※酷いと言うかアレな(当社比)性描写しかないので、苦手な人は飛ばして下さい。話的に飛ばしても支障ないです。


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  天国の日々 / 21



 男が着物を脱ぐついでの様に、得物を吊っていたベルトで両腕をひとまとめにされて、割り開かれた脚の間に陣取られるまで、土方は己が何をされようとしているのか全く考えもしていなかった。
 ただ、男が酷く苛立って怒っている様だったから、何らかの暴力や叱責、心か身体に痛手を負わされるのではないかと想像に怯える反面、この男がそんな事をするのが想像出来なくて、どう対処したら良いのかが解らないでいた。
 足での抵抗を防ぐ様に、男が下半身から身体を密着させて覆い被さって来た所で、土方は初めて、満足に動かせない腕と、脚を開かれる事の意味に気付いて「ひ」と息を呑んだ。
 下肢に触れる、男の兆したモノの感触に性的な意図を明確に感じ取って仕舞えば、そこには訳の解らない恐慌と混乱しかない。
 だって、自分は男だ。坂田だって男だ。幾ら記憶がバラバラでも解る。こんな行為は普通ではない。こんな暴力は普通ではない。
 土方が、押しつけられる坂田の欲求に気付いた事を嗤う様に、のし掛かった男が、く、と喉を鳴らした。土方の怯えを面白がる様なその様子には、土方の知っている坂田銀時と言う男の気配は微塵も感じられない。
 男の、雄の情欲も顕わな顔を見るのが怖くて土方が思いきり顔を逸らせば、晒された喉元を綺麗な歯列が甘く噛んで愛撫していく。喉を噛まれると言う源初の恐怖に身を竦ませる土方を宥める様に、今度は軟体動物の様な舌が、歯の辿った形をゆっくりと舐めなぞっていく。
 温い唾液は適温に保たれた部屋の温度では冷めず、そこからじわじわと熱い、先頃までとは少し異なった恐怖が生じる。
 「やだ、さかた、やめろ…!」
 入院着をすっかり肌蹴られて仕舞えば、外気に、男の息に肌が触れる。途端に恐怖の喫水線が越えて、土方は懇願しながら身を捩った。
 いつも身体を拭かれる為に、素肌なぞ何度も晒している。だが、今のこれは違う。今の坂田は仕事でも優しさでも何でもなく、獣が獲物を観察する様な目で土方の身体を見下ろしているのだ。その男の視線に己が曝されている事が怖い。気持ちが悪い。怖い。
 逃げようと、少しでも男の目から逃れようと身を捩って藻掻く土方を、坂田は容赦なく押さえつけてきた。鎖骨の窪みに舌を這わせながら、嗤う息遣いがいっそ甘く囁く。
 「逃げるな。お前は俺のものだったんだって、これからじっくり思い出させてやるから」
 器用そうなあの手が、蜘蛛が歩く様に肌を辿って、男の利き腕ではない左手が恐らくは態とぎこちなく、土方の性器を下着越しになぞり上げた。
 「ひ…」
 恐怖に、引きつった喉から悲鳴も出ない。尖った呼気が辛うじて拒絶を示した。
 もう何を疑うでもない。明確に過ぎる。
 坂田は、土方を──同じ男の身体を嬲って犯す心算なのだ。
 「やだ、──ッ放し、んあッ!」
 つう、と性器を辿った指の動きに、思わず声が出る。生理的な知識は残っている。だが、目覚めて向こう、そんな所には厠以外で触れた事などない。そこを他者に弄くられるなど、人体の露出した弱点なのだと思えば怖くて堪らない、筈だと言うのに。
 「あ、ふぁッ、や…ァ!」
 坂田の手つきは男の性を知り尽くした者の動きだった。骨張った指が容赦なく下着の中に入り込んで、戦く土方の抵抗を押さえつけて性器を責め立ててくる。
 「やめっ、や、! は、ン、んあぁッ、」
 「ここをこうされんの、お前好きだろ?記憶が無くても変わんねぇみたいで安心したわ」
 鈴口をこじる様に親指の爪で弾かれ、残った指も的確に土方の感覚を──憶えのない筈の性感を刺激して動いている。
