五棺桶島 目を通し終えた報告書をまとめて、幾度か読み返して問題の無い事を確認してからファイリングして傍らに積む。そうして残りの書類をぱらぱらと捲ってあと僅かしか残りの無い事を確認すると、土方はそこで一旦休憩を挟む事にした。このペースなら昼前には終わるだろう。 まだ念の為にと包帯で固められた左腕は吊られているので、右腕を伸ばして煙草を掴むと一本を吸って大きく息を吐いた。矢張りこれがあるのと無いのとでは苛立ち係数が大分変わる。 それでも、慣れた地である江戸に戻って来て、仲間が居ると思えば随分と気が楽だ。現金なものだとは思うが、あれだけ連日気鬱に物事を考えていたのが嘘の様に頭も気分もすっきりとしている。そんな事実をして、所詮己は真選組としてしか生きられないのだろうと思えば、子供じみたそんな考えに苦笑は浮かぶが否定は出て来ない。そう言う事なのだろう。 予後を案じられて普段よりは幾分少ない仕事の量だが、久々の机仕事はそれなりに骨が折れる。同じ疲れるなら矢張り身体を動かして疲れる方がマシだと思わずにいられないのが常だ。片腕が吊られてなければ稽古にでも励みたい所だが致し方ない。 事件の後、島には幕府直属の警察組織の手が入り詳細な調査が行われた。 社に残されていた端末虫や島民の亡骸の司法解剖に因って、端末虫は『本体』の死に連動し塩水の様な有機物として融けて仕舞う事が解った。土方も幾度か精密検査を受けさせられたが、放っておいても問題は無さそうだと判断された。ただ少し頭痛が続くのもあって、一応は経過見と言う事で一週間ばかり休みを取らされている。今ある仕事は山崎に命じて無理矢理用意させた様なものだ。 肝心の天人の──寄生生物の『本体』、ないしそれを宿して幾つかの惑星で犯罪行為を行っていた者(の抜け殻)を発見および生け捕りが叶わなかった事で、連合は幕府と警察組織とに紋切り型な抗議を寄越して来たが、指名手配犯の正体が予め寄生生物であった事実を薄々勘付きながらも報告しなかった不手際を逆に衝く事で、幾つかの密約──取引を交わす事に成功したらしい。 松平の思惑通り、い號離島特区に送り込まれた警察組織のエージェント(と島に偶然居合わせた民間人)たちは畑違いの任務に苦しんだものの、事態を極秘にスマートにではなくおおごとにして解決した。…と、言う名目もあって警察組織が大手を振って禁域とされた離島に介入する事が可能になったのである。 これに因って、当初い號離島特区を放置する決断を下し、以降それに倣って来た幾人かの幕僚が更迭。彼らが現政権の敵対派閥に属していた事は言うまでも無い。 ただ、島で起きた事件に対してはほぼ伏せられ事実を適度に歪曲した報道がされた。当初は連日ワイドショーを賑わせた事件も、僅か数日足らずで新しい話題に取って代わられ、関心は容易く失われた。 そして島の調査の最中、女性や子供の亡骸が一所に打ち棄てる様にして葬られていたのが発見された。彼女らは犠牲となった島民たち同様に丁重に荼毘に付された。今はせめて彼らの魂が安らかであれば良いのだが。 彼らの死は土方が任務につく以前の話だ。それを気に病むのは間違っている。だが、それを易々許した環境を作ったのが幕府の責任であるのは事実だ。自分たちが幕府の狗と呼ばれている事は重々承知だが、こう言う時にはその名が気鬱に感じられる。 とは言え運が悪ければ自分たちでさえ彼らと同じ目に遭っていたかも知れないと思えばこそ、命拾いしたのだろうと安堵と共に思う。 ふう、と吸い込んだヤニの代わりに煙を吐き出して、土方は煙草の先に溜まった灰を落とした。悼んだ所で、形ばかり同情してみた所で、常識的に嘆いてみた所で、一介の警察官に過ぎない土方に出来た事は無い。幕府と言う権力の下に居た以上は同じ穴の狢だ。 そうして淡々と、苛立ちや鬱屈を紛らわす煙草が口と灰皿との往復を繰り返す事暫し。 「よ」 と軽い挨拶の声と共に、何でも無い様な仕草で障子を開いて現れた侵入者へと土方は溜息を投げる事で応じた。ついこの間までであれば、この銀髪の万事屋稼業の男が屯所に勝手に踏み行って来る事自体考えもつかない事だったのだが、いざ目の当たりにすると驚きよりも寧ろ諦めとも呆れともつかぬ妙な感情しか出て来そうもない。 「……何の用だ」 仕事の程良いが快くは無い疲れと、吊った左腕が自由にならぬ事への倦怠とで思いの外に不機嫌そうな声が出たが、銀時は気にした風でも無く少し不器用そうな仕草で肩を竦めてみせた。入って来た縁側の障子を閉じるなり、畳の上に「どっこいせ」と気の抜けるかけ声と共に座り込む。 「や。別に大した用件じゃねーけど。いやあるけど。これ、」 言って、ごそごそと懐を探ると、そこから取りだした紙切れの様なものを土方の目前へと勢いよく突きつける。余りに近い距離に一瞬焦点が合わず、土方はやや上体を反らしながらその小さな紙切れにタイプされた文面を読み上げた。 「……○○温泉郷ホテル×××、一泊二日三食付き…、なんだ、今度は何の福引きで当てたんだ?」 土方が少し意地の悪い口調で言っても、銀時は緩く片方の口端を持ち上げてみせるのみ。 「ここ数日日雇いの労働に一生懸命励んだ成果だよ。