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たなごころ / 1 かぶき町、スナックお登勢の建物の二階には、いわゆる何でも屋である『万事屋銀ちゃん』がある。 賭博に性風俗に犯罪にと何でも揃ったこの町に於いては、大なり小なりトラブルは常に絶えない。そんな中、『何でも屋』などと言う胡散臭げな看板を掲げている万事屋は、その稼業同様にトラブルに晒される事も少なくはない。 何でもありの町で何でもやって生計を立てようと言う時点で既にトラブルホイホイの様なものであるのだが、幸いにか何だかんだと常に首の皮一枚程度を残して存続出来ている。 何でも、と言う曖昧な線引きと胡散臭さとが噛み合って仕舞った所為で、仕事や稼ぎには常に困窮しているのが現実だが、命あっての何とやら。ただでさえトラブルに遭遇し易い稼業なのだから、目に見えた危険な橋は極力渡らない、と言うのがモットーである。 金なんてその日の飯が食えればそれで良いんだよ、などと偉そうに抜かしていた雇い主が、懐に僅かの金銭を放り込んで趣味のギャンブルに出かけて行くのを朝見送った新八は、まあいつもの事だと思っていた。まだ本格的に困窮している場面でも無いし、いつもの一場面に何か厄介事が生じるかも知れないなどとは露とも思わない。重ね重ね、『いつもの事』だったからだ。 そんな雇い主が、顔見知りだが関わると碌な事にならない事の多い、警察である黒服の三人組を連れて帰って来たのを見た時には、新八は『いつもの事』から外れたトラブルの予感を否応無しに掻き立てられた──、 ……のだが。 「ちょっと神楽ちゃん、沖田さんも。行儀悪いですよ」 茶を煎れた急須を持って居間に戻った新八は、思わず顔を顰めて二人を見遣る。然し二人は聞いているのかいないのか、新八の言葉に答える素振りも、椅子に戻る素振りも見せようとはしない。 はあ、と露骨な溜息を一つついて、卓の上へと持って来た湯飲みを並べる。万事屋の経営事情を表す様に、湯飲みは殆ど不揃いだ。神楽と新八の分に至っては縁や底の欠けた私物である。 「わざわざありがとう、新八くん」 「いえ…」 ソファに一人で座しているのは、黒服の三人のうちの一人。他の二人とは比ぶるべくもない程に地味な様相をした山崎。彼はへらりと愛想笑いを浮かべながら、急須を勝手に手に取ると、並べたばかりの湯飲みに手慣れた仕草でお茶を注いで行く。 一応客の筈なのだが、妙に慣れた動きに思わず口を挟む余裕を失う。卓に四つの──四人分のお茶を入れた湯飲みを配分した所で、「あの、」と切り出しかけて、新八は恐る恐ると言った視線を寝室の方へと投げた。襖に遮られて見る事の出来ないその部屋の中には、空っぽの侭残された湯呑み二つを要する二人の人間が居る。 「ああ、あっちは後で良いんじゃないかな。今持っていっても噛み付かれそうだし」 その動きで新八の問いを察したのか、山崎はそうおどけた仕草を添えて言うと力無く笑った。ハの字に寄った眉の下での二度目の愛想笑いに、新八は曖昧に頷いてから背を丸めた。溜息をつきたかったのだが、いよいようんざりとした言葉も漏れそうだったので堪える。 「……」 もう一度ゆっくりと振り返る。万事屋の居間から続く、和室への襖だ。その向こうは主に家主であって雇い主である銀時が寝室に使っている部屋で、二日酔いで朝が遅い事が多い所為でよく万年床になっている。 その襖の前には今、しゃがみ込んでいる二人目の黒服と、その上に同じ様な体勢で立っている神楽の姿とがある。二人とも新八や山崎に背を向けて、数糎ほど開いた襖の隙間に片目をぴたりと押し当て動かない。 「二人とも、いい加減にしましょうよ…」 どこぞの、家政婦が目撃しているドラマの一場面の様な画になっている二人に向けて言いながら、新八はふらりと立ち上がった。 立ち上がった瞬間までは、襖を横から閉めてやるつもりでいた。──が、然し。 「…………」 ひょいと、神楽の頭の上から襖の隙間を、気付いた時には覗き込んでいる己に、新八は余り驚きはしなかった。驚きと言う意味では先頃散々済ませたばかりなのだが、何度見てもどうにも今ひとつ信じ難いのだから仕方あるまい。 襖の僅かの隙間からは、今日は万年床の片付けられた和室が見える。八畳ほどの畳張りの部屋だ。家具と言う家具は箪笥ぐらいしか置いておらず、床の間にも木刀が無造作に置いてあるだけの部屋。 その部屋の端、少しだけ開かれた窓辺には卓が寄せられており、その卓の前に座っているのは。 「重症アルな」 ぽつり、と頭の少し下で神楽が呟くのが聞こえて、新八は呻く様に頷いた。 「まぁいつもあんなもんだった気もするがねィ」 更にその下からそんな呆れ混じりの声がして、「沖田隊長、面倒臭いからって適当な事言わんで下さいよ」と苦笑混じりに背後から、山崎。 「でも、現実的な問題として、これからどうしたら良いんでしょうか…」 覗く目を眇めて、見える光景を前に新八は途方に暮れる。 卓の前に座っているのは、見慣れた家主の背中だ。黒の洋装の上に、白い着流しを片袖抜きで着ていると言う頓狂な格好の人間など銀時以外に思い当たる訳もない。 然しよくよく見ると、銀時の座る距離は卓から少し遠く、まるで何かに寄りかかる様にして背を丸めて座しているのが解る。 否。寄りかかっていると言うよりもそれは。 「まさか銀さんが、あの銀さんが、土方さんにくっついていないと駄目だなんて、天変地異も良い所の事態ですよ…」 言葉に乗せてみれば改めて溜息と驚愕とを禁じ得ない。新八は震える声に未だ疑いたくなる様な眼で、卓の前に座した、黒服の最後の一人である土方を、背後からがっちりと抱え込んでホールドしている体勢の銀時の背中を呆然と見つめた。 * 背後の襖に、団子の兄弟の様に鈴なりになった者らに気付いているのかいないのか、卓へと向かう土方の手は淀みなく動いて日々の机仕事を淡々とこなし続けている。 その土方を背後からすっかりと抱き込んでいる銀時が、土方にしか聞こえない程度の囁く様な声音で呟いた。 「土方、かわいい」 気の迷いを通り越して呪いの言葉か何かなのでは無いかとすら思える小さな声に、然し確かな温度と等量の熱情を聞き取って仕舞った土方の耳は、紅く染まった。 。 ↑ : → |