 腰が、逃れたいのか強請っているのか解らない様に揺れるのに、男がくつくつと嗤う気配がして、土方は得も知れぬ感覚に無心に喘いだ。
 熱くて、腰のもっと奥から迫り上がる様な切迫感と、脳を揺さぶる快感とにただただ翻弄されて。生理的に拒絶したいのに、坂田の声が囁きを落とす度、嗤う度に、思考がぐちゃぐちゃに絡まって行く。
 「っあ、、ひ、ぁーーッ!」
 解らない、と、駄目だ、とが混じった瞬間、土方の思考は真っ白に漂白された。坂田の手に促される侭に出て仕舞った射精感に意識が飛ぶ。思いの外量が多く、まだ下着も履いた侭の土方の下肢はまるで失禁したかの様にぐしょりと濡れそぼった。
 然しそれに羞恥を感じる余裕なぞ土方には無かった。二十代の健全な男なのだ、性処理をした事が無い筈はない。明確な記憶はなくとも知識は残っている。だ、と言うのに、感覚は大凡はじめての様に鋭敏に過ぎた。他者に吐精を促される恐怖と快楽の中に、それを甘い愉悦であると知る己が確かに居るのが解る。そのちぐはぐさが怖い。解らないのが怖い。恐怖に研ぎ澄まされた感覚がそれを増長させていくのが怖い。
 「ここは痛ェくらいにされんのが好き」
 嗤う坂田の指が、胸板の上を殊更にゆっくりと辿ると、尖って存在を主張し始めていた乳首をぐりぐりと摘み上げた。まるで紙縒を作る様に指の腹で強く転がされるのが、痛い筈なのに、痛くて、気持ちが良い。
 「っぁあ!」
 坂田に言われる侭の反応を身体が得ている。乳首を引っ張ったり転がしたりしていた指が歯に変わって、食い千切られるのではないかと身は竦むのに、そこを中心にじんじんとした刺激が脳髄を揺さぶって、感覚の──或いは身体の何処かが甘く疼いた。
 知っているのだ。この感覚を。記憶は憶えておらずとも、身体が確かに知っているのだ。
 やだ、こわい、やだ。嗚咽と混じって子供の様に泣きじゃくる、土方の惑乱は然し坂田にとっては愉しみの一つでしか無い様だった。
 「次は、何処が気持ち良いって教えてやろうか?それとも、もう手前ェで解ってんじゃねぇの?」
 揶揄の声が鋭敏になった肌の上を擽り、濡れた下着にくっきりと浮き出た、一度の吐精の後なのに早くも再び形を作り始めた性器を認めて嗤う。吐息が熱い。
 「入院生活なんて禁欲生活と同じだもんなァ。まあ大部屋と違って、こんな上等な個室にいりゃァ抜き放題だろうに。お前こんなぐちょぐちょにしてさ、相当溜まってんのに一遍もシコって無かったけど、何で?」
 「んあッ、あ、や、やぁ、」
 下着の上から濡れた感触を愉しむ様な動きで、坂田の掌が土方の性器を、下卑た言葉が心を、容赦なく苛むのに、もう涙と声しか出ない。言葉がつくれない。
 「本当は憶えてたんじゃねぇの?俺に弄られてイかされんのが好きだって、解ってて待ってたんじゃねぇの?ほら、コッチは随分正直みてぇだし」
 「ぃ、あッ、あ、あぁぁ!」
 「…お、またイッたな。堪え性も無くなってんのかね。…なんかスゲー可愛いわ、今日のお前」
 濡れて不快に貼り付く下着越しに形をなぞり上げられ、先端を、くびれを、指先で擽る様に弄り回されて、土方は再び達した。びくびくと揺れる腰と性器とを、坂田の情欲に炯々と光る眼差しが見下ろしている。
 羞恥心で憤死しそうな事を言われ、されているのに、土方の身体は坂田の言う通りに『正直』だった。二度の絶頂と、身体中を焙られる様な快楽にただ震えるばかりの身は、抵抗も反論も忘れて、大人しく獣に食されるのを待っている。
 「……パンツ脱がせたら、お前シーツまで直ぐにドロドロにしちゃいそうだしなァ。ギリギリまで我慢な?」
 一応病院だし、などと妙に常識的な事を、非常識な事をしながら言うと、坂田は土方の身体を引っ張って起こした。正面から抱き込まれる様な姿勢になった所で腕をまとめていたベルトを解かれ、「よいしょ」と坂田が寝台にその侭横たわれば、上に土方が折り重なって倒れる形になる。
 「っと…痩せたっても流石に重いなオイ。膝ぐらい立てな」
