ハコの中の空 / 1



 酒は心を軽くして口の滑りを良くする、なんて話あるだろ?
 実際その通りだからね。口が滑るって言うより、アルコールで脳の判断力が低下して云々、まぁ兎に角酒を、へべれけになるまで飲んだらそりゃ失言の一つぐらいするよ。
 言っちまった時点で、あ、しまったなぁ、って気付きはしたけどさ、それすらもどうでも良くなってる訳よ。
 つまりその日の俺は結構に酔っていた。
 久々に、奢りなんて言われたから、つい調子に乗って飲みつけねぇような銘柄を選んで、勧められる侭に杯を重ねて、そりゃもう酔っていた訳だ。酔い潰れる寸前ぐらいまで行った訳だよ。
 な?失言の一つぐらい出るだろ?仕方ないよ。摂取し過ぎたアルコールで浮かれた脳ミソも同じ事を言ったさ。
 そうしたら、意外と相手が、聞き上手って言うの?茶々も入れず混ぜっ返しもせず、酔っぱらいの戯言みてーになった、独り言良いところの話だってのに、邪魔にならねぇ程度に適度に相槌なんか挟んでくれてさ、話してる方も段々と興が乗って来ちまって。
 まぁ、口を滑らせるって言ってもさ?別にそんな大層な秘密抱えて生きてる訳でもねぇし、銀行口座の暗証番号なんてそもそも新八が管理してるから知らねぇし。
 幾ら銀さんが人気者って言っても、文で春な雑誌が喜ぶ様なネタもねぇし。
 確かにプライベートな愚痴めいた事はこぼしたよ?でも、殆ど愚痴みてぇなもんだからね?
 いい歳こいたオッさんの拗らせた恋バナなんて、酒の肴にも、真摯に話聞いてくれるようなもんにもならねェだろって思って。
 好きな奴がいるんだけど、仲が悪いやつなんだよねとかさ。
 なんだかんだ本当に嫌い合ってる感じじゃなさそうなんだとかさ。
 無駄だろうから想いはずっと仕舞っておくつもりでいるとかさ。
 酔いきった脳ミソでも、(多分)ダイレクトに「誰」って解る様な言い方は流石に(多分)避けて、(多分)何となくぼかしながら話しちゃった訳だよ。
 したら、思いの外に真剣にそれを聞いてくれてさ。楽しくもない話だってのに、真剣な面されちまってよ。
 いやぁ、思わず「どう思う?」って訊きたくなるのを堪えるのに必死だったよ銀さんは。
 堪えた分、積もった想いの吐き出した量を手前ェで知っちまって、そこにはちょっとうんざりするもんがあったけど、同時に、俺はそれだけお前の事が好きだったんだなとか、吐き出せど吐き出せど過ぎる横顔に向けて恥ずかしい納得とかしちまったよ。
 
 ……まぁ、何だ。
 つまりはさ。
 酒は飲んでも飲まれるなって、そんな格言通りだったなぁって話だよ。
 寒い玄関で朝を迎えた時、酷い頭痛と吐き気の中で思考は億劫だったけど、それでもはっきりとそう思ったね。
 たださ。
 ぼんやり思い返して見ても、顔から火噴きそうなぐらい恥ずかしい以外の何でもない様な話だけどさ。
 別に、その後周囲で何か変わった事も無かったし。あぁ、これは酔っぱらいの戯言だなって聞き流されてくれたんだなって思ってよ。
 
 …って訳で、酔っぱらいの間抜けなお話はここまでだ。
 明日別に何かある訳でもねぇけど、ビールなんて風呂上がりに飲んでねぇで、もう寝ちまおう。
 
 *
 
 ぱたん、と冷蔵庫を閉じて、銀時は生あくびをした。睡眠は足りている筈なのだが、今日はやけに眠い気がする。
 眠気覚ましを兼ねた風呂から上がって、寒さに体が冷える前に一杯やろうかと、そんな事を思って缶ビールを手に取ったのだが、余計な事を色々と思いだした所為で気も何だか削がれて仕舞った。
 髪はまだ生乾きだったが、何だかドライヤーをかけるのも億劫だ。思って二度目のあくびをして、銀時は後頭部を掻いた。歯ブラシを手にとって歯を磨き始める。
 神楽はとっくに眠っているし、定春も同じくだ。静かな夜と言う程でもない、いつもの夜である。TVの深夜放送のB級映画を適当に笑いながら見ていたら、いつの間にかうたた寝をして仕舞った所為で、時間の感覚がどうにもおかしな気がまだしている。
 歯ブラシを咥えた侭で、点けっぱなしだったTVを消す。卓の上の湯飲みを片付けてから口を濯いで。眠る準備はこれで整った。
 「……寝よ」
 あふ、と、三度目のあくびに銀時は目を擦って寝室へと入る。
 独り寝が寂しいなんて最早思わなくなって久しい。恋煩う相手が出来ても、取り敢えずそちらの事を考えた事も無い。考えない様にしているだけなのかも知れないが。
 冬の布団は少し冷えるが、じきに自分の体温で温まる。
 少しひやりとする爪先を軽く擦り合わせて、銀時は目を閉じた。





今回も結局三十路野郎のもだもだ。…?

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