誰も知らないひとつの叫びのために世界はある / 10



 ターミナルのセキュリティとして導入されているタレットとは、昨今銀行や民間で採用される事も多い、所謂自走式のセキュリティボットの事である。機能としては固定砲台、つまりはセントリーガンと同じ、射程内に『敵』が入ったら自動で射撃を開始すると言うなかなかに容赦の無い仕様を持つ。
 設置したら後は自走式である為、セキュリティ側の操作は殆ど必要とせず、監視カメラと連動した幾つかの単純なプログラムで万全の警備を行う。当然の如くか、威嚇よりも武力での制圧──或いは鎮圧──を念頭に置いている為、警察関係では冗談の様に『破壊魔』などと呼ばれていたりもする。
 ターミナルと言う、江戸の都市機能の要所を護ると言う役割を担われている以上、疲れも恐れも死も知らぬ機械(からくり)を、過剰な防衛と言える程に配する事自体は間違ってはいないだろう。
 以前幾度か、ハイジャック未遂事件の『後始末』に真選組も携わった事があったが、現場は文字通りの惨状で、逮捕も調書も捜査も実質殆どあったものではなかった。
 その時土方が思ったのは、言葉通りの後始末をさせられた事に対する憤りよりも、寧ろその『驚異』に対する制圧方法の模索だった。指揮官として半ば無意識の内に、ターミナルの警備を五体満足に抜ける方法を考え──出た結論。単身刀一本では無理。少なくとも正攻法では。
 機械の事務的に行う破壊活動……もとい制圧作業には、真っ向からの人間の抗いなぞ無力としか言い様がない。原形を留めていない攘夷浪士達には同情なぞしないが、やりすぎ、ではある。『人斬り』沖田とてここまではやらない。否、沖田に限らずだが、人間ならばもっとスマートに事を運ぶ。全身を孔だらけにせずとも人間の生命活動は断てる。
 尤も、それは逆も然りである為、結果がスマートであってもそこに至るまでの作戦立案や安全確保などに手間を取られる為、成程、後始末が少々面倒になる程度の労だと思えば、機械仕掛けの『警備員』達の方が余程有能に見える訳である。
 但し機械にも難点はある。故障然り不具合然り。或いは電子戦に於ける脆弱性然り。機械が強力な兵器であればこそ、いざと言う時に使えないなどと言う信頼性の問題は勿論、万一乗っ取られでもしたらその被害は甚大なものとなる。
 それを裏付ける例として。以前には機械家政婦を率いた機械たちのクーデターなどと言う事件もあった。ターミナルまで占拠され、あわや、と言う事態だったのだが、結局それは内部の叛乱に因って終わっている。細かい経緯については不明な所が未だ多いが、回収出来たログデータを分析した限りでは、機械家政婦の中にクーデターを良しとしない『思想』を持った者(物?)がおり、それが起こした破壊工作の結果の失敗だった様だ。機械同士の仲違い──要するにバグの様なものだ。その事件では人間側にとって良い結果になったが、常にそうとも限らない。機械に万事信頼を於ける程に、未だ人間は機械と言うものを熟知出来てはいないのだ。実際、事件の後で機械家政婦たちは全て処分され、生産ラインも現在に至るまで停止した侭である。この事は、再発と、それを完全に制御し得る自信を人間が未だ得られてはいないと言う良い証明と言えるだろう。
 なお、この事件の中で、銀髪の浪人と眼鏡の少年と巨大な犬を連れた娘の姿も渦中に目撃情報として残されてはいたが──警察としては何も出来なかった事情もあり、満場一致で『見なかった』事にされた。
 ……それはさておき。
 「………いるな」
 シャッターの隙間から外をそっと伺いながら、土方はそう呻いた。正確には『居る』ではなく『在る』だろうか。開けた空間の中には巨大な輸送船が一隻入っており、その周囲を警備するかの様に件のタレットが鎮座している。