 土方の上体を胸の上に乗せた侭、坂田は寝台をずり上がって、枕を自分の背に挟んだ。すっかり脱力してされるが侭になっている土方の膝を無理矢理に立たせるが、すぐにぐずぐずと膝を折って座り込んで仕舞う。
 「遣り辛いけどしゃーねぇな…。この侭俯せになったらお前、そのびっちょりのパンツをシーツに擦りつけちまうし。俺の服になら幾ら擦りつけても構わねぇけど」
 言う間にも、濡れてべったりと貼り付いて気持ち悪い下着を指で突かれ、「ぁ」土方は泣きそうな声を上げて坂田の胸元に縋り付いた。顔を隠したいだけの半ば無意識の行動だったが、坂田は、それで良いとでも言う様に耳横で小さくわらった。
 土方が上体を大きく沈めた事で、自然と股関節の痛みを和らげる様、膝を折って座っている腰の方が少し持ち上がる。土方の背に宥める様に乗せられていた坂田の手が、ピアノでも引く様にゆっくりと指を蠢かせながら臀部まで下りて来て、その動きにぞくぞくと鳥肌が立つ。気持ちが悪いのか、怖いのか、そのどちらでも無いのか解らない。
 「な、土方?前もキモチ良いけど、」
 ぴた、と音を立てて、下着の上から坂田の中指が土方の後孔を叩いた。思わずびくりと身が竦む。
 「コッチ、いい加減触って欲しくなってきてねぇ…?」
 言う坂田の顔は、土方がその胸に顔を埋めているから見えない。見えないが、下卑ている以上の、甘い誘惑の響きがそこには込められていた。
 事実だ。認め難いが、事実だ。訳も解らないが、きっと事実だ。
 達せられている間どころか、身体が密着しているだけで、己の身体の中の貪欲ではしたないどこかが、その場所にもどかしい様な感覚を先頃からずっと生んでいた。
 男性器の様に直接的な欲は顕わにしないし、女性器の様に潤んだりはしない。そんなあからさまなアピールではなく、性器の裏側、陰嚢の奥深い所からじわじわと拡がる様なその疼きは、紛れもなくそこに触れるものを望んでいる。身体的に変化が何も無くとも、精神的に理解している。浅ましい程に、みっともない程に、そこを触って欲しいと疼いている。
 ただの排泄器官だ。解ってる。解っているのに、性器は何度達してもその奥から疼いて欲を放散し続けている。
 解らないのに、身体だけが解っている。坂田だけが解っている。土方の記憶も意識も置き去りにして、欲求だけが望むものを必死で訴えている。
 早く、ここに、ほしい。ここを擦られて、押されて、得る快楽が欲しい。
 「ぅ、え、ぇ、っく、えぅ、」
 身体と心の乖離に混乱して泣きじゃくる事しか出来ない土方は、坂田の問いにも身体の求めにも応える事が出来ずに竦むほかない。
 そんな土方の様子に飽いたのか、応えを待っても無駄だと思ったのか。やがて坂田は土方の下着の中へと手を進ませた。ゴムに引っ張られて性器が少し圧迫されるのが苦しかったが、そんなものは次の瞬間、後孔に坂田の指が触れた途端に失せた。おかしいほどにあっさりと霧散した。
 恐怖?期待?羞恥?その何れと理解する間も無しに、坂田の指が閉じた後孔の縁をくるりと辿る動きをしたかと思えば、土方の体内へと侵入して来る。
 「ひっ──」
 強張った身体が括約筋に反射的に力を込めるが、坂田の指はそんな抵抗など物ともしない様に、既にその内側にまで入ってきている。
 否、指程度の侵入など慣れたものとして、そこが受け入れたのだ。
 異物を排出しなければならない筈の機能は、甘く肉壁を捏ねながら入り込んでくる指を大人しく素通りさせた。
 「ア、」
 恐怖に身体が震えて引きつる。それだと言うのに、後孔だけは従順に坂田の指を受け入れて、吸い付いて、体内を割って行くその形を土方に確かに伝えて来ている。
 「三週間程度じゃ、コッチは俺の指忘れてなかったみてぇだな」
 愉しそうに嗤う坂田の指がゆるゆると内壁を拡げる様に動かされれば、強張っているのは随意筋だけになる。何の潤滑も水分も無いと言うのに、坂田の指が土方の体内を傷つける事も、土方の体内がその指を拒む事もない。
