散華有情 / 2



 「それは参りましたね」
 そう、態とらしく肩を竦めてみせる男の、携帯電話のディスプレイに落とされた侭の三白眼を、土方は思いきり睨みつけた。
 忙しなく動く佐々木の指先が果たして、メールを作成しているのか、SNSにつぶやきでもしているのか、日記でも記しているのか、ゲームでもやっているのか。それともその何れでもないのか。どれでも構わないが、癪に障るのは佐々木のそんな態度そのものにではない。男の眼差しや意識は確かに携帯電話に向けられていると言うのに、仮に土方が今すぐ抜刀して斬りかかったとして、何故か平然と受け流される様な気がする、そんな己の予感めいた(しかも恐らくは正しい)感覚に、だ。
 そんな相手を前に幾ら視線で何かを訴えた所で無意味だろう。寸時考えた土方だが、結局溜息と共に瞼を閉じた。短くなりつつあった煙草を、卓の上に鎮座しているクリスタル製の灰皿へと押しつけるとソファの背もたれに思い切り寄り掛かり、足を組んで新しい煙草に火を点ける。
 そうしてたっぷり数十秒は沈黙してから、極力不貞腐れた調子にならない様気を遣いながら口を開く。
 「何がだ」
 「同じ警察組織の人間として、アナタに協力を願い出られるのも、私がそれに応じるのも全く問題はありません。が、」
 妙な所で切られた。携帯電話を一心不乱に操作する佐々木の姿だけを見れば、会話に意識が行っていないから、と言う様に見えるかもしれない。
 だがそんな事は有り得ないのだと土方は知っている。
 よく女性は電話をしながら時間が勿体ないと部屋の掃除を始めたりすると言う。一度に二つ以上の別の事を平行して行うのは普通困難な事だが、片方は口を動かすだけ、片方は手を動かすだけ、と言う完全分業なので、理屈では適う話だ。だがこの場合の問題は体ではない、二つの事を同時に行う脳の処理能力だ。土方はこれが余り得意な質ではなく、書類Aを片付けながら似た書類Bの事を考える事が出来ても、書類Aを片付けながら近藤と世間話などは出来る気がしない。
 そこにきて佐々木はその、所謂マルチタスクが得意なのだろう。今も携帯電話の操作に集中している様に見えるが、頭の中ではあれやこれやと碌でもない事を考えているに違いない。
 「……ですが」
 言い直す。特に意味がある風には見えなかったが、土方は辛抱強く佐々木が紡ぐ続きを待った。快諾すると言いながらそれを打ち消す先にどんな下らない嫌味が待っているだろうかと思いながら。
 すると、やがて佐々木はぱちりと携帯電話を閉じた。重たげな瞼に半分ばかり隠された眼球がここに来て漸く土方の姿を捉える。
 「………………そう。対外的には何も問題は無い事ですが、ご存知の通り我々は現在、最重要参考人でもある佐久間殿の家人の見張り──もとい、護衛を命じられた身です。おいそれと縄張りに他の組織の人間を入れる訳にもいきません」
 「散々タメ作った挙げ句『そう』、ってなんだ。テメェ実は全然頭に入って無かっただろ人の話」
 「いえそんな事は。ただ少し良いカードが出たので我知らず夢中になっていた様です」
 「やっぱゲームやってんじゃねーか!──〜テメェな、客として来た人間に対する礼儀みてーなもんとか、社交辞令程度で良いから見せるくれェの努力しろや!」
 マルチタスク云々、と評価までして散々待ったもとい待たされた事に対する憤慨に、思わず土方は声を上げずにいられない。が、抜刀にまで至らなかったのは、そう、自らで口にした通り、自分が飽く迄『客』として此処に来て居るのだ、と言う事を忘れなかったからだ。
 と言うより、それを忘れたら本末転倒である。わざわざ、用事もないのに庁舎に赴いて見廻組のオフィスへと佐々木を訪うなど、常の土方からすれば考えられない様な話だ。自分自身で反芻しても気持ちが悪い。
