五棺桶島 / 7 「…ひょっとしてマヨラーアルか?何でお前がこんな所に居るネ?」 「いやそれ完全にこっちの台詞なんだけど?!」 動揺を更に揺する様な暢気な言葉に思わず泡を飛ばしてから、土方は地面に膝をついて穴の中を覗き見た。そこに佇んでいる想像通りの姿は、想像の全く埒外であるにも関わらず確かにそこに居た。 それは桃色の髪に青色の瞳、透ける様な白い肌をした、黙って立っていれば、未だ幼いが美少女と言えるだろう容姿をした夜兎の少女だ。 その少女が外見や年齢に違わぬ性格や言動の持ち主である所を正しく解している土方にとっては、ただの顔見知りの子供と言う程度の感想しか本来涌くものではないのだが──今回のこの状況下での予期せぬ再会は、土方を只管に困惑させ動揺させた。 「旅行に行ったとか、大家のバーさんには聞いたが…」 一旦辺りを見回し、人の動きの気配の無い事を再度確認した土方が、混乱の余りに叫びたくなる心地を堪えてそう問えば、神楽は「そうアルよ、銀ちゃんと新八と旅行に行く途中でこの島に流れ着いたネ」と頷いてみせた。 「……」 先頃名前を出された時点で既に予感はあったが、確信とも言って良い答えを投げられて土方は頭を抱えた。どうやら万事屋の飼い犬以外のご一行全員が、どう言う訳かこの厄介極まりない鎖国島に滞在中と言う事らしい。 「食べ放題の券を貰ったとか言ってたが、それがどうすりゃこうなるんだ?」 流れ着いたと言う事は、道中で漂流でもしたと言う事だろうか。仮に食べ放題券とやらの目的地がこの近海の有人島──海の幸で有名な島は実際近くにある──であったとして、それがどうなれば漂流事故なぞ起こしているのか。 神楽は決して頭が悪い訳では無いが、自己完結していく性格からか言葉が足りなくなる事が多い。その前提を経験で知る土方が出来るだけ簡潔に、辛抱強く訊くつもりでそう問えば。 「一番安い船のレンタルで行くって銀ちゃん言ってたアルよ。でも船が途中で迷子になって、銀ちゃん泳げないしでもう駄目かと思ったけどここの人たちに助けられたアル」 食べ放題じゃないけど食べ物はくれるしそう悪い連中でもないネ。そうけろりとした口調で答えて寄越す神楽。 それは島に新しい血を入れる為の常套手段なんだけどな、とは思ったが敢えて口には出さず、土方は取り敢えず抱えた侭だった頭から手を離した。 幸か不幸か万事屋一行は常から携帯電話などの文明の利器を所持してはおらず、恰好も銀時の奇抜な装束を除けば殆ど前時代のものと言っても通じるものだ。それで然程に怪しまれずに島民に救助される運びとなったのだろうか。…なったのだろう。 お登勢が、旅費の一番安い方法を銀時らが探していた、とこぼしていた事を思い出してみれば、それこそ格安のボロ船をレンタルし、無免許で乗り回した挙げ句に漂流したと言うのも、頷きたくは決して無いが頷ける話だ。が、河川や湖程度ならまだしも、船舶免許と無線免許無しで沖に出ると言う無謀且つ規格外且つ法律違反な経緯には全く以て頷ける気などしない。 然しそれにしても何で、よりに因ってこんな厄介な状況下の厄介な島に。 混乱が鎮まってくれば段々と呆れや苛立ちと言ったものが涌いて来るのを感じて、土方は思考の整理をしようと腕を組んで軽く夜空を仰いだ。文明の無い夜空だからか、頭上の月も星も澄んで綺麗だ。思わず目を細める。 その侭現実逃避に逃げたくなる心地への欲求に抗うのには少しの努力を要した。 「…で、万事屋と眼鏡は何処だ」 口を開けば際限ない溜息が出そうだったが、土方は辛抱してなんとかそう問いを投げた。島の人間との子を成させる為に男女で別々に分けられると言うのはよくある話だが、神楽の話通りであれば恐らく銀時らも何処かこの付近に居る筈だ。夜闇の中で見て解ると思った訳では無いが何となく辺りを見回して仕舞う。 「銀ちゃんたちは家に居るアル。高い山の方にある家ヨ」 「連中もお前と同じで閉じ込められてるのか?」 「知らないネ。でも家に居るって言ってたアル」 土方は指の背で軽く格子を叩いた。竹の格子を土に填め込まれたそれは上に乗ったり掴んだぐらいではびくともしそうに無い程に頑丈で、更にはそこから地面までの距離も結構な高さがある。