雨上がりの花 / 2



 ここ数日江戸と大阪とを慌ただしく行き来していた山崎は、煉獄関に勤める『下男』として潜入するのに既に成功していた。
 正確には『入れ替わった』のだと言うが、ならば前任者は一体どうなったのだろうか。地味な風貌からは想像し辛いが、全く地味に恐ろしい男である。
 そして、深夜の道場での会談の直後に、『日帰り』と言う実に恐ろしいプランで、銀時はあれよと言う間に大阪へと連れて来られていた。専用の空路便を用意したのだと言うが、本当にものの一時間もかからず関西上空へ着いた時には流石に、真選組の──と言うよりは山崎と沖田のだろうか──『本気』を感じ、頼もしいと言うより薄ら寒い心地にさせられないでもない。
 金も金で絢爛なつくりの『大阪城楼閣』へ銀時が入城した頃には、土方は未だ列車の駅にすら着いていない。早朝だ。
 「……眠いどころの騒ぎじゃねーんですけどコレ」
 目にじっとりと隈を作った銀時がそうぼやきながら飛行機を降ろされるのを、迎え入れたのは商家の使い走りの様な格好をした山崎だった。
 「まぁ丁度良いと思いますよソレで」
 「何が。寝不足の何が丁度良いの。ついでに言うと飛行機酔いでうぼろろろ」
 飛行機を降りる前から抱えていた袋に、疾うに出るものも出尽くした、胃の中の不快感だけを吐き散らす銀時の愚痴を、「はいはい」と平坦な口調で山崎がいなす。
 「お上の御紋まで付けちゃって、コレ絶対私用にしちゃいけない乗り物だよね。旅客機とかそう言う代物じゃないよね」
 ちら、と、自分の乗せられて来た、貨物輸送用の飛行機を振り返って伺いながら言う銀時に、山崎はまたしても平然と、
 「今日の、護衛用の物資や下見って事で飛ばしてあるんで問題無いですよ。実際ホラ、物資や人員も運んで来てますしね」
 などと言って除ける。確かに真選組の隊士らしき人間や装備と共に『運ばれて来た』訳だが。
 「現代風参勤交代ってのがあったらこう言う感じか。全く、お偉いサンってのはよく解らねぇわ」
 延々大名行列を拵えていた時代を思えば、列車や飛行機で運ばれる人や物の、その利便性は頷ける、が。
 「で、なんで俺荷物扱い??さっむい貨物室に押し込められて寝不足の上に揺れるわ吐くわで」
 「仕方ないでしょう、流石に正規の手段で旦那を大阪(こっち)入りさせる訳にはいかなかったんですから。万一にでも佐久間に、旦那がこっちに来ていると知られる訳には行かないんだって、何度も言いましたよね俺」
 なお、銀時の現在位置は貨物用の木箱の中である。空気穴兼外を窺う穴は空いているが、箱は箱だ。人の乗ったり入ったりするものでは断じて無い。詰められて飛行機で移動するものでも。断じて。
 一方、台車に乗せたそれを運ぶ山崎は平然としたものだ。ひょっとしたら多少の意趣返しの心算なのかも知れないが。
 「で。これから旦那に『入れ替わって』貰う訳ですが。あ、ちょっと揺れますよ」
 「あ?」
 内容が内容だからか、流石にこれは声が潜められる。同時に、がらがらと平坦な道を行っていた台車が、一瞬だけがたんと何かを乗り越えたのだろうか、不自然に揺れた。
 「っと。入れ替わって貰う訳ですが、」
 段差でも越えたのだろう。人間一人+αを乗せた荷は流石に重かったのか、山崎の口からは小さく息継ぎにも似た溜息。言い置く様にもう一度同じ事を繰り返してから、声が益々潜められた。銀時は狭い中なんとか突っ張って座り、木箱の内側に耳を当てて続きを待つ。
 「名前は朝倉です。朝倉政次。年令は副長と同じぐらい。旦那ともですね。神明党のナンバーツーで、党首の神谷が死んだ今は実質党首代行と言う立場になりますが……、まあ指名手配の残党なのでそのへんはどうでもいいですね。甲斐辺りの出身ですが、幸いほぼ江戸で育っているので、お国の問題はカバー出来ます。余り無口な奴じゃなく、結構アバウトな性格の様ですが、面倒見が良く、武に秀でていたのもあってか部下には慕われています。神谷もそういう口だった様なので、影響でしょうかね」
 暗記でもしているのか、山崎の口調に澱みはない。ついでに言うと台車の進む速度にも。知らぬ内に組み上がっているらしい潜入プランにも。
 「入れ替わりって。その朝倉何某になる訳?俺が?潜入とかど素人なんですけど俺。つーかスネーク的な事でも無理に決まってんだろーが、何せこちとら一般人よ?」