 「ですからこうして丁重にお持てなしをしているじゃありませんか。土方さん、アナタがわざわざこの様な所まで足を運び、その上で私を指名してまでお望みなのは飽く迄対等なギブアンドテイクでしょう?ですから私はアナタがエリートの執務室で緊張し萎縮する様な事のない様、ナチュラルに接している迄です」
 丁重かどうかは知らないが、大凡仲が良いなどとは言えない真選組副長の急な来訪に対して、局長と一対一で会話する場をきちんと設けられ、懐刀である今井信女が近くで監視や護衛などをする様な事も無かった。刀も取り上げられてはいない。
 客用の、簡易的だが決して安物ではない応接セットの卓には、玉露らしき茶と、どう言う組み合わせなのかドーナッツがお茶請けに供されている。
 それに加え、佐々木が使う事は無いのか、戸棚からわざわざ出され目の前に置かれた灰皿はクリスタル製の無駄な高級品。
 もてなし、と言えば実に形式通りではある。
 オフィスの奥詰まりにある佐々木の執務室は、事務フロアの一角を壁と窓とで仕切った場所にあった。元よりフロア全体が広いが、このスペースも結構に広い。
 オフィスに面した窓には今はブラインドがしっかりと下ろされているが、普段は上げてあるのだろう。昨今の企業のオフィスの様に解放感のある印象を受けるが、組の人間の働きぶりをいつでも上司が眺めている、気分はどんなものだろうか。そんな事を思わないでもない。
 少なくとも土方からすると、ナチュラルにしていようがなんだろうが、この底の知れないエリートが相手だと思うだけで、落ち着く、と言う状態からはどうした所でかけ離れる。
 「エリート様流の見え透いた嘘も下衆じみた言い種もどうでも良い。
 無理を押して頼みに来た訳じゃ無ェんだ、現場に関する物証の件でなら、テメェらが佐久間邸を張ってた所で真選組(ウチ)にも捜査権がある。ただ、予告も無しにいきなり真選組副長が警察車輌で乗り付けたとありゃァ、そちらさんにも迷惑だろうと。気を遣って予め局長殿に確認と言質を取りに来ただけだ」
 欲しいのは許可ではない。予告に対する諾の言葉のみだと暗に言い切る土方に、「ふむ」と鼻を鳴らす様な頷きを返して、佐々木。
 「わざわざ『客』として、と言いつつ。菓子折代わりの『手土産』まで持参しつつ。それでいて随分な言い種ですね」
 「……言葉の綾みてェなもんだ。挨拶代わりのな」
 土方の言葉尻と行動とを的確に捉えた指摘に、これならいっそ携帯電話をいじりつつ気も漫ろに会話している方がマシだったか、と。ちらりとそんな事を考えながら、土方はソファの背もたれからスプリングの勢いを使って身を乗り出した。
 「で。呑んでくれんのか、くれねぇのか。どっちだ」
 膝についた肘で頬杖をついて、土方はのらりくらりとした態度を崩さない佐々木へと詰め寄る。
 すれば佐々木は、手をつと伸ばして湯飲みの蓋を取った。ず、と音を立てて一口啜ると、その淵から土方へと視線を向けて来る。
 「先に申しあげた通りですよ。捜査協力、と言う名目自体に問題は何もありません。行為にもです。ですが、真選組の副長殿が『個人的』に、佐久間邸と言う『縄張り』の主である見廻組の局長へとお伺いを立てに来た、と言う事は少々問題です」
 「そのぐらいオフレコにするくれェの融通は効かせろや」
 「そうだとしても、です。問題の本質は、真選組の副長が単独で、見廻組管轄になった場所での家宅捜索の続きを行いたい、と言う点にあります。仮令、今アナタがここに居るのが、私とお茶を楽しみたかっただけであって決して職務絡みの事ではないとしても、です」
