誰も知らないひとつの叫びのために世界はある / 8 17:44 ----------------------------------------------------------------------------- 目的地は真上だが、何も馬鹿正直にトラップのあった道から上がる必要もない。即断した土方は当初の計画通りに地面近くにあるパイプを辿って広大な地下をターミナル方面へと進んで行った。 地下空間は確かに広大な面積ではあるが、実際土方の動く範囲はそう広くはない。ターミナルのほぼ真下まで出て、わざわざ離れようと思っている訳ではないからだ。 そんな訳で、壁に行き当たるのは早かった。歩行距離から見ても恐らくはターミナルの地下外壁に当たる部分か何かだろう。 ターミナルの地下には掘削中のトンネルの様に、エネルギーを汲み出す縦坑があると言う。それは建造物のほぼ中央に位置しゲート展開機構まで貫いている。つまり基本的にターミナルは内側に空洞を持った円周状の構造になっていると言う事だ。 ターミナル地下の図版は粗方確認してあるが、流石にセキュリティや機密の面で秘匿されている、こんな地下深くまでは論外であった。 だからこの壁がターミナルの地下外壁なのかどうかと言う確信は実の所無かったのだが、壁にぴたりと半身を付けて携帯電話の液晶パネルを当てて横をじっと向いてみれば、壁は完璧な直線ではなくほんの僅か、緩やかな円弧を描いていると知れた。本当に僅か、程度だったが。 この壁がターミナルの外壁である可能性は高い、が、頑丈なコンクリートで構築された壁を簡単に突き破れるとは流石の土方も思ってはいない。液晶の仄かなバックライトを壁に沿わせて見上げれば、幾つもの配管やケーブルが壁の中から伸びているのが見えて、得たりと土方は無理矢理に笑んだ。狙いはこれである。 パイプラインの中身が空洞であれば、適当な大きさのものを断ち割って中を通る所だが、エネルギーか水か電線か、中身の知れないものを斬る訳にもいかない。パイプの表面には型番が振ってあるので、専用のデータベースにでもアクセスが出来ればその用途ぐらい解るのかも知れないが、生憎そんな事の叶う環境は整ってはいない。 メンテナンス用の通路か、はたまたダクトか何かを探す必要がありそうだ。幸いにか外壁のそこかしこには心許ない光量ながら非常灯が点在していた。区画表示や緊急避難路を示すそれらを見上げて、土方は取り敢えずここに歩いて来るまで頼りにしていたパイプの上によじ登った。たちまちに肋骨が体内のどこかを突いて抗議の痛みを訴えて来るが、歯を食いしばって何とか身体を上に持ち上げる。落ち着いたら上着か何かを使ってコルセットの様に縛って固定した方が良いかも知れない。 なまじ地下水路などもあって湿気でもあるのか、堆積した埃は泥の様に凝固している。足下を滑らせない様に注意しつつ、土方は次にやや上にある細いパイプに足を引っかけた。折れたりしない事を祈りつつ、足場を蹴って更に上のパイプの表面にある手摺りを掴む。 「〜っ」 痛ェと胸中でだけ呻き懸垂の要領でなんとか身体を持ち上げて、膝を付いて一旦息を整えながら、土方は溜息混じりに「クソ」と悪態をついた。自分は映画やゲームの主人公ではない。道無き道を切り開かねばならない困難さは、どんな無様を晒してでも進まねばならない意志でもある。そしてそんな意志の有無にも強さにも拘わらず、降って湧いた幸運が易々と手助けを寄越してくれるものではないのだ。それが世の中の常である。 そうやってもう二度、同じ事を繰り返せば、やがて外壁にダクトが見つかる。人間一人が這いずるには困らない程度の大きさである事を確認して、こう言うのを待っていたんだと思いながら、非常灯の明かりを頼りにして刀を鞘ごと外して上着を脱いだ。左手で上着をダクトの蓋に当てて鞘の先を思い切り打ち付ける。 何度かそんな風に叩けば、やがてダクトの蓋はひしゃげて壊れた。お座なりに退けた蓋を足下に置くと、土方は上着と刀とを先にダクトに押し込んでから、自分もその中へと潜り込んだ。肋骨の折れているだろう人間のやる事じゃないだろうと痛みを溜息に変えてごちつつも、刀と上着を手前に抱えた侭、肘と膝を使って匍匐前進で前へと進んで行く。 