 新たな人間、第三者として『入り込む』のは容易だが、元より居る人間と『入れ替わる』のは、言葉で言う程容易な話ではない。
 確かに今は段ボールもとい木箱の中に潜み運ばれている訳だが。そんな現状と、敵のラスボスジジイとやらの居る城へ、真っ向からではなく裏口から乗り込むのとでは流石に話が違う。思わず捲し立てるが、相変わらず返る声は何処か軽い。
 「そう言わんで下さい。自然に潜入しつつ連携が取れて、なおかつ副長に接触出来るやも知れない機会もある。理想的な状況なんですよ、コレは」
 そう言われれば銀時とて口を噤むほかない。『土方』ないしその類義語は現在の銀時にとっては伝家の宝刀を抜いて突きつけられるに等しい。
 「佐久間が連中を捕らえてくれていたのはラッキーでした。その上で朝倉が腕に憶えがあって、闘士として使われていたのも、ですね。
 まあ、最悪旦那を闘士の『商品』として持ち込むプランも立ててありましたが……そっちの方が良いなら今から切り替えます?」
 俺は別にどちらでも構いませんけど、と続けられた言葉に、銀時は口の端を下げた。どちらも酷い話だが、後者は論外である。
 と、なると選択肢は他には無さそうだ。
 思わずこぼれるのは溜息。諦めと、覚悟との。
 
 さて。此処に至るまでに山崎から聞かされた話を要約するとこうなる。
 土方は佐久間の何某と言う、曰く『ジジイ(※銀時注ラスボス)』に、銀時の──白夜叉の身の安全を恐らくは引き替えにした『取引』を強いられた。
 佐久間の何某が土方に『取引』なぞを持ちかけた目的そのものは不明ながら、土方の現在の状況は余り宜しくはない。当然の話だ。
 土方は銀時に『真選組の為だ』と嘘をついて遠ざける方法をとり一人佐久間と戦う途を選び、今までにも何度も老人の隙を伺い動いていたらしいが、状況はお世辞にも当初から進展しているとは言い難いらしい。
 そしてそんな時に土方は佐久間の大阪行きの帯同を命じられた。
 沖田の情報では、『知る人ぞ知る』噂話のレベルらしいが、大阪城の地下には嘗ての煉獄関にも似た違法闘技場があると言う。曰く「人の口に戸は立てらんねーって奴です。出所の違う複数人が『ある』って言や、その信憑性を疑う馬鹿はいやせん」だそうだ。
 実に、市井の黒い噂話にも耳の聡い少年らしい物言いである。
 そして佐久間は煉獄関の上客だった。と、なれば、行き先がその噂話の『違法闘技場』であると言う可能性は高い。そんな所へと土方を連れて行こうと言うのだから、その目的は本格的な口封じ以外の何ものでもない筈だ。
 言って仕舞えば佐久間にとって土方は、飼ってはみたものの、いつ何時喉笛を狙って噛み付いてくるとも知れない狂犬なのだ。つまり、飼った、と言う事そのものに本来の目的があったと言えるのだが、その内容を斟酌するのは銀時の仕事ではない。問題はそれによって生じる結果と、土方の負うだろう負債の方だ。
 そんな狂犬を江戸から引き離す目的はと言えば、口封じに始末するか、件の地下闘技場にでも幽閉──或いは『商品』として売り飛ばすか──するかぐらいしか無い。この局面でそんな『狗』を護衛になどと言う時点で、戯れとは大凡言い難いのだから。
 そこで山崎は数日前から大阪へ入り、実際に地下闘技場の存在を明確にし、更にそこに潜入する事にも成功した。同時に、佐久間がここへと土方を口封じに連れ込む事は間違いないだろうと、そんな確信も得て仕舞った。
 嘗ての煉獄関を潰したのは、万事屋と真選組だ。佐久間にとって、土方への人質に白夜叉の存在を使うのも、土方を新たな煉獄関に連れ込むのも、全て怨みから出た意趣返しと言えた。無論他にまるで目的がないとは言い切れなかったが。
 そんな土方の救出に名乗りを挙げた銀時と、救出はともかく恩は着せたいらしい沖田との意見は『ジジイの遊戯を盤面ごと蹴り倒す』事で合意を見ている。
 因って、山崎が『遊戯を盤面ごと蹴り倒す』手段として練ったプランは『大阪城地下の煉獄関を潰して仕舞おう』と言う事だった。
 無論、銀時も沖田も、秒単位で是と応じた。
 そうして木箱に詰められ空路で、大阪に現在至る訳だが──
 「てめーの判断なんだよな?『俺』が潜入しとくべきだってのは」
