誰も知らないひとつの叫びのために世界はある / 11 職員用のバックヤード通路には余程重要な施設でもない限り、そうそう錠なぞ掛けないものだ。職員が常日頃、一般フロアにごった返す一般人に煩わされず行き来する為の通路なのだから、それは当然の話だ。いちいち鍵を開けて閉めて、など効率が悪いにも程がある。 かと言ってセキュリティコードを用いたオートロックの扉をほいほいと設置する訳にもいかない。では、どうやって職員以外の人間のバックヤードへの侵入を警戒すればいいのか。 1。見張りの警備員を置く。 2。見張りの監視カメラを設置する。 概ねこの二択が最も単純な解答だ。そして前者は人件費と言う費用を割かれる上、不確かな人間の観察力や行動力を当てにせねばならない、と来たら、後者を選ぶが多いのは道理である。 職員用通路の入り口を前に土方がそんな旨を告げたところ、銀時は諾を示すなりその辺りから移動式の脚立を見繕って持って来た。メンテナンスや積荷運びに用いるもので、座面はジャッキで高さの調節が可能になっている。それを当面目指していた入り口、の上方の壁に取り付けられている空調用ダクトの真下に運んでくると車輪を固定して、銀時はその上にひょいと昇った。 幸い、高さの調節をせずとも丁度顔の少し上辺りにダクトの入り口が来た。 「外せそうか?」 「なんとかなりそうだな、これなら」 土方の問いに振り返らずにそう答えると、銀時は財布から小銭を一枚取り出した。ダクトの蓋を止める螺子を、その小銭を使って器用に抜き取る。 ダクトの反響音は馬鹿にならない。先頃地下深くで土方がした様な破壊行動は結構な騒音になる。この場所は中央制御室にまだ近いとは言えないが、制圧された地上エリアである事に変わりはない。敵の腹中に本格的に乗り込むのだ、慎重であるに越した事は無いだろう。 やがて、全ての捻子を手際よく外し終え、ほい、と手渡される蓋を受け取った土方は、それを足下にそっと置く。再び脚立の上を見上げると、銀時がダクトの中に木刀を突っ込んだ所だった。 「大体の向かう方角は?」 ダクトの中に視線を向けた侭の問いに、土方は先頃取り出してあった脳内の地図を再び思い起こした。ダクトの構造まで地理情報として記憶している訳では当然無いが、取り敢えずは『大体』の方角に向かって進むほかない。当面のプランでは、中央制御室の近くにある電源室──ターミナルの最低限の機能のみを動かす独立した電源装置があるらしい──か、警備部の詰め所に向かいたい所だ。 銀時の提案通りの、隠密行動に異論を唱えるつもりがない以上、土方が思考するのは強行突破よりも潜入工作の為の作戦である。無論それが己に向いた作業とは到底言えない事も理解した上で、だ。 土方は、単独で行動する事になっていたら、電源室に時限式の簡易トラップでもやっつけで仕掛け、その発動と同時に犯人グループの立て篭もっていると思しき中央制御室へ斬り込む、と言うプランをまず考えていた。 だが、どう言った偶然か運命の悪戯か、今の土方には不本意ながら頼り甲斐のそれなりにある連れがいる。完全に単独ではない事は、強みと確率の高さを齎す。それはある種の高揚感にも程似たものなのかも知れないが。 (少なくとも一つの賽子より二つの賽子のが出目は大きくならァ) 基本的にポジティブな案を並べるのが土方の持論でもある。何より、1+1は2と単純に計れないのが、今脚立の上に座って土方の結論を待っている男だ。 「東の方──こっから見りゃ右だな。そっちの方に向かえばターミナルの転送エリア方面に出る。転送機構が爆発なんぞ起こしている以上、外部から船舶(ふね)が入って来れる訳も無ェだろうし、奴さんらの警戒も……まあ、入り口からコンニチハするよか手薄だろうよ」 転送エリアと言う巨大な縦坑には、メンテナンス用や非常用の通路が幾つも取り付けられている。中央制御室も転送エリアに付属して存在している為に、当然、最重要施設であるそこには監視カメラなども多いのだが、何しろ一度爆発を起こした後だ。