誰も知らないひとつの叫びのために世界はある / 3 15:11 ----------------------------------------------------------------------------- 江戸の発展の中心に聳え立つ白亜の巨塔。空から見下ろせば、その塔を囲い大小様々な高層ビルの群が寄り添う様に集ったその有り様は、大地に一本穿たれた楔の周囲が歪に隆起した風にも見える。 土方の見た感想では、雨後の竹の子と言った風情のそんな光景は、この都市の急速な発展と発達、変化を何よりも雄弁に示すものであった。 ターミナル。異国語で交通や運輸の終着駅(或いは起点)を示す単語だが、この江戸に於いてその単語で呼ばれるのは、その名称を持つたった一つの建造物に限られている。 専門的な事はよくは解らないが、何でも、真空の宇宙空間から大気に満ちた地上に宇宙船(ふね)が降りると言う事、または飛び立つと言う事には膨大なエネルギーを必要とするのだと言う。つまり、空を見上げれば宇宙船や飛行艇の飛び回る様になったご時世であっても、考え得る科学的な通常の手段で宇宙と地上とを行き来する事は未だ効率的なものとは言えないのだ。 世界の仕組みを創ったのがカミサマとやらだと言うなら、宇宙空間に自在に乗り出す文明を得た天人(生物)の所業なぞ、恐らく想像だにしなかったに違いない。何故重力の軛があるのか、何故生きるに必要な酸素に満ちた地上を多大な労をかけてまで自ら離れようなどと考えたのか。空の向こうなどと言うものの実在を考えた事も無かった人間達──天人に言わせれば『原始的』な惑星らしいが──にとっては、天からの来訪も、天へと自分達が飛び立つ、或いは落ちて行く事なぞ、ついぞ数十年前までは誰も起こり得るなどと思ってすらいなかった。 故に、地球に降り立った天人らはまず真っ先に、幕府(あたま)を抑え込み事実上の支配体制を敷いた所で、宇宙に待機する本隊と地上へ降りた先行隊との行き来を容易にする作業から始めた。兵法通りの輸送路の確保、それがターミナルの建造である。 ターミナルの動力源は、大地を流れる無限に等しく虚数の出力を可能とするエネルギーだそうだ。今現在、宇宙と地上との行き来はそのエネルギーを用いる事で可能になった、物理転送を使って行われている。 これによって宇宙から地上へ円滑に行き来が可能になった事で、江戸の人々は物理的にも経済的にも文明的にも文化的にも、大幅な変化を容易に行えたのである。天人の支配体制下で多少は肩身の狭い思いを民衆が味わった時期もあったが、今となっては事実上の恩恵だ。 ターミナルは日々、運輸に、交通に、政治に、交流にと様々な用途で扱われている。転送ゲートを通って天と地とを行き来する船は日々何千と言う回数利用され──ゲートを大気圏内までにしか及ばせない、通常の航空機も含む──、人も物資も膨大な量が運搬されていく。 天人の存在を排する事を大義のひとつに掲げる攘夷の徒らにとって、正しくターミナルは天人文化の象徴となる忌まわしき塔であり。思想に些か欠けるテロリストにとっては、膨大な被害を生み出せる攻撃対象でもある。 実際、幕府の試算では、ターミナルの転送機能が万一損なわれた時に出る損害は国の存亡を危うくしかねない規模のものとなるとされている。文化や物資、エネルギー資源の齎すあらゆる恩恵を今の江戸から取り払えば、人は瞬く間に暴徒と化すだろう。そうして、今の幕府にはそれら全てを鎮圧出来る様な権力はない。武力もだ。 故に、ターミナルは常々人為に因る驚異に晒され易い、正に幕府にとっての要所であり急所だ。そのくせ人も物資も出入りが頻繁である為、常に最新の設備を備えたセキュリティは将軍のおわす江戸城よりも強固である。 積荷に紛れたえいりあんが暴れ出す、などと言う不測の事態も稀に起こるが、そんな規模の有事の際には戦艦級の出撃、つまり武力鎮圧が許可されている。ターミナルに纏わるあらゆる危機管理には警察庁長官の直接の裁量に因る事が義務づけられており、これが長官その人である松平公の過激な性格も併せ破壊神などと言わしめる原因の一つでもある。 「とっつァんは何て」 故に。山崎の連絡を受け、パトカーに拾われて現場に到着した土方がまず問いたのは、現状の細かい確認よりも、事態の最高責任者の意向だった。 