根腐れ招く曇天 / 3



 庭は無く、囲いも無く。
 用意されていたものは、縛るに足りない鎖と、『狗』に相応しい扱い。
 ……ただ、それだけの事だった。


 「成程。それは実に興味深い。いつか実際に目にしてみたいものですな」
 お愛想の様に笑う老人の顔を、デスクの上のPCから漏れる光が照らしている。そうしていると顔の皺の陰影が常よりくっきりと見えて、老獪そうな表情がより際立って見えた。
 「ええ、近々また赴こうと思っておりますので、その時に詳しいお話をお聞かせ願いたいものです。…で、他に何か面白そうな話題はありませんかな」
 果たしてそれは、下方から見上げているから余計そう感じるだけなのだろうか。思って、詮のない事だと思考を振り切る。
 「──ッ、」
 思考を余所事に流していた事を諫める様なタイミングで、ブン、と肚の底から響いて来た振動に思わず息を詰める。口が塞がっていたお陰で無様な悲鳴がこぼれずに済んだが、身じろいだ事で体内のものの位置が少しずれて仕舞い、新たな刺激に慣れるまでの間を必死で堪えなければならなくなった。
 「っ、う、…ン、っふ、」
 「ふむ……。然し利には聡い天人共の侮れん事よ。その癖何度こちらが忠告申し上げようとも、所詮猿めの所行と聞く耳も持たぬのだから全く始末に負えませんな。商売熱心なのは構わぬがこちらの都合と言うものも少しは考えて貰いたいものだ…」
 そうして体内を抉る強烈な衝撃に必死に堪える土方の頭の上で、そんな会話の遣り取りを続けていた佐久間の手がふと降りて来て、黒髪の後頭部をぐっと下へ押しつける。
 「ングッ、」
 喉に至るまで押しつけられたものに反射的な嘔吐感がこみ上げるが必死で堪え、口内に一杯になったそれに必死で舌を辿らせれば、何事も無い様に会話を続ける老人の顔に僅かな喜悦が昇った。
 呼吸まで大分阻害されて苦しい。自然と溢れた涙が目元をじわりと濡らしているのが解るが、気にしている余裕もない。とにかく口内を犯すものに必死の奉仕を続けるほかはない。
 開きっぱなしの顎は重たく痛い。唇の縁を、飲み込む事も出来ない夥しい唾液や老人の体液がこぼれ落ちて行き、床についた手を濡らしている。
 両の腕をひとまとめに戒められた掌は為す術も無く、毛足の長い絨毯の上で拳を固めている。てのひらに刻まれた爪の痕がどれだけ深いか、どれだけ痛いかなど、今は知る必要もない。思って土方は更に拳に力を込めると、口中のものに集中した。余計な考え事をしている暇があるのなら、早くこの苦痛と屈辱とを終わらせる方を選ぶ。
 「…そうですな。松平公は上様の憶えも良い。今は未だ取り入れるだけ取り入っておきたい所ですが……はてさて。野蛮な芋侍共を城中の守護になど、気が知れぬ話ですな」
 佐久間の口に上った、聞き覚え深い名と侮蔑の言葉とに反射的に土方はその顔を睨み上げた。が、老人は寧ろそんな土方の反応を待っていたかの様に笑みを浮かべると、ちらりと土方の顔を一瞥し、デスクの上に乗せられていた手をほんの少し、動かした。
 「──!!」
 途端、肚の中で暴れるものが動き方を変えた。先程までのただの痺れる様な振動から、まるで蛇か何かがのたうつ様な動きに。
 「ッ、ぅ、、んん、ん、」
 声を上げたくとも喉奥を塞ぐものの所為で呻き声一つあげられず、くぐもった音が声帯を僅かに震わせるのみ。息継ぎも侭ならない状況に、土方は強烈に過ぎる苦痛と快楽の刺激から逃げを打とうと背筋を撓ませるが、途端、後頭部を押さえる手に更に力が込められ、口内のものがぐぐりと動いた。