 かと言って坂田の動きは医者の触診の様に慎重なものではなく、得た様に土方の体内を探って行く。そうしてやおら、坂田の指の背がそこを押した時土方は顎を仰け反らせて声を上げていた。
 「ッ あ、ァ   ──!」
 半分以上は声にならなかった。無理矢理に体内から射精感を促される様なそこを強く繰り返しぐりぐりと捏ねられて、坂田の身体の上に押しつけれている下着がまた濡れるのが解った。
 「っあ、んあ、ッあ、ひあぁ、」
 「ほら、な?身体は正直って奴?ここがお前のイイ所。俺が教えて躾けてやった所」
 思い出した?言う合間にも間断なく刺激される前立腺の疼きに、土方はびくびくと身体を跳ねさせながら悶えた。知らないのに、知っている。おかしくなりそうな、泣きたい様な、強烈な快感。
 こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。
 こんな男は知らない。こんな自分は知らない。こんな自分の身体は知らない。
 刺激される度に下着が更に濡れて、もどかしさに揺れる腰がそれを坂田の身体に押しつけて震えて、もっとと強請る様に、指をくわえ込んだ後孔が弛む。
 全部が、知らないのに、解らないのに、厭なのに、怖いのに、感覚に伝えて来る。お前はこれを知っているのだと知らしめて来る。
 その先も知っているのだと、待ち望んでいる。
 「んー……やっぱキツそうだよなあ。この侭ツッこんだら流石に裂けそう。この病院肛門科とかあったっけ?」
 惑乱の波間に投げ出された土方を猶も嬲る様な声が耳朶を悪戯に擽って行く、それだけの事なのにぞくぞくと背筋が痺れた。
 (痛くても良いから、早く、)
 そんな有り得ない様な己の意識にかぶりを振れば、それが恐怖に因るものだと思ったらしい、坂田は宥める様に、後孔を弄り回す逆の手で土方の髪をそっと撫でていった。その侭頭左右に巡らせる気配。
 「あ。そうだ。身体の傷に塗ってた化膿止めがあったか。……土方、」
 呼ばれて、土方が泣き濡れた顔を恐る恐る起こせば、坂田はベッドサイドの棚を指さした。
 「その上に軟膏のチューブあるから。取って」
 何でもない事の様に言いながらも、右の指は未だ土方の体内を好き放題に捏ねまわしている。そんな坂田の手では届かないが、土方が横に手を伸ばせば辛うじて届く様な、そんな位置に、言われたものはある。
 「ん、んあっ、ぁ、」
 無理だ、と言おうとしたのに、喉は意味のない喘ぎ声を出すのにいっぱいいっぱいになっていて。それでも土方のぶるぶると震える手は言われた通りに動いている。従順に躾けられた犬や愛玩動物の様に、何がなんだか解らなくなりながらも、懸命に指を伸ばす。
 がしゃんと、棚に載っていた他の薬か何かが落ちて行く音がしたが、構わずに、引きつった様に震えている指は目的のチューブを掴み取っていた。
 何とか寝台に手が戻ると、坂田が軟膏のチューブを受け取って「いいこ」と優しい声で囁く。動物に──否、所有物にかける様な声だと思った思考が悲しさや怖さや空しさを感じるより先に、ご褒美だと言わんばかりに、土方の後孔を探っている坂田の指が、ぐり、と音がしそうな強さで前立腺を強く抉った。
 「あッ、ひあっ、ぁ、あ ン、んーー !」
 指の背が器用に押し出した場所から、電流が走る程の快楽がひととき脳髄を灼いて、土方は白痴の様に喉をひくつかせながら悶え喘いだ。
 「あ、、…あ、は、、ぁ」
 ぴくぴくと、下着に押さえつけられて腹についた侭でいた性器が震えて、強すぎる絶頂の快楽を悦ぶ様に下着を益々に濡らして行く。
 それは直接下肢を当てられている坂田にもはっきりと伝わったのだろう、絶頂に震えている性器を太股でぐりぐりと悪戯に刺激してくる。
 「あーあ。本当にお漏らししたみてぇになってんなァ、ここ。イきっぱなしじゃん。そんなキモチイイの?」
