく思う事よりも互いに興奮を高める作用に、完全に脱がない侭の着衣たちは貢献したのだ。 改めて確認する迄もないが、その侭では到底着れたものでは無かっただろう。汗と皺と他色々な液体とで相当にどろどろだった筈である。 絶賛稼働中の洗濯機を思って、土方は納得を示して頷いた。プレゼントだのサービスだのと口にしてそんな土方の理性を飛ばす事に昨晩は専心していた坂田もそう言う意味では負い目があったらしい。「やっちまった」と翌朝後悔するのも毎回の事だが、二人共にことこの事に関しては学習が役立たなくなるのが常であった。 「昼までには乾くから心配すんな。着る物なんか代わりにあったかな…?」 坂田は首を傾げて考えてみせるポーズを取っているが、こんな殆ど家財などない狭い家の事だ、改めて考える迄もなく答えなぞとうに己で知れているのだろう。つまりは、着替えなど無いと言う事だ。 土方は諦めを落胆として表現する事はせず、身を預けた壁に完全に寄り掛かった。そんな土方の態度から居座るのを決め込んだ事を察すると、坂田はやれやれと言った仕草をしながらも再びフライパンの方を向いた。 何度か転がして、焼けた卵をキッチンペーパーを使って形を整えると皿に移して包丁を入れる。それから湯を沸かしていた鍋に豆腐を掌の上で切って放り込んで味噌を溶く。 卵の香ばしい匂いと味噌汁の温かな匂いとに土方の空腹感が刺激される。腹が減っているのとまた微睡みに戻りたいのと半々の心地で目を細めていると、やがて煮えた味噌汁の鍋の火を止めた坂田がこちらを振り返った。何やら溜息をひとつ吐き出すと、空いていた数歩の距離を詰めて土方の体を引き寄せて来る。 動きに逆らわずその肩口に顎を乗せて凭れると、坂田は布団越しに土方の体を抱き締めて、裾に伸ばした手で殆ど剥き出しになっていた太股を指先でなぞり上げた。 「体冷えてんな」 「服着てねェんだ、仕方無ェだろ」 僅か逸らした矛先に坂田は微笑すると、至近にある土方の耳元や項へと唇を落としながら、腿に置いた手を腰まで這わせて行く。 つい今さっきまでフライパンだの菜箸だのを持っていた手が、今は全然関係の無い己の膚上にある事がなんだか不思議に思えて、土方は坂田の手が腰を辿って臀部へゆっくりと、何かの生き物の様な動きで近付いて来るのを黙って待っていた。 「朝飯は」 「後で温め直す」 苦し紛れの問いに返る声は、もうすっかりその気になった坂田のそれだった。それを容認している時点で己も同じか、と不承不承に認めながら、土方は呆れた様な息を吐く事で高まる熱を誤魔化す。 尻肉の狭間に辿り着いた指先は、暫くの間悪戯な動きで窄まった蕾を撫でて押していたかと思えば、やがて力を込めて押し入ろうとする。昨晩散々に使われた括約筋は土方が必死に意識して弛めようと思うまでもなく、不埒な指の侵入を受け入れ引き込んだ。 「あ、」 指が奥へと入り込めば、立っているから腹圧で少し苦しい。それ以上の侵入を拒む様に力が入って指を締め付ければ、その圧迫と感触とをまざまざと感じる事になって、土方は思わず熱くなった吐息を逃がす様に湿った声で喘いだ。 「…全く、目に毒だっての。朝っぱらからお誘いですかコノヤロー」 「そっ、…て、ねェ」 言い返す言葉に効力など無いだろうが、別に嘘はついていないからむきにはならない。自らの括約筋の収縮が体内に入り込んだ指を懸命に食んでいるのも雄弁だと他人事の様に思いながら、土方は苦悶とも快感とも取れぬ小さな声を断続的に漏らした。 「中、まだ柔らけェのな」 耳元や首元で遊んでいた坂田の唇が同じ様な熱い吐息と共にそう囁きを吹き込んで来て、土方は頬を熱くしながらも、足を少し開いて指の動きを助けた。 「っ、たり前だ、…てめ、昨日どんだけ、ヤッたと、」 「だな。何もしてねェのにぐちゃぐちゃに濡れてら」 「ンな、の、ってめぇ、の所為、ッん!」 からかう様な言葉と同時に入り込んで来た二本目の指に思わず身が竦んで、土方は坂田の肩口に額を埋めて両手で背に縋り付いた。