"ぼくらは互いに愛しあわねばならぬ
 さもなければ死だ"
    ──W.E.オーデン



  人が人になるまでにたった一万三千年 / 1



 それが恋情であったのかと問われれば、恐らくは否と答えられた。
 だが、それが執着であったのかと問われたのであれば、到底否やとは答えられなかっただろう。
 それは余りに明確な、熱を孕んだ情であった。
 ただ、その感情に特別名前を付けて分類したいとは思わなかった。
 片恋と認定したくなど無かったし、況して昇華もしたくはない。
 どうでもよかった。が、其処にあれば良かったのだと思う。日常の出来事の一つの様に、ただ其処にぽつりと置かれているだけのものであれば、それで。
 到底友達とも言えない。喧嘩をして、小馬鹿にして、殴られて、殴り返して、笑って。
 相手の生き様を尊重して魂を信頼出来る。
 手を伸ばせば届く位置で、互いに相容れぬ途を生きている。
 それだけで良かった。
 
 良かった──と。思っていた。
 
 
 
 
 
 
 それで、良かったのに。
 
 
 その侭で置いておくのは、我慢がならないと。
 そんな事に、気付かなければ、良かったのに。



 どうして人は人を殺すのだ?
 どうして人は人を愛すのか?

 一万と三千年の進化の過程で、人は何故そんなものを得て仕舞ったのだろうか。

 浮かんだ哲学的で無意味な問いに思わず嗤う。答えなぞ明瞭過ぎて思わず嗤う。


 愛しているから。愛したいから。
 それは骨の髄まで染みついた罪業。
 普遍的な愛の名前だけでは我慢がならないから、自分ひとりだけが愛される事を熱望するのだ。

 欲しいから。愛したいから。だから愛する。ただ、それだけの事。





"We must love one another or die"
(W.H.Auden / September 1, 1939)

※私たちは互いに愛し合わねばならない、と言う言い切りの訳の方が相応しいのかなとは思ったんですが。
オーデンの詩の中でも、特に愛についてのものをマイノリティな性愛者の気持ちで読むと、何とも言えない心地になります。

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