枯れの庭 / 2



 列の中程の座席に陣取っている佐久間老人は持ち込んだノートPCに向き合っていた。姿勢そのものは先程土方がこの車輌を出た時と殆ど変わっていない。
 「何かお変わりは」
 ディスプレイが覗き見えない程度、距離を保つのは一応警護対象に対する礼儀だ。今更この老人相手にそんなものが必要とはこれっぽっちも思っていなかったが、どうせ盗み見た所で、そこに土方の益になる何かが都合良く映し出されているとは思えない。
 「特には無いな」
 書類でも検めているのか、指示でも飛ばしているのか。ディスプレイに映っている細かな活字らしきものを追いながら、佐久間は素っ気なく応える間もキーをカタカタと叩き続けている。
 尊敬などと言う心算もやはりこれっぽっちもないが、この老人の、年令にそぐわぬ柔軟で勤勉な所だけは土方は嫌いな方では無かった。この齢で、未だに人差し指でキーを叩く事の多い近藤や松平よりも余程器用に文明の利器を操っている様は、紛れない努力の賜物であり、同じ様な地位や年頃に居る幕臣には余り見受けられないものだ。
 土方も事務にパソコンを用いる事はあるが、未だ公文書などは書面で提出されるものの方が多く、結局はそれに合わせて筆を動かす事の方が多い上に早いのが現状だ。今更真選組の公文書を全てデジタルで、などと命じたら、仕事が捗る以前にパソコン教室から始めなければならないだろう。
 変わって、佐久間の詰めている奉行所は近代的な設備の整えられた場だ。パソコンを始めとするデジタル機器も多く、お白州での証言の書き取りにも平然とノートPCが持ち込まれているのを目にした時には多少なりとも驚かされたものだ。
 (努力家と言うよりは野心家。手前ェの能力を上げる事が益になるなら惜しむ謂われは無ぇ)
 以前に山崎がそう分析して寄越したのを記憶の端に思い出しつつ、土方は佐久間の座る席から一列離れた斜め後ろの空席に腰を下ろした。リクライニングされた高いシートの上からは、老人の白みがかった髷の頭頂部だけが伺える。
 敵を倒すにはまず敵を知る事だ、とは山崎の主張らしく、煉獄関を調査していた頃から、この老人に纏わる様々な話は既に土方の頭にインプットされている。
 悪趣味な幕臣らの中でも特に残忍性のある嗜好な上、狡猾で性格が悪い、とは当初からの認識であり、それは今も違えていない。部下の不始末や予算捻出の嘆願に頭を下げる土方の後頭部へと、あからさまな哄笑ではない嗤いを降らせて来るのは、なまじ直接害を成されるよりも余程薄気味の悪いものだった。
 そんな佐久間と一対一で土方が相対する羽目になったのは、沖田が煉獄関の常連だったある幕臣のドラ息子にうっかり喧嘩を売って仕舞った過日の一件の際だった。あの時に佐久間老人は初めて、真選組ではなく土方へと『個人的に』用向きを告げて来た。
 正直、件の幕臣からの告発に晒される事は当時の、発足間もない真選組の足下を危うくするには充分に過ぎるものであった為、どう回避策を練るか、どうすれば被害が軽微で済むかと頭を痛めていた土方には佐久間からの『提案』は正に渡りに船だったのだ。
 どう沖田を、真選組を護るべきか。
 ──簡単な話だ。原因となった者を消して仕舞えば良いだけ。
 件の幕臣が佐久間にとっての政敵である事は、監察に裏付けなどを取らせずとも明白なものだった。故にそれは、罠も、意趣も、戯れも、なにひとつ無いシンプルな取引。刃の役割は人を、殺すにせよ護るにせよ『斬る』事であると言う様に。
 そして。組織に潜ませた懐剣と言うのは、抜かれるべき時を弁えるものだと、土方は知っている。
 近藤には何ひとつ報告はしなかった。本来渦中に晒されていた筈の沖田にも。
