誰も知らないひとつの叫びのために世界はある / 5 15:51 ----------------------------------------------------------------------------- 江戸の象徴たる、巨大な塔から上がる黒煙。 最早何かの冗談と言って良い程のインパクトの映像が、人々の見上げる街頭テレビの巨大な画面や、見下ろす手の中の携帯端末の中で延々と流され続けていた。 中でもギリギリ規制線付近を飛行していたヘリの撮影していた映像は、レポーターの熱心な職務態度やカメラマンの困惑の音声と共に幾度となく繰り返し流され、合間にスタジオや現場付近のリポートが現状の分析や把握と言った報道を続けている。 えいりあん絡みの事故でも充分に、大凡現実からは掛け離れた凄まじいニュースとなるものなのだが、今回は事故ではなく人為──テロの仕業と謳われている。人間、或いは天人が意図的にこの『黒煙を上げるターミナル』の画を作りだしたのだと言う事実は、江戸市中にじわじわと不安の気配を芽吹かせ始めていた。警察や消防や外交関係の電話は既に鳴りっ放しだし、報道の合間にはあからさまで攻撃的な批判の声が響き続けている。 デマ情報に踊らされパニックをこれ以上民衆に拡げない様にする為には、報道規制と警察からの何らかのアクション……つまりは公式声明の類が必要になる。 ”テロの様ですが今鎮圧の為の作戦行動中です”──そう、記者会見で薄っぺらい安心の言葉の類が民に向けて放たれ、それらしい行動を警察が起こしているのだと言うアクションを見せなければならないのだ。 この侭放置しておけば現場以外の現場が増えかねない。ただでさえ人手不足な所に持ってきて、事態を進展させる様な情報も状況の転換も然程は起きていない。時間だけが悪戯に過ぎて行く。 今正に報道の中心となっている件の爆発以降、ターミナルは相も変わらず沈黙を守っている。立てこもり犯も同様に。已然として、占拠しておいて取引の一つも持ちかけられないどころか犯行声明の一つも声高に叫ばれないのだ。これではまるで、立てこもり中の犯人ではなく、ターミナルと言う巨大な建造物そのものと戦っている様な心地になる。 敢えて変化と言う変化を挙げるのであれば、設営された最前線の仮本部が爆発の影響を受けて50米後方へと下がった事か。併せて規制線も少し拡げてある。 天を貫く程に巨大な建造物の前ではたかが50米程度、見上げる角度も殆ど変わりはしない。 辺りは上空での爆発に因る粉塵や瓦礫で埋め尽くされており、ちょっとした世紀末めいた様相を呈していた。正しく冗談の様な光景の如く。 土方の今居る、後退した仮設本部のテントの下では、相変わらず警察関係の人間が顔を突き合わせて互いに吼え合っている。 先程までとは異なり、今はターミナルの建造に携わった建築関係の人間が四人、急遽アドバイザー兼分析役として招聘されていた。彼らはワイヤーフレームで描かれたターミナルの3D構造図を端末に表示させて、あれやこれやと言う質問や意見に答えている。 「以上の事から、爆発が起きたのは恐らくターミナルの動力源から直結された、ゲート展開機構の一部であると推測出来ます。ターミナルの動力は──」 小難しい話を端折って、土方は己なりに彼らの説明を脳内でまとめてみた。当面必要なのは専門的な知識より実用的にその環境が『どう』作用するかと言う事だけである。 曰く。ターミナルの動力は地より汲み上げられるエネルギーで、それはターミナル地下深くにある炉に因って集約され、そこから真上のターミナルの駆動力や江戸中の都市機能へと分配されていると言う。 今回の爆発は地下で起きたものではなく、江戸市中のエネルギー供給にも異常は見られていない。爆発の確認された位置は地上建造物の一部である塔の中程だ。その付近に位置しており、そう規模の大きくない爆発物であっても誘爆しそうな機構は、ターミナルの主機能でもある物理転送装置ぐらいのものだ。