人が人になるまでにたった一万三千年 その男には恨みはなかったし面識も無かったけれど、出会い頭に一発殴って暗がりに引き込んで、動かなくなるまで痛めつけた。 悪いとは思ったが、これも手順の一つだから仕方がないと言い聞かせた。そう。仕方がない。 土方が見知らぬ男に連れられ、贋物の駕籠(タクシー)に乗せられて行くのを確認してから、顔面を盛大に腫らして気絶している、情報屋だと言う男を、人目につく様に打ち捨てておく。息がまだあって良かった。 それから深夜の内に埠頭に向かい、『仕事』を終えた男達を襲撃した。一人は喋れる程度にして、映像の他に記録の類を残していないかをしっかりと聞き出してから分かれさせた。首と胴体とを、なんて事はしない。魂と肉体とは分かれて仕舞ったかも知れないが。 そんな思いつきを、我が事ながら下らない冗談だとは思いつつも家に戻り、記録映像を収めたメモリを中古のレコーダーを使ってDVDに焼いてから粉々に踏み潰す。DVDは取り敢えず机の抽斗に放り込んでおいた。 まだいつもの起床時間には大分早かったが、DVDを再生してみる訳にもいかない。碌に眠る気にもなれなかったが床について、それから、今後の事を思って少し浮かれた心地で笑った。 朝のニュースを観て、ここまでは段取り通りだと思ったのに。肝心の土方は病院に篭もりきりなのか、姿を見かける事もなく。流石に少々心配になった所で、沖田が『依頼』を持って万事屋に来た。偶然と言うか渡りに舟と言うか。聡い沖田の事だから、ひょっとしたらバレたのかとも危ぶんだが、どうやらそれは無かったらしい。 第三者から聞かされる『事件』は腑が煮えくりかえりそうなぐらいに腹立たしかったが、土方が屯所に篭もっていると言う現状も聞けたし、これで気兼ねなく関われると思った。 弱った土方の姿を実際目の当たりにした時。想像以上の『成果』が、土方の勁さを容赦なく打ち据えていた事を知って、酷く歓喜した。可哀想だ、と思う反面で、やり遂げたのだ、と確信して。 俺が、護ってやらないと。 ……そう、思った。 恐らくは、最初にこの考えを思いついた時より、もっとずっと強く。 馬が馬になるまでに一千三百万年。鮫が鮫になるまで一億と五千万年。愛も殺意も持たない、それはただの進化の時間。 人が人になるまでの進化にはたったの一万と三千年。 そして。人が人である最も単純な証でもある、愛と殺意とは、僅か三十年足らずの生で形成されて仕舞うのだ。 * それが恋情であったのかと己に問えば、そうかも知れないと思った。 執着し欲する事に気付けば、そこには性的な熱を孕む情だけが残る。余りにも簡単な解答。 その恋情にそれ以上の名前と意味を与えて仕舞ったから、執着は引く事を知らなくなった。 あれは、強い存在に無意識に惹かれ隷従しようとする人間だ。絶対的な他者に支配される事に安堵する事の出来る人間だ。 恐らくそれは、戻らぬ義兄や、見も知らぬ父と言う存在への憧れから無意識に構築された意識。強い存在、年上の存在、包容力。そう言ったものに対して、土方は理想や尊崇を抱いている。 そして、一度己がそれに屈服する愉悦を知れば、それに己を全て折ってでも尽くし続ける。そんな、生まれついての不自由さの中で生きる人間なのだ。 瑕ついて猶、その傾向は強くなった──否、瑕疵を得て始めてそれが良い様に作用した、と言うべきか。 だから、その支配者になってやろうと思った。 癒したりはせず、その侭にしておいて、労って大事にしてやりたい。 真選組に対して彼がしている様に、己に屈服し隷従して己を折って行く土方を、大事に瑕を撫でながら貶めて仕舞いたい。 あの矜持高い侍はそんな事を絶対に他者には許さないだろうから。 己を支配する命令権者にしかそれを許さないだろうから。 他者に隷従する事に気付けば、彼はそれを屈辱と取るだろう。だが、逆にそこでだけなら真選組と言う世界から解放される事を知れば、後ろ暗い歓びを得る事が出来る。 坂田銀時と言う一人の人間に執着され支配される事を、愉悦と感じる様になる。 剥き出しの心を無遠慮に踏みにじって犯して良い権利。 抱き締めて愛情を示してやるだけで、土方はあっさりと陥落する。 そうしたら護ってやろう。ずっと。ずっと。愛して、護ってやろう。ずっと。 瑕を負った事でこうなったのだ、と気付くまで。気付いて受け入れて、自ら瑕を抉り深めて、膝を折るまで。 ああでも、どうせなら。 (瑕なんて負わせる前に、俺を見てくれればよかったのに) またしても一方通行バッドエンドな開き直りの神様。ここまでお読み下さりありがとうございましたつーかごめんなさい。 ……と言う訳でお題は真性歪み銀さんでした。悪気はないのに悪意はある。認識の噛み合わない害意は怖いよね、と言う。 ← : ↑ * * * 一応、な蛇足。 説明と言うより言い訳と言うか…、うん。どうでも良い方は黙って回れ右推奨。 この銀さんは独善的にイカレてますが、自分でその歪み方を理解しているので、それを受け入れられる(と思った)土方の前にそのイカレっぷりを平然と晒してるだけです。他の人の前ではいつもの銀さんです。 ものすごーくぶっちゃけると、DV夫となんだかんだそれに逆らえない妻みたいな感じです。 土方がMぽかったと言うより、「つよいものにはかてない」のはうちの土方的には性質は平常営業です。……でも凹ませすぎました。 土方は愛情と言うものに懐疑的で、銀さんの愛情は独善的。強引に押しつけるしかないかなー、と言うひどいはなし。 まあどっちもどこか捻子が外れてるって事で。 ▲ |