 「………………寒気のする様な例えだが、要するに、俺が単独で『個人的』に見える状態で、テメェらのお仕事中の縄張りに入るのが問題って事か」
 煙草を灰皿に押しつけながら、寒気を感じたその侭と言った表情で思い切り口の端を下げた土方へと、佐々木は鷹揚な仕草で頷きを返した。節くれ立った指に摘まれた湯飲みが卓へと戻る。
 この分だとこの話し合いは、土方が好んで佐々木と茶を愉しみに来た、と言う事にされそうである。
 「なんならまた見廻組の扮装でもしてやろうか?」
 「アナタは顔が目立つのでお勧め出来ません。こちらとしても部下に箝口令を敷く事も考えましたが、噂は何処から漏れるか解りはしません。エリートとは言え人間ですからね」
 エリートの優位性を常日頃から標榜する男にしては少しばかり珍しい言い種だが、妙な説得力があった。提案は却下された形だが、どうせ冗談で口にした事だから構うまい。「ふん」と息を吐いた土方は、実用性も使用感もまるでない灰皿へとまだ長い煙草を押し込んだ。「で?」と続きを促しながら湯飲みに手を伸ばす。
 向かいでは佐々木が、買って来た箱の侭卓に置かれていたドーナッツを摘み上げている。団子が連なり環になった形状のそれを無造作に一つ囓りながら、
 「簡単な話です。アナタ一人の『個人的』な用件ではないのだと、周囲にはっきりとそう見える様にすれば良い」
 欠けた環を指でくるりともてあそんで、佐々木は酷くあっさりとそんな事を言った。
 
 *

 そんな経緯で、土方が一人で済ませる心算だったこの『用件』に、局長と隊士数名が同行する事となったのだった。
 この佐々木からの提案で、見廻組へ対外的に「これは重要な捜査である」と示されたのは間違い無い。数日前の土方の訪い──名目は仲良くお茶だとかなんとかだが──と結びつければ、ある種の不穏さを感じさせるが、それがより真実味を増させている。
 実際、名目は家宅捜索だが、本来そんな仕事は鑑識や監察に与えられるべき任務である。そこに来て局長と副長と言う組織のトップが出張って来たと言う事実は、コトが上の者らの間で極秘に取り扱われるべきものだと暗に物語っている。
 この離れの周りで警備に当たっている真選組隊士らも、局長副長が雁首揃えて一体何事かとは思っている事だろう。この上まさか彼らの手まで手前事に借りると言うのは──しかも徒労に終わるかも知れないものだ──捜し物の質以上に論外だ。
 だが、この侭だらだらと探していた所で進捗が良くなるとも思えない。夜通しエリートの嫌味を聞きながら家捜しをするのだけは勘弁願いたい。
 「あるか無いかも知れないもの、ですか。将軍家の埋蔵金でもお探しで?、と言う訳でも強ち無い様ですが」
 と、不意に佐々木が冗談めかしたそんな事を口にするのに、縁側の廊下へと向かい掛けた土方の足が止められる。ここに来て始めて感情の様なものの僅かに見えたその言葉に思わず振り返ってみれば、丁度佐々木が頻りに操作していた携帯電話を胸ポケットへと仕舞い込む所だった。
 く、と。その喉仏が僅かに動いた。笑ったらしい。
 「単なる邪推ですがね。荒事以外は存外慎重なアナタにしては珍しい、と思ったもので」
 「…珍しい、だァ?」
 振り向いた土方の睨む様な視線を、笑った事に対する憤慨と取った様だ。首を竦める様な仕草をしてみせる佐々木を、結果益々土方は睨め付ける羽目になった。
 開け放った押し入れへと首を突っ込みかけていた近藤の頭が、如何にもはらはらしている感そのものの表情を乗せてこちらを向いているのには気付いていたが、土方はそれをきっぱりと黙殺した。
 「ええ、」
 訝しんで上げられた土方の声音に、ひとつ頷いて、佐々木。