ゲート側から敵が入ってくる事もあるまいと、ノーマークでいる可能性は高い。 逆に言えば、メンテナンス通路などと言う安全な『道』も崩落している可能性もある、のだが。 「荒っぽい上、お手盛りな作戦だがな」 自嘲めかす様に土方は口角を持ち上げた。部下にだったら決してやらせない様なプランだ。だが、自分と、そしてこの男なら、そんな杜撰で勢いと思いつきと運頼みでしかない案であれど、実行も実現も出来る様な気がするのだ。 (テメェとなら、きっと) 感情論以下の、得体の知れない高揚感にふわふわと踊らされている様な、無謀以外の何者でもない、そんな思考には──然し、思いつく限りのどんな手よりも確信と安心感とがあった。 頼りにする資格なぞない癖に、無条件の信頼がある。いっそ滑稽だと思える程に。都合の良い事を思う。 確信は何か。確証は何か。問おうとしてやめる。無意味だ。 「ま。俺ららしくて良いんじゃね?グダグダ考えてたってなる様にしかならねぇんだし」 「……飽く迄人質救出、が目的だからな。あんま調子乗ってハシャいでんじゃねぇ」 土方の内心を肯定する様な銀時の言い種を、己にも窘める様に払えば。 「時間も無ェしな。ちゃっちゃと行くか」 基本的に同意が得られたから良いと思ったのだろう、気を悪くした風でもなくそう言って、鎖のついた時計を見下ろしてから銀時はダクトの縁に手を掛けた。そんな様子を見て土方も半ば反射的に携帯電話の蓋を開いてみる。液晶パネルに表示された時計の指す時刻は18時20分。銀時と遭遇してから30分ぐらいが経過している。結構に時間を使って仕舞った様だ。 ぱちりと携帯電話の蓋を閉じて、土方も銀時に続いて刀を先に押し込んでからダクトの中に身体を突っ込んだ。地下のものより大分狭いが、先を行く銀時の動きに迷いはなく慣れがある。何となく悔しさが沸き起こり、埃っぽさと狭さとに顔を顰めながらも、土方は無言でその後ろ足を追い掛けていった。 * 18:00 ----------------------------------------------------------------------------- ターミナル内部に潜入した真選組の選抜人員らとの連絡が突如途絶してから、早くも一時間以上が過ぎようとしていた。その間進展した事はと言えば、事件についてのものには殆ど無い。警察、外交、お上。各部署の上層部(うえ)の面子だの縄張り争いだの──面倒で厄介な組織構造の問題点ばかりが目につくだけの、言い切って仕舞えば無為で無駄の浪費だった。 日頃上層部の権力争いになど興味の無い近藤にさえ、その様は酷くもどかしいものとして映った。 結局、散々机上で交わされる空言めいた『話し合い』の末に漸く押し通せたのは、消息の途絶えた先遣隊を捜索する救助班の出動要請のみ。 死者及び要救助者を含む真選組隊士らを発見・次々救助と搬送との作業が始まり、彼らの断片的な証言から得られた情報をまとめるとこうだ。 全班とも地下の突入口には、方法や精度に違いはあれど、大なり小なりの殺傷能力を持った爆破装置が仕掛けられていた。 爆発での負傷を免れた隊士らが他のメンテナンス通路を探ったところ、どの出入り口にも同じ様な仕掛けが施してあり、解除が可能な技能を持った者の応援要請が出された。なお未だ再突入に関しては『検討中』である。 敵がどうやら本格的に本格的過ぎる籠城を行っている事と、交渉や敵対目的の意図が知れない事、そして現在の所ターミナルの機能面以外の被害が他に及んでいない事もあって、上の連中も未だ落ち着いて互いの利権や足下の掬い合いに興じる余裕があると言うのが厄介だった。 ターミナル職員、民間人の行方不明者、突入時消息不明となった真選組隊士。それらの命運など、どうやら机上での駆け引きに夢中の権力者達にとっては己の利と言う秤の分銅にも値しないらしい。