幻肢で伝えし



 横で眠る銀時の掌が、シーツの上にだらりと投げ出されている。
 同衾した後、いつも目を醒ますのは大概の場合土方の方が少し早い。疲労感があれども身体に染み付いた肉体の習慣と言うのはなかなかに消えるものではないらしい。
 ともあれ、銀時は口を開き加減にしてぐうぐうと寝息を立てていた。特に鼾や寝息が煩いと言う訳では無かったが、悪戯心がふと涌いて鼻に左手を伸ばしかけて、然しそこで止める。
 右の手を持ち上げれば、借りて着ている白い着流しの袖がだらりと揺れた。土方はそっと『手』を伸ばして、投げ出されていた銀時の掌へと指先を下ろしてみた。
 するとぴくりと、土方の『指』を捕まえようとでもする様に銀時の指が折り畳まれた。思わず『手』を引っ込めれば、銀時の目蓋が薄く開かれる。
 少しの間躊躇ってから、土方は『指』を銀時の掌の上へともう一度下ろした。五指の感覚を手取って行くと、それを咎める様に指が折り曲がって悪戯な『指』が捉えられた。
 ぐ、と強く『指』を掴まれて、土方は僅かに目を眇める。これは残酷な戯れではないと言う確信はあったからこそ、その場に留まる。『指』を掴まれて、留まる。
 「……何してんの」
 「ん、」
 開きはしたが眠たげに重そうな目蓋の狭間から問われて、土方は吐息だけで応えながら掴まれた『指』を藻掻かせた。それでも全く揺らがぬ、掴む指の間を見つめて安堵に目を細める。
 「何してんだって」
 引かれて『指』と指とが甘く絡んだ。だらりと下がった袖の先で、まるで二人だけの秘め事の様に。
 重たげにしていた目蓋を(大概いつでも重そうにしているが)開いた銀時の頭がころりと横向きに転がされた。直ぐ横に座っている土方の顔を覗き込む様に見上げて来る。じっと見上げて来ている眼差しの意味を感じながらも、土方は繋がれた『手』と手から視線を外さない。
 「何。もっかいする?」
 からかう様な笑みの乗った声と共に、銀時が上体を起こした。視線の注意を惹きたいのか、執拗に覗き込んで来る眼差しを見返してやる事はせず、繋がれた感覚だけを──目を離したら泡と消えて仕舞いそうな感覚だけを土方はただ追い続けた。
 繋いでくれている手と、繋がれた『手』。在るならばそれは、互いに鍛えられた男の掌同士だ。指は節っぽくて固いし、摺り合わせた掌の間で剣胼胝が擦れ合う感触など特別気持ちの良いものでも無いのだろうに。
 「土方ー?」
 猶も呼びながら、顔が近付けられる。土方は己の『手』へと落とした侭の視線を僅かだけ銀時の方へと向けた。
 ここしか、ここにしか寄る辺がないと思った訳ではない。
 だが、もう無い『腕』で、『手』で、感じる事の出来る感覚の尊さに、怖れに似たものを憶える感情は酷く臆病だった。惜しむ事が滑稽な様で、沸き起こった自嘲めいた思いの侭に、応えは持たずただかぶりを振る。
 繋がれた『指』を振り解き離れようとすれば、銀時の手指に力が込められた。思わず目を瞠った所にそっと肩を引かれれば忽ちに布団の上に背が落ちている。
 それでも離れていかない感覚は期待に寄り添う幻か、ただの慎重な優しさなのか。土方の『指』を確りと握りしめている銀時の手指が、あやす様に、呼ぶ様に、揺すられる。
 「なぁ。何見てんの。つかお前寝惚けてる?」
 「寝惚けてねェ」
 「そこははっきりしてんのな。…で、何してんの」
 手を──『右手』を、見ていただけだ。
 其処にはもう無いけど、慥かに此処に在るものを。
 「いや、」
 答える言葉は上手く見つかりそうもなく、応える代わりに土方は銀時の手を引いた。自らの顔を近くに寄せて、繋がっているその狭間に口接ける。
 「…………てめェの手は、嫌いじゃねェ」
 だから。
 また、或いはまだ。こうして、『触れ』られる事が。
 
 「──……………………良かった」
 
 紡いだ言葉は矢張り上手く形にはならず、吐息に融けて消えた。
 お前は知らなくても良い。お前は解らなくても良い。
 俺が今こうして、もう無い筈の『腕』でお前の存在を感じさせてくれる事がどれだけ幸福かなんて、知らなくても良い。
 「………」
 土方のそんな思いが通じたのかどうかは定かではない。或いはまるで違う事を考えていたのかも知れない。
 それでも、繋がった掌にそっと力が込められたから。きっとそれで良いのだろうと思った。
 この侭、掌同士がぴたりとくっついて仕舞えば良いのに。
 そんな事を、固い指の節や剣胼胝の浮く掌を思いながら、身勝手にも願った。
 触れたてのひらが、余りに温かくて、幸せだったから。





色々フワッとさせた所為でなんかスッキリしないと思われますが、最初に戻ってこれにて終了です。
万事問題無い訳ではなく銀さんも結構手探りしてます。

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念のための蛇足。
説明とかなんかしないと収拾つかない感じですが上手く出来ないので、どうでも良い方は黙って回れ右推奨。

土方の腕を落としたのが『誰』なのか、何があったのかは、完全にご想像にお任せです。それを銀さんや他の人が知るのは酷い話だし(そもそも話が成立しなくなるし…)、土方がそれを話したりする事も有り得ないと言う事で。
単に真選組にとって必要な腕の役割も、銀さんにとっては左右どちらでも、無くても、土方が土方である以上は同じと言うお話で。
……一行でまとまっちゃったよ!

各タイトルは体のパーツ的なものから。話自体が各タイトル先行。腕以外は足下から。腕は幻なので断固無し。
「し」は四つ揃ってたので折角だから無理矢理全部にしてみました…。ら思いの外無様な事に。後悔先立たず。