 「存在の真偽をも疑う様なものを、見廻組──もとい、私に借りを作ってまで探そうとはしないでしょう、アナタは。
 ですから、此処にこうして立っている時点でアナタには確信がある筈なんですよ、土方さん。アナタの個人的にどうしても確保しておきたい、その、『あるとも知れないもの』は確かに存在しているのだと」
 「………」
 見事な迄の正論だ。ついでに正解だ。だがその通りと肯定するのも癪で、土方は無言の侭口の端を僅か下げた。
 実の所、佐々木に借りを作る様な真似をせずとも、監察──山崎にこっそりと泥棒の真似事をさせるだけでも用は足りたのだ。警備の厳重な母屋ではない、部屋の主の永遠に不在となった書斎になど忍び込むのは易い。山崎であれば、そうと知られる痕跡も残さず見廻組の警備なぞかいくぐって目的を達成する事は叶うだろう。
 だが、土方がそれを命じず手ずから佐々木を訪ね『頼み事』をしてまで佐久間邸を訪ったのは、単純に、後ろめたかったからである。
 もっと正直な所を言って仕舞えば、近藤に対してもそれは同じだ。こんな大仰な『形』を作って貰ってまで探したいものでもない。探して貰って良いものでもない。適うならば一人で全てを行いたい所だった。疲労も、徒労も。……諦めも。
 「借りを作った心算も無ェよ。望みがギブアンドテイクったのはテメェの方だろう」
 煙草が欲しい。心底そんな事を思いながら、土方は殊更傲慢な態度に見える様に顎を擡げた。鼻を鳴らして笑う。
 「ま。特に必要もないギブでしたがね。さして力の無い手札と承知で、それを隠して挑んできたアナタの『必死』さとでも言いますか。切実さと言うべきでしょうか。その正体が何処にあるのかに興味が少々あっただけです」
 そんな土方の態度を虚勢や負け惜しみと正しく取ったらしい、佐々木がうっそりと笑いながらそんな言葉を紡ぐのに、感じたのは反発よりも嫌悪感だった。
 どこまで本気なのかも解らない、そんな男の面白がる様な態度へと、土方は湧き起こった嫌悪感も露わに吐き捨てる。
 「……そう言う意味でのギブアンドテイク、かよ。エリート様は趣味の悪さも一流の様だな」
 「アナタに誉めて頂けるとは光栄だ」
 興味、と佐々木は口にしたが、実際は興味と言うより単なる好奇心だ。或いはイヤガラセか。それそのものの正体が気になると言う訳ではなく、土方がその事で必死になっているその姿を、その様をこそ知りたいと言う意味だ。
 先頃土方の感じた、佐々木の興味の無さと言う印象は何一つ間違ってはいない。興を惹いた要素が全く別の所にあると言う点では。少なくとも。
 露骨に舌打ちを投げて、土方は佐々木から視線を逸らした。嫌味はまるで棄て台詞の様で面白く無いが、事実その通りなのだから仕方あるまい。
 土方が、佐々木の指摘の通りの『必死』さで佐久間邸の捜索に当たるについては、少なくとも何らかの対価が必要だった。否、佐々木の事だ、対価なぞ無かったとして、土方の家宅捜索行為にぐらい一見親切そうに応じて見せただろう、とは思う。
 だが、それでも土方が『対価』を用意したのは、佐々木に対して無条件の借りなど作りたくはなかったからだ。
 佐久間の子飼いの部下が見廻組に間者として潜入している。佐久間の以前口にしたそれこそが、土方が現在真選組の任務行動に支障を来さない程度で、佐々木へと提供出来る唯一の情報、『対価』だった。無論それを聞いた当初に土方自身、佐々木がそんな間者の存在に気付いていない筈はない、と判じてはいたのだが、それでもそのぐらいしか用意できる手札は無かった。
 佐々木の挙げた例に倣って言うならば、場に伏せて出したカードは役すらないブタか、辛うじてワンペア程度。それでも土方は勝負に出て、佐々木はそれに応じた。土方がそこまでする程の『もの』が何であるか、にではなく、一体どんな無様な真似をしてまでそれを回収したがっているか、と言う方への好奇心に負ける形で。