銀さんだってやる時ァやるんですゥ」 言って彼はその、労働に励んだ成果とやらを再び懐に仕舞い直した。「つー訳だから」ごほん、と態とらしい咳払いを一つして灰皿へと落ち着いていた土方の手を取って言う。 「もうジミー経由でゴリラには療養の為の外泊許可取ったから」 不意打ちに等しいそんな言葉に、土方は一瞬呆気に取られた。てっきり、子供らに件の食べ放題旅行の失敗の補填でもする為の労働とその成果なのだと思っていたので、まさか話の矛先が自分へと回って来るとは思わず反応に困って眉を寄せる。 「勝手な事してんじゃ、」 「下のババアに聞いたよ?旅行に行くの教えてくれなかったって副長サンが拗ねてたってな」 「っす、拗ねてねェ!あのバーさん適当な事言いやがって…!」 あれこれ親切に教えてくれた裏で一体何をどう思われていたのだろうか、そんなに態度が外に出て仕舞っていたのだろうか、いやいや別に元から拗ねてなかったし、ただ暇だったから伝えに行ってみるかと気紛れに思ってそれが徒労に終わって草臥れていたかも知れないが、──と土方はまだ時折思い出した様にぶり返す頭痛の狭間で思考をぐるぐると巡らせて声を張り上げた。 まぁまぁと宥める様な銀時の仕草とにやにやとした笑みを前に、何だか酷く気恥ずかしくて堪らなくなり、土方はあからさまに舌を打って顔ごと目を逸らす。 「……拗ねてねェよ。……ただ、少し面白くねェとは思ったかも知れねェが」 「ああ。俺もどうせセフレだしとか思ってむきにはなってた。おめーに報告するだけして「ふーん。で?」とか言われたら凹むしィ?」 あっさりと臆面もなくそう言うと、銀時は握った侭でいた土方の手をくいと遠慮がちに引いた。誘われそちらへと視線をゆっくりと戻せば、そこには少しだけ気配を軟化させた、セックスフレンドかそれ以上の人の姿がある。 「やっすい近場の温泉だけど、その方がおめーも安心出来るだろうし、っつぅ事で、療養つーか旅行つーか、まあその、」 一緒に行かねェ?そう続けて緩く笑ってみせる男に向けて、土方はそっと溜息をついた。 想いひとつさえ交わせない癖に、ここまで育って仕舞った感情が──持て余すに、肉体的な衝動で誤魔化すに飽いた挙げ句に、何になるのだろうか。どうなるのだと言うのか。 少なくとも己は変わった。絶望的な中でも安堵をそこに見出して仕舞うぐらいには、変わった。銀時の存在は真選組の中でしか生きられない筈の鬼の裡に、少しだけそれとは異なる可能性を生じた。 距離は必要だ。弁えも。だがそれで閉じこもって抱えて鬱屈に舌を打つ事の無意味さは知った。 何になるとも、どうしたいとも知れない。ひとつだけ進んだ『それ』が土方の知る世界をこれからどう変容させるかも、未だに知れない。 隠し知らぬ振りを突き通して来たこの果てに何が生じたとも思わないが、少なくとも信じるに足りて余り過ぎた確信はある。信頼されて背中を任せられる心地よさは、真選組(ここ)でしか得られないと思っていたものの一つだ。そう言う意味では『それ』は──坂田銀時と言う男は、間違いなく土方にとっては尊ぶべき存在になっている。 「……そうだな。どうせ休みを取らされて暇な所だ」 じっと答えを待つ銀時の姿を見つめて、土方は煙草なぞ無くとも不思議と穏やかになった心地で忍び笑った。階下の大家が何と言ったかは知れないが、それを理由に──或いは切っ掛けに──旅行券など持って土方を訊ねて来た男の気持ちは何となく解る気がしたのだ。 『それ』が互いにそうなのだろうとも、解りきっている。故に一歩退いて見ていた。目と目を見つめた侭では見えないものがあると知っていたからこそ埋めなかった距離があった。思えば茶番の様にお互いにそれを無意識で強いていたのだろうが。 後で嘆いて棺に花を捧ぐより、想いを、それを伝えるべく言葉を交わした方が余程に楽だと今更の様に気付いた。それは距離にしてほんの僅か、一歩ずつ進むだけの進歩。一緒に旅行でも行かないかと口にしてみるだけの、小さな一歩。それに是と返すだけの、小さな勇気。 だが、そんな事さえどちらも決断出来なかった。そうさせずに今までずっと狡い言い訳を盾にしていた距離を埋めるべく、 「連れてけ」 言って土方は、握られた侭だった手を解いて握り返した。 夏はバカンスでホラーだよね!みたいな発想からB級ホラーみたいなノリでしたが結局愛は勝つみたいなD級ホラーオチ。ここまでお付き合い下さりましてありがとうございました。 ← : ↑ * * * 例に因って蛇足っぽい事とか言い訳とかそういうものが少々…。 どうでも良い方はその侭回れ右推奨。 …まあイメージ土台は三十棺桶は勿論、概ねがSI○ENでした。最終的にはゾンビ映画状態だけど…。 土方は真選組以外の変化を恐れるきらいが(真選組=近藤さんだけは変わらないと言う確信があるからこそ)あるんじゃないかと思われる所で、銀さんも聡くそれを汲んで仕舞ったので互いに近づき辛くなった感情が宙ぶらりんになって、でも都合良くセフレ状態になって抜けられなくなっていただけと言うお前ら仲良しか!的オチ。 宇宙生物や天人は大概の場合キューピッド。 五人分の空いた棺桶には何が詰まってたのでしょうか。 ▲ |