 涙で滲んだ視界に、老人の笑みが向けられる。言葉はないが解る。嘲る様な侮蔑と、僅かの興奮を孕んだ視線。
 「──、んくッ、!」
 喉の最奥に程近い場所で口内のものがついに弾けた。喉奥に遠慮も容赦もなく吐き出される青臭い液体に咽せ返る。
 老人は「よく出来た」とでも言う様に、すっかり疲れ切った土方の耳朶の辺りを撫でた。その侭後頭部に置いてた手が離れると、長時間の固定から漸く頭が解放される。
 咳き込みながらも絨毯についた両手に力を込めて頭を持ち上げれば、土方の口内から老人の性器がずるりと抜け出た。痛む顎を閉じれずにまた滴り落ちる唾液を、自由になった首を動かし自らの肩口で乱暴に拭う。
 同時に、体内を好き放題に抉っていたものの動きが緩やかになるのを感じ、密かに安堵の息をつく。褒美だとでも言う心算ならば、実に趣味の悪い趣向だ。
 「…まあお互い気を付けようと言う事ですな。……ん?ああ、少し飼い『狗』がじゃれついておりまして」
 モニタの向こうの相手に何かを問われでもしたのか、佐久間はいつもの好々爺じみた笑みを浮かべると、土方の後頭部を『狗』にする様に撫でた。だがそれは優しさ故の動作でも何でもない。言葉通りの行動だ。
 情など与えられると思うだけで寒気がするが、完全に人間以下のモノである事を徹底的に要求される事は、矜持ばかりか心の何処かに差し込む様な苦痛を憶えさせられる事でもあった。居たたまれなくなった土方は目を伏せ、思考を必死に人間のそれへと戻そうとする。これは今にも喉笛に噛みつこうと牙を研ぐ『狗』なのだと己に言い聞かせる。
 だが、人間であろうとすれば、正常な思考で居ればこそ、貶められる真逆の苦痛に矜持を抉り取られていく。叶わぬ齟齬に理性が堪え難くなっていく。
 「見てくれだけは上等の狗を飼い始めましてねぇ。ええ。雑種ですが黒く美しい毛並みだけは鑑賞に値するものでしてな」
 当事者からすれば笑えない冗談だ。思って忌々しい表情になる土方の、そんな表情ですら愉しむ風情で、老人はモニタの向こうの人物と朗らかで黒い会話を続けている。
 警察庁の敷地に設えられた幾つかの施設の一つ。佐久間の詰める奉行所の最上階にある、瀟洒な拵えのオフィスだ。奉行所、と言う古風な名前にそぐわぬ近代的な高層建築と機器は近年浸透してきたもので、古風な屯所を見慣れている土方にはどうにも居慣れない。
 天人のもたらした恩恵そのものの様なその部屋の主は今、PCのモニタ越しに、自分と似た様な身分階級に居る『仲間』と会話をしていた。
 最近になって取り入られた、PCに接続されたカメラで互いの姿や表情を確認し遣り取りが出来るネットワークでの会議用のものだが、今は会議でも何でもなく佐久間のプライベートな用として使われている。
 そして、放っておくと直ぐに散らかる松平のデスクと異なり、神経質そうに整頓されたその下に土方は居た。そこは背もたれの豪奢な椅子に腰を深く沈めている老人の、丁度足の間でもある。
 マホガニーの高級なそのデスクは幅が広く、前面にもその足までの丈を持つ滑らかな板が張られていて、デスクの前に立ったぐらいではその下に押し込められた土方の姿は見えない。仮に来客が来たとしても、声でも出さない限り存在を気取られる事はないだろう。そうは思うが、万が一を考えると誰の来訪も願い下げであったが。
 土方のそんな願いを聞き入れた訳ではないだろうが、この『勤め』の最中に何物かが部屋を訪う事は無かった。佐久間老人とて、机を犬小屋よろしく扱わせている『狗』が自らの醜聞も省みぬ捨て身の反撃を行う可能性ぐらいは考えているのだろう。恐らくは人払いがきちんとされている筈だ。モニタを通じて会話をしている相手からも、老人の肩から上以外は見えていない。