民衆に向けた何度目かの記者会見では、現在救助活動中だとしゃあしゃあと発表がされた。実際は救助どころか、突入にも二の足を踏んでいる状況だと言うのに。 近藤にとって何よりの懸念は、消息不明の真選組隊士の中に土方の名が混じっていた所にある。土方と同じ突入班の生存者の証言では、土方は逃げ遅れた技師を先に行かせ、地下の更に下層へと転落していったと言う。 斬り合いの戦場でならば、よもや、などと言う心配はしていないが、こうなると話は別だ。 それから近藤は前線本部の作戦会議の場で幾度となく、救助と捜索の範囲拡大と、これ以上の被害が起きる前に速やかな鎮圧をすべきであると提言し続けて来たが、どう発言しようがどう意見を出そうが、居並ぶ責任者たちは己が最も不利益と責とを被る立場にならぬ為に互いに牽制し合うばかりで、話し合いは何一つ進展しそうもない。 対テロ、と言う名目を建前に、真選組だけで強行に事を運ぼうかと近藤は考えもしたのだが、籠城する連中が求める目的が『何』であるかが知れるまでは、これをテロリストの仕業であると断定出来ないなどと躱された。松平からの後押しを願い出ようと何度も松平の携帯電話や警察庁長官執務室に電話を掛けてみても、全く通じる気配もない。 これはいよいよ、松平が近藤に告げた通りの──焦臭い、関わってはならぬもの、の寓意の様なものを感じずにいられない。 そこに来て更に近藤の焦りと困惑とを増長させたのが、 「……見廻組が、だと?!」 「へェ。白服のエリート集団が前線本部に集うなり、突入だか牽制だか、有り得ねぇような救助だか知らねーですが、班を編成しているみてーです」 沖田の寄越したこんな報告だった。近藤はコール音を響かせ続ける携帯電話を握り潰す勢いで閉じると、前線本部へと踵を返した。どこからどんな情報が漏れるとも、誰が敵とも知れない中で電話をするのは憚られたので、一旦場を外していたのだ。 そうして本部へ戻った近藤を迎え入れたのは、薄灰色の髪を今日も今日とてぴたりと撫でつけて固め、風貌にも立ち居振る舞いにも一分の乱れは疎か隙さえ見られない、見廻組局長の敬礼がひとつ。 「お疲れ様です。真選組局長近藤殿。見廻組五班、救援にと参じました」 「佐々木殿…」 背筋を綺麗に伸ばし敬礼する佐々木異三郎の背後には、見廻組の全隊ではないものの、結構な人数が幾つかの班にまとまり整列していた。人払いをする様な佐々木の軽い仕草に、彼らは整然とした動きでそれぞれの持ち場へと散って行く。 局長の風貌同様に乱れのないその動きは統制された機械の群れの様でもある。近藤はその様子を落ち着き無く目で追い、気圧される様な感覚を呑み込んで声を上げた。 「佐々木殿、これは一体どう言う事でしょうか。これは準テロリスト級の事態となっている故、現場は我々真選組の管轄下にある筈。斯様な要請、目的があって救援などを…」 佐々木の事を、近藤は土方ほどには毛嫌いしていない。寧ろ棲む世界や思想は異なれど、同じ目的意識を持つ警察としての尊敬の様なものも抱いている。人間性や性格はその一端しか知り得てはいないのだから評価の対象外だ。それが、己に無い技能や知識を持つ者の能力を認め賞賛するのは当然だと正直に思う近藤と、相容れはしないからと端から理解を切り捨てて入る土方との違いである。 因って近藤は、今になっての見廻組の出動と言う事態の理由が呑み込めずにいる。少なくとも諸手を振って喜べる気はしない。 縄張り意識と言う程ではないが、力に因って対象を鎮圧すると言う、似た様な職務と役割とを負う真選組と見廻組との持ち回りは基本的にかち合わない。前者は主に市井で対テロリストの前線に立つ役割を負い、後者は主に治世に携わる者ら、城中や幕閣の人間を警護する役割を負っているからである。 両者の『現場』──職務がかち合うのは、将軍や幕府にとっての重鎮の警護などの大掛かりな任務の時が殆どだ。それも、公の。 …稀に、『将軍がお忍びで』などと言う非公式の話には、松平を通じて真選組へと『将軍警護』の任が下されたりもするが。 