ダクトとは通常換気や排気の用途で設置されるものだ。同時に、潜入などで最も重宝される道でもある。何者かの侵入の恐れがあったとしても、人は酸素の交換が無ければ生きる事が出来ないのだから、堅牢な建物を造る以上は同時に換気口も必要となるのだ。これも古来からの様式美の様なものだろうと思えば苦笑が浮かんだ。埃だらけになって狭い換気口を進む、狗どころか鼠の様な侵入者の有り様も同様に、だ。 ダクトは言葉通りの換気口である事が殆ど、とは前述の通り。空気を通す路である以上、そこはそれなりに広い孔でなければならない。幾つも張り巡らされたエリアの孔同士が連結し、滞りなく空気を通さなければならないのだから当然である。それはさながら広範囲に蛸足の様に複雑に入り組み、長く繋がった一本の路と言える。 ダクトが侵入路として扱われる事があるのは、壁に遮られず地図にも載らない裏道であると言う利点故だ。そして逆に難点は、空洞を渡る音とは結構派手に響くと言う事だ。 土方は生憎ダクトの行軍になぞ慣れてはいない。本来なら刀なぞ携えて入るには向かない隘路だ。上着で鞘を包んで極力ダクトにぶつけない様に心掛け、己も静かに移動しているつもりではあるが、一旦動きを止めてみれば己がどれだけ騒音と共に移動していたかが知れて、途方に暮れた。 狭いダクトの難点を敢えてもう一つ付け足そう。それは、侵入者の位置が露見した時、限られた出入り口を塞がれて仕舞えば容易く袋の鼠となる事だ。つまり、見つかる訳には絶対にいかない。 幸い地下のメンテナンスエリアだからか、機械の駆動音などもしているし、犯人グループが潜んでいる可能性も低いだろう、が、この侭一般エリアまでこの潜入方法を使うのは利口とは言えなさそうだ。 諦念の強い溜息を落とすと、土方は道中幾つか目にして来た別れ道と似た様な中継地点で一旦動きを止めた。耳を澄ませながら、鰻か何かになった心地で角を曲がり、行き止まりにあるダクトの出口からそっと眼下を伺う。 壁に取り付けられた通風口から見下ろした先では、細かな振動と駆動音が響いている。アタリを付けた通り、機械室か何かの様だ。人の気配までは流石に探れそうもないが、ままよ、と、土方は狭い中で何とか反転した。仰向けになって両足を思い切り突っ張って、入って来た時より乱暴にダクトの蓋を思い切り蹴り開ける。 ダクトの蓋は外から螺子で止める形状なので、内側から押し開ければ当然の様に蓋は下へ落下する。がらん、と反響音の狭い空間に派手な音を立てる蓋に続いて、上着と刀を掴んだ土方は足から地面へと飛び降りた。身を屈めた侭周囲を油断なく抜刀姿勢で伺うが、どうやらこの派手な物音を聞きつけた者はいないらしい。 小さく、安堵には至らない様な息を吐いて、土方は埃を叩いた上着に再び袖を通した。万が一戦闘になれば、気休め程度の防刃繊維の上着一枚でも無いよりはマシである。 屋内と言う立地も考慮し、鞘をいつでも飛ばせる様に下げ緒を結び直しながら土方は周囲を改めて見回した。天井の高い部屋の、機械の狭間だ。何に使っているものなのか、モーターがごうんごうんと回転している音が規則正しく響いている。灯りが点いているし人間がちゃんと室内を歩ける構造なので、しょっちゅう人の立ち入りする部屋なのだろうとは思うが。 取り敢えず蹴り落としたダクトの蓋を機械の隙間に押し込んで隠すと、土方は横で回転している機械の横を回り込んでみた。何やらコンソールやスイッチらしきものがあったが、ちんぷんかんぷんなので触らずにおく。 壁の方を見遣れば、どうやらここは広い空間の一角に置かれた機械室だった。壁の一角を大きく刳り抜いた硝子窓から睥睨する眼下は、ターミナルのメンテナンスや宇宙船(ふね)の修理を行う為の整備場の様に見えた。大小様々、何に使うのかも解らない様な機械やパーツが区画毎に分けて置いてあり、小型の船が幾つかその胴体の半分を空洞に晒して吊してある。宇宙船の荷の積み降ろしなどでよく使われている、空を飛ぶ大型のフォークリフトの様なものだ。 まるで工場見学だなと下らない事を思いながら、土方は音を殺して機械室から出た。振り返ってみれば、中二階に位置するそこはどうやらクレーン室だったらしい。 どうやら作業員達は地上の占拠と言う非常事態に、機械の停止も侭ならずに逃げ出した様だ。