 溜息混じりに銀時の上げた誰何の声に、寸時と待たず「はい」と返る応え。
 潜入だの工作だのと言う面では、銀時より山崎の方が遙かに優れているのは間違い無い。知識面でも経験面でも、だ。その山崎が、自分だけではなく銀時にも『潜入』を望むのだから、それは的外れな話ではない筈だ。
 銀時としては、木刀でも携えてとっととジジイの首根っこを掴んで仕舞えば良いだろうと思って来ているのだが、そう簡単に行く話では無さそうなのは一応理解できている。
 何せ相手は奉行と言う幕臣だ。しかも無駄なくらい狡猾に策を弄し自らを護る、棋士としては何処までも強敵な輩である。地下闘技場に入ったからと捕らえた所で、そこに携わっていると言う明確な証拠が無い限り、法的に裁くことなど出来はしない。
 かと言って殺して仕舞ってハイおしまい、と言う訳にもいかない。どうやら老人には他にも似た様な仲間が居るほか、真選組隊士殺害と副長襲撃の犯人である神明党と言う攘夷派グループの残党とも関わりがあると言う。
 ここで蜥蜴の尻尾の様に半端に何処かが切れて終わって仕舞う事は、土方にとって望ましい事ではない。山崎の話では、『白夜叉』を人質にした件には、老人の部下や仲間も一枚噛んでいると言うから余計にだ。
 棋士ぶって慎重に動く老人であれば確かに、真選組の副長に単独で『取引』など持ちかけはしないだろう。必ずどこかに保険を用意している筈だ。
 だからこそ土方は、老人が仲間とも会合を開く予定だと言う、大阪への帯同を諾々と受け入れたのだ。言って仕舞えばそこには全てが集まると言う事でもある。更に言って仕舞えば、そこで老人を完全に失脚させる材料を得る事で、仮に『保険』を握る部下が居たとして、巻き添えを恐れて諦めさせられる可能性は高い。
 策を弄し王手を詰める老人と同じく、土方も老人と言う王将の逃げ場を完全に塞ぐ心算なのだ。それがどんなにリスクの高い事であったとして、腹中に飛び込まなければ得るものはないと言う事か。
 「利用出来る要素は何であれ利用する心算ですよ、俺は」
 開き直りとはある意味恐ろしい。銀時がそう思ったのを見越した様なタイミングで、苦笑混じりの山崎の声。
 「俺は数えんじゃねーよ。利用するんじゃなくて、されてやるんだっつぅの」
 あからさまな不快声でそれに銀時が返せば、また小さく息を吐く音。溜息にも、笑った様にも聞こえる。
 「……これも利する点として取りましたけど。朝倉は闘士として出されている時は、やっぱり指名手配犯だからですかね、面を着けさせられていました。衣服と共に奪っておきましたんで、旦那はそれを身に着けて下さい。目立つ頭は、面に鬘誂えときましたんで見た目に問題は生じない筈です。牢も仲間とは別なんで、短い時間ならなんとか誤魔化せると思います。ていうか誤魔化して下さい。それこそ眠いから口ききたく無いとかで構わないんで。一応面には変声器を付けてありますが、余り口開くとぼろが出るかも知れませんし」
 「つーかお前、」
 どんだけ周到なんだよ、と言いかけて止めておく。ここ数日の山崎の努力は、地味ではあるが有効に過ぎるものなのは、改めずとも知れたからだ。監察として潜入任務は慣れたものである、と言う点から見ても、相当に良い仕事をしている。……様な気がする。
 そうして呑み込んだ言葉の代わりに大きく嘆息してから、銀時は質問の角度を変える事にした。
 なんと言うか、素直に賞賛するのも癪だったのだ。
 「本物の朝倉何某とやらは?」
 「闘士として時折牢から出されていた様でしたから、先程そこで捕まえておきました。ちゃんと閉じ込めてあるし、脱走は出来ない様にちょっと細工もしましたんで大丈夫です。あ。後で朝倉が喋っている時の録音を聞いて貰いますよ。大体どんな人柄なのか参考にして貰わないと、流石に付け焼き刃過ぎて直ぐバレちゃうかも知れないんで」
 牢に『戻った』ら、適当に、ちょっと自由貰って外行ってた、とか言い訳しといて下さいね。
 そう、始終軽く言い切られたが、実際の朝倉何某から見れば災難極まりない話なのではなかろうか。どこでどんな風にふん縛られているかは察する他ないが、早い所解決して法の裁きにかけてやる方がまだ優しいと思える。
 「土方にはこの事は?」