 結局、土方は自らの性格上『対価』を出さずにいられず、佐々木はそんな土方の形振り構わぬ様を嘲笑だか観察だか、堪能していると言う訳だ。ついでに、『対価』が無効手であると示す事で余計な徒労感まで与える事も忘れない。
 (つくづく厭な野郎だ)
 あの腹の読めない半眼エリートの事だ、尤もらしく土方を言い負かす理由を敢えて挙げて見せただけで、その本意が別の所に無い、とは言いきれない。だからこそ余計に油断がならなくて、忌々しい。踊らされる形で『借り』を作って仕舞った立場である以上、余計に。
 胸中同様の不機嫌さを隠しもせず、土方は書斎を横切って、余り憶えの良くない寝室へと入った。これ以上あの鉄面皮に──そんな成分はまるで見て取れないのだが──嘲られるのに比べれば、少々胸が痛いぐらいで済むこちらの方が余程マシだ。
 部屋の中央──布団の敷いていない所を見るのは初めてだった──に踏み入ると、土方はぐるりと頭を巡らせた。一応、佐々木がちょっかいを出しに来る前に粗方の家捜しはした後だ。それでも目的のものの見つからない手詰まりが、近藤との最初の遣り取りに繋がる。
 (天井裏、ね)
 思って天井板をちらりと見上げる。悩むまでもなく、無い、と断言出来る。あの老人の性格を考えると、そんな一般小市民的な思考に至る筈も無いだろう。
 (寧ろ。大事なもの、じゃねェから見つからないって言い方も出来んな)
 思えばうんざりと溜息が漏れた。と、なるとやはり、パソコンなどのデータとして保存されている可能性が高いだろうか。もしもそうだとしたら、データの検索だの回収だのは土方の領分では無い為、結局は鑑識の世話になって仕舞う。
 いっそ存在を確認せずに、用心と思ってPCの類を全部物理的に破壊した方が楽かも知れない。『見つからなかった』事実だけはいつまでも土方の記憶と畏れとに突き刺さり続けるのだろうが。
 天井板から視線を戻した土方が書斎の卓上のノートPCへと振り向けば、ラップトップの蓋を丁度佐々木が開いた所だった。
 「オイ、飽く迄家宅捜索の申し入れをしたのは真選組(こっち)なんだ。勝手に証拠品いじってんじゃねェよ」
 「アナタ方の用件について余計な手出しをする心算はありませんよ。私の用事は別件です。それこそ、アナタから頂いた対価──いえ、『土産話』の手がかりが何かしらあるやも知れないと思い立ちましてね」
 「白々しいんだよ」
 立った侭長身の腰を屈めてキーを幾つか叩く佐々木の片眼鏡に、ディスプレイの青白い光が反射している。その下の三白眼が左右に忙しなく動くのを、土方は一蹴して睨み見ていたが、結局溜息をひとつ吐くと書斎へと戻る事にした。ここから悪態をつき続けた所で、佐々木の手が止まるとはとても思えない。
 土方の持って来た『土産話』こと、見廻組内に居る間者──、の手がかりを探す、も何も、抜け目のないエリート様なら既に目星ぐらいはつけている筈だ。改めて調べる迄もないだろう。
 そもそもそれ以前に、その間者が佐久間の配下の人間──警察組織内部で見廻組を良く思っていない勢力の者──であれば、飼っていた上司が極秘扱いとは言え、逮捕・始末までされているのだ。余程馬鹿でもない限り巻き添えを食う前にとっとと行方をくらませている筈だ。
 つまり、佐々木のこの行動もまた、土方に対する嫌味、と言うより、その反応を楽しむ程度のものでしかないのだろう。
 「おい、トシ…、」
 押し入れから離れた近藤がこそりと名前を呼んで来るが、土方は軽く肩を竦めるのみで返した。恐らくは「大丈夫なのか」と言いたいのだろう。──大丈夫だ。解っていたし、予想もしていた。