 佐久間の周到に用意して寄越した『状況』のセッティングに合わせ、攘夷浪士の襲撃を装った土方のくろい刃は死体を幾つか拵えて。それでお終い。
 別段に後悔も罪悪感も高揚感も齎されないひとつの『作業』は、土方にとっても、命じた佐久間にとっても何らかの特別な感慨を残す事さえ無かったに違いない。
 この『共犯』でさえもさしたる意味はない。互いに『無かった事』でしかないのだから当然だ。利害の一致と言う単純な結果さえ残れば、足下を掬われるのではと怯える必要も、陥れてやろうと策謀を巡らす必要も、何一つ無かった。
 ただ。その一件が『最初』であったと言うだけの意味しか土方には残っていない。経験の一つとして、今後の参考になった。それだけの話だ。
 佐久間老人だけが特別な訳ではない。老人とて他の幕臣共と何ひとつ変わりはしない。狗の無様を嘲り酒の肴にする連中と言う意味で言うのであれば、感じるのは嫌悪と憎悪ぐらいのもの。
 だからこそ、実の所当初から土方には疑問が生じていた。
 ただの嗜虐嗜好を満たすひとつの要素として。そう建前としては理解していたが、何故それが『今』で、何故それが『真選組の副長』へと向いたのか。
 倒錯的ですらある嗜虐の対象として、何故この『狗』を選んだと言うのか。
 今までにも恐らく、何度だって佐久間には土方の足下を危うくする、取引をさせるには足りる材料など他に幾らでも持ち得ていた筈なのだ。だと言うのに、何故『今』。何故、坂田銀時と言う、土方にとっての決定的な弁慶の向こう臑を衝いて膝を折らせたのか。
 全てがまるで質の悪い意趣の様だった。低俗な観劇でもさせられている様な流れだった。
 土方にその矜持を折らせたと言う意味では、銀時の存在は紛れもない『弱点』と言える。それこそ質の悪い熱病めいた慕情は、己で情けないと痛感する程に、心の中の最も脆くてその癖痛みだけは簡単に砕けず残留し続ける様な場所に置かれていたからだ。
 白痴の恋とは言ったものだ。理解も満ち足りも無い所に立って、あの銀髪の男の背中を見るとも無しに見ているだけできっと良かった筈だと言うのに。伸べられた温かな手を叩き落とせずに握り返して仕舞った。己の足下や立場に対する懸念や計算を遙かに上回る程の歓喜を以てして。
 さて。紛れもなくこの謀は、『狗』を完全に屈服させるには充分と言えただろう。結果も全てを物語っている。
 故に。問題は、何故、と言う所にこそ在る。
 (ただの醜悪な趣味にしちゃァ、タイミングが余りに図られ過ぎな気はしてるんだよ。最も効率的に俺に膝を付かせる方法だったのは確かだが、それそのものに意味は、精々あったとして意趣返し的なもんだろう。実用的な結果を伴う様な目的なんざ無ェ)
 抱いた恋情を盾に人身御供を迫る事になど、瞬間的に『狗』の抵抗をへし折る以上の意味などない。土方の心が疲労すれど、その思いを棄てきれぬと言う保証も確信も佐久間には無かった筈なのだ。
 棄てきれぬからこそ今も猶痛苦は続いているだけで、もしも途中で銀時への想いを手放していれば、土方は疾うに不当な『狗』の扱いから逃れていただろう。
 そう考えると、この不完全過ぎる指し手の意味──土方の悟るところの意趣の行き着く先は二つある。
 一つは、単純に土方の心が打ち拉がれるのを見て愉しむ類の、嗜虐を目的とした事。
 もう一つは、仮令瞬間的にでも土方の意識が完全に屈服する効果そのものを期待した事。
 ……或いはどちらも正解なのかも知れないが。
 (まァ、狗を嬲る趣味そのものが、そもそも大概にして趣味が良いとは言えやしねェ)
 巡りそうになった思考を嘲りに似た論で一旦打ち切り、土方はそっと目を伏せた。瞼の裏側に幾らでも再生出来る、自らの醜悪で無様な有り様をどこか他人事の様に嗤う。