 白々しい意図の見える言葉に、土方は息も絶え絶えに喘いだ。知っている癖に。どうせ、この先も知っている癖に。わからないことを嘲笑うのではなく、ただ甚振りたいだけの言葉なのだと、今では解る。
 『そう』なのだと、身体が認めている。悲しい程に。浅ましい程に。
 言葉ではなく、行為が、行動が、それに対する土方の身体の反応が、何度も何度も土方の心に訴えて来る。教えて来る。知らしめて来る。
 お前は俺のものだ。そう断言した坂田の言葉を、何よりも確かに肯定して──それを、悦んでいるのだと。
 
 
 皮膚に塗る薬だし、刺激物だったり毒になる事もないだろうと銀時は判断して、土方が取ってくれた軟膏のチューブの蓋を開けた。薄い梔色のそれは如何にも薬効の匂いを漂わせて色気も何もなかったが、何も潤滑剤を使わずに土方の身体を傷つける事は本意ではないのだからと諦める。
 一旦右手の指を熱く従順に絡みつく内壁から抜いて、軟膏のチューブを右手に持ち替える。それから、銀時の胸元に顔を埋めて泣き喘ぐ土方の様子を少し伺ってから、もう一度右手を下着に滑り込ませた。
 「ちょっと冷てぇけど我慢なー」
 軽い声で言いながら、チューブの先端をほぐれてきていた後孔につぷりと差し込めば、流石に土方は「ひ?!」と悲鳴を上げた。ごつごつとして冷たいその感触を拒絶する様に括約筋に力が入るが遅い。銀時の指に比べれば大分細いチューブの口なぞ、そんなものでは防げない。
 「っや、やめッ、ひあ、あ、ぁひいッ?!」
 ぎゅ、とチューブの腹を押せば、土方は泣き声混じりの悲鳴を上げて逃げようとするが、銀時の左手ががっちりとその腰を押さえている。そもそも膝から下はすっかり萎えて動きそうもないのに。だからこれは本能的な拒絶なのだろう。
 冷たいものをたっぷりと後ろから流し込まれた土方は歯をがちがちと鳴らして、浮かせかけた腰をぐたりと戻した。銀時はチューブを引き抜いてその辺りに適当に放ると、早くも体温で軟膏を溶かしかかっている土方の後孔へと再び指を押し込んだ。
 「ひぅ…、」
 弱々しい喘ぐ様な呼吸を押し遣る様に、ぶちゅりと音を立てて突き入れた指で、溶けた軟膏を内壁に塗り込める様にしながら、もう一度やわやわと体内を拡げて馴染ませていく。
 態と音を立てながら体内を激しく掻き回してやれば、土方の身体は泣きながらも健気に指に吸い付いては弛んで、身の内に燻る快楽を訴える様にびくびくと震えた。
 記憶が無かろうが、所詮身体は銀時の躾けたその侭に残っていたと言う事だ。感情が伴わないセックスなぞ虚しいものだろうと思っていたが、実際事に及んでみれば、土方の感情は身体の記憶している快楽へと容易く屈していた。恐らくそれは、記憶を失っている今の土方が、無意識の内に銀時に依存しようとしている事の表れでもあるのだろうと思う。
 弛んだ後孔から溶けた軟膏が、指の抽送の度に溢れ出してぐぽぐぽと淫らがましい音をさせるのが酷く厭らしい。病院と言う清潔な匂いのする空間に満ちる倒錯的な空気に、銀時はそっと熱い息をこぼした。
 後ろも前もぐっしょり濡れそぼった土方の下着を見ると、益々に倒錯的な感覚が下肢を疼かせる。濃紺のボクサーパンツは外側から見ればすっかり濡れて黒っぽく色を変えているくせ、内側は白いものでべったりに汚れているに違いないと思えば、下品な想像に自分で笑いが込み上げた。
 本当ならばとっとと下着なんぞ取り払って直に触ってやりたい所だ。だが、記憶がないからなのか抜いていなかったからなのか、今の土方の身体は酷く敏感で達し易い様だった。幾ら水道があるとは言え、シーツや銀時の着衣に余りに精液をぶち撒けられたのでは後始末にも困る。ので、濡れた下着なぞ気持ちが悪そうだが、突っ込むまではその侭にしておこうと考える。
 コンドームでもあれば付けてやる所だが、生憎ここは幾ら特別な拵えであっても病院である。備え付けのローションやゴムが常備されている訳でもない。
 (……待てよ?)