「現場判断に任せる、との事です」 その判断とやらを下す指揮官になるだろう、土方を敬礼と共に迎え入れた隊士がそう答えを寄越すのに、半ば予想しないでも無かったがほろりと溜息がこぼれる。 「あンの馬鹿親父、まーた娘関係の行事にうつつを抜かしてんじゃねぇだろうな…」 何しろ、娘の誕生パーティに間に合わなくなるから、と言うだけの理由で、民間人や友好関係にある惑星の王族ごとターミナルを吹き飛ばそうとした前科のある破壊神だ。 した事だけを言うなら、被害の規模を抑えての事態の早期解決と言う意味で英断とも評価されるべきかも知れないが、その決断に至るまでの理由が問題なのである。その理由を大っぴらに宣って仕舞うのがまた、問題なのである。 ぼやいても仕方がない。松平の考えが、面倒事を御免だと思っているのか、現場の人間だけで何とかなるだろうと言う信頼なのか、はたまた土方の咄嗟に考えた通りの娘関係の事で手も気も回らないだけなのかなぞ、知れない。あの気まぐれな破壊神が、時に頼もしい上司だが、時にただの無法者になる事は身を以て散々体験してきているのだ。 土方は煙草が手元に無い事を嘗て無い程のストレスと共に感じながら、二度目の溜息は殺した。背筋を正すと、先んじて現場に急行した警察関係の人間や真選組の人員の集う、仮設本部に足を向ける。 緊急設営された仮設本部は、ターミナルに直接向かう専用道路の直中にあった。大型のバンが二台と、その横には支柱に支えられた屋根だけの天幕を張るべく奮闘する隊士達の姿がある。電気機材を抱えた者らも行き来し、バンからまるで血管か何かの様に伸びるコードをあれこれと繋ぎ、ダイナモを稼働させている。 慌ただしいそんな直中を進みながら軽く周囲を見回せば、封鎖された街路からターミナルまでの間は強固なバリケードと規制線とで遮られており、マスコミも大分遠ざけられていた。それもあってか、上空には報道のヘリがひっきりなしに飛び交っている。 緊急車輌も多く駆けつけ、近隣のオフィスビルのロビーに設けられた仮設救護所では、負傷者から情報を聞き出す警察関係の人間の姿が見えた。 バンに接近してくる土方の姿に気付き、その周囲に集まっていた真選組隊士は敬礼を、他の警察組織の現場組やターミナルのセキュリティ部などが軽く会釈を寄越すのに、構うな、と片手を投げて制止すると、監察隊士の差し出す紙面を受け取った。目を眇める。 渡されたのはターミナルの簡単な見取り図のコピーだった。そこに赤いサインペンであれこれと注釈が書き加えられている。 ターミナルを占拠した籠城テロ。ここに向かうまでのパトカーの車内で、その大雑把な概要は既に聞いてあった。大体この様な感じである。 本日13:26、連合各星からの輸入品を積んだ輸送船舶イリジウム号がターミナルに到着。 同日13:32、クルーの下船後、当該船舶はドックに移動。積荷の荷下ろしがターミナル職員の手によって開始された。 同日13:55頃、当該船舶の貨物室に潜んでいたと思しきテログループが荷下ろし担当者達を殺害、彼らの所持していたセキュリティキーや服装に因る変装で、ターミナルバックヤードへと侵入を果たした。 同日14:16、イリジウム号からの荷下ろし作業が滞っている事に気付いた運輸会社職員が、ターミナルの運輸管理部へと連絡。ドックへ様子を見に行ったターミナル警備職員が積荷管理倉庫に於いて荷下ろし担当職員らの遺体を発見。ターミナルセキュリティ部へ通報。同時刻に警察にも第一報が入る。 同日14:22、ターミナル中央制御室が占拠される。 同時に、セキュリティシステムの大半が犯人グループの手によって掌握。監視カメラの類は勿論、ロック類の閉鎖、侵入者を強制排除する攻撃的システムまでの支配が予想される。また、外部との通信手段などが内部からのECM装置の使用に因って完全に断たれた。 一般ロビーに居る乗客や利用客ら全員の避難及び一般職員の退避は、一報の直後マニュアル通りに行われ、現在その人数や行方不明者などの確認中。 管制・制御ブロックに詰めていたクラスA職員ら24名が事実上人質となり、彼らの幾人かは通信手段が途切れる直前に、犯人グループが武装した集団であること、爆弾を所持していると言う情報を幾つか寄越している。