 形ばかりはそれなり見れる情人を侍らせるのとは、これは決定的に異なったものだ。
 少年少女の性奴隷ぐらいなら、地球からも他星からも幾らでも仕入れられる(勿論違法だが)財力も権力も在ると言うのに。
 侍と言う生き物の雄を屈服させる事に──自らよりも若く強い同性を虐げる事に愉悦が無い筈は無い。人は自らより劣るものを踏みつける事で自らの精神的な土台や虚栄心を保つ事が往々にしてあるが、叶うならば己が頭を垂れざるを得ないものや叶うべくもないものを踏みにじり蔑みたい欲求を抱くものだ。
 特に野心の大きな人間にこそ顕著に。阿る風情で見上げる『上』をこそ羨み憎む。
 もっとも、生憎と野心が近藤の為と言う一点に向けられている土方にとってそれは、理解し辛い種の感情ではあったが。
 少々趣は異なるかも知れないが、自らにもよく理解出来るものとして置き換えるならば。己より強い剣士を相手取る事は紛れもなく土方の闘争本能を刺激し酷く昂ぶらせる事として知れる。勝利すれば猶それは強くなる事も。逆に負ければ、そこには悔しさと共に、屈服に似た諦めが僅かとは言え確かに生じる事も。
 そんな風に置き換えてみずとも、それが雄の本能である事には理解も至る。野生の獣は自らの遺伝子をより多く残す為に、自らを優れた種として存続させる為に、互いに争いを繰り返す。そしてそれを知らしめた勝者はより多くのテリトリーと雌を手に入れる。
 その本能は人間の複雑な階層社会に於いて『野心』と呼ばれる。
 なればこそ、佐久間老人にとって土方と言う『狗』は、正しくその顕れと言えるのやも知れない。得るものは自らの愉悦がひとつ。余生を愉しむ娯楽がひとつ。
 (…………それこそ盲目みてェな恋とやらか、端から男色家でも無ェ限りに、若い男を…もとい、雄を屈服させる理由なんざ無ェだろう)
 土方の矜持を打ちのめす様な行為を強いるあの所行は、性欲を充たす為とか愛玩動物を愛でる類とは違う。ひたすらにその無様と痴態を嘲るだけの、非生産的で無意味なものだ。
 未だ性奴として扱われた方がマシだったろうか、と寸時思いかけて土方は慌ててかぶりを振った。想像でも御免だ。
 そのどちらも、侍としての矜持以上に人間の尊厳を酷く損なうものである事に変わりはない。
 そこに情が無いというそれだけで、生殖の仕組みも得る快楽も、自慰にも劣るただの無意味な娯楽にしかならないのだとは、この数週間で厭と言う程に知らしめられた。
 (……)
 唇を噛んで思わず俯く。その、情とやらの所在についても、同じだけの時間で思い知らされている。
 (『何』が狙いで、『何』の為に、『俺』を徹底的に折った?)
 己にあるのは真選組の副長と言う役職のみだ。そしてそれが佐久間にとって大した益になどならぬ事は考え直す迄もなく明白だ。
 単なるサディスティックな趣味と言うには些かリスクの高い『狗』に鎖を掛けた。それで得るのは一体『何』だと言うのか。
 (俺の食いつきつつあった、真選組の──法の手の及ぶ所から目を逸らさせる…、)
 薄く開いた眼を爪先へと落としながら、土方はそう諳んじた。それもまた幾つかの可能性から取り出し幾度か思考した案の一つではあったが、今は実に尤もらしい良手と何故か感じられる。
 (っても、あの頃躍起になってたのは隊士の襲撃殺害事件だ。他に大きなヤマは特に無ぇ)
 胸の上から、ポケットの中の携帯電話に思わず触れた。監察に命じて、あの頃の土方の追っていた事件を洗い直させるべきだろうか。無論担当した事件の概要は頭に入っているが、見落としが無いと言う保証は無い。それこそ、真選組隊士襲撃殺害事件で神明党と言う小物の残党達が下手人だなどと到底知れず見過ごしたのと同じ様に。
 (……ん?)