 ふと、自分でも趣味が悪いかなと思える思いつきが浮かべば、それはたちまちに銀時の頭の中を欲情で一杯に満たす。嗜虐心と性欲と支配欲と、新しい発想を愉しんでみたいと思う心だ。
 きっと今の土方が銀時の顔を見る事が叶えば、子供が新たな遊びを思いついた、としか形容しようのない表情をしていたに違いない。
 思いつきの侭に銀時は、枕元からぶら下がっているナースコールのコードを引っ張った。患者がどんな状態になっても──例えば寝台から転げ落ちたりしても──押せる様になっている為、コードは存外に長く出来ている。その余った部分をまとめていた結束バンドを外すとナースコール本体はぽいと放り出し、銀時は土方の下着をずり下ろした。
 想像通りにその中が精液や先走りで粗相をした様に汚れているのに目を細めながら、また緩く持ち上がりつつあった土方の性器を何度か扱いて、我ながら悪趣味だなと思える表情で、然し躊躇いなく銀時は陰嚢を押さえる様にしてその根本に先頃外した結束バンドを填めた。
 「っい、た、」
 痛い、と譫言の様に抗議する土方の身体をぐいと押して、寝台に再び仰向けに横たえると、銀時はどろどろに汚れた下着を脱がせ、手際よくその片足を掴んで肩上に担ぎ上げた。逆の脚を膝で押さえつけつつ、自分の前を寛げて怒張しきったものを取り出す。
 「さ、かた…、」
 薄暗い中でもかちゃかちゃと言う音から何をされるのかを察したのか。或いは記憶にない危機感が本能に訴えて来たのか。土方はすっかり泣き腫れ上がった目で恐る恐る銀時の事を見上げて来た。
 「ゃだ、やだ、こわい、やめて、」
 薄ら開いて溶けた軟膏に濡れる、ほぐれた後孔にその切っ先を押し当てれば、土方は再び泣きじゃくり始めた。身体が知っている感覚と、記憶の知らない行為とに怯えて泣き震えている男は、銀時の知る土方では無い。だから殊更に無情に見下ろす。
 これは、銀時が手に入れる事を畏れた、真選組の副長ではない。
 真選組と言う形に在る土方を歪めて仕舞う事を銀時は畏れた。己の欲に呑まれて土方の有り様を変えて仕舞う事を酷い冒涜だと思った。思っていた。
 だが、これは違う。
 全てを亡くしたこれは、ただの土方十四郎と言う名前の男だ。その存在を必要とする者が多かれど、何にも縛られずに、何にも染められずに、何の形もない無垢な原形質の侭に融けた、土方十四郎と言う男であり、その残骸でしかないものだ。
 この男は、一度は自分に屈していた。支配される事に諾々と甘んじて、屈辱的な行為も受け入れて好きにさせて、最後まで何の抵抗もせずにここに居た。餌か贄か供物か何かの様に。
 真選組の為に生きる己と、銀時に支配される歓びとの二律背反に無言で屈した、土方十四郎が何を望んでいたのかは、今となっては知れない。だから、銀時はそれを享受して好きに解釈しようと思った。
 真選組と言う鋳型を失った土方を、今度こそ自分の好きな形に打ち直して何の問題があると言う?
