※劇場版完結編ネタです。 ========================= メルトローズ / 1 見つめる。罪の証を。何も護る事の叶わなかった己の敗北を。その結果を。 悔いる。己の勁さを。或いは弱さを。こうなるべくして在った世界への狂おしい程の愛おしさを。 希う。零への帰結を。忘却よりも無慈悲で死よりも優しく慈悲深い消滅を。 愛した人をも殺めた、この化け物にどうか憐れみを。何よりも惨い報いを。どうか。 そうでも無ければ余りにも──、 * 雷の音が空気を振動させて窓をびりびりと揺らした。じきに雨が降り始めるのだろう、空は夏の日暮れには似つかわしくない程に暗く黒く、濃い暗雲を湛えてじっと江戸の上空に居座って仕舞っている。 「 ア、」 低い遠雷の響きに紛れさせる様に喉を反らし声を上げれば、荒い呼吸音の向こうで銀時のふ、と笑う気配が返った。嘲笑や毒を含まない自然な、吐息に溶ける様な笑みからは雄弁な満足感や機嫌の良さが伺い知れる。 男の喘ぐ声や表情など見ても面白い事など無いだろうに、とは大分前に口にした言葉だったが、髪質同様にひねくれた精神性と酔狂な性情の男はきっぱりとそれに否を唱えて寄越した。 曰く、俺の手や行動でお前が気持ち良さそうにしてるのが堪らない、だそうで、それを聞いた時の土方の反応は気恥ずかしさや悔しさの様なものも含めて大凡否定的なものであった。 だがその後、いつも通りに声を上げさせられながらふと、何かの弾みで銀時の表情を見て、土方は彼のその言い分が強ち酔狂や物数奇から出たものでは無かったのだと知る事となった。 男の身体を抱いて、穿って、熱と快楽と優越に似たものを宿した瞳が。或いは形作った表情そのものが、土方の脳髄を今までに無い不可解な感覚で満たしたのだ。 獣か何かに似た酷く直接的で解り易い欲をぶつけて来る男に身の底まで喰らわれている様なそれは、何処か恐怖に似てさえいた。だが然し同時にそれは恐ろしい程の熱と快楽と優越とを土方の身に齎した。セックスで得る単純明快な性的快楽と異なったそれは、身を灼く程の充足感。 この獣を、この男を、ここまで求めさせているのが、絶世の美姫でも技巧に優れた商売女でも無い、誰あろう己であった事を知って、理解した瞬間に──土方は己の身が途方もなく満たされた心地になるのを憶えたのだった。 そしてその感情の名前が、恋情、執着、独占欲、安堵、様々に呼ばれるものを内包した『それ』が、愛おしさ、であると気付くのにそう時間は掛からなかった。 「ッ、あ…、んァっ」 後孔の縁をやわやわと焦らす様になぞっていた指先が侵入して来る気配に、身構えてはいたが思わず声がこぼれる。断続的に響く、地鳴りの様な雷の音の中に混じり始めた、肉と水気との立てる生々しい湿った音に頭を打ち振るって、縋る物を求めてシーツを爪先で引っ掻く。 「また固くなってんな」 また少し笑いながら寄越される、獣の呼吸音の中の声には隠しきれない喜悦が混じっている。そんな事にまで気付いて仕舞う自分が可笑しくて、体内を犯す指の動きに翻弄されながら土方も密かに笑う。 銀時の言うのが、互いに身体ごと擦りつけ合って解り易い快楽を生んでいる部位の事では無いのは解っている。そちらも勿論、お互いみっともない程に固く張り詰めて達するその時を待ち詫びているのは確かだったが。 やわやわと前後に蠢きながら銀時の指が攻略に掛かっている後孔。土方のそこは今まで幾度も銀時のものを受け止めて呑み込んでは来ていたが、夜毎日毎とまぐわえる程に土方の身は暇では無く、抱かれぬ日々が長く続くと、完全にでは無いだろうがまた固くその蕾を閉ざして仕舞うらしい。それをして、固い、と嬉しそうにいちいち言って寄越すのはどうかと思うが、土方の身に不貞や一人遊びの気配の無い事が銀時にとっては酷く愉しい事らしい。 指の一本でも異物の圧迫感を訴えて来る後孔を、指や舌でまた思う侭に拓かれながら土方は正直にその悦楽に浸って噎び泣いた。肉体が段々と、そこに雄をくわえて得る快楽を思い出してひくひくと震えるのを感じながらもどうする事も出来ない、圧倒的な熱量に望んで押し流されて行く。 「んぁっ…、ン、んっ、、あぁ…ッ、」 二本に増えた指がぐにぐにと、何か生き物の様な小刻みな動きでその根本まで入って来た。括約筋の抵抗を押し退ける指の動作が体内を割って、ぐちゃぐちゃと空気を巻き込んで派手な音を立てるのに、恥じらいと同時に興奮を煽られる。 己の肉体の一部である筈の器官が、然し己の全く預かり知らぬ侭に好き放題にされている事が信じられない。それに因って己の示す反応も、心の働きでさえ。何もかもがこの瞬間は遠い。 「っは…、も、、もう……ッ、」 内から押し上げ潰される快楽と引いては戻る感触とが背筋を粟立たせる。内臓に無遠慮に触れられる事に対する本能的な忌避感と抗い難い悦楽に思わず救いを求めて声を上げれば、寸時絡まった視線の先で銀時が歯を食いしばって獣の様な息を吐く姿を目の当たりにして仕舞い、土方の身は思わず竦む。肉食獣を前に草食動物が己を餌であると認識した時にも似た覚悟の様に、シーツの海で無様に藻掻いていた四肢は硬直して、反った喉がごくりと音を鳴らす。 