 モノアイじみた監視カメラと、5.56mmの銃口を正面に備えた、丈のある小型戦車と言った風情の外見である。
 ターミナルの通常業務中は各エリアの格納庫に待機している筈なのだが、犯人グループが動かしたのか、それとも犯人グループが現れた事で動き出したのかは定かではない。ひとつ確かなのは、ふらふらと迂闊にドックを素通りしようものなら、瞬く間に蜂の巣にされると言う事だ。
 「あんま出るなよ。こんなシャッター一枚じゃ、閉めた所で盾にもなんねぇ」
 シャッターの隙間から、停船している輸送船を見上げようとした所で、銀時が土方の襟首を背後から摘んだ。スカーフで首元が苦しくなるのに舌打ちしながらも土方は大人しく顎を引いた。単に苦しかったからなのだが、警告を聞き入れたと判断したらしい、銀時の指がするりと離れていく。
 「輸送船の名前、見れねぇか?」
 「名前だァ?」
 不思議そうに問いて来る銀時に、土方は「ああ、」と頷きながら続ける。
 「犯人グループの潜入方法は輸送船舶に乗って──つまり積荷に紛れると言う作戦(テ)だった。と、なるとまだ件の輸送船はドックに停船してる筈だからな」
 くい、とシャッター越しに、目の前のドックに停船している輸送船舶を指で示せば、銀時は「成程」と頷きはした、が。
 「その、犯人グループの暫定潜入手段が、ここに在るこの船だとしてもだ。そう言うのは後で鑑識とかそう言うの呼んでやれや。お前や俺がちろっと見た所で、何か手がかりとか?証拠的なもん?見つけられる可能性なんざ低すぎんだろ」
 存外に真っ当な意見に土方はまたしても、密かに憶えた感心めいた感想を呑み込んだ。
 銀時が妙な所で頭の回転が良く賢しい手合いだと言う事は知ってはいたが、余りに真っ当にまともな事を言われると、それだけで妙な違和感を憶えていけない。
 別に日頃馬鹿にしている訳ではない。見下している訳でもない。ただ、こんなにも手慣れた印象はあっただろうか、と思うのだ。その場その場での判断力や思い切りの良さは良く知っていたが、こんなにも整然とした意見で途を──少なくともその選択肢を──示すタイプだっただろうか。
 「まあ、な。俺も今ここで証拠を押さえたいとまでは考えちゃいねェよ。船舶については山崎にも調べさせてはいるしな。ただ、犯人の目的が未だに不透明ってのが気に入らねぇ。見えねぇ相手じゃ斬るに斬れねぇしな」
 疑問はさておいて。土方は軽く腰の得物を掴んで言うが、正直な所その調子は挑戦的なものと言うよりはお手上げと言ったニュアンスだった。
 「相手がはっきりしねぇってのは、どうにも気持ちが悪ィ」
 敢えて口にはしないが、透明でフワフワした、怪談的なアレもそう言う理由で好まない。何でもかんでも障碍は取り敢えず──刀でもそうでなくても──切り払って来た土方だからこその話である。
 確か銀時もそのテの存在は苦手としていた筈だが。思ってちらりと傍らの男を伺うが、
 「敵さんの目的も解らねぇんじゃ、徒手空拳で突っ込む気にゃなれねーのは解るけどな」
 そう、溜息混じりに言う銀時の想像はどうやら、『そう言ったアレ』ではなくいたく実用的な面に向けられている様だった。
 そこに何度目かの違和感を土方が差し挟むより先、銀時はくるりと土方の方を振り向くと、懐から何やらカードの様なものを取り出して見せてくる。
 「んだ、そりゃ?」
 定期ぐらいの大きさのカードは、透明なビニール製のカードケースに入れられており、そこにはクリップが付けられていた。一見して身分証か何かの様だ。
 「ここのセキュリティ構造の話だけどな」