異常な事態が起きた事を示す様な、赤い回転灯が天井付近で緩やかな回転を続けている。 辺りに監視カメラの類がない事を確認してから、土方はキャットウォークを歩いて階下に降りた。ここが整備エリアならば、地上に船を出す為のエレベーターなり縦坑なりがある筈だと践み、視線を巡らせて行けば程なくして目的のものを見つけるに至った。 船や大きな機械を運搬する為の、底板しかないリフトだ。流石に動いてはいなかったが、縦坑を下から覗き上げれば内側にメンテナンス用の梯子があるのが見えた。同じ様に四角く縁取られた光を漏らす、縦坑の出口まではかなり距離はあるが、リフトを動かすのは流石にリスクが高いだろうから致し方のない話だ。 ここがターミナルの地下何階に当たるのかは知れないが、流石に機械運搬用のリフトが地上の一般フロアに通じている事もあるまい。恐らくは同じ様な地下のバックヤードの何処か。願わくば広くて動き易いドック付近に出るのが望ましい所だが果たして。 そうして黙々と梯子を登る土方の、捻挫した足が鈍い痛みを訴え始めた頃、漸く出口に辿り着いた。少しだけ頭を出して伺えば、そこは予想通りのバックヤードの様だった。フォークリフトや小型船舶の駐機してある、階下の整備場から比べれば幾分狭い空間だ。 修理や整備を終えて一時的に収納される、駐機場と言った所だろうか。壁の一面には大きなシャッターがぴたりと閉ざされており、外の様子は伺い知れない。だが恐らくは土方の想像した通りのドックである可能性は高そうだ。 梯子を登り終えた土方は積荷運搬用の小型船舶の隙間を縫ってシャッターへと近付いた。耳を当ててはみるが、当然何の音もしない。否、停泊した侭の船や、ターミナルのゲートからドックへと船舶を移送する機械の駆動音の様なものは聞こえているが、それは騒音である事以上の情報にはなりそうもない。 シャッターを開くのは流石に目立つだろう。駐機場である為か、ダクトの類も見当たらない。上がって来たは良いが、出口が一方向にしかない密室ではお手上げだ。 隠密行動を諦めると言う手段もアリ、と言えばアリ、だが。そうなるとここまで忍んで来た行動も、敵の裏をかけるかも知れないアドバンテージも棄てる事になる。 外がドックであるなら、船舶の出入りを管理している中央制御室から伺えない筈がない。直通の監視カメラないし、遠隔操作出来る攻撃用タレットぐらいは配備してあるだろう。見つかったら即座に蜂の巣になるか、ホールドアップか。ターミナルのハイジャック対策と警備は警察組織が舌を巻く程優秀で、費用も潤沢なのだ。 一旦戻って別の路を探す、と言うプランも頭に浮かべつつ、土方がかなり長時間補給出来ていないヤニの不足も併せて苛立ちを顔に顕わにしたその時。 がららら、と軽い騒音を立ててシャッターが開かれた。否、騒音自体は騒音としか言い様がない程に派手に響いたのだが、シャッター自体が酷く無造作に持ち上げられたのだ。 咄嗟にフォークリフトの陰に隠れた土方が、刀の柄に手を掛けつつ開かれたシャッターの方を伺えば。 (な、) 「あっれ。ここでも無ェのか。っかしーな」 その目立つ銀髪を目視する迄もなく、耳に届いた声には、厭になる程に聞き覚えがあった。聞き覚えがあるだけに、こんな所で遭遇などは間違ってもしたくない相手だと、理解も早い。 驚きであって断じて油断ではない。反射的に差し込む光と覗き込む様な視線から逃れようと、一歩後ずさった土方の右足首がずきりと痛んだ。梯子で酷使された事を急に思い出した様な捻挫の痛みに、思わず踏みとどまれずに鞘がフォークリフトにぶつかり、かつん、と音を立てる。 ぴたりと。シャッターの開かれたそこから、中を覗き込む様に動いていた男の足が止まるのに、土方の鼓動が跳ねた。 先頃のシャッターの音より余程無粋に響いた小さな物音に、男が気付かぬ道理はない。 否、そもそも何故あの男がこんな所にいるのか。犯人グループのまさか一人なのかと、ぐるぐると廻った土方の思考を断ち切ったのは、男がシャッターを膝の高さ程度まで下げて、その場にすとんとしゃがみ込む、そんな動きだった。 「逃げ遅れの迷子ちゃん?何もしねーから出ておいで」 そんな風に呼ぶ声は、動物や子供に掛ける様な質のものだ。