ともあれ──真選組と見廻組とは、その組織形態や隊服は似通っていても、負う役割が決定的に異なるものなのだ。今回の、ターミナル占拠及び爆破事件は、見廻組にとって畑違いと言っても良い類に値する筈である。 況して、真選組が既に作戦行動下にある──突入は失敗しているが、未だ継続中である──最中に、局長である近藤を通しもせずに嘴を突っ込みに来るなど、不躾にも程がある話だ。 近藤自身は真選組の縄張りだの功績だのより、より早い事態の鎮圧がより無事に叶うならば、複数組織が協力態勢を取る方が良いと思う口ではあるが、『このタイミング』での見廻組の介入と言うのは捨て置ける筈もない。彼らの統制された作戦行動の動きもまた、その感情に拍車を掛ける。 不可解。不穏。不安。そして──疑心。 そんなものの入り交じった近藤の、唸る様な表情を真っ向から受け、佐々木は手の中で弄んでいた携帯電話を懐中へと収めた。紡ぐ声は淡々と。感情も意図も知れない。 「事態の鎮圧に時間が掛かりすぎている、と、幕閣の皆様が会議室で気を揉んでおられるのですよ。彼らの腹中はともかく、事件の一刻も早い解決はお互い警察として望む処でしょう。 そこに来て、緊急対策本部と前線本部との遣り取りも余り芳しくはない様子である事と、真選組(アナタ方)の先遣隊の突入が失敗に終わったと言う報告を受けまして、見廻組(我々)も助太刀に馳せ参じろ、と命令されては、断りようがありません」 失敗、と妙に大きく聞こえた響きに近藤が歯を思わず軋らせれば、傍らの沖田がそれを宥める様に軽い声を上げる。 「成程、エリート様方は不甲斐ねェ真選組(ウチ)のケツ拭いて下さる為にわざわざいらして下さったと。そー言う事で」 その沖田の見据える先には、佐々木の傍らにずっと無言で佇み続ける、無表情の今井信女の姿がある。流石に今は互いに刃を抜く気は無い様だが、視線も気配も僅かたりとも揺らがせない。静かな緊張状態である。 そんな、声の調子の割に僅か固くなった空気から、佐々木は肩を竦める事でとっとと逃れた。 「ま、我々も上が何か判断ないし命令でも下されない限り、別段勝手な行動は取りませんのでその点ご心配なく。飽く迄今後の作戦行動の編成に組み込まれると言うだけです。狗の些末な縄張り争いになど別段興味も価値も見出せませんから」 この場に土方が居たら、刀に手が乗っていたかも知れない。そんな剣呑で慇懃な一言を投げて、佐々木は「では」と場を辞した。最後まで沖田の事を警戒意識から外さぬ侭の信女もその後に続く。 見廻組の気配が周囲から消えてから、近藤は「く」と軋る様に呻いた。佐々木の言う事は如何にも真っ当で正しい手順を踏んだものであるからこそ、反論する要素も出来る材料も無いのだと、思い知らされれば知らされる程に焦燥が募る。 事態の真っ当な解決なぞ、突入が失敗を見た時点で真選組側からの見込みは低いのだ。望めるはずもない。故に見廻組への批判も牽制も難しい立場に置かれている。 今の所上層部は責任の置き所として鉢を回し合っている。その足並みの揃わなさの中では、『外』からでも『内』からでも工作はし放題だろう。近藤がこの『ターミナル占拠』事件の真相を──松平の忠告を破る形で掴もうとするのであれば、それこそ単独で乗り込んで証拠を確保して無事に帰って来る、と言う些かハードルの高い目標をこなさねばなるまい。 ここまで内部の犯人たちからのアクションは何も無い。当初の疑念通り、犯人たちの目的はターミナルの機能停止などと言う反政府行動にも、何らかの示威行動にも、繋がっていないと言う事だ。 無目的の、『春雨』の偽装の、犯人たち。その結果が江戸に穿つ傷痕は、果たして何者の利となると言うのだろう。 その時、寸時思案に沈んでいた近藤の携帯電話が着信を知らせて来た。一瞬、松平だろうかと思ったが、ディスプレイに表示されている電話番号は未登録で覚えのないものだった。落胆を憶えつつも、万が一の可能性を考えて通話ボタンを押す。 