喰われるのだ、と思った。 この絶対的な強者である獣に喰らい尽くされる。獣は獲物の血肉の立てる芳醇な生の、酒などより余程酩酊感を誘う生々しい香りに酔って、己が前に拓かれたその肉体を満足行くまで存分に喰らうだろう。その間獣の心も関心も食欲も情愛でさえも、全てを独り占めにする事が叶う。それは獲物に与えられた最期の悦楽。 後孔を弄り回していた指がずるりと抜かれ、続けて筋張った銀時の手が荒々しく土方の腰を鷲掴みにして引き寄せた。藻掻く様に宙を掻く脚を、剣胼胝の浮かぶ掌で宥める様に撫でて、寄せた唇に肉を吸われる。筋肉のしっかりと形作る脚は女のそれの様に華奢な質では無いから痕は然程に残らない。 「入れるぞ」 皮膚に寄せた侭銀時の唇が紡いだ了承を問う声に小さく顎を引いて諾を示す。ぐ、と腰から先だけを浮かせられて、身体を支える両肩と両肘とに力を込めながら見上げれば、舌なめずりをする獣の表情が見えた気がした。 だが今度はそんな様に充足や恐怖を憶える間も無く、指と言う質量の喪失に喘いでいた後孔に熱の塊が押しつけられた。拡げられ拓かれる圧迫感は苦しいと思うが、この後に得られる快楽と満足とを思えばやり過ごせない程では無い。随分と慣らされたものだと思えば苦笑さえ浮かぶ。 だがその時、 「── 、ッッ!」 掠れた悲鳴は音にはならなかった。馴染ませようと慣れようと、力を抜く事に努めていた土方の身体の動きを無視して銀時の性器が一息に押し込まれたのだ。内臓を押し込め圧迫する乱暴さに、その思いがけない痛苦に土方の眦から涙が散り、苦悶を上げようと開かれた口は呼吸を忘れてただただ戦慄いている。そこに倒れ込む様にして銀時の顔が寄せられたかと思えば、口唇を合わせて、舌を蠢かせて口接けられる。 土方が息苦しさに頭を振って口接けから逃れると、眼前にはすっかりと欲情しきった獣の、悦楽と嗜虐に浸った笑みがあった。 「〜…ッ、ッ、ばっ…、てめ、いきな、り…!」 「っ、オメーが何だか、一思いにやって欲しそうな面してたから」 結合した部位の齎す鈍い快楽に目を細めながらもそんな事を言って笑う銀時の背中を足で軽く蹴ってやれば、お返しだと言う様にすっかりと隙間無く繋がった互いの狭間で身体を揺らされて息を呑む。少し息を整えた土方がシーツを掴んでいた手を銀時の方へ伸ばすと、銀時もそれに応える様に上体を倒して来た。辛うじて肩に指が引っ掛かる。 再びの覚悟を待つ様に目を閉じれば、どくどくと熱く脈を打っているものが体内に楔の様に打ち込まれているのが生々しく感じられた。男であれば本来得る事も知る事も叶わなかっただろうこの感覚や体験を齎した関係そのものを土方は後悔してはいないし、銀時とてただの酔狂や暇潰しでこうしたかったのでは無い事ぐらいもう解っている。 子を成すのではない理に反した行動の意味は、恋情、執着、独占欲、安堵、そう言ったもので出来た互いの何よりの心の顕れでもあった。 銀時も土方も言葉には慎重で臆病で意地っ張りな節がある。だからこそ、愛しているだとか、恋しいだとか、好きだとか。そんな解り易い言葉で互いを理解し合う代わりに、獣の如き無条件で絶対の愛し方で互いを繋ぐ事を選んだのだ。 土方はそんな自分たちをして愚かだとは思う。互いの枠を越えてそうする事を選んだ銀時を酔狂だと矢張り思う。いっそ互いに知らぬ振りをし通せば、顔を突き合わせる度に不機嫌に表情を歪めて下らない口喧嘩に興じるだけの子供じみた関係で終わる事も出来ただろうに。 抱えるに堪えかねた感情を銀時は獣の欲情で示してみせて、土方は自らがその獲物である事に歓びを憶えて仕舞った。後悔は無いが、酷く即物的な行為で易々代替出来て仕舞った感情には複雑なものを感じずにいられない。己が酷く浅ましい生き物になって仕舞ったと感じられた喪失感の様なものは、疾うに失せて仕舞った今でも何処かに孔の様な空虚を晒して残っている。 よろずや、と小さく呼んで肩を掴んだ指先に力を込めれば、「ん、」と短く応えられ、腰をもう一度抱え直された。 重なり合っていた身体を繋いでいた部位がひととき引かれまた即座に押し込まれる。激しい動きと衝撃を打ち消す様に土方は声を上げて流される事を選んだ。溺れそうな行為の荒々しさに浸っては引き戻され、自らを掻き抱く獣の意の侭に呑み込まれて行く。 ぽかりと空いた空虚さには、目の眩む程の快楽を溶かして流し込む事で代わりにした。躊躇いを知っていた感情は既に決した。己の損なわれる事、或いは負う瑕疵なぞ無い。それが己にとっても至上の充足となったのだから、それで良い。 この男が己を抱く姿が愛おしいから。己を抱いて、与えて、与えられて、それで幸福だと思ってくれるのならそれで良い、などと──大凡己らしくもない事を思って仕舞ったから。 全く、酔狂なのはどちらの方だか。 思って浮かんだ笑みの侭、土方は伸ばした手で銀色の柔らかな後頭部を引き寄せて口接けた。 久々のヤってるだけターン、てよく感覚が解らなくなって来ました…こんなんで良いんだっけ…? ↑ : → |