 小さな証明写真と細かな文字。本当に身分証の様だが、少なくとも坂田銀時のものではなさそうなそれを見せながら、まるで関係無い様な話を振られるのに、土方は気後れをしつつも軽く頷いて続きを促す。
 「延々動きっぱなし録画しっぱなしの監視カメラもあるが、ああ言う警備用の機械と連動してんのは、探知範囲内に不審者が入り込んだ時に動く、ってタイプみてェなんだよ」
 だろ?と語尾に続くのに、土方は溜息混じりに「そうだ」と頷いた。どうにも本格的に、銀時にイニシアチブを取られているらしい。
 セキュリティ用タレットは自走機構を備えているとは言え基本的に設置型だ。自らのカメラは飽く迄自律行動時に標的の判別をする為のものであり、索敵をする訳ではなく、同一フロアに設置されている監視カメラなどと連動して動いている。
 手順としてはこうだ。監視カメラに不審者が映る→タレットが起動し、カメラの捉えた不審者をサーチする→発見次第発砲。一連の流れに監視側からの手動介入も可能だが、基本的に全てオート制御されている。
 さて、その『不審者』の判別を、機械が自動でどう成しているのか。
 「……それでセキュリティコードか。そんなもんどっから手に入れた」
 つらつら考える内、土方は漸く銀時の示したカードと、その言わんとする所を察した。胡乱な目でのそんな問いに、銀時はカードをくるりと指の先に挟んで回しながら、実に日頃土方の知る彼らしい気の抜けた表情で言う。
 「ここ(ターミナル)の職員ぽい奴の死体から拝借したんだよ。撃たれてたみてェなのに、そのへん動いてる警備ボットの銃の仕業にゃ見えねぇ。んで、ひょっとしたらと思ってな」
 死体を漁った、と言うのは響き的にも人道的にも宜しくは無い事だが、緊急事態下なのを考慮する事にして、土方はカードの表面の証明写真からそっと目を逸らした。
 続けよう。『不審者』かそうではない者かの判別は、特定のセキュリティコードの登録された認証カードを持っているかそうでないかのみで決められる。これを所持しているだけで、自動起動のセキュリティ機構は一切用を為さなくなる為、認証コードは偽造や盗難防止で毎日変更されており、ターミナル職員は毎日更新を行っていると言う。
 このシステムの構造自体は、ターミナルだけではなく一部の官公庁、銀行や金持ちの屋敷などにも用いられている。現在最も信頼されているセキュリティシステムの一つだ。土方も任務で何度か使用した憶えがある。
 認証カードは身分証の役割も為す事が多い。丁度、銀時の持って来た様な、何の変哲もない免許証の様なものだ。
 (成程、こんなもんを持ってたから、タレットの目前でも平気でシャッターなんぞ開けた訳か)
 銀時の余裕そうな様子と、先頃口にした「寧ろ使わねーと損するレベル」の本当の指す所を理解して、土方は俄然重たくなった心地のする肩を落とした。落ち込んだ、と言うよりは、まんまと乗せられた感のする現状に、だ。
 ち、と舌打ちする土方の掌の上に、ほい、と軽い声と同時に、先程のカードが置かれる。
 「二枚あるんだよ。備えあればなんとやら、ってな」
 土方が疑問符を口に乗せるより先に、銀時は懐からもう一枚、別の人物の認証カードを取り出して見せた。くるりと一度見せると、袂にクリップを挟む様に仕舞い直す。
 「………周到なこった」
 返事は是ではなく、悪態に似たものがひとつ。職員の亡骸は少なくとも二つ。犯人の手に因ると思しき人物も含む──
 (どこまで転落するんだよ、この事態は)
 人質になっていると思しき職員達が果たして何名無事なのか。犯人の目的が何処にあるのか。まるで見えて来ない現状は、土方にとって酷く気持ちが悪く、不快なものでしかない。