「もしもし?」 《局長。俺です。山崎です》 憶えの無い番号と言う事は、現在山崎は潜入中か何かと言う事だ。そして、潜入任務に就いている時の山崎の直接の上司は土方である。だので、通常、山崎がこう言った形で近藤に連絡を取って来る事はない、のだが── (トシが、出れないから、か…) 音信のまるで不通状態にある土方に何らか緊急の報告事項があったのだが、それが叶わぬ為に近藤へと伝える相手を変えた。 と、言う事は。 気付いた近藤はばっと顔を起こした。小さな電話両手で掴んで耳にぐいぐいと押しつけながら、食い入る様にして声を上げる。 「何か、この件についてを掴んだのか?」 《……》 然程明確な主語があったとは言えないが、山崎は慎重に何かを計る様な間を取った。 気配を変えた近藤の様子に、沖田がきょとんとした視線を向けて来るのから無意識で目を逸らす。 「山崎、」 再び問いた、その声音から切実な色を感じ取ったのか、それとも。受話器の向こうの山崎が小さく息継ぎをする様な音がした。 《局長。もしかして副長から何か訊いてますか?》 「……」 問いに、今度は近藤が沈黙する番だった。だが、慎重に計るまでもなくこれで一つ確信は出来た。 つまり、近藤が松平に訊いた類の内容と同様かは知れないが、少なくとも土方もこの事件に対して何らかの疑念があり、それについてを山崎に調べさせていたのだろう、と言う事だ。 同じ場所の同じ事件で感じた焦臭さ。或いは疑念。奇妙な点。それがそんなに多数存在するとは思えない。十中八九間違いなく、土方の調べさせていた事と、近藤の裡の疑問とは何らかの接点で繋がる筈だ。 《…………解りました。局長も恐らくは折り込み済み、と言う俺の独断になりますが報告します。取り敢えず局長、その場に出来れば誰もいない事が望ましいんですが…》 慎重な硬質さを纏った山崎の声音が、少しの間の後にそう紡いで寄越す。折れた、と言うよりは、土方が内部で行方不明、挙げ句現場は二進も三進も行かない、と言う現状を打破する助けにならないかと言う期待の様なものが込もった言い種だ。 「総悟」 「…………どうせ聞こえやしねぇんですから、どうぞその侭で」 受話器から口を離さず、近藤は窘める様に沖田を見るが、沖田は大きめに三歩だけ離れたのみだ。確かに通話の声は聞こえない程度の距離はあるが。 近藤が幾ら渋面で訴えても、沖田は頑としてそこから動こうとはしない。適度な距離と追加した三歩だけが、大人の内緒話に許せる譲歩の様である。 その様子を見て、近藤は早々に白旗を上げた。不用意な事を己が漏らしさえしなければ良いのだと言い聞かせ、山崎に続きを促す。 《……そもそも、この事件以前からなんですが、副長から調査をしろと命じられて潜入してたのは入国管理局なんです》 近藤の耳にやがて飛び込んで来たのは、山崎の潜めた声の紡ぐ、そんな言葉だった。 入国管理局。天人に阿る現在の幕府の、事実上外交の全てを担う重要な省庁の一つであり、その負う責も携わる内容も『外交』と名の付くものなら多岐に渡る。 天人の。その枕詞さえ付属すれば大概の無理や不自然な道理の罷り通る世の中だ。因って権力もある上に組織構造も、外交関係のものは他の省庁と一線を画している。 そんな事情もあって、外務関係、入国管理局とは、名だたる幕僚の天下り先にもなっている、言って仕舞えば警察にとって『手を出し辛い』組織なのだ。 そんな機関を、土方が調査しようとしていた理由。 そして、今回の『この件』。山崎は、『この件について』と問いた近藤への解答を一度は渋っているのだから、外交管理局が『この件』に関わる何か、土方の知ろうとした疑念の答えがそこにあったと言う事になる。 《入国管理局はどうやら、今回の犯人グループを手引きした内々の存在を認知している様です》 いきなりの不穏な出だしに、近藤は顔を顰めつつも、無言でただ耳を澄ませるのだった。 。 /10← : → /12 |