それらの情報はそれぞれ別の部署の人間の手で、メールや通話やSNSでとバラバラに行われている為、犯人グループに因る情報攪乱の可能性は低いだろうとの事だ。 ターミナルは民ではなく公の施設だ。そしてお国にとって最も重要な拠点である。故に、緊急事態に於ける対応の早さには躊躇いが無い。だが、そんな施設がいとも容易く占拠を許した。これは、犯人グループが相当な軍的教育を受けた組織的集団なのか、それともセキュリティが何処か甘かっただけなのか。 ともあれ、事件の一報と共に状況を包み隠さず報告して寄越した事は助かる。何しろこれだけの大事をやらかしながら、今の所犯人からの連絡も要求も何一つ確認出来ていないのだ。 車中から既に、船舶の積荷の出所の調査を始めとした、犯人グループへの手がかりを追う指示は出してある。これが昨今の、天人を狙った連続テロの一つなのかどうか、慎重に推し量る必要があるだろう。積荷の出所次第では、江戸の存在を快く思わない他星の関与も考え得る。 尤も、政治的な面を考える事は現場指揮官の一人である土方の職務からは外れる。だが、これは土方なりの流儀なのだが、敵の出所や思想を知る事は己らの戦い方にも繋がる。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、だ。 手渡された資料をぐるりと一通り舐め回し、制御室の所在、封鎖されているだろう出入り口の確認を行う。有事の際にはワンフロア毎に防火扉が下りるつくりになっている為、通路をのんびり強行突入と言うのは難しそうだ。と、なるとバックヤードの通路や職員用のメンテナンスエリアを利用するのが最も早そうだが……。 土方が考え込む間にも、あれやこれやと状況確認の連絡やら提案が仮設本部を飛び交っている。今の議題は丁度土方の思考の行き先と同じ、侵入と鎮圧の為の手段の様だ。 外壁からの侵入は出来ないのか、と言う問いに、ターミナル職員らしき男が、ターミナルの外壁にはメンテナンス用の外部カメラがついており、その映像は制御室からもアクセス可能だと答える。外壁に異物を捉えたら即時オートでアラートが鳴り響き、異常を管制に伝える様になっているのだと言う。 内部はセキュリティの掌握で支配され、外部からも入り込む事は容易ではない。単純に考えればお手上げである。 「……正に、陸の孤島か。笑えねぇな」 独り言の様な風情で肩を竦めてみせる土方に、場はううむと難しい唸り声や忌々しげな舌打ちを返して来る。 幾ら智者が頭を寄せ合えど、机上の会議だけで何とかなる程度のものなら端から苦労なぞしない。雁首突き合わせた『責任者』に程近い階級の関係者らから、失礼、と一旦離れ、土方はバンの中に頭を突っ込んだ。 バンの車内はその殆どを通信機器に埋め尽くされている。特殊車両である。開け放たれた侭の後部ドアには黒くぶ厚いカーテンが掛けられ、車内を機密と、機器の持つ膨大な熱を冷却する機構との両方の意味で護っているのだ。そんな風にしてひやりと温度の冷えた車内では、情報処理担当の真選組隊士が難しい顔をして幾つもの小型モニタに向き合っていた。 「様子はどうだ」 「どうもこうも……外からじゃ二進も三進も行きそうにないです」 無用な挨拶なぞ現場では必要ないと、土方の弁に慣れている隊士は、今にも頭を抱えだしそうな風情で呻いた。 「セキュリティ、監視機構は全てターミナル内部のスタンドアローン構造なんですよ。まあ易々掌握されちゃ困るから、となると真っ先に思いつく手段ですしね。外部からアクセスする手段がゼロって訳じゃ無いとは思うんですが、国家叛逆レベルのハッキング技能が必要になります。多分」 「要するに無理だと」 「面目ないです」 存外素直に落ち込んで見せる年若い隊士の肩をぽんと労う様に叩き、土方は幾つかのモニタを見遣った。通信も傍受から直通まで色々と入り込んで来ているが、その概ねが余り楽しくはなさそうな内容ばかりだ。犯人グループについての情報も相変わらず全く明るくはないらしい。 「直接内部の端末一つにでも物理接続出来れば、幾らでもやりようはあるんですが…」 腕を組んで唸る隊士は、己の能力の全てを発揮する事の叶わない現状に無力感を感じているのだろう。「何せ監獄も真っ青の要塞と来たもんだ」軽口でそう応じる土方とて、兵を持て余す指揮官である事に変わりはない。 