中から普通にジャンプした程度では届くまい。よしんば届いたとして、格子を壊すのは無理だろう。 土蔵の地下の、格子の下。見下ろしたそこは到底客人を持て成す様な部屋には見えそうもない。土蔵の入り口には頑丈そうな閂が掛けられ錠前が下ろされていた。そんな倉庫の一角の、明かに牢屋としか言い様の無さそうな空間だ。と、なると少なくとも神楽はここに閉じ込められていると言う事になる。本人がそれを自覚しているかどうかはさておいて。 そんな、人を閉じ込める格子の真下で神楽は土方の顔をいつもの風情で見上げながら。 「私、いけにえにされるらしいアルよ」 「──」 そんな暢気な表情の延長線の様にあっさりとそんな事を言われ、土方は疑問や反論を投げる前にただ絶句していた。いけにえ──生贄などと言う言葉の内容の割に発言主には悲壮さや緊張感と言ったものが大きく欠けていて、咄嗟に脳内の辞書が投げられた言葉の意味と結びつかなかったのだ。 だが少し考えればその意図する所は──推測でしかないが──知れる。珍しい容姿の少女はこの島の人間の最も忌避する天人かそれとも異人かとみなされ、島に不要或いは害悪を為す存在だとみなされでもしたのだろう。そうなると、消されるのは当然の流れだ。 「いけにえって何アルか?」 「あー…、いや、考えなくて良い」 無邪気を通り越した問いに脱力感を憶えながらもそう返すと、土方は膝の土を払って立ち上がった。 万事屋一行が旅行に出て日が浅かった為に未だ『処刑』の日取りを迎えてはいなかった事に安堵は憶える。島に流れ着くなり極刑とならなかったのはせめてもの救いか。…とは言え宇宙最強の種族の少女が易々殺されるとも思えなかったが。 だが、生贄などと物騒な事を言われては到底穏やかではいられない。神楽の口振りでは、生贄とされるのは己だけで、銀時と新八はどうやら他の家に居るらしい。と、なると先ずはこの生贄の運命が待ち受けているだろう少女の保護者二人を捜し出し話をする必要がある。 「俺は万事屋の方を訪ねてみる。良いか、島の人間には訊かれても俺の事は話すなよ。あと、危険でも訪れねェ限りは何もせず大人しくしてろよ」 取り敢えず生贄だの囚われの身だのと言う現実に神楽本人が大した危機感を感じていなさそうだったので、土方はそう言い含めておく事にした。隠密を未だ貫く心算に変わりは無いのだ、変な騒ぎを起こさせられるのは本意では無い。 神楽は、人差し指を唇の前に立てて言う土方を見上げて、何処か呆れた風な仕草で肩を竦めてみせた。 「銀ちゃんみたいな事言うアルな」 「………それなら猶更だ。大人しくしててくれ」 一応はそれを諾の返事と取って、土方は土蔵を一旦離れると再び辺りを見回した。神楽の言った保護者二名の居る家とやらを探してみる。 暗い中だが夜目は多少なら利く方だ。とは言え月や星と言った光源しか無い中で森と家屋とが正しく見分けられるかの自信は余りあるとは言い難い。 然し幸いにか、高い山の方──標高のある西山の事だろう──にある家は他の家屋とは少し離れた位置にあって、神楽の指した家と言うのは直ぐにそれの事なのだろうと知れた。 家に居るって言ってた、と神楽は言っていた。と言う事は少なからず銀時は閉じ込められている訳ではなく、村の中を多少なら歩き回れる身にある様だ。それも、神楽に「大人しくしていろ」と言う旨の注意を促して行った辺り、ただ黙って滞在していると言う訳では無いと言う事だろう。 (安い船が沈没して、転覆?漂流??何、馬鹿な事やってやがるんだアイツらは) 思わぬ遭遇と言う混乱から指針が一つに向かって落ち着けば、段々と怒りとも苛立ちともつかない不鮮明な感情が土方の裡からじわじわと涌き起こり始める。 こんな異常な離れ小島で、まるで常に起こり得る様な馬鹿馬鹿しい話が、こんなに思いも寄らぬ形で降って来たから。だから。 土方は己に罵声を浴びせずにはいられなかった。殴れたら殴りたいぐらいだ。状況を忘れて僅か弛んで仕舞ったこの情けの無い口端を思いきり。 こんな事ぐらいで──否、こんな状況に在って、場違いにも安堵などと言うものを憶えそうになった、緊張感が無く弱気になっていた己の事など、到底認めも許せも出来そうに無かった。 。 ← : → |