 寸時脳裏に何かが引っ掛かり、土方は折った指を顎先に当てて視線を泳がせた。
 (神明党が件の襲撃事件の犯人だとはまるで知れてなかった。それこそ、俺が偶々襲撃を受けて、しかも悪運強く生き延びちまったからこそ、不幸中の幸いな事に連中がぼろを出す形になったんだよな…)
 しかも、土方が襲撃された原因も佐久間自身にある。偶々。それこそ、偶々に、佐久間に呼び出されて弱った帰り道に襲撃を受けた。この一件が無ければ証拠が隊士襲撃殺害事件の犯人を神明党と示すには未だ到底至らなかった筈だ。
 そもそも土方は、自らの襲撃と、奉行所の横槍で神明党の検挙が失敗に終わった件を以てして、丁度管轄区域のお奉行であった佐久間と神明党に何らかの繋がりがあるのでは、と疑念を抱いたのだ。ここまで否定に至る材料しか出ない以上、どう芋侍の浅知恵を巡らせてみた所で、佐久間が土方を襲撃させる様な意図は有り得ないと、断言しても良いだろう。
 当時神明党の検挙に挙げられた嫌疑は『攘夷活動の疑いある浪士の摘発』と言う、真選組の任の中でも最も大雑把で最も融通の利くものだった。この任の名前は幕府の大義名分そのものである為、令状などは必要無い。
 対テロの名目を帯びた武装警察に最も必要とされたのは迅速な行動だ。令状だの証拠固めだのと言う作業は真選組の本当の意味の任務には一切必要がない。極端な話、乗り込んでから刀の一本でも発見すればそれが証拠となる。それだけが大義名分で構わないのだ。
 御用改め。因って攘夷浪士はその言葉をこそ畏れる。それが本当の意味での死神からの通告なのだと、単純な事実として知っているからだ。
 故に、神明党の検挙もそんな単純な任務の一つだった。発端は、別件で捕らえた天人からの武器や生物の密輸を請けていた商人からの証言で、所謂お得意先の一人として神明党幹部の朝倉や坂巻の名が吐かれた事。
 攘夷志士の名や思想を謳う若者や浪人の数は多い。時に小物や未成年の集団まで含むそれらをいちいち捕まえていたらキリが無い。今は寛政の大獄の時代ではないのだ。見せしめと言って良い程の弑虐は民の不安や不審を煽る結果しか生まない。
 神明党もそうして、存在は一応認知されていながらも放逐されていた『小物』の集団だった。今までは軽犯罪を含む違法行為で薬物を捌いたり、金を儲けたりしていた──言って仕舞えば『よくある』連中。攘夷志士と言う名を笠に着て、違法な遊びを正当化し叫ぶ程度の。
 討ち入り前の調査では、神明党の構成員の七割以上は若者で、党首の神谷を除けば最も年嵩の幹部である朝倉とて未だ三十に手も届かぬ若輩とは知れていた。近藤や土方と同程度の年代の若者には、激動した社会の中で生きる手段をどこに見出せば良いのかを見失う事で攘夷活動へと身を窶した者も少なく無い。
 それはデータであって何ら特殊な感慨を生む事象ではない。問題は、今までは軽犯罪で満足していた彼らが、天人からの違法物品──しかも武器に類するものを手にし始めた事だ。
 こうなると、戯れは容易に傷害或いは殺人へと変容する。そして力の得所と使い所を違えて、社会を不安に陥れた挙げ句に処刑される犯罪者は後を絶たない。
 そうして一斉検挙に出──ようとした矢先、奉行所が横槍を入れて来た。とは言え現場での権限は、攘夷に関わる犯罪を裁く事が目的の真選組の方が上である。因って、生じた捜査遅延は僅か数分。十分にも満たない。
 だが、その空隙で神明党の幹部、武器などの密輸入の嫌疑を掛けられていた朝倉や坂巻はまんまと逃走。残っていた党首の神谷は潔くもその場での極刑を受けた。他に党のアジトに残されていた若い小物らの多くは捕らえても意味を殆ど為さない者ばかりで、奉行所直下の同心らは望んだ、違法薬物取引法違反での検挙を成功させるに至る。
 そんな忌々しい経緯もあって、土方の記憶にそれは、神明党の犯罪の意味よりも、奉行所との縄張り争いの印象を強く残した。地域の同心連中との小競り合い自体は今更珍しいものではなかったが、結果的に望んだ成果を挙げるに至らなかった真選組の立場として見れば腹立たしい事この上無い。
 もしも土方が考える通り、この『小競り合い』にしか見えなかった一件こそが、佐久間が何らかの理由で神明党を──朝倉らを逃がさねばならなかった様な理由に因るものだとしたら、奉行所との小競り合いと言う目先の事柄に囚われたと言う点では、少々浅慮且つ迂闊であったと認めざるを得ない。