 デスクが大きめの幅を持っていたお陰で、体格の良い土方でも窮屈に感じる事は無かった。縮めている首は流石に痛かったが、机の下から出され、昼間の灯りや白熱灯の下にこんな無様な自らの姿を晒したくはなかったので、ある意味では助かっていると言えるのかも知れない。そんな気休めめいたものに感謝する気など僅かたりとも無いが。
 痛む首を居心地悪く動かしていると、まだ世間話めいた会話を続けている老人の手が土方の喉元に降りて来た。本当に犬猫にする様な仕草に嫌悪や屈辱感はあったが、逃げたくなるのを堪えて、節くれ立った手が喉を撫でる侭好きにさせておく。
 ふと佐久間の手が閃き、ちゃり、と金属のぶつかる音をさせて首が前へ引っ張られた。絨毯に辛うじてついて身を支えていた両の手は荒縄でがっちりとひとまとめに戒められており、痺れて感覚の弱くなったそんな腕では前のめりになる体重を支えきれず、土方は老人の座る椅子に顎を打ち付けてなんとか崩れそうになる身を止める。
 その目の前、鼻先とも言える位置に、先程まで散々口淫を命じられていた老人の一物がある。
 ぐ、と唇を引き結んだ土方が見上げれば、佐久間は鎖を引いたのとは逆の、PCの横に置かれた手と、その中に握り込まれた小さなリモコンをこれみよがしに見せて来る。
 「……、」
 屈辱よりも諦めの心地で、土方は再び老人の一物へと舌を這わせた。先程までは手をついて姿勢を保っていられた事もあり口に乱暴に突き込まれていたが、今は椅子に前のめりに寄り掛かる様な体勢になって仕舞っているから、ミルクを舐める猫か水を飲む犬の様に舌と唇とをそこで動かす事しか出来ない。
 『理解』の早い土方の動作に満足した様に、老人は己の手の中の鎖を弄んだ。ちゃり、と、場違いに澄んだ金属の音が響き、僅かな水音に混じっていく。
 最初の時と同じく──否、この老人に『狗』として扱われる時は常に、土方は身に着衣の類を纏う事の一切を許されていない。当然今も、白昼のオフィスに全裸を晒している。ただ一つだけ、まるで装飾品かそうでなければ枷の様に与えられている黒革の首輪には短い鎖が下がっており、佐久間の手は今それを掴んでいる。
 裸体に首輪。そしてデスクの下に這っている姿は、傍目には言葉通りの『狗』でしかない。
 (精力剤で絶倫なんだか知らねぇが、良い歳こいて最悪の趣味だ)
 そう、吐き捨てる様に思考しながらも、徐々に勃ち上がり始めた老人の性器へ舌と唇を使って必死に奉仕を続ける。上体が椅子に完全に倒れ込んでいる状態で動き辛いことこの上無いのだが、縛られた手はまだじんじんと痺れており、柔らかい絨毯の上で上手くバランスを取れそうもない。
 「ヒッ、あ、あぁッ!?」
 無理な姿勢での奉仕に苦戦していた土方は、突如体内を襲った衝撃に思わず悲鳴を漏らした。仕舞った、とは思うが止められない。
 「っい、ィあ、あ、いッ、」
 びくびくと、自由にならない身体が水揚げされた魚の様に跳ねた。老人の一物に縋り付く様な姿勢で頭を揺らして土方は肚の中の振動と動きとをやり過ごそうと必死になるが、そんな『狗』の浅知恵を嘲笑うかの様に、節張った手がリモコンのダイヤルを更に動かした。
 「──!!」
 全身が大きく跳ねた。声にならない悲鳴を上げ、土方は絶頂を極めた快楽にひととき痙攣し、椅子の上に横頬をだらりと落とす。
 「あ、ひ、ぃ…、あ、あ、いや、あぁ」
