頬を薔薇色に染めて手掛けし恋の悲惨について考えよ / -



 「で、覚悟は決まったのか?」

 男が問う。
 くわえた煙草の煙が白い天井に向かって細く伸びている。禁煙だと以前注意した事もあったが、今となっては随分とこの煙たい香りにも慣れた。落ち着いたら自分で吸ってみようかなどと、無駄で酔狂な事を考えて仕舞うぐらいには。
 土方の返事が返らぬ事に焦れた風でも無く、男はじっと無言で佇んでいた。待っていてくれた。
 そうだ。今は己の考えた結論を述べなければならない。是か否かと言う一言で。その決定の理由がどんなものであれ、男は別段何を思うでも言うでも無いだろう。話せば親身に聞いてくれるだろうとは思うが。
 これを決めなければ、煙草を吸ってみたい、そんな些細な願望でさえ叶わない。今の侭では。決して。
 「………気になる、と言えば気にはなる。何が惜しいとも、余り感じられはしないけど…、」
 思い起こせば、痛みは無かったが恐怖はあった。あとは憐憫に似た何かと、純粋な疑問。
 彼は一体、何を思ってあの時──
 「…だから、」
 たのむ。そう小さく、己の下した結論を吐きこぼせば、男は自らの頭髪を軽く掻いて、それから酷く深い溜息をついた。
 それこそ憐れみの様なものだったのかも知れない。男が酷く冷淡でぶっきらぼうに見えて、その実存外に世話焼きで優しい事を土方は知っている。
 そう。それこそ、煙草の香りに馴染みを憶えて仕舞うぐらいの時間は共に過ごしたのだから。
 「解った」
 やがて短く言った男は、自らの懐をまさぐって、その掌に一粒の種を取り出してみせた。
 園芸など詳しくもない土方にはそれが何の種なのか、どう言う種なのかもさっぱり解らなかったが、黒い色をした小指の爪先ほどの大きさのその種は、今までの己の記憶から照合してみると、西瓜の種に似ている様に見えた。西瓜の種を二回りぐらい大きくして、少しふっくらとさせた様な感じだ。
 そう考えれば全然西瓜の種になぞ似ていない様な気もしたが──恐らく、何の種なのかと考える事自体がそもそも無駄なのだろう。何しろ、男の話の通りならば、これから起こる事は土方の今まで知って来た人生の知識とは大凡に掛け離れた、人智なぞ越えた出来事になる筈だからだ。
 「さっきも言ったが、俺に手伝えるのはこの種を植えてやる事までだ。後は──まァ、精々祈りな」
 「どの道、なる様にしかならない、んだろう?」
 「そう言うこった。……どうする。やっぱり止めておくか?」
 土方の言い種が不安そうにでも聞こえたのか、男は掌で黒い種をころりと転がして問いて来る。
 それこそ、今更、だ。
 覚悟を、と言われた時から──否、こうなって仕舞ったその瞬間から、きっとこれは決していた事なのだ。
 だから、土方はそっとかぶりを振った。
 それが投げ遣りな決断ではなく、意味を伴った覚悟の末の結論だと理解してくれたのか、男は「そうかィ」と頷くと小さく笑った。
 立ち上る紫煙が途切れる。男はいつの間にか煙草を消していた。
 
 「頼む」
 
 今一度、今度ははっきりとそう答えて、土方はそっと目を閉じた。
 彼に会う為に。
 この問いを口にする為に。
 この眠りから醒める為に。







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