 そこに来て、『巻き込まれた』万事屋に良い様に正論と最良に近い策を与えられ、考えるも疑うも余地の無い侭に進みだそうとしている。
 それが、意に沿わないと言う訳ではない。寧ろ心強い。居心地は悪いが。悪い筈、だが。
 (だ、としても──急がねぇと、)
 「急いだ方が良いな。敵さんが何かしでかしても困んだろ」
 奇しくも土方の胸中の呟きと、懐から取り出した懐中時計らしきものに銀時が視線を落として言うのとは同時だった。
 「……だな」
 言うなり、銀時ががらがらとシャッターを押し開けるのに、土方も隊服の上着にクリップでカードを挟みながら続いた。証明写真に写った人間は何処の誰とも知らない人物だが、今は使わせて貰うほか無さそうだ。
 派手な音を立てて開いたシャッターに、気の所為だろうかタレットのモノアイカメラが注意を向けて来ている錯覚を憶える。音声感知や認識はまだ現場では実装されていない筈だし、監視カメラと連動しているタレットが自ら怪しんでシャッターの方を見る訳など無いのだが。
 ドックの壁やエリアを隔てる柱などに設置されている監視カメラとて同様である。先頃の認証カードから発せられているセキュリティコードを受信している限り、カメラが眼前の風景を録画する事も警備室へ送信する事もない。
 尤もこれは人の出入りの日々多く、警備に注意を要しタレットなぞ配備しているドックと言う場所だからこそだ。バックヤードや一般フロアに設置されている通常の監視カメラはコードの有無に関わらず平常運転を続けているだろう。銀時の言う通りに『本丸狙い』の隠密行動を取るのであれば、寧ろそう言った裏道、か、更に裏の道を通る事になるだろう。気を抜いて堂々と動けるのは今だけの話だ。
 その提案をしただけあって、銀時も土方と同じ考えらしい。広大なドックの中にきょろきょろと視線を這わせると、手近な職員用通路の扉を幾つか指で示す。
 「突入とか潜入を考えてたって事ァ、ターミナルの地図とか頭に入ってたりすんじゃね?」
 お前酒結構いける口じゃね?とでも言うのと同じ様な気楽な口調でそんな事を言われて、土方は組んだ腕の指先で苛々と隊服の袖を叩いた。普段であれば、何適当に無茶振りしてやがる、と返す所だが、潜入前のプランに時間が掛かったのもあり、今回は生憎と的外れな問いでもない。
 「まるで入ってない訳じゃねぇが…、中央制御室方面に向かう大体の『裏道』は…、まあそれなりには入れてある。が、現場の状況なんざ机上の予定通りに行かねぇってのが常だ」
 「入ってる事ァ入ってんだろ。なら良いんじゃね。で、どの辺のが副長サンお勧め?」
 慎重な土方の応えに、然し怠惰なのか信頼なのか、今ひとつ判断し難い調子でそう問いを重ねる、銀時の表情は、笑み、に程似た笑み。
 「……」
 土方は一旦答えずに周囲を見回した。すれば、船舶を転送エリアから引き込む為の超大型シャッターの上にペイントされた大きな文字が目に入る。”ターミナル西ブロック第6ドック”。
 現在位置情報から3Dマッピングされた地図を表示する、職員用の端末は地下に落ちた時に壊れて仕舞っている。あれがあったならもう少し楽だっただろうに。言った所で詮はないが。
 横目に銀時の視線を感じながらも、土方は脳内に書き込んだ構造物の地図を引っ張り出した。
 中央制御室の所在は言う程高所ではない。どちらかと言えば中層と下層の間辺りに位置している。
 ここで簡単にターミナルを横割りにしてみよう。
 地下や最下層は今し方土方の通って来た様な、メンテナンス回りや動力機構のあるフロア。
