散華有情 / 10



 思い当たりが無い、とは普段ならば思わなかったかも知れない。何しろ一応は脛に傷のある身だ。攘夷戦争当時にまで遡れば心当たりのありそうな事無さそうな事山の如し。
 とは言え、戦時下の事は最早何処に責があるかも知れず、また、銀時自身も真っ当な人の道を外す様な真似──夜叉(おに)と呼ばれた人間が何を言うのだ、と当事者達には笑われるかもしれないが──をした覚えはない。戦場と言う特異な環境、天人と言う敵対勢力と言う点を考慮すればそれは猶更の話だろう。
 同じ状況であれば。寧ろ銀時が『思い当たり』として手繰るのはここ数年の方だ。万事屋と言う違法スレスレ且つ定義の不明瞭な職は、銀時自身も意図せずして犯罪行為になりかかる事もままある。と言うか軽犯罪や軽い刑法違反なら、ひとつひとつ数え上げてみればもう既に山積みのレベルだろう。
 それらも、大概はなんでかんでお咎め無しとなる。それは依頼人からの証言だったり顔馴染みの知己たちからの保証だったり。そうする内に町奉行の同心も慣れっこになり「またか」と言う目でしっしと手を振って寄越す様になった。
 警察──真選組に縄を掛けられた事も幾度かあるが、何れも軽く調書を取る程度で放免されている。本当の意味で警察署の牢に犯罪者としてブチ込まれたのなど、ついぞこの間の、見廻組に誤認逮捕された時くらいのものだ。
 よりによって逮捕状まで突きつけられるなど。今までに例も憶えもない。
 ともあれ──記された罪状に思い当たりなど、ある様で、無い。より正確に言うならば、思い当たる『関連するかも知れない出来事』らしきものは僅かにあれど、実用的な疑惑の意味で関係した憶えが無いのだ。
 否。自分が仮に関わっていたとしたら、こんな『事件』になどしなかった。そんなことは、赦さなかった筈だ。
 「……納得は頂けましたか?」
 思考の狭間で睨みつける、誤認逮捕をいつかやらかしてくれた男が相変わらず淡々とした調子で言うのに、銀時は答えなかった。
 どう、何を。どう納得しろと言うのか。
 どくり、とこめかみの辺りで鼓動の音がした。厭な汗が背中を冷やす。手の中ですっかり握り潰して仕舞った紙面──逮捕状とやら──がかさかさと音を立てていて煩い。震えているのか。らしくも無い事に。
 「……、れは、」
 「銀さん!一体コレどうしたんですか銀さん、神楽ちゃん!!ちょっと、人の家の前で何なんですかあなたたちは!?」
 眩暈にも似た、脳髄を揺さぶる警鐘に銀時の思考が揺らぎかけたその時、階下から聞き慣れた声が聞こえて来た。思わず三和土から半身乗り出すが、佐々木の手の制止にやんわりと止められて仕舞う。
 ぐ、と思わず銀時が一歩下がりかけた時、その横をするりと通り抜けた神楽が、そこに立っていた見廻組隊士らを軽く押し退け手摺りから大きく身を乗り出した。両手で筒を作って大声を上げる。
 「新八ィ!銀ちゃん逮捕状アル!どっかのヤクザの女に手とか出したネ。このままじゃ銀ちゃん江戸湾コンクリ詰めバッドエンドルートになっちゃうヨ!」
 「ちょっと神楽ちゃーん、何さりげなく勝手に人の罪状捏造してんの。しかもすっげェ人聞きの悪い感じに」
 「選択肢はこれアル。
 1:大人しく従ってタコ部屋(謝り倒す
 2:大人しく諦めてコンクリ風呂(諦める
 3:大人しく盗んだバイクで走り出す(逃げる
 さあ、どれにするアルか?」
 「どれ選んでも行き先解らなくなるから。夜に逃げ込んで自由にちっともなれねーから。括弧内のどれ選んでもバッドエンド確定だから。良いからお前もう黙ってろ」
 銀時は明るい桃色の頭に軽く拳骨をお見舞いした後、ご近所様にとんでもない嘘情報を発信してくれた神楽をぐいと引っ張り戻した。我知らず詰めた緊張感から逃れ、思わず溜息が漏れる。
 「まあ、強ち間違ってはいませんね。ヤクザの『女』ではありませんが」