中に潜んでいる者が警戒しない様にか、膝を立ててその場にしゃがみ込んだ男は、何も手にしていない事を示す様にひらりと両手を拡げてみせる。 「実は俺も逃げ遅れの迷子でさ。なんとか逃げ回っていたは良いんだけど、あちらさんも籠城体勢みてーだし、こっちは出入り口全部封鎖されてて出れねーしで長期戦になりそうじゃん?だから食い物とか飲み物が流石に必要かなーと思いついたは良いけど、売店とかも全部セキュリティ封鎖されてるしで、仕方ねーから積荷的なもんから適当に拝借しちゃおうかなーって家捜し中な訳だよ」 だらだらと淀みなく言って、男はへらりと苦笑を浮かべた。内部に隠れる者の気配が油断なく己を伺っている事は承知だからこそ、殊更に軽い調子を見せているのだろう。 「つー訳で迷子同士さ、協力した方が良くね?まあ無理強いはしねーけど」 占拠の一報からターミナル内の緊急避難は滞りなく迅速に進んだ。日頃の避難誘導訓練の賜物だろうか。だが、状況的にターミナルに取り残された可能性が高く、未だ外部と連絡がついていない人間は、人質にされたと思しき職員らを覗いて最低十四人は居るとされている。ターミナルと言う施設の規模を考えれば実に被害は少ない。その暫定『取り残された』人々の中にこの男の名前は無かったが、事件時ターミナルに居たとされて、連絡がつかない人数が暫定十四人、であるだけなのだ。元より単独で誰にも何も告げずにターミナルに居たとすれば、この男が居る事も特別おかしな話と言う訳ではないだろう。 男の言い分を信じるならば、内部を動き回っていた様だから、ひょっとしたらそう言った行方不明者──男曰くの迷子だが──の姿でも目撃していたのかも知れない。潜む何者かを警戒するでも怖じけるでも無い様子から、そんな事を考える。 男がシャッターを敢えて低くしたのは、潜む人間がパニックを起こして逃げようとした時を考慮しての事だろう。慌てて飛びだした挙げ句セキュリティに引っ掛かって捕まりました、では流石に笑えないし後味も悪い。 「……んー、ひょっとして人間じゃなくて鼠とかって事もある?だとしたら銀さん独り言みてーですっげェ恥ずかしいんですけど」 鼠だなどとはまるで思っていないかの様な口調に、土方は自然と口の端を持ち上げた。こうなれば腹を括るしかない。大層苦味はあるが、男が敵であれ味方であれ、話を聞く必要がありそうだ。 鯉口を切りかけていた手を戻す。ちん、と切羽の鳴る小さな音に、男がぱちりと瞬きをするのが見えた。 「…………鼠はンーな物騒なもん持ってねぇよなァ」 「ああ。しかも生憎鼠じゃなくて狗だがな」 ふんと鼻を鳴らして皮肉混じりに、フォークリフトの隙間から姿を覗かせながら言う土方を見上げて、銀髪頭は少し驚いた様な表情を作って、それから考え込む風情で頬を掻いた。 「おまわりさんの突入……にしちゃァなんか薄汚れてんな。待たせたな、って言うスニーキングミッション的なアレ?」 「生存者の救助、たァ、強がりでも言えねーのは情けの無ェ話だな。まぁ成り行きだがそんな所だ」 仮にも、取り残されたと宣う民間人を前に、保護しに来たと言い切れないのは、事態解決の作戦行動中の特別警察としては情けない話だ。とは重々承知である。 そんな自嘲を隠さない土方の言い種をどう取ったのか。男は悪態をつくでもなく肩を軽く竦めてみせるのみだ。 今日の昼間、町で遭遇した時とよく似た、何処か労る様な色を乗せた目が、土方の方をじっと見ている。 「万事屋」 そんな男の視線も潜んだ情をも振り切る様に、一度は納めた刀を僅かに向けながら、土方は剣呑な声で呼びかける。 「まぁオメーの言わんとする事は大体解るけどね?」 すれば、戯けた様に言って、万事屋稼業の男はその場にどっかりと腰を下ろした。前に座りなさいよと言いたげな仕草を寄越すのを黙殺して、土方は油断なくその距離を詰めて接近した。 親指で、握りしめた刀の柄を押し上げる素振りを作りながら、眼前に座る坂田銀時と言うその男を、じっと睨み下ろして、吐き捨てる様に口を開く。 「何でテメェがこんな所にいやがる?仔細説明しやがれ。但し俺の納得の行く様に」 すれば銀時は、やっぱり、とあからさまに嘆息してみせるのだった。 メタル○アと言うより雰囲気はデウス○クスな脳内イメージ。 /7← : → /9 |