 下層は通常言う地上階部分に当たる。ロビー、チェックインカウンター、税関、免税店、ちょっとした観光用の売店の連なるショッピングや食事処のあるフロアだ。各船舶への搭乗客はこのフロアからターミナル中央の空洞、転送エリアに入る。基本的に船舶の管制を行う中央制御室も構造上この辺りにあった方が当然利に適っている。また、今土方らの居るドックもここに位置する。
 中層は主に転送用ゲートを展開する機構にスペースを割かれている。先頃大きめの爆発が起きたのはここだ。あとは一部のバックヤードの機械が動いている。一般の積荷や手荷物の仕分けもそこで行われているらしい。
 上層は機械とメンテナンス関係が殆どを占める、完全にエンジニア以外立ち入り禁止のフロアだと言う。今回の作戦には無関係なので、殆ど頭に入れてはいない。入れたくとも、基本的に『極秘』だそうで、難しい話だ。
 土方が主に頭に入れているのは、このうち地下と下層だ。地下は先頃の行軍では大分予定外の領域を通らされて来たが、ドックと言う解り易い地点に出た事で、現在位置と脳内地図との摺り合わせは比較的容易になっている。
 「職員用の連絡通路、の『裏道』が手っ取り早い」
 暫し黙して考えてから、やがて土方は浮かんだ幾つかのプランからひとつ、比較的最善に近いと思われる案を提示した。「どこ?」と目の上に庇を作って辺りを見回す仕草をする銀時に、停船中の船舶の、丁度横腹近くにある扉へと視線を向ける事で答える。
 「りょーかい」
 戯けた仕草を取ってから歩き出す銀時の後に続いて、じっとそこに鎮座しているタレットをちらと見下ろして、それから隊服の上着に付けた認証カードに視線を移す。こんなもの一枚に支えられた紙一重の命と思えば、胸の裡に含羞を憶えずにいられない。真選組にも何れ本格的に、機械製のセキュリティを安全に突破する専門の技能職を置いた方が良いだろうか。
 流れる思考のその侭に視線をするりと、横脇を通り抜ける寸前だった船腹へと向けてみた所で、土方は小さく息を吐いた。正しくは呑もうとしたのだが、肋骨の痛みに邪魔され「ふ、」と呻く様な音が出た。何、とばかりに振り返る銀時に、なんでもないとジェスチャーだけで示して。もう一度、錆にも似た赤い色の船体を見上げてみる。
 ”Iridium-101”──イリジウム号。報告にあった、犯人グループがターミナルへの潜入に使ったと思しき船と同じ名だ。土方がこのドックに辿り着いたのは偶然だが、この船に、犯人達は積荷に紛れて乗り込んでいたのだ。
 と、なると辺りをよく探索でもすれば、この船の荷の積み降ろしをしていたターミナル職員たちの亡骸が見つかる筈である。そもそもそれが発見された事が通報の原因となったのだから。
 とは言え、銀時に先頃言われた通り、今土方が現場を見た所で証拠や犯人像に達する手がかりが見つけられるとは思い難い。ここは後から鑑識に任せた方が懸命だろう。幾ら犯人の目的や意図が知れない事が土方にとって不快な事であったとして、それは目の前の難題を先送りにしてまで探らねばならない問題ではない、筈だ。
 つい反射的に取り出して仕舞った携帯電話の表示は圏外。外部との通信手段が何もかも断たれていると言う現状は思いの外に不便だと再確認しながら、土方は17時56分と表示されている液晶画面をぱたりと閉じる事で消した。
 (……然し、予想通りだが、件の輸送船のドックにセキュリティコードを要するタレットが配備されていた。と、なると…、)
 犯人グループは、職員たちを殺めてからここで騒ぎを起こした訳ではない。逆だ。
 ここで騒ぎを起こして、職員たちを殺めたのだ。
 ……つまり。職員たちからセキュリティコードを奪うより先に、犯人グループの安全は保証されていたと言う事になる。尤もそうでもなければ、セキュリティの過剰なエリア──積荷にはブランドや美術品など値の張るものや保険対象になる物品も多い為だ──でもあるドックに運び込まれる積荷から侵入などと言う、レトロな手段をそう用いるとも思えない。