放った言葉を知らしめる様に、二本の指が派手に動いて小さな湿った音を立て始めるのに羞恥を──同時に興奮を──煽られて、土方は目を瞑って喉奥で喘ぐ。 「俺が誕生日プレゼントに散々種付けしてやったの、全部こぼさねェでちゃんと呑んでくれたのな」 かわいい、と、態と羞恥を煽る様な言葉を選んで口にする坂田の舌を引っこ抜いてやりたい衝動に駆られながらも、土方は後孔を音を立てて犯している指たちの感触に体がぐずぐずに融けない様にするので精一杯だった。突き上げる様な指の動きに自然と片足だけが爪先立ちになり、足と足との間をどんどん開いて、もっと、と腰が強請る様に揺れ出す。 ぶるぶると震える土方の足を見て、坂田は土方の腰を抱えていた手を離すとその足を折って持ち上げた。壁を背に、片足で立たされる不安定な姿勢に、土方は坂田の背に必死で縋り付いて留まる。 「ぎん、っと、き…!」 片足を曲げて大きく開かれた余りに明け透けな体勢に、土方の頭に思いきり血が昇る。密着している為に顔は見えないが、坂田の興奮した息遣いがそれに対する返事の様に聞こえて来るのだけは解った。 坂田にしがみついている土方からは伺えないし、そんな土方の耳後ろで荒く息を吐いている坂田からも伺えはしない。ただ、大きく開かれた脚の間で、二本の指だけが奔放に暴れ回っている。 互いに見えない所で、羽織った布団にも隠れる事の出来ない所で、拡げられた己の後孔を坂田の指が拓いていると言うのは何だか酷く身も蓋もない有り様の様に思えて、無駄と思いながらも土方は目を硬く瞑る事にした。 「──ッあぁ!」 やがて鉤型に上を向いた指が腹側のしこりを押し上げ、途端に走った鮮烈な感覚に、堪えきれず土方は喉を逸らして声を上げた。地面に残されている片足ががくがくと震えて限界を訴えるが、指の動きは止まらず土方のそこを攻めたてて行く。その都度小刻みに喘ぎながら、土方は坂田の髪や背を引っ掻いた。その攻撃を止めて欲しくて。或いはもっと強く続けて欲しくて。 ぎんとき、と何度も訴える様に呼べば、坂田はやがて土方の背を壁に滑らせながらゆっくりと床に膝をついた。身を起こす様な動きに逆らわず背に回した手の力を緩めれば、殆ど床に背を預けた恰好になっている己の足の間に収まって、覆い被さる様にこちらを見下ろしている坂田の顔に出会う。 「っん、んん!」 途端、無駄な力が抜けてスムーズな動きになった指に再び前立腺を擦られて、土方ははしたなく開かれた足先で空を蹴った。坂田が何か満足する様に笑うのが気配だけで解って、ちくしょう、と定まらない視界でその姿を睨みつける。 「こっちは充分温め直せたか?」 言う言葉が己の体と食事との対比だと気付いて、土方は「助平親父か」と小さく悪態を投げた。坂田は勿論動じる様な事もなく、にやにやと意地悪く笑いながら後孔に差し入れた侭の指を緩く動かし続けている。時にもどかしく、時に腰が浮く程強烈に。 全く、朝早くからこんな台所の床で何をやっているのだろうとは思う。そしてこれもまたどうせ、後から悔いる類になるのだろうとも何処かで解っている。土方はきっと背中と首とが酷く痛む羽目になるだろうし、坂田は膝と手首や肩が痛くなる。羽織っていた布団がまるで敷き布団の様になってはいるが、この薄さでは殆ど緩衝材にもならないのは明かだ。 それでも、解っていても、そんな理性でこの行為を止めたくないと思っているのが愚かだと思えた。たかだか、不毛で無駄で快楽だけを伴う行為ひとつの事ぐらいに、何故そんなにも箍を易々外し夢中になって仕舞うのだろうか。 「入れても、い?」 熱を孕んだ息遣いの下で強請る様にそう問われ、土方は訊くなと呻いて頷いた。理性なんて残っていても最早始まって仕舞った行為を止める役には立たないのだからと、意地を捨てるに躊躇いは無い。 坂田は素直な土方の態度に小さく笑うと、着衣の前を寛げて既に芯をしっかりと通した性器を取り出した。数回扱いて全体を軽く濡らすと、それを土方の後孔に当てて焦らす様に固い感触を擦りつけてくる。 ほぐしはしたが潤滑剤の類は使っていない。