……そうだ。 大方、まだターミナル港に残っていた船舶のエンジンに爆薬でも仕掛け、ゲートに通そうとしたのだろうと推測される。爆発は大きいものが一度の後、幾つかの誘爆らしき反応を起こしている。ターミナルの外壁まで破壊しかかるその規模からも、ゲートを展開するポータル機構が直接被害に遭っただろう想像は易い。 これは恐らく宇宙外からの侵入や介入を防ぐ為の、立てこもり犯の起こした事だろうと思われる。これで事実上江戸は宇宙と一時的にほぼ切り離された状態となった。 (……とは言え、だ。それで中に籠もる連中に一体どんなメリットがあるってんだ…?) 江戸と外宇宙とを切り離す事に一体どの様な意味があると言うのか。極端な話、ターミナルが無くとも江戸に宇宙船が下りる事は可能なのだ。そもそもそうでなければ江戸は未だ開国なぞしていなかっただろう。 宇宙との行き来が一時的に困難になり、経済や社会にも多大な影響を及ぼす事は最早防ぎようのない事実である。だが、”それが一体何になると言う”のか。 土方が幾ら首を捻れど、犯人の意図はまるで見えて来ない。山崎らに任せた入国管理局側の調査でも、未だはっきりとした成果も出て来てはいない。 解らない事だらけだ。ここで田舎の野良犬風情が頭を精一杯に働かせた所で、それは何一つ変わりなぞしない。小賢しさの含有量を少しばかり得た頭が何もならぬならば、残るは腕とその先の刃ぐらいしか土方に打てる手立てはないのだが、刀で疑問もしがらみも断てるのであれば苦労はしないだろう。 いい加減、状況的にも実用的な行動が必要とされる頃合いだ。それを決めるには、ここで悩んだ振りをして責任と言う名前の重圧から逃れようとしている各方面の責任者様たちには足りない。 貧乏くじだろうか。そう思うのはいつもの事だ。別にひねた思考ではなく、結局はここが己の得意分野と言う落とし所なだけである。 ついでに言うと、妥協点。 「…………で。内部の状況はどうなっていると思う?推測で構わない。専門家からの意見をお聞かせ願いたい」 うねる泥の様な、進みもせず沈みもしない空気を割く様に上がった土方の声に、場の停滞感が僅かに攪拌される。澱みに斬り込む行為が、英断か愚昧かどちらかであるかなぞ、今は論じる時ではない。だからなのか、誰一人として反論は出さなかった。 少なくとも実用的な──武に於ける最高責任者或いは適任者は此処に居たじゃないか。そんな打算に満ちた『結論』。 この若造の『作戦行動』が事態を打開するならそれで良し。 仮に世間への風聞や政治的な問題が生じたとして、責を負って詰め腹を切らされるのは犬の仕事。 ……そんな事を言いたげな、あからさまに歓迎はしないが望ましくはある、現場責任者たちの賢しさを潜めた顔をぐるりと土方が見回し終える頃、招聘された建築技師の一人が口を開いた。 「爆発が起きたのはターミナル中層以上です。ですから下層に位置する一般エリアにはそこまで酷い被害は出ていない、と思われます。宇宙船を通すポータル部…つまり転送エリアと一般エリアとは構造上、客用の通路や搬入用ドックを除いて、完全に切り離されていますから」 ターミナルの地下の炉からゲート開口部までを貫く光柱を、土方が目にしたのは一度や二度ではない。思い起こしてみれば確かに、下層の一般エリアから、中上層の転送エリアはそのエネルギーを通す巨大なパイプライン以外は、吹き抜け構造であれ、天井で遮られて完全に塞がれていた。 記憶を辿りながら、土方が納得を示して顎を引けば、建築屋は更に続ける。 「ですが、ターミナルのポータル機構のある、中層より先の吹き抜け部分──つまり、転送エリアの状況がどうなっているかは知れません。幸いエネルギーそのものは放出され続けている様ですから爆発や自壊の恐れはないと思われますが、最悪、ゲートが爆発の影響でどんな誤作動を起こすかまでは……我々の予想では如何ともし難いです」 「誤作動?」 「はい。