 (内通者が居た、って事はほぼ確定、か)
 犯人グループに、予めセキュリティコードを渡しておき積荷に潜ませた、協力者が存在する、と言う事だ。それが果たして、ターミナル関係の人間なのか、不自然に口を噤む入国管理局の人間なのか、或いはターミナルのセキュリティ事情に精通した警察関係者なのか…、は知れない、が。
 (その可能性が高いなら、外部と連絡がつかねぇ現状ってのは、強ち悪い事ばかりでもないな)
 外部の者の、どこの誰が内通者とも知れない中、誰に聞こえるとも解らない場に自らの生存と潜入行動中と言う情報を漏らすと言うのは、この場合愚行でしかない。
 全く。先も不確かで、後ろにも戻れない。居るのは眼前の、大層居心地の悪く気まずい関係の男が一人きり。
 だが、それが今は酷く心強いと感じる。それは銀時がセキュリティ回避用の認証カードを持って来たから、とか言うその場限りの『手助け』に留まらない事を意味している。
 警察としても、土方個人としても認め難い感情ではあったが──
 「万事屋」
 「んー?」
 「……巻き込んじまって、悪かったな」
 この事態に『巻き込んだ』のは土方自身ではないのだが、なんとなくそんな言葉がこぼれた。無償のお人好しでは決してないが、少なくとも目の前の掌から滑り落ちるものを見捨てる事が出来ない、銀時のそんな性質がこそ、こうして『この先』も土方に付き合おうとしてくれている現状そのものを表していた。
 この先に潜むものにまで、果たしてお前の助力を受ける侭で良いのだろうか……?
 土方のそんな惑いが、思わず謝罪を口に上らせたのだ。
 らしくもない土方の言葉を受けて。立ち止まって振り返る、銀時の表情は気遣わしげでも、気の抜けきった見慣れたものでもない。
 「──、」
 何かを言いかける様に唇が僅かに戦慄いて、それから銀時は口の両端を緩やかに吊り上げた。笑ってみせる事で、口を噤んだのだろう──そう思いはしたが、土方もまた何も言わずにいた。
 「お前な、こんな所でデレられると益々諦めも引っ込みもつかなくなんだろーが。繊細な男心をちったァ考えてくんない?」
 ふ、と浮かべた鷹揚そうな作り笑いの下に、銀時の澱んだ侭の本心を僅か覗き見て仕舞った気がして、土方はそっと下唇を噛む。抱えた腐爛の重さなぞ、堪えるに本来慣れるものではない。だが、慣れて仕舞ったからこそ、棄てるも諦めに分類する事も出来ずに感情を持て余す、銀時の懊悩が──その一端が──理解出来た。出来て仕舞った。
 そうして理解する、居心地の悪さ、の正体。
 振って、振られた。あの時生じた隔絶から目を逸らした。切っ先を逸らして一旦退いて、また『次』の交錯を伺い合う様な、それは紛れもない『逃げ』だ。諦めるとも、粘るとも口にしていかなかった、銀時の裡で保留された感情の残滓。
 想いを叩き斬る事は後悔しなかったくせ、銀時がまだこの想いを諦めていないのだろうと言う確信を嬉しく思う、などと言う、己の身勝手で醜い往生際の悪さを、土方は改めて知る。
 「……抜かせ」
 不愉快そうな面持ちを意図的に作りながら、土方は、立ち止まった銀時の横を通り過ぎる。
 ”関係者以外立ち入り禁止”
 そうして眼前、辿り着いた職員用連絡通路の表示板を、目を眇めながら見上げた。
 これ以上の無駄話は終わりだ、と告げる様に。あの時斬り棄てた感情を、もう一度、振り切る。





説明長過ぎのターン。タレットの形はP○rtal由来。

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