その事は土方を不安にはさせるのだが、それよりも期待の方が勝っていた。どうせ外れた箍は後からそうと自覚するまで戻らないのだ。ならば欲の赴く侭にしていた方が余程楽だ。 「っ…、焦らして、んじゃ、」 「どうせなら、エロい言葉とか言って銀さんをその気にしてくれっと嬉しいんだけど」 「、馬鹿、か」 後で殴ろう、と、いつも結局履行はされない事を思って目を逸らせば、坂田は「ちぇ」と態とらしく残念そうな呟きをひとつ残して、土方の片足を担ぎ上げた。仰向けた体が若干横に傾き、先頃立っていた時の様な、全てが明け透けに晒された姿勢を取らされている事に気付く。 先程は互いに顔も姿も見えない状態だったが、今はそうではない。坂田の視線が、宛がった性器とそれを受け入れようとしている後孔に向けられるのを感じて土方は咄嗟に顔を床に向けて伏せた。 ぐ、と拡げられる感触に息を吐くと、間もなく坂田の怒張した性器が括約筋を押し退け入り込んで来る。土方は止まりそうになる息を無理に吐き続けて本能的な抵抗に堪えた。 「あー…、すげ。もう出来上がってんのな」 ずぶずぶと尖端を呑み込ませた所で、思わずと言った感の呟きをこぼすと坂田は自らの腰をぐいと突き出した。 「っ!」 当然その先にあるのは壁に挟まれた土方の体なので、性器は押し出された勢いでまるで重い杭か何かの様にそこに突き入れられる。 「…ぁ、あ、あ…、」 わなわなと体が震え、土方は閉じられない唇から唾液をこぼしながら、自らの後孔を隙間無くみっちりと満たした質量と熱とに感じ入った。痛みは慣らされきった今では殆ど無く、寧ろ全てを晒す事を赦された男に犯されていると言う事実に精神が陥落して仕舞っている。 理性も、箍も外して得たセックスは、本来の用途であるそれよりも単なる充足感と快楽とを追う役割の方が大きい。そうでなければ坂田も土方もここまで溺れはしなかっただろう。ここまで互いに感じ入ったりはしなかっただろう。 「土方、動くな?」 身を屈め、耳元に唇を落としながら囁いてくる坂田に、土方はこくこくと頷きながら目を瞑った。 「〜…ッ!!」 ずるずると後孔から抜け出る性器に思わず括約筋に力が籠もり、その事で内壁と孔とを擦って行く坂田の怒張を感じ取ってぞくぞくする様な性感が土方の背筋を走った。その感覚に背筋を粟立たせる暇もなく、再び熱い楔が土方の腹を思いきり突き上げる。感じ易い孔の口から腹の底まで、余すことなく通って、入り込んで来る。 「っあー!あ、あッ、あんっ、ん、、」 意識の感じている快感を訴える役にしか立たない母音の羅列をただただ吐き出しながら、土方は一時の快楽に我を忘れた。まぐわう体の与えてくれる悦さと、焦がれた男の存在とに己の全てを晒け出して、湿った音と肉のぶつかる音とを立てているそこに意識の全てを明け渡す。 腹の上ではしたなく揺れる自らの性器がぼたぼたと粗相をする様に精液を溢して絶頂しているのに、この男との交わり以外では到底得られない充足を得ている事を実感して、土方は脳髄を溶かす快楽に痴呆の様な悲鳴を上げ続けた。 「ひじかた、ひじかた…!」 はぁはぁと息を荒らげ汗を滴らせながら腰を振る坂田の目にそんな己の姿がどう映っているのかなど、今更考えるまでも無い。互いにこの瞬間はただ快楽を追うだけの動物の雄でしかなく、そしてそんな理性の欠片も無い原始的な有り様を晒しあって求め合う事こそが、この行為で得る快楽などよりも真に必要な悦楽だった。 過ぎた快感に翻弄される土方の体内に、坂田は一際深く身を沈めて息を詰めた。歯を食いしばって息を吐く、苦しさと解放感の篭もったその表情を見上げながら、土方は再度の絶頂感に背を反らせて全身を戦慄かせた。 混じり合う荒い吐息が長く尾を引いて、そうしてやがて収まる頃、坂田は全身で溜息に似た息をつきながら、放出を終えて萎えた性器を土方の後孔からゆっくりと抜き出した。まだ脱力感と倦怠感から逃れる事の出来ない土方は、坂田の抜け出たそこが喪失した熱と質量とを求める様に柔く蠢動しているのを感じて、収まらない熱を孕んだ溜息を吐いた。 