 今度は大人しく少し脇に退いていた佐々木が、ぽつり、と他意など無い風情で投げて寄越すのを露骨に顔を歪めて睨み返す。なんとなく神楽の様子を伺って仕舞うが、幸いにか彼女が佐々木の台詞に反応した様子は無かった。
 「家の者です、通して下さい!」
 そこに割って入る様に、階段の辺りで見廻組隊士らと揉めている新八の声。振り向いてから、く、と顎をしゃくる仕草を佐々木へと向ければ、男はあっさりと頷きを返した。
 「構いません。彼らは未成年ですし、この件にも無関係です。通して差し上げなさい」
 打てば響く様な声だ。近藤の『大きさ』とはまた異なった質の、大勢を指揮し動かすのに慣れた、簡素な指示。平淡で感情の読み辛い音だが、ぴしりと鞭打つ様に兵たちを統率する『権能(ちから)』がある。
 佐々木の言葉を受け、見廻組隊士らが道を空ける様に隅に寄った。新八は少し苛々と、最後まで掴まれていた両腕を軽く振ってから、階段の残る数段を一気に上りきった。「銀さん!」そこに居並ぶ、銀時や神楽を遠巻きに包囲する様な白い警察を見て、狼狽の色濃い声を上げる。
 「あれ程ヤバい筋の女性には騙されるなって、いつも僕らが口を酸っぱくして」
 「オメーまでノッてんじゃねーよ!違ぇだろ!解るだろ、893さんとは真逆だよこの人たち、真っ黒どころか真っ白だよベタも変なガラトーンも無ぇだろーが、そもそも逮捕状っつったろーが、警察だよ警察!」
 「いやソレどっちもヤバいですから。どっちに転んでも人生リセットボタンに手が伸びますよ。一体何なんですか、どうしてこんな事に…」
 「そんなの俺が知りてぇわ!朝起きたらいきなりこうなってたんだよ、いきなりタコ型先生が担任になるから暗殺しろって言われたE組の気分だよ、ツッコミきれねーよ!」
 一頻り頭を抱えた後、雨雲の緞帳に向かって銀時は喚き散らした。血圧が高い。そこにまた正反対にも淡々とした佐々木の声。
 「ご心配なく。逮捕状が出ているのは坂田さん、アナタだけですので」
 「何が心配無ぇのソレ!っつーか、マジで覚えの無ェ罪状とか突きつけられても困るんですけどォ?こちとら一応は品行方正な一般市民なんですけどォ」
 「え。あ、そうですよ、容疑は一体何なんですか?銀さんが潔白だって言う証言くらい僕らがしますよ」
 「ああ…いやそれはいいから。証言とかなくても銀サン潔白だから。ボールドも吃驚の清潔な白さだからね?」
 ぽんと手を打ち真剣な表情を眼鏡の向こうに作る新八の顔を見返して、銀時はおずおずとそこから視線を泳がせた。手の中でぐしゃぐしゃに潰れた逮捕状の、罪状名がてのひらを通してどこまでも突き刺さる様な痛みを憶える。
 ……錯覚だ。解ってる。
 だが、それでも。ひとつ確かなのは、ここに記された容疑が──罪状が必要な事が、現在起きている、と言う事だ。
 『こんな事』で佐々木がつまらない嘘や、公文書をでっち上げてまでわざわざ、銀時に手錠を掛けに来たとは到底思えない。
 こんな、理由で。
 「いやでも、本当に冤罪ならちゃんとした方が…」
 「あー…、えっと、…その、だな」
 「新八、爛れたマダオの女関係なんて訊いても耳が腐るだけネ。訊かないでやるのが優しさアルよ」
 寸時返答に詰まった銀時を見て何を思ったのか。神楽は大きな溜息をついて肩を竦めてみせた。ヤレヤレ。擬声にすればそんな感じに。言い澱んだ理由としてはあながち間違ってないだけに、銀時には咄嗟に真っ当な反論が返せない。
 別に隠したい理由がある訳でもないが、余り公言して良いものでもない様な気がする。自分と言うより相手にとって。そんな恋愛事情につき。
 「あ…。そうですね。すみません、銀さん。でも僕らはどんな事があっても、どんなヤケドをしていたとしても、銀さんが有罪になる様な事をする筈無いって信じてますから。色々掛け合って、必ず冤罪だって事にしてみせますから。待ってて下さい!」
 すれば、常の無駄に空気の読みフォローするスキルを発揮した新八が握り拳を固めて言う。明らかに間違った頼もしさが実に恨めしい。無意味にキリッと光るメガネを叩き割りたい。