 この事、とは、朝倉何某の事や、銀時が潜入する事について、である。すれば山崎は、はあ、とあからさまな溜息を寄越した。
 「言える訳ないでしょう。最低限、地下の煉獄関の所在、朝倉や神明党が佐久間の手の内にある、と言う事ぐらいは本来ならお伝えしたい所ですが、そうなるとなし崩しの芋蔓式に旦那の潜入もバレかねませんし。ていうか副長のが逆に短気起こしてボロ出しそうです。まあ俺がこうやって潜入に成功している時点で信頼は頂ける筈なんで。また副長への隠し事を重ねるのは心苦しいですけど、大事の前の小事として、ここはなんとか涙を呑みますよ俺は。後で殴られる覚悟は疾うに出来てます」
 確かに、今の土方が銀時の助けを必要とするとは到底思えない。寧ろ朝倉何某に銀時が変装している、などと言う事が土方にバレれば、その場で自棄を起こしかねない懸念もある。
 何故ならば、土方は『銀時を護る為』に今の状況を甘んじて受けているからだ。その銀時が土方を救出しようと手を貸すと言う事は、土方が取った行動そのものの根幹から崩れかねない。
 言い換えよう。「お前のした事は無駄だ」と突きつける様なものだ。
 だから、出来れば土方には、銀時が『此処』に居る事そのものから気付かれてはならないのだ。
 何でも無い様に、全てを終えた後の土方に会って、知らぬ振りをしながら『仲直り』を申し出るぐらいに、銀時は愚鈍であるべきなのだ。
 沖田の助けですら土方は本来望まないだろう。まあそれについては、捕り物の一環だからと突き通す事が叶う。沖田にとっては、いつかの煉獄関での借りを返すと言う形にもなる。
 だが、銀時はそうは行かない。
 土方は銀時を騙し仰せたと思っている筈なのだ。
 真選組や自分の為に、銀時を裏切って。銀時はそれを軽蔑して、それで別れた。──そう、思い込んで居る筈なのだ。
 土方のした事や、想いを考えるならば、銀時はそれを肯定してやらなければならない。ならない筈だ。
 「じゃ、已然変わらず。俺もあの子を騙し通す役な訳だ」
 「………」
 投げ遣りにでも聞こえたのだろうか。銀時の呟きに山崎の応えは返らなかった。
 がたん、と今度は予告無く段差を越える音と振動。それから、「静かにしてて下さいね」と声がかかり、誰かと遣り取りをしているらしい気配と、銀時の潜む箱の上に詰んである、カモフラージュ用の荷が開かれ中身を確認する様子。その後無言で運ばれて行く所からして、どうやら敵地に潜入することに成功したらしい。
 ざわめきの様な音のする中を、がらがらと運ばれていく。細かな振動。
 万が一妙な気配がしたら直ぐ動ける程度には身構えつつ、銀時は箱の暗闇の中で目をそっと閉じた。無論眠る訳ではない。
 土方が銀時を嘘で遠ざけた事には、感情的な理解は出来る。納得は到底出来やしないが、あの偽悪的で不器用な男なら、間違いなくそうするだろうと言う確信もある。
 ついでに言うと、そのことで幾ら疲弊すれど、どんな目に遭わされようと、土方がまるで後悔などしていないだろう事にも、確信がある。
 あれはそう言う男だ。物騒で不器用で馬鹿で自分勝手で内罰的で。……憎まれ役を受けるのが得意な、優しい鬼で。
 両思いだ、などと浮かれ果てている男に、冷や水を平気で浴びせてくれる様な恋人だ。
 自分を斬る覚悟までしながら、手のひとつだけを握り返して──それ以上は何も求めないし、何も口にはしようとしないし、そこからなにかを得ようともしない奴だった。
 否──得ていたのだろうが、それを形には決してして見せない男だった。
 (まるで、決闘に応えたみてーに、負けん気の強さだけであん時お前は笑ったんだよな)
 過ぎた情はいらない。だから、これをくれてやることしか出来ない、と。
 そんな土方へと、銀時は自らの想いらしきものを告げた時、「お前がお前だったから」と言った。
 今になって全てを肯定しようとは思わない。教えてやろうとも思わない。口にする必要があるとも、矢張り思えない。
 ただ、あの時から、掛け違えた釦の様な何か、少しずつ生じたずれがあって、それが気付けばこんなに大きな溝になって仕舞った気がする。
 お前がお前だったから。
 だからきっと、お前は正しく間違えた。
 俺はそれを正す事が出来ずに甘んじた。
 (なぁ?お前はどうして、俺を──俺たちを護ろうだなんて思ったんだ?)