 だが、以来幾ら調べた所で、叩いた所で、佐久間と神明党とを結びつける様な埃は現在に至るまで何一つ見つかってはいない。
 それでも、それが単なる偶然であると思えないのは、単に土方の直感の様なものだ。
 神明党幹部朝倉への武器生物密輸入違反の嫌疑。
 奉行所の挙げた神明党の違法薬物取引法での検挙。
 神明党党首神谷の復讐と思しき、真選組隊士の襲撃及び殺害事件。
 佐久間の命じた土方への、銀時とその周囲の人間の安全との取引。
 神明党残党に因る真選組副長の襲撃事件。
 真選組副長襲撃犯への拷問中の事故死を装った口封じ。
 同じ様に口封じされかかった拷問吏の持たされていた、佐久間の名を騙る偽造文書。
 続く、狗に与えられる『それらしい』無意味な扱い。
 列車の線路へと仕掛けられた、示威にも満たない爆弾。
 この時期の大阪城への出向。幕臣仲間との会合。
 (──……、単純に、指し手はあの、神経質な迄に策を弄してるクソジジイ一人だけ、なのかも知れねぇ…)
 一つ一つの連日起きた事柄を繋げるよりも、もっとそれらしい見方がある様な気がして、土方は先頃感じた引っかかりを思い浮かべながら、呻く様な吐息をこぼした。事柄と言うよりそれは棋譜を読み返す感覚に寧ろ似ている。
 浮かぶ可能性に保証などないし、証拠なども出るまい。それこそが最も必要な、指し手以上の、ルール外のものとしての手札だと解っているが、侭ならないのが今置かれている現状。それも理解している。が。
 取り出した携帯電話のキーを幾つか叩き、簡単な指示をメールにしたためる。山崎は今担当している任務があるから使えないが、他の監察とて優秀である事に変わりない。恐らく大阪に着く頃迄には調べが終わる筈だ。
 送信ボタンを押し、紙飛行機のアイコンが液晶で明滅して消えるのを見届けてからディスプレイを沈黙させる。ふう、と溜息がこぼれ、土方は我知らず籠もっていた力を背中からゆっくりと抜いた。シートの背もたれから伝わる振動が心地よい。
 「良手を思いついた、と言う顔をしているねぇ」
 気を抜く程ではないが、目蓋を閉ざしていた耳へと、不意にくつくつと笑い混じりの嗄れた声が飛んで来る。ゆるりと顔を起こすが、老人は土方の斜め前方に背を向けて座った侭でいる。そこから土方の顔色など伺える筈もないと言うのに、声には確信があった。
 その確信には、傲慢さが滲み出ている。お前の手など読めているのだと嘲る様な。何手も先までを──王手に至る手まで全て、どの様に指そうと変わりなどしないと。
 (ホラ見ろ。まるで、趣味の将棋の最中みてェな口振りじゃねぇか)
 よくよく思い起こさずとも、この老人の言い種はいつもそんなものだった。
 その傲慢さが、相手を、指す手を全て読んでいるのだと言う奢りと自信から来ているのであれば。
 「……生憎、嗜み程度にしか指せぬものですから。到底お相手など務まりますまい」
 思いも掛けぬ様な手を──良手を思考に弾き出す老人では思いもつかぬ程の、愚かな手を指されたらどうなるだろうか?
 そう──土方も真選組も、神明党の浪士達も、育ちの良い武家育ちの幕僚ではない。野から出てきた野良狗でしかない。
 それが、『読み違え』なのだとしたら。
 「謙遜も、牙を覗かせて言うのでは説得力が無いな」
 殊更に素っ気ない土方の言い種に、佐久間はさも面白そうな風情で肩を揺らしている。
 余裕と言う事だ。狗が唸り声をあげてみせた所で、何の意味も痛痒も無いのだと。目を眇めて背を睨み付けている『狗』の表情も、胸中でさえ知り得ている筈など無いと言うのに。恰もそれを俯瞰するかの様な手管。
 怯えなど無い。ただひたすらに胸が悪いだけだ。全て手中の出来事なのだと、殊更に強く知らしめるその物言いが。
 (傲慢、だ、と。言うのであれば)
 全てを読む程に賢しい策を巡らす事を確信している脳は、狗達の思いも掛けぬ愚策を読めなかったのではないだろうか。
 土方が、真選組が、そこに至るだろうとお利口な頭の弾き出した予感が、然し外れたのだと、したら。
 謙遜ではなく、本当に──老人の思いの他に、世界は愚鈍だったのだと、したら。
