盲愛のフランツ お前の作る飯は嫌いじゃない。 そう言われるのが嬉しかった。 繰り返し言われる度、照れくさい様なこそばゆい様な、正直持て余す類の感情が湧くのに、いつしか己はきっと満たされていたのだと思う。 「今日は鰈が安かったから、煮てみたんだけどよォ」 言いながら、食事を乗せた盆を卓の上に乗せる。茶碗飯に、豆腐と長ネギの味噌汁に、鰈の煮付けに、白菜の漬け物。シンプルで質素だが立派な食事だ。 栄養価云々と細かい事は考えてはいない。美味い、と言ってくれる方が大事だからだ。 「味付け、ちっと濃かったか?帰って温め直したらもっと濃くなっちまいそうだよな。神楽に文句言われちまいそうだわ」 笑って、卓の上に並べた二人分の食事の、片方を箸で突く。 市販品の味付けのタレは使っていない。自分で適当に醤油と味醂を調合したものだ。結構適当な配分で行うしいちいちメモなんぞ残さないから、毎回微妙に味が違うが、そこは愛嬌だ。 手作りしている、感があって寧ろ良いのではないかと自画自賛してみたら、その方が良いと同意された。 毎日に変化がある。 飽きが来ねぇ。 要約すればそんな事を、不器用な性分その侭にぽつぽつと告げられて──嬉しかった。 「最近神楽の奴がよ、生意気に飯の品評しやがんだよ。味が濃いだの水分が足りねぇだの。てめーは卵かけられご飯くらいしか作らねぇ癖にな?」 万事屋の食事当番で、今まで一番まともだったのは新八の担当の日だった。銀時の日もまともな食事は勿論作るが、生憎二日酔いや冷蔵庫の残量と言った事情にその出来が左右される事が多く、腕は悪くなかったとは自負しているが、存外丁寧な仕事をする新八と比べて大味気味だったのは確かである。 なお、神楽の日は論外とする。何故ならば、十割卵かけられご飯の日となるからだ。幾ら美味しくともアレは『料理』とは呼ばない。 だが、最近は銀時の作る料理のレパートリーも増え、大味で大雑把ながら、『美味い』内容が増えた。 それをして新八や神楽は、二日酔いに倒れてる事が少なくなったからだと笑った。 「………な。早く食わねぇと、冷めちまうだろ?」 二人には、依頼で賄いじみた事をやっていると伝えてある。 万事屋に銀時が不在になるのは、昼過ぎから夕方までの僅かの時間だけだ。今までもその時間帯は家でごろごろしているか、賭博事で遊びに出ているか、気まぐれに散歩しているか、ぐらいだった。仕事で動けない、なんて事は──自慢気に言える事ではないが──滅多にない。 だから、銀時の生活は今までと殆ど変わりはしない。 が。酒の量は減った。飲みにも暫く出ていない。それこそ、二日酔いにでもなって調理の気力を削がれるのは御免だと思ったからである。 否。 「………………食わねェの?」 もう、酔える事のない男を前にして、それは余りに配慮に欠けると思ったから、なのかも知れない。 言ったら、そんな事をてめーが気にする必要は無ぇだろ、と笑い飛ばされたとは思うが。 「……なぁ、」 縋る様な眼差しで、湯気を立てる料理の群れと、その向こうの姿を見つめる。 硝子に映る世界に精彩がないのと同じ様に。 ここに隔てられた硝子の向こうの世界に、何が存在しているのかも、知れない。 ただ、それだけが。空いたその距離だけが、酷くもどかしい。 「もう、美味ぇって笑ってくんねェの……?」 好きだ、とは言えず、嫌いじゃない、なんて遠回しな言い方で。それでも、銀時の作り与えた食事を食べてくれて、その時ばかりは何処か楽しそうに見えた。 それこそ、日々の変化とやらをその味蕾で感じてくれていたのだと思うと、嬉しくて、満たされた心地になれて── やりきれなかった。 「…………ひじかた、」 訴えかける、硝子の球の向こう側と。 手の中に残されている、小さな。名残。 その齟齬がきっと、残酷な現実を何よりも雄弁に突きつけて寄越した結果だったと言うのに。 この、満たされていた心は満たされ続ける事に惰弱にも慣れきって、もう後戻り出来る気がしない。 それは忘れて仕舞うには、余りに大き過ぎた。余りに綺麗に残り過ぎたのだから。 「土方」 ゆっくりと臆病に延べた手が、冽たい頬に届くまで、きっとあと数糎。 。 ↑ : → |