 涙で滲む視界にはもう、昼間のオフィスと言う様は映っていない。達した性器の射精が収まるのなど待たずに猶もその裏を体内から刺激され続け、力無い悲鳴と唾液と理性とが開いた口から漏れていく。
 「いやいや。まだまだ躾のなっていない『狗』でしてな。とても皆様方に自慢気に披露出来る様なものでもないのですよ」
 終わらない絶頂感に身悶える『狗』の姿など気にしない風情で、老人は飼い『狗』の躾の悪さを笑っている。モニタの向こうの相手に果たして悲鳴が聞こえていないかどうかなど、今の土方にはそんな事を考えている余裕すら無かった。
 「やっ、は…、あ、あッ」
 「おお、そうですな。それではこれにて。またいずれ会食でも」
 土方の悲鳴をまるでBGMの様に、幾つかの遣り取りの後、暇を告げた佐久間の手がキーボードを叩いた。カメラも、通話も恐らくはオフになり、静かになったオフィスには『狗』の憐れな鳴き声と息遣いだけが響いている。
 ずくずくと内側から響く絶え間ない刺激に押し出される様に、土方は吐き出さない侭達して仕舞っていたが、身の内に埋められたものはそんな事に構う訳もなく動き続けており、すっかり敏感になったそこを何度も突き上げられて終わらない快感の波に身も世もなく泣き叫ぶ事しか出来ない。
 「躾が全くなっておらんな。イきっぱなしとは『狗』の癖にとんだ淫乱だ」
 無様にヒィヒィと鳴き続ける土方の顎を掴むと、老人はすっかり快楽に呑まれたその顔を心底侮蔑する様に見下ろした。
 佐久間が椅子を少し後ろに引くと、支えを失った土方の身体は毛足の長く上等な絨毯の上に容易く転がり落ちる。どこぞの星からの輸入品である絨毯の上は土方の放った精液や零した唾液や涙で汚されていたが、老人の財力や権力はそんな些末毎には関心がまるで無い。老いた好色なその視線は、絨毯の上に沈んでびくびくと痙攣を続ける肢体にのみ向けられている。
 そうして老人の手がリモコンのダイヤルを弄ると、『狗』の肢体は電流を流されでもした様に跳ね、耳触りの良い悲鳴を上げさせる。
 裸身に首輪ひとつと言う姿の土方の後孔には男性器を模したバイブが埋め込まれており、その出力や動作を調整しているのがそのリモコンだった。弱ければ細かい振動を続けるだけで、最初は何らかの感覚を与えるが、痺れる様な動きはやがて感覚神経をも麻痺させて仕舞う。そんなマンネリを防止する為に、その機械(カラクリ)の玩具には振動の調整だけではなく、動作のパターンも用意されていた。
 何れもずっと続けていれば単調な動きに慣れ、堪えられるかもしれないものだが、小刻みに動きや振動の強さを変えられては一溜まりも無い。
 ずっと体内を抉るその動きと屈辱とに堪えながら、何事も無い風にモニタ会議をする老人の一物に奉仕をする事を強要される。
 ……正しく『狗』か、それ以下の何かだ。
 何度も絶頂を迎えさせられ、悲鳴を上げさせられている土方の姿に、老人は侮蔑と僅かの興奮を秘めた眼差しを向け、愉しむ風情で眺めていたが、やがて立ち上がると、後孔を犯し続ける刺激に最早反抗する動作も反論する言葉も無くなった『狗』の腰を掴み、高く持ち上げ己の方へ向けさせた。
 「っひ、やあ、ぁ…」
 震えて自立出来ない膝裏を踏んで、後孔に押し込んだバイブが抜ける事の無い様に張っていたテープをピッと剥がした。その小さな刺激にさえも土方は短い悲鳴を上げる。
 バイブを掴んで引き出され、まだ動き続けるそれがことんと絨毯の上へ落ちた。滑りが良い様にたっぷりと流し込まれていた半透明のジェルが、まだ開きっぱなしになっている後孔の縁から無造作に滴り落ちていく。