 放した手は、無かった事になった。
 だから、これはある意味では真実。
 「土方。もういい加減解っただろう?お前が俺のものだったんだって事が」
 わからない、とかぶりが振られる。銀時はいっそ優しく微笑みながら、無言で腰を狭窄なその孔に押し込んだ。
 「っあ、ぁ  !」
 悲鳴を上げて、担ぎ上げていた土方の脚がびくびくと虚しく宙を蹴った。
 土方の身体が突然の異物の侵入を全身で拒絶する様に、硬直した。押しだされる様な涙が顔を更に濡らして、意味を為さない喘ぎとも呻きともつかない言葉が空気と一緒に吐き出される。
 苦しそうだ、と思ったが、構わず──と言うより構っている余裕もなかったのだが──腰を何度か小刻みに打ち込んで、呑み込まれ包み込まれる肉の快楽を余すことなく性器で味わう。
 「ちゃんと、思い出せよ、土方」
 ぐいとその侭土方の脚を下ろして俯せにさせて、臀部を鷲掴みにして後孔を拡げる様にしながら、久々の感覚に夢中になって腰をがくがくと揺すりあげた。その度上がる悲鳴が、ただの泣き声ではなく甘い色を潜ませているのに喉奥で獰猛にわらう。
 ここだけは俺の事を憶えている。ここだけは俺に抱かれるのを悦んでいる。その感覚が、この自分勝手な筈の行為を正当化してくれている様で。
 「なぁ?」
 泣き濡れた顔がシーツの上で揺すられて、横頬を擦りつけているのに向けて、手を伸ばして涙を指で拭ってやる。
 「何でお前がそんな傷ついた様な面してんの……?」
 耳元に吹き込む様にして言ってやれば自然と嗤いがこぼれた。疵をつけているのだから当然だ。ならばいっそ瑕も痕も感情も、何でも刻んでやろうと思った。殺す時だって相手を苦しめない様な太刀の慈悲がある。
 だから、羽をもいで枷を穿つ、そこにも一息の慈悲が必要だろう。
 抵抗も拒絶も逃避も許さない程、深くに刻みつけて、逃げ場なぞ奪ってやろう。ひといきで、楽に死せる様に。
 「恋人の事ぽんとお手軽に忘れてさぁ?お前、なんでそんなのうのうとしてられんの?」
 手放した事は、無かった事になったのだから。
 「なぁ、土方?」
 どうせもう解らない。誰も知らない。これは俺のものだから。取り戻してやろう。
 「お前は俺のものだって、解った?」
 「あっ、あぁ、う、あ、ン、ぁ、」
 土方の茫洋とした眼差しが寄る辺なく彷徨って、後ろに向けて伸ばしかけた手は途中で落ちてシーツをぐしゃりと掴んだ。
 そう言えば、こいつがセックスの最中に理性を完全に飛ばしているのを見たのは、達した時以外では初めてだっただろうか。
 何となく。本当になんとなく、俯せに穿っていた身体をまた仰向けにしてやるが、土方の手はもうこちらに向けて伸びてはこなかった。あの、縋る様な、辿る様な、左肩の爪痕は残らない。
 「っひ、あぅ、あっ、んああッ、あぁッ」
 何かの感傷めいた思いを振り切る様に銀時が腰の動きを再開させれば、土方は穿たれる侭奔放に啼いた。
 「解った?」
 言いながら、ぐ、と身体を前傾させて折り重なる様にぴたりと身体を密着させる。そう言えば服を脱ぐ余裕も無かった。鬱陶しいと思いながら今更の様に黒のアンダーを乱暴に脱ぎ捨てて、最早何処を見ているかも解らない土方の唇に宥める様な口接けを落とす。
 密着すれば、土方は腰をもどかしげに揺らしながら、必死で銀時の身体へ性器を擦りつけようとする動きをみせた。無意識なのだろうが、幾ら擦った所でその根本には結束バンドの戒めがついているのだから、射精出来る訳もない。
 固く迫り上がろうと食い込む睾丸ごと、充血してふるふると震えている性器は酷く浅ましくて、痛みから逃れようとする様にそれを無心に擦りつけようとしている土方の拙い行動と相俟って、銀時の嗜虐心と充足とを擽る。
 「解った?」
 繰り返しながら、腰を穿つ動きは止めないでこちらからも性器を擦ってやる様に腹を押しつければ、土方は返事にもならない悲鳴を返した。