 棋譜に不自然な乱れが生じるのは当然だ。対戦相手の同等に在る盤面は美しいと言うが、異なった立場や身分の人間の指す手全てがそんな『理想的』なもので有り得る筈はない。
 「軍事的な作戦活動の際には采配など振りますが、それも荒事に少々通じる故ですので。駒の遊戯には不調法なものです」
 「ほう?畑が違うと申すかね。同じく駒を繰ると言う意味では戦場も盤上も変わらぬだろうに」
 「いえ」
 それだけは断じて違う、と、短く、然し強く断じる。命は駒ではなく、戦場の跡に残るものは棋譜ではない。
 「……指し手は駒に自らの心や策を乗せますが、人は駒の様に指した通りに動くとは限りません。指す手すら盤面を挟んだ者同士、何を考えているなどとは容易には知れないでしょう。正しく、人心ほど理解し難いものは無いと言う通りに。それが叶うと仰るのであれば、」
 「神や法でなくとも、人心を動かす事は叶おう。そうと知られず動かされる、或いは知って猶動かされる侭で在る愚鈍な者こそ正しく駒と呼ぶべきではないかね」
 「…………」
 言いかけた土方を遮る様に老人の声が固くなった。座席の向こうの頭は小揺るぎもしていないが、何か気分を損ねた事は確かだ。
 今更自らの発言を撤回する心算はないが、せめて気の利いた返しでもすべきかと寸時思う。が、これも面倒になったので黙っておく。いずれ後悔したくなる程のツケは回ってくるやも知れないが、仮令どんな些事にでもあからさまに屈服と取れる真似などしたくはない。
 土方は己を特別単純な質だとは思っていないが、戦術や策に於ける真選組副長としての思考と、自らの性質とがそれなりに異なる事は理解している。兵法は自らの感情で執るものではない。仮令己の感情が敗北を悟っていたとして、それはおくびにも出さない。それは近藤の信を受けて多くの命を預かる指揮官としては当然の心構えであり義務だからだ。
 佐久間の言う様な、兵を駒と思い扱え、と言う論にはどうやった所で恭順は出来ない。常に土方の眼前にあるのは遊戯の盤面ではなく、生きた人間達なのだから。
 故に、と言うべきか。土方の胸中で『真選組副長』の駒はそれらしく在れども、『土方十四郎』の駒は常に感情的で、最も簡単にその役割を弾き出して選び取るきらいがある。
 それをして『読み易い』と称するのは恐らく間違ってはいない。だが、それをして御し易しと判じるかは知れない。
 愚鈍である心算はない。だが、己の身一つに関して言えば、単純で直情的な結論を選び取り易いのは確かだ。
 それでいて、賢しく狡猾な指し手を読む真似事などした所で、勝ち目などある筈もない。端から真っ向勝負では相手になどなるまい。
 埒もない会話ひとつにも、真っ当な勝ち星の一つも上げられそうもないのだ。足下を掬おうなどと今更考える様なものではない。そもそも、耳や胸に痛く胃にも悪い意趣返しのひとつふたつぐらい、勝負に応じた時点で覚悟などどうせ出来ている。
 それでも、ただ諾々と尾を伏せ座していようなどとは思わないから、殺意に似たものや、巡らせられるだけの思考遊びの刃を胸の裡に灯し続ける事だけは忘れない。忘れられそうもない。
 そして、それが今の土方にとって唯一とも言える指し手だ。主に噛みつこうとする牙も隠さず、淡々とその時を待ち侘びる。
 「そう怖い顔をするものではない。まあ将棋の話は良い。機嫌を治してこちらへおいで」
 ふ、と老人の声の響きが変わった事に、思わず土方は肩を揺らした。質は──只管に傲慢な嘲り。
 背を向けていても御前の愚かしく小賢しい思考など、その思考の指す手など、読めているのだぞ、と。
 …怯えなど、無い。ただひたすらに、胸が悪い、だけの。
 「到着までは未だ時間が余る。『狗』にも飼い主を愉しませる一芸くらいはあろう」
 探す心算など無かったが、その乾いた嗜虐と好色ばかりの滲む声色の何処を探したところで、情も意味も無いのだ。
 躊躇い──と言う名の抵抗はほんの寸時。
 土方は無言で席を立つと、泥の底にも似た心地を乱暴な足取りで無理矢理に引き裂いた。





インターミッションと適当設定が通りますその5。

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