 問いは理解のある痛みだから、銀時の口からは決してこぼれない。
 そう。あれは、そう言う男だから。だからこそ、惚れて仕舞ったのだから。
 (多分、)
 俺はこれからきっとお前を酷く傷つけるんだろうと思う。
 でも、きっとお前はその前にも平然と立つのだろう。
 
 
 朝倉何某の演技は存外に成功したと見て良い。土方は朝倉と面識がない為に、騙されて然るべきだった。が、佐久間までが全く気付く気配がないのには流石に薄ら寒いものを感じる。
 本当にあの老人は、人以下のひとを駒の様にしか見ておらず、その人格などまるで気にしていないと言う事でもあるからだ。
 無論、特別に銀時の演技が優れていた、と言う可能性も無きにしも、なのだが、別の牢に収監されていた神明党の部下達は何度か訝しむ様子でいたので、まあそれは無いだろうと言える。
 女物の単衣を、腰紐一つで縛って纏った姿の土方が現れた時には、銀時は佐久間への憤りで眩暈さえ憶えたものだった。首の鎖も、不自然な衣服も、土方を人間として扱う気など無いと言う表れでしかないからだ。
 それ以上目の前で土方が嬲られるのを見ておれず、つい手を出してみて気付いたのは、土方にはまるで諦めの気配が無いと言う点だった。
 銀時も当然辱める意図など抱いていなかった為、なんだかんだと途中で止める心算でいたのだが、手加減をすれば逆に手酷く反撃を受けかねないほどの気性を見せつけられた気がする。
 土方を襲撃から助けた翌朝に、沖田から渡された煙草。渡し損ねた、と帰路で気付いてみれば、それはどうやら真っ当な煙草などでは無い様だった。開けた訳でも沖田自身に訊いた訳でもないが、碌でもない代物なのは間違い無い。軽く振ってみれば水音の様なものが聞こえたので、そこで既に察する所だ。
 それを思い出し、いつか渡せたら渡そうと持ち歩いていたそれを、咄嗟に土方の手へと押しつけた。
 素面の時であれば、明かに何かの仕掛けのある煙草が沖田の悪戯の代物であると知れば、土方はそれは怒るだろう。だから、渡すのは『仲直り』が出来てからと決めていた。
 お見舞いだ、と口にしても、土方は目の前の鬼面の男が銀時であるとは到底結びつかない様子だった。
 鈍い、というよりは、銀時の介入の可能性を考えにすら入れないようにしているのやもしれない。
 少なからず、お見舞いの激辛マヨネーズ、と沖田を連想する単語を添えておいたのだから、見た目通りのただの煙草と取る筈はない。もしも扱えるならば、それを反撃の一手に使えれば良い、と言う程度の気休めだ。
 ……気休めに過ぎずとも。何か、お前の助けになるものがあるのだと。居るのだと。伝えたかったのかも知れない。
 再び鎖の音と共に連れられた土方が、この後どんな目に更に遭わされるかは知れない。地下牢での遣り取りは、朝倉が銀時の変装であったことを思えば、単なる茶番だ。
 だが、それを知る由もない土方は、間違いなく覚悟の中で怯えていた。
 それはそうだろう。刀を奪われ、鎖で繋がれ、女物の着物を纏わされ、『敵』の嘲弄に曝される事が、どれだけの恐怖や屈辱を生むか。解らない筈がない。
 せめて、と寄り添おうと思えば、嫌悪感に肌を粟立てているのが解った。
 『朝倉』に対して挑戦的な物言いをしながらも、敵地でギリギリの場所に立って、己の持ち得る細い一本の糸にすら縋って戦おうとした。あの様が。
 沖田であれば、馬鹿な戦い方だと、忌憚なく口にするのかも知れない。
 だが、銀時にとってそれは、余りにも胡乱で剣呑なものにも見えた。
 土方がしようとしているのが戦いなのか、それとも危うい悪足掻きなのか。
 こんなに傍で、お前を助けようとしているのに、それすら口には出せない。
 こんな所で、お前の精一杯の強がりを見ているのに、手すら伸ばせない。

 ──それでいいのだろうか、と。ふと、疑問が湧き起こった。







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