 防音の効いた特別病室で良かった、などと不埒な事を考えながら、銀時はもう一度囁いてやる。
 「お前は、俺のものだって、解った?」
 ぴくぴくと性器が絶頂の快楽を示して震えるのが、自分でも解る。銀時は上体を起こして腰の動きを良い様に早めながら、「なぁ、」お預けにされた侭の絶頂を求めて全身で喘いでいる土方の性器に触れた。
 漸くそれを理解したのか、それとも本能なのか、解放を焦らす銀時を焦点の合わない眼差しで見上げながら、土方はこくこくと何度も頷いた。
 「俺の、ものだよな、?」
 選択肢なぞ無いに等しい問いに、うん、うん、と土方は何度も何度も辿々しい仕草で頷いて、啼きながら、ひくりと喉を仰け反らせた。
 「──」
 その瞬間に銀時の裡を走り抜けたのは、射精感以上の愉悦だった。ぞくぞくと背筋を奮わせ脳髄を灼いて全身を戦慄かせるその快楽に、口元が自然とにたりと歪んで「あ」と声が漏れた。
 久々の射精感に甘く震える腰を突き入れて、奥に、奥に押し込みながら体内の欲を土方の中へと全て吐き出して行く。
 そうしながら目を細めて、まだ絶頂を迎えられずにぴくぴく震えながら啼いている土方を余所に、銀時は全てを吐き出し終えて一息をついた。余韻に浸るより先に土方を楽にしてやろうと、あれはどこだったかと、ふと思いついた侭に視線を巡らせる。さっきと体勢は違うし、寝台に備えられたそれはどちらかと言えば足下の方に置いてあるものだから丁度良い。
 「イきてぇだろ?でもホラ、さっきみてぇにそのへんにブチ撒けちまうと大変だから、さ」
 「ひっぁ、あ、」
 コッチはこぼれない様に栓してやってるけど、と下卑た声で言いながら腰を軽く揺さぶれば、繋がった部分がぐじゅ、と音を立て、まだ達する事の出来ない土方が喉を逸らした侭で呻いた。持ち上がった侭の彼の性器は腹の上で、戒められて滴をこぼしながら揺れている。
 銀時は身体を逸らして寝台の横を手探りで、首尾良くそこにあった溲瓶を手に取ると、土方の性器をその中に入れて、結束バンドを解いてやった。
 「いあ、あ、ぁ、あーッ!」
 その侭扱き上げてやれば、土方は宛がわれた溲瓶の中に、随分薄くなった精液を放った。当然だが尿ではないのだから、僅かに瓶の中を汚す程度に終わる。もっと量の多い内にやった方が視覚的に愉しかっただろうか、などとある種で倒錯的な事を考えながら、最後まで扱き上げてくたりと力を失った性器を溲瓶から抜いてやる。
 今は完全に意識を飛ばして仕舞っている様だから、自分が何に吐精させられたかなど理解していないだろう。思って少し嗤う。
 これは土方の羞恥心を煽りたいと言うより、お前の性も身体も全部自分が支配しているのだと、知らしめる上では効果的なものになるだろう。見せつける様に眼前で揺らしてやりながら、土方の顔が羞恥に染まるのを待つ。
 そうやって完全に俺に縛り付けて、俺の望んだ形に躾けてやろうと思う。
 真選組に戻してやらない訳ではない。復職はさせてやる心算だ。俺は、あの窮屈そうな隊服を纏って立つ土方の姿が好きでもあるのだから。
 ただ、縛るものが無くなるだけだ。銀時と真選組とを、情人の存在と公人である事とを天秤になぞもう掛けさせない。憚る様な関係の中だから、惜しむし縛りたくなるし満たされないのならば、そんな窮屈なものは必要無い。
 この男は、真選組の副長などである事の前に、坂田銀時の恋人であって所有物であれば良い。
 それで満たされる。それでこの日々は報われる。
 銀時は再び兆しかかっている己の性器に止めようない劣情を感じながら、意識を飛ばしかけている土方を尚も組み敷いて犯した。
 抱き締めて愛して、手に入れようと。必死だったのだと思う。
 ……言い訳にもならないが。──否。言い訳など必要もない。
 





全国の坂田さんごめんなさいその3。

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