 警察組織下である見廻組の局長の佐々木が、坂田銀時の正体が『白夜叉』である事を隠匿した──少なくとも公文書には一切その真実を伏せた──その目的は知れない。そして、佐々木が『白夜叉』の文字列を調書からも報告書からも執拗に消したのであれば、土方が同じ目的で動いていた事にも容易く気付けた筈だ。
 と、なると、万事屋と真選組、ひいては銀時と土方との間に特殊な『何か』の事情或いは関係がある、と言う可能性に辿り着くのは必定。
 後は幾らでも邪推が適う。男同士の露骨な関係性を示す様な真似を、公に晒す愚を土方は決して犯さなかったし、銀時とて両者の『恋人』じみた関係が下らないゴシップの類として明るみに出る事は決して無い様に気を付けてはいた。
 然しそれは飽く迄素人相手を想定した対策だ。例えば、偶々ゴシップに餓えた雑誌記者、通りすがりの噂好きの人間。顔見知り以上の知り合い。エトセトラ。そう言った手合いの『目』をすり抜ける事は心得一つあるだけで適う話だ。
 だがもしも。『本気』で二人の関係を調査しようと言う『目』に対しての防御方法など、極端に結論付ければ存在しない。例えば監視カメラ、例えば隠密活動に慣れた情報部の人間。あらゆる手段で暴こうとする相手に対して仕舞えば『秘密』の漏れ出る場所など、考え数え挙げればキリがない。
 だからこそ、佐久間の部下の何者かは、銀時と土方との『関係』を知るに至り、佐久間にとっては土方を黙らせる格好の材料を手に入れる事となったのだ。
 佐々木も同じ事をしたとは思わない。が、少なくとも佐々木は銀時と土方との関係を、それが何らかの情を伴う類のものであると言う事ぐらいは知っているだろう。或いは、想像がついているだろう。
 思えば。そもそも事の発端である、佐々木鉄之助を間に挟んだ真選組と見廻組との小競り合いから、既におかしな話だったのだ。
 見廻組が銀時を逮捕したのは偶然だったのか。何故、銀時が真選組と浅からぬ因縁を持つ縁者であると知った後でも、それを雇ったりなどしたのか。何故、外れても問題のない歯車にしたのか。何故、騙し討ちのし易い役割を宛がったのか。何故、事の後にその正体の一切に纏わる話を伏せたのか。
 考えれば考えるだけ、そこには佐々木の、恣意的とは大凡言い難い何かしらの意趣が籠もっている様にしか感じられないのだ。
 (面白く無ェ話だ)
 良い様に釈迦の掌中で転がされているとは思わないが、真に転がしている心算の者であれば、思う様になどなって堪るかと言う、土方の僅かの抗いでさえきっと掌中の些事に過ぎないのだろう。
 とんとん、とキーボードを指先で適当に弾いていた佐々木だが、土方がモニタを覗く為にその背後に近付くと、それを待っていた様にその場に腰を下ろした。
 胡座をかいたその背後に拡がる、白いコート状の制服を踏まない様に注意しながら、土方は遠慮なく佐々木の斜め後ろに陣取る事にする。
 こう言う佐々木の些細な行動にすら、今し方の『掌中』のイメージに合致しそうで、土方は顔を顰めながら腕を組んだ。液晶画面の傾斜角度を、座る自分にも、見下ろす土方にも支障の無い様な角度へと調節している佐々木の後頭部を忌々しく睨み下ろしてから、そっと視線をモニタへと向ける。
 これが吉と出るか凶と出るかなど知れないが、取り敢えずはエリート様のお手並みとやらを拝見しよう、と半ば開き直りながら。





佐の字がゲシュタルト崩壊。あ、切れ目が悪いんで文脈が乱れまくって後出しになってます色々…。

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