 「何、お前らの中で俺って何なの??なんか女関係に失敗して有罪判決確定で出ちゃうような男なの??」
 「ヘンなビョーキさえ貰ってなければ、銀ちゃんは銀ちゃんネ。女の失敗なんてヤンチャする男なら誰にでもあるってパピーも言ってたネ。でも子供に罪は無いからヒニンだけはちゃんとしとかないと駄目だぞ。って」
 「いやなんかもうどんどん酷くなってんだけどォォ?!銀さんの株価風評被害でガタ落ちだよ!警察じゃなくてオメーらが徹底的にトドメ刺してってるよ!て言うかデキ婚臭ェハゲ親父にだきゃ言われたかねーんだよ!」
 病気だの女だのヤクザだの、ご近所様が耳にしたら変な噂が立ちかねない。いや、そもそもそれ以前に朝っぱらから警察に自宅を包囲されている時点でお終いだったのかも知れないが。
 雨のしとしとと降り積む陰鬱な天気。万事屋の出入り口を封鎖する様に、更にはそこに住む住人と従業員とを囲んで、見廻組の白い制服達が威圧的に立っている。
 汗ばんだ掌で潰した、曰く逮捕状とやらを──そこに記されていた罪状、容疑の名前を、一度だけ脳裏で反芻してから、落ち着く様に息を大きく吐き出して、銀時は佐々木を振り返った。渋い表情になるのは承知の上で、問いを投げる。
 「……コイツは本当の話か?」
 すると佐々木は、銀時の問いがまるで理解出来ないと入った表情で目を細めてみせた。そんなつもりは本人には無いのかも知れないが、どこか他者を小馬鹿にした風にも見える。
 「順序がおかしな話だ。その真偽をアナタに問う為に、逮捕状が発行されて、我々が来たんですよ?寧ろその問いはこちらの口から出るべきものでしょう」
 「………………確証があっての事か。つまり、『結果』が既にある、と」
 「その通りです」
 至極あっさりとした調子で首肯を返す佐々木を睨んだ侭、銀時は胸中で呻く。
 昨晩の自分の行動を思えば、あながち的外れな『容疑者』の絞り込みではない。茶屋の口が硬くとも、それ以前の所在──飲み屋で二、三証言を取れば簡単に解る話だ。
 だからこそ妙ではある。結局時計は見なかったが、佐々木の口にした通りであれば今の時刻は概ね七時半。新八が出勤して来た事、神楽が寝惚け気味だった事も含めれば、万事屋の日常的には何もおかしい所などない。銀時が帰宅したのは午前様だが、それもよくある事だ。茶屋を出てからの『空白』は多めに見積もっても五時間程度だろう。
 (やけに手際が良すぎるんだよな…。しかも、どっちかってぇと当事者に当たる真選組じゃなくて、見廻組が出張って来るってのも……)
 仮に。『事件』が起きたのが茶屋を出た直後だとして。お役所も開いていない様な時間に、警察がこれだけ早く行動を起こせるものなのだろうか。
 「……銀ちゃん?」
 佐々木と睨み合った侭黙考に沈んでいた銀時の意識は、神楽に呼ばれて一気に現実に引き戻された。現実というより現状だ。在らぬ容疑をかけられ、警察に囲まれていると言う。最悪の。
 警察の組織内の事情など銀時には深く知れた話ではないが、少なくとも佐々木がこんな面倒な嘘をつかねばならない事態──或いは謀──は無いだろう。この男であれば謀のひとつやふたつ、もっとスマートにこなす筈だ。
 だが、先の問いへの答えが確かなものだと言うのであれば。それを捨て置ける筈もない。
 告げられた疑いと、『結果』とを。無視出来る筈もない。
 「おい、オメーら」
 一見一触即発にも見えかねない睨み合いから目を逸らして、銀時は改めて軽い口調で神楽と新八とを見た。きょとんと見上げて来る二人に向けてにやりと笑んでみせる。
 「これ以上このエリート様集団に居座られても近所迷惑且つ万事屋(うち)への営業妨害且つババアへの風評被害且つ銀サンの株価も底値更新中になっちまうしで。仕方ねーからちょっくらナシ付けに行ってくらァ。容疑認めちゃうとかじゃなくて、任意同行的な感じで」