 「だらしの無い『狗』めが」
 なかなか戻らぬ括約筋が収縮する孔に対してか、バイブの抜ける感触にすら甘い声を上げた土方に対してか。老人は嘲り混じりの笑いでそう言うと、『狗』の身体から手を放した。
 「ぅ、あ…、」
 とさりと崩れた土方の身体を柔らかな絨毯の毛が受け止める。触り慣れないその感触にすらびくびくと身悶え、無意識に縋る様な目を『飼い主』へと向けて仕舞った事に気付き、土方は奥歯を強く噛み締めた。ぎしりと、顎が軋む程に強く唇を引き結び、寸時湧いた衝動を否定する。
 …皮肉にも。同じ『男』に抱かれる事と、そうして快楽を得る術を知って仕舞った身体は、反射的にそれを求めて仕舞う。抱かれたい、組み敷かれたいなどとは思う筈も無いのだが、孔を埋められて互いに快楽を享受すると言うプロセスを無意識に辿って仕舞う。
 そんな己の様は土方にとって屈辱と絶望以外のなにものでも無い。今まで散々に道具で遊ばれていたとしても、それが終わった後には性行為らしきものが行われるのだと、自然とそう思って──覚え込まされていた自分に、反吐が出そうだった。
 自ら望まぬセックスをしたい、強いられたいなどとも当然思ってすらいないと言うのに。その本心に反して身体は無意識に『続き』を手繰っていた。
 (……それこそ、発情した狗みてェに。芸を仕込まれた、狗みてェに……!)
 昔の自分はこうではなかった、と言う自覚は当然の様にある。もっと言うならば、『こう』なったのは、半年前に銀時と関係を持ってからだ。
 銀時、と思い出した途端、医務室で自らを嘲った土方へと侮蔑混じりの永訣を告げて来た銀色の男の姿が脳裏にふと過ぎり、ズキリとどこかが痛む様な音を立てるのを感じる。
 あの男が土方に、男では本来知り得なかった筈の受動的な快楽を教えた。歪な身体の疑似性行によって互いに得る快楽と充足とを教えた。その事自体は別に後悔はしていない。恐らく、男同士の身で付き合うだの恋人だのと言った所で、プラトニックな侭では何も得られなかっただろうと言う確信もある。互いに相手をさらけ出して食い合う様な歪なセックスが、双方にタブーを冒す甘さと、共犯めいた感覚をもたらしていたのだと。足抜け出来ない様な感覚の始まりはそんなものだっただろうと土方はそう思っている。
 そうして気付けば心の裡深くにまであの男は入り込んで来て、土方との関係を楽しみ、大事にする様になっていた。当初の様な子供じみた必死なセックスばかりではなく、色々な方法で、言葉で、心で、土方を大事にしてくれた。それについては忌々しい程に実感がある。
 ドSを日頃自称する男は、確かに言葉ではねちねちと攻めて来た様な気はするが、その言い種とは裏腹に道具や暴力は一切用いなかった。日頃の言動や行動からして『そういう』類のプレイが好みなのではないかと疑いを抱いた事もあったのだが、そんな土方の警戒に対して、男がそういった行為を強いる事は一度として無かった。
 ある時何かの切っ掛けで、遠慮しているのか、と問いてみたら、「お前が真性ドMちゃんでそういうヨロコビが欲しいってんならまだしも、基本俺は好きなコには優しくしたい派なんだよ。つーか寧ろお前のがそう言うの拘る方だろ」と存外に真剣な表情で言われ、背筋がなんとなくこそばゆくなった。
 ……勿論、『そう言うのに拘る方』と言う部分は否定しておいたが。歪な性行為を散々繰り返した身で今更、真っ当だの真っ当じゃないだのと言う心算は特にないのは事実だった。
 だが、『これ』はそれとは全く違う。別次元の話だ。