あれは我々の技術とは大凡言い難いもので出来ている機構でして、腕の良い機械(からくり)技師であったとしてもその全容を把握するのは無理であると言われています」 訝しげな土方の問いに、建築技師は決まり文句の様に淀みなくそう言いきった。恐らくはこんな疑問なぞ昔から何度も受けているのだろう。拒否の意の込もった返しは慣れきった感のある言い種だった。 実際。ターミナルの中枢の機構は天人の技術に因るものだ。今となっては江戸にも機械技師や電子技師が専門職として増えてはいるが、それは飽く迄天人のもたらした文明からの借り物である。借り物を扱い作成する事が適って来ているとは言え、それはそもそものスタートラインが1以上の設定だから出来ている事だ。0やそれ以前の話なぞ知る由もない者が未だ多いのは致し方のない話である。 ターミナルやそこから集配されるエネルギー機構なども、基礎論理や機構の構造は全て天人産であって、今もそれは変わっていない。当時の江戸の人間たちは天人に言われる侭に、見たこともない面妖な重機や道具を扱って、与えられた設計図と施工法とで今の江戸と言う都市を造り上げただけに過ぎないのだ。 そんな彼らが、ターミナルの駆動部の『誤作動』なぞ、可能性そのものは推測出来たとして、細かな対策や判断が下せる筈もない。況して今土方らにそれを説明する彼らは専門の技師ではないのだ。 「……例えば、宇宙に吸い出されたり?異世界にでも飛ばされたり?エネルギーの余波で消し炭にでもされたり?」 映画にでもありそうな話を軽口混じりに幾つか上げてみれば、建築技師は僅かに苦笑に似た表情を浮かべてみせた。 断定は出来ない様だが、どちらかと言えば肯定の様だ。 そこから紛れもない可能性の意を汲み取った土方は、解った、と短く言い置いてターミナル下層、一般エリアの構造図をノートぐらいの大きさの端末に表示させた。会議用のオンラインアプリケーションなので、そこに集う者らの手元の端末にも同じ情報が表示される。 ワイヤーフレームで描かれた地図の中には、内部からセキュリティロックされただろう防火扉や侵入に使えそうなバックヤードの通路が色分けされて示されていた。先頃までの埒の開かない遣り取りで次々に挿入されたそれらの情報は、少なくとも今この現場で収集出来る情報のほぼ全てに値するだろう。 土方は指先で地図を動かし、侵入口として提案された幾つかの赤色の○印の中から、地下深くに伸びた幾つかのパイプラインの通る道を示した。 「人質の安否は疎か、犯人グループが未だ生存しているかさえ知れない状況です。が、」 そこで土方は一旦言葉を切って、溜息の代わりに肩を揺らした。 敵も解らない。勝利条件も解らない。自分が大将であったとすれば、こんな兵を徒に消耗するだけの戦なぞ間違い無く避けたい所だ。 だが、生憎ここでの土方は現場の最高責任者と言う責を負う形の、体の良い走狗の一匹、最も適した使い捨てのボス犬に過ぎないのだ。 松平が娘の事に現を抜かしていたとして、記者会見なり何なりのアクションは取る筈だ。現場に任せると断じた以上、何らかの組織的なバックアップはある筈だ。捨て駒にする可能性もぴたりと隣に添えて、だろうが。 気は進まないが、テロと言う『敵』の鎮圧と人質の安否は、テロリストを相手取る為に設立された警察組織である以上、避けては通れない道である。 「人質救出と鎮圧との為に、強行突入プランを提唱します」 気乗りの無い気配なぞ微塵も見せず、土方は張りのある声で強くそう言い切った。態とらしくざわめく周囲の連中に向けて、頭でざっと組み立てたプランを淀みなく読み上げて行く。 こうなれば肚を括る他ない。不安要素をここで数えていた所で、自分たちやその上司の無能が後々まで唱えられる回数を増やすだけである。 さて。突入前に煙草を買って来れたら良いのだが。 重ね重ね、ターミナルの構造は144訓や劇場版完結篇を参考にしつつデッチ上げ。 /4← : → /6 |