「朝一番の誕生日プレゼント、旨かった?」 呼吸を整えようと苦心している土方の、未だ晒された侭の後孔をにやにやと見ながら言われて、土方の表情は複雑に歪む。ドSの男はいちいち親父臭い言葉攻めて土方の羞恥を煽って来るので、思考のまだ定まっていない無防備な時は堪ったものではない。 「……そこそこな」 つか腹減った、と気まずさ隠しに早口で告げれば、坂田ははいはいと頷いて居住まいを正すと立ち上がった。 味噌汁の鍋に再び火を入れるその後ろ姿を見上げて、土方は脱力しきっていた手足をなんとか引き戻して座り直した。後孔からこぼれた坂田の精液が床に染みを作っていっている事には気付いたが、動くのも未だ億劫なので無視を決め込む。どうせ坂田の家なのだ。掃除に困るのも坂田だ。 上がった体温が熱くて、羽織っていた布団を横に除ければ残るのは一糸纏わぬ我が身しかなく、その事には今更ながら羞恥を憶えた。 怠さも後始末の面倒さもこの億劫な心地も、やはり後悔に類するものなのだろうとは思うが、それでも結局『これ』を互いに止めようと言い出す事は無いしそんな気も無い。邪魔な理性をいちいちかなぐり捨てて、必死で腰を振って喘ぐだけのセックスにただただ興じる。爛れている上に怠惰極まりない所業だ。 だが、それでも良い。それが良いのだ。愛だとか恋だとか面倒な話は省いて、体を不毛に交わらせる行為だけで。嫉妬も心配も要らない、互いを獣に貶めてまで得た確信さえあれば、それで。 「立てるか?」 「……何とかな」 差し出された手を素直に取って、ふらふらと壁に寄り掛かりながら立ち上がる土方に、坂田は床から拾い上げた布団を無理矢理に被せた。 「熱ィ」 「また収まりつかなくなりそうだから我慢しろって」 文句を言えば唇を尖らせて返される。土方はそんな坂田の言い種に笑いながら、促される侭寝室へと戻された。 布団に土方を座らせると一旦台所へ取って返して、再び戻って来た坂田の手には朝食の載った盆があった。そうして土方が黙って見ている内に、坂田は畳の上に直接盆を置いて朝食の体裁を整えて仕舞う。 布団端の向かいに座った所で坂田は土方が未だ、裸身に布団一枚を引っかけただけの姿であった事を思い出したのか、やや目を游がせながらも茶碗と箸とを手渡してくる。 結局は理性を捨てて何も考えずまぐわった後悔と共に出たのだろうそんな対処に、お互いどうしようもないものだと密かに思う。 情熱も無く慕情も無く、ただ解り易い欲と打算とで結びついた関係の──筈だった。それだと言うのに、時折互いを見詰める目の中に何か別のものを見出そうとしている。誕生日などと言う理由など無くとも、長期に渡る餓えの後であればこうして同じ様に激しく交わり合っていた事など明らかだと知れていたからこそ。 その正体を探るも知るも、聞き出すも、名付けるも、出来ないし、したくはない。だからこうして、殊更に明け透けに欲をお互いに晒け出して、快楽をただ貪ると言うひとつの目的に専心するのだ。 味噌汁を啜る坂田の視線に、常には無い熱が灯り始めているのに気付いていながら気付かぬ素振りで、土方はマヨネーズを掛けた卵焼きを味わう。その唇や舌で、喉の動きで、欲情を煽って互いを誘いながら。 恐らくはこの食事を終えたら、また坂田は雄の欲を以て土方を組み敷くだろう。洗濯機の中の着物は干さなければ乾かない。その事に気付くまで今度はどれだけかかるのか。そしてどうせ後悔をするのだ。決まり切った儀式か何かの様に。 それでも已める気はないのだと思い知って、それでお仕舞い。懊悩も無い、単純な関係性についての考察などそんなもので充分だ。 解り易く通し易い悦楽だからこそ、底なし沼の様に溺れて誤魔化す。理性など要らない程に、求め合って重ね合う、打算から生じた筈のこの感情を、関係を今は何と言えば良いのだろうか。何と言って欲しいのだろうか。 棄てた理性を言い訳にして、答えは今日も、出ない。 打算ありきじゃないと駄目だと言う土方牙城を崩す気は取り敢えず無い坂田副長。 ただ口を噤む事が言葉になるなどとは思いもせず。 |