 銀時がそんな、彼らしからぬ考えや想いを真っ当に与えてくれていたからこそ余計にだろうか。道具を用いて弄ばれる事に、そこからセックスにも何も繋がらない事に、本当に自身は『狗』というイキモノでしか無いのだと言う、惨めさを通り越した虚ろな実感がうすら寒さを伴って湧いて来る。
 老人が『狗』として土方に強いる辱めはいつも道具を用いたものか、老人自身を奉仕する事ばかりで、セックスに──老人はそれを『交尾』などと嘲ったが──至る事は殆ど無かった。
 それが不満な訳ではない。寧ろ老人の粗末な一物で体内を抉られる屈辱など無ければ無い方が良い。
 ただ、『狗』と言う、性行するにも至らない、ただ辱められるだけの存在である事は、犯される屈辱よりも時折耐え難くなる。
 心を蔑ろにされる様な。あの男の大事にしてくれていたものを少しずつ壊されていく様な感覚と不安とが在る。
 思って、今更だと呻く。もう銀時との関係は終わらせた。愁嘆場にもならない酷い嘘を盾にして別れたのだから。あの男の優しさを突き放して、侮蔑され棄てられる様に仕向けたのだから。
 それで構わないと。それでも、アイツの全てを護れるのならば、それで良いと決めたのは自分自身だ。
 だから、これ以上壊れるものも失うものもないと言うのに。
 感情ごと記憶に蓋をして、土方は大きく上下していた肺を宥めて、呼吸を整えていく。霞んだ視線の先では、引き攣った様な形になった手指が、血に濡れている。
 絨毯に這い蹲った侭、両の手首を戒めている縄を睨むと、土方は不自由な身体を叱咤し、脱力しそうな身を必死に持ち上げた。
 痺れと鈍痛と快楽の残滓に汚れた後孔が何かを期待する様に震えるのは気の所為だ。内股を伝い落ちる生温いジェルの感触は不快なだけだ。身体の裡から何度もイかされた余韻に疼く事など有り得ない。吐き出している間も裡から攻められていた性器が芯を通し始めているのなど見ないフリをしてやり過ごせば良い。
 「……ふむ。まだ足りんのかね」
 そんな土方の懸命の努力を無駄にする冷たい嘲りが、着物の前を整えている老人の口から吐き出されるのに、漸く起こした上体がびくりと跳ねた。
 怯えではない。竦んだ訳でもない。土方の中の軋んだどこかが、その先に続く『命令』の気配を感じ取って震えただけだ。
 それは、歓喜でもなければ期待でもない。……そんな筈は無いのだ。
 「まだ『勤め』の時間は残っている。そこに『狗』に相応しい玩具もあるのだから、好きな様に満たされて行くと良い」
 嘲る老人の、いっそ優しくさえ見える視線の先には、先程まで土方の体内を散々に嬲っていたバイブがある。
 思わず視線を追った土方の眼前に、バイブのリモコンが投げられる。
 ……好きにしろ、と言う事だ。
 ………好きに、一人で遊べ、と言う事だ。
 「………っ」
 好きにしろ、と言う『命令』。それだけを言いつけると、老人はまるで何事もない風にデスクに向かった。部下から提出された書類に悠然と目を通し始める。
 仕事中の『飼い主』の横で、『狗』が淫らにキャンキャン吼える事など、どうでも良い事なのだ、と言う様なその横顔を射殺さんばかりに強く鋭く睨みながら、土方はやがて、震える手をバイブの方へと伸ばした。
 いつか、ころしてやる。
 声にならない憎悪を噛み潰せば、その想像の間だけ甘い錆の味がした。
 
 もう誰にも憚る事もない身なのだから。どこかで軋む感情など、いっそ壊れて仕舞えば良いのに。





…副長に全力でごめんなさいのターン。

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