犯人からの要求などのアクションか、事態の好転する何かが起きる迄は、ひたすら体勢を整え情報を収集して様子を伺う事しか出来ないのが、開かない筺を前にした時の警察の常である。 落ち込む部下の手前、溜息は流石につかないが、そっと土方が視線を足下に投げかけたその時、胸ポケットの携帯電話が震え出した。また山崎からの連絡だ。 入国管理局の調査に当たっているそのついでに、積荷や輸送船についての情報収集に当たらせていたのだ。 「何か解ったか」 通話ボタンを押すなり、主語も何もなく放たれた土方の問いに、山崎は、一応は、と前置いて言う。 《件の積荷や船舶の情報についてを入国管理局に当たってみたんですが、知らぬ存ぜぬの一点張りでして。でも、俺の勘……みたいなものでは何かありそうなんです。なので、》 勘、と言う所で少々おずおずとした調子になったが、その口調には確信めいたものが潜んでいる。 元より土方は山崎の──彼曰くの勘と言うよりは──『目』に信頼を置いている。山崎の相対した管理局の人間から、『何かありそう』な素振りを見たと言う事は、少なからず何らかの、大っぴらに警察組織には口には出来ない様な事情があると言う可能性は高いだろう。 とは言っても、相手もお上に仕える役人である。確証も無いのにそう易々と令状が下りる訳でもない。 と、なると。 「……解った。後が面倒だからバレねぇ程度にやれ。オイ、喜べ。仕事が出来たぞ」 前半は山崎に対する『許可』。後半は、車内で肩を落としながらも情報整理に努めている隊士に向けてだ。 「はい?」と顔を上げる隊士に携帯電話を投げ渡し、土方は我ながら不謹慎だと思える様な心地で口の端を軽く吊り上げてみせた。子供が悪戯を提案する時の様な表情だと、この場に沖田辺りがいたらそう表していたかも知れない。 「手早く情報、盗んで来い」 対テロと言う名目であれば、超法規的権限を持つ真選組の捜査の一環とは言え──確信も命令もない以上はそれは単なる犯罪でしかない。 その『許可』に。極秘に済ませろと潜ませた匂いは否応もなしに、背徳感と同質の高揚感を生む。 警察官と言う職業に就く以上、それは程々に慎まねばならぬ事だが、権能とは行使出来る時に発揮しなければ意味もあったものではない。 利には適う。だが当然、事が露見すれば懲戒処分モノの事態に発展しかねない。振るった腕の強さの齎す利害と、そのリスクや痛みも知り、責任と罪科を負う覚悟も刀を手にした時から既に決している土方だからこそ下せる、そんな『命令』である。 「……了解しました!」 ごくりと喉を鳴らしてから、隊士は携帯電話で山崎とあれやこれやと遣り取りを始める。ターミナルは兎も角、入国管理局は通常のネットワークに接続し情報管理を行っている筈だ。専門分野で雇用した者の技倆があれば、それ程時間を要さずとも事は成し得るだろう。 入国管理局が隠匿しようとしている──山崎の見立てだが──積荷についての『情報』。それは警察組織に、否、外部に易々と漏れて良いものではない質のものだろう。そうなると、犯人グループ或いは彼らに協力している者などが、幕府にとって重要な人物である可能性も出て来る。 取り敢えず、山崎の協力を得てカタカタとキーボードを忙しなく叩く隊士の前で突っ立っていた所で、土方にはそれ以上何か出来る事があるでもない。犯人グループの正体が何であれ、最終的には強行手段に出る必要も生じる筈だ。正体や目的が露見したからと、簡単に屈する様な連中であれば、ターミナルの占拠などと言う有史以来数度しか起こり得ていない大それた真似をする訳もない。 土方は、現場に於いての兵の指揮を執る面では、松平も近藤もこの場にいない以上は最高指揮官代行となるのだ。犯人の動きや情報を待つ時間の合間に、突入作戦の青写真でも描いていた方が良いだろう。 癖の様にまさぐり掛けた手が、またしても煙草の無い落胆に苛々と握りしめられる。 苛立ちを持て余しながら、土方は狭苦しいバンを出て、天幕の下に用意された卓を囲み、ああだこうだと雁首突き合わせて立案と断念とを繰り返す仮設の『本部』へと戻っていった。 次の瞬間。 土方の歩くその背後。天へと向かって伸びるターミナルの中程辺りで、爆発が起きた。 ターミナル周りは構造含めて全部適当デッチ上げです。 /2← : → /4 |