 「令状が出ているので任意ではないのですが……まあ良いでしょう」
 銀時が応じる姿勢を見せた事でか、佐々木は少しだけ気の抜けた様な息を吐いた。手を軽く振る仕草をして見廻組隊士らへと引き揚げの指示を出す。
 ぞろぞろと狭い階段を下りて行く白服達の背中に向けて、神楽がふんとハナクソを投げつけるのを「女の子なんだから」と新八が宥めている。
 そんなよくある光景をなんとなく見ていた銀時へと、水を差す様な佐々木の声。
 「本来は規則ですから手錠を掛けなければならないのですが──、まあ、坂田さんなら大丈夫でしょう」
 大丈夫、とは、観念して大人しくしている、と言う意味ではない。事の真偽を自分の目で確認するまでは逃げなどしないだろうと言う意味だ。
 「嫌味どーも。カツ丼はちゃんと出るんだろーな?」
 「上カツ丼でも用意させましょう。余り高級過ぎても貧乏人には味の善し悪しなど区別がつかないでしょうから」
 再三の嫌味を重ねるなり、佐々木は携帯電話を取り出すと神速の動きでキーを叩きながら歩き始めた。振り返りもしない。銀時がついて来る事など当然だとでも言う様に。
 (ま。事実その通りなんだけどな)
 首の後ろを引っ掻きながら、
 「じゃ、行ってくらァ。悪ィがぱっつぁん、今日は臨時休業にしといてくれや」
 そう言い残して、銀時は佐々木の後を追った。
 「銀さん」「銀ちゃん」
 どうにもすっきりしない様な新八と神楽の声が背中を追って来るのに、銀時はぷらりと片手を挙げて応える。心配はいらないと言う心算で口の端を吊り上げて見せるが、寸時顔を見合わせた二人の表情はさほど晴れぬ侭だった。
 
 *

 銀時が促される侭に乗り込んだのはパトカーではなく、白塗りの公用車だった。覆面なのか護送用なのか知れないが、後部席と前部の運転席との間には透明だが頑丈な仕切りが入っている。
 一般的には、逮捕した人間を乗せる場合は後部席で、罪人の左右を警官が固めているものだが、今回は違った。佐々木が運転席の後ろ側に、銀時は助手席の後ろ側にそれぞれ座り、他に同乗しているのは運転手を務める見廻組隊士が一人のみ。
 スナックお登勢の周りに停車していた複数のパトカーたちが順々に発進していくのを、一体何事かと遠巻きに人々が見ている。朝の市街地には些か物々しすぎる光景だ。江戸の人々が噂好きと言う点を考慮した所で致し方あるまい。
 階段を下りて追い掛けて来た新八と神楽とを、スナックの入り口から顔を覗かせたキャサリンが捕まえているのをバックミラー越しに見遣ってから、銀時は掌の中でぐしゃぐしゃになった逮捕状とやらを、隣の佐々木へと投げつけた。
 「で?この正気を疑いたくなる様な罪状、いや容疑は一体何だってんだよ?」
 至近距離の攻撃をあっさりと手で受け止めた佐々木は、凶悪な表情で問う銀時に圧される風でもなく、しわしわになった紙を丁寧な仕草で開いた。ぱん、と膝上で伸ばした紙面を軽く叩く。
 「だから事実ですと先程から。坂田さん、アナタは容疑者であると同時に重要参考人になります。アナタが元攘夷志士、或いは攘夷志士と何らかの繋がりを持つと言う疑惑はかねてからありましたので、状況証拠と鑑みても、被疑者としては妥当な所でしょう」
 しゃあしゃあと言う佐々木。それを聞いた銀時の目つきはたちまちに悪くなった。こんなのと職務とは言え顔を付き合わせなければならない真選組の連中には同情を禁じ得ない。それは犬猿の仲にもなろうものだ。
 そんな事を考えながら苛々と、佐々木がシートベルトを装着するのに倣えば、待っていたかの様に車が走り出した。わっと散る見物人の間を摺り抜けて、たちまちに大通りに出て行く。
 朝だからか、街路に停車したトラックなどの運搬業が荷下ろしをしている光景があちらこちらに見える。その中を悠然と進むパトカーの群れ。一体どの様なものと映るのか。
 実のところ、江戸での車輌の普及は未だ捗々しくない。道路の整備はターミナルを中心とした新市街の整備と共に天人来航の黎明期から行われていたのだが、その行き届いた道路事情の割には市街を往く車輌はそんなに多くはないのだ。警察や緊急車両の類、人や物品の運輸業には比較的多く使われているのだが、一般家庭への普及はまだまだと言う状況である。
 駐車場の問題、そもそも雑多に賑わう江戸ではそれ程郊外への移動を必要としないと言う立地的な利便性の問題、燃料の問題、費用の問題、エトセトラ。レンタカーや駕篭(タクシー)が庶民の移動手段として巷間持て囃される様になったのなど、ごく最近の事だ。
 だからなのだろうか、広いばかりの道路を疎らに走る車輌たちの間を、警察車輌は殊更に堂々たる風情で抜けて行く。徳川の掲げる葵の御紋をひけらかしながら、罪人を護送する『正義』を市井へ知らしめるかの様に。
 ……あの時と、きっと同じ様に。
 「どうせテメーは端ッから、俺が犯人じゃねぇって事ぐらい察しがついてんだろ」
 何だか胸が悪くなって、吐き捨てる様な調子で銀時がそう投げるのに、佐々木は片眼鏡の位置を軽く直しながら、手にした侭だった携帯電話をぱたりと畳んだ。
 「まあそうですね。アナタが『こんな事』をしても何のメリットにもならない。自暴自棄になって、人ひとりを独占しようとでも魔が差せば有り得ない話ではないでしょうが。
 ですが幸い、アナタには未だ『荷物』がある。そう簡単に短慮を起こさない程度に抱えるものがある。あの子供らを放り棄てて行ける程、アナタは強くも愚かでもない。
 それこそ、アナタ一人の為に自らの身の破滅と言う、違えた選択を取って仕舞った土方さんとは違って」
 佐々木の放った毒の様な言葉に、銀時は剣呑に目を眇めた。
 「テメーが、アイツの事を解った様に抜かすってなァ、想像以上に不愉快だわ」
 刃で斬りつけるにも似た、鋭いが荒くはない語気に、佐々木は一瞬だけ黙ったが、次の瞬間には小さく嗤う。
 「組織人としては致命的でしょうが──、単純に興味は湧きましたよ。感情的な本質を鬼の面に覆い隠して強がるクソガキが、そんな外面すら取り繕えなくなる程に心を奪われた、そんな愚かな慕情とやらに」
 佐々木が揶揄混じりに猶も続けるのは、言う迄もない、先の、土方の応じた『取引』の一件だ。
 どうして、真選組や自身ではなく、坂田銀時を選ぶ様な愚かな選択をしたのか。
 結果的に全てが収まったから良いと言う話ではない。
 銀時がその事に負い目を感じるのは、俺への侮辱だと。土方自身にそう言われたばかりだ。
 だが、それでも銀時は土方の選択を愚かなものだと思う。貶める心算ではない。愚かで不器用な男の優しさが、ただただ愛しく思えるからこそ。
 其れを信念と言った。大事なものを護るべく選んだ、それが己の士道なのだと。言ったのだ。
 そんな男を、その心を、嘲笑われる様な真似は、我慢がならない。
 怒りに目の前が暗くなる。腹の底から沸々と沸き上がる様な衝動──殺意にも似た──を、然し銀時は無理矢理に呑み干した。
 今は、そんな事をしている場合ではない。この男を殴った所で何が解決する訳でもないのだ。
 「黙れよエリート野郎。無駄な腹の探り合いは止して簡潔に行こうや」
 僅かに。懐の銃を意識した体重移動をしていた佐々木は、銀時の険悪そのものだが妥協はある言葉を受け、ふ、と気の漏れる様な息を吐いた。足を組み直す。
 「全く。アナタ方は実に似た者同士の様だ」
 言い種から鈍い棘は消えたが、視線にはまだ少しの険を込めて。どこか呆れた風情でそうぼやくと、佐々木は改めて、先頃皺を伸ばした紙面を銀時へと向けた。
 何度も見る迄もなく、何度も見たいものでもない。
 容疑、罪状。逮捕の理由。それを記すと思しき欄には、丁寧なボールペン書きの文字列がひとつ。

 ──真選組副長・土方十四郎の失踪。営利目的の拉致或いは拐取の疑いあり。







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