GOLA / 3 出会いは最悪だったし、それ以降の関係性も概ね最悪だった。と言うより、出会いの印象を引き摺っていただけだったのかも知れない。 だが取り敢えず周囲の人間は皆判で押した様に『仲が悪い』認識を持っていたぐらいなのだから、まあ仲はお世辞にも良いと言えるものではなかった事だけは間違いない。 それでも気付けばなんでかんでと関わる羽目になって。道を往けば遭遇して、飲み屋に寄れば遭遇して、事件が起これば巻き込まれて遭遇して。数えるにも最早飽く程に真選組は万事屋との関わりを重ねていっていた。 人間、どんなに折り合いの悪い相手とは言え、慣れれば普通にそれを受け入れる様になるものだ。それをして腐れ縁などと抜かしたのは銀時当人だった気がする。 そして慣れれば、他者に評される程には『仲の悪い』筈の相手を嫌ってはいない己にも気付く。 それは同時に、「こいつはひょっとしたら俺の事を嫌うよりも好意があるのではないか?」と言う閃きを土方に与える事でもあった。 偶然を装って出会う。声を掛ける。隣に座る。喧嘩をする。笑い飛ばす。嫌いでは無い相手のそんな行動を看破出来たのは、恐らくは己も同じ様な事をした憶えが幾つかあったからなのだろうが。 然し、どうやら銀時もそれを見抜いた上で土方と同じ事を考えていたらしいと知ったのは、ある時の飲み屋の帰り道だった。酔った勢いで埒もない言い合いをする中で不意に銀時が言い放った言葉は、多分に口から出ただけの時点では単純な挑発の意しか持っていなかったに違いなかった。 「全く可愛くねェ態度してェ、オメー、俺の事好きな癖に」 聞き流すも怒った振りをして否定するも正直に憤慨するも、土方には選ぶ自由が叶っていた。或いは酔っていなければその何れかを選んでいたかも知れない。 だが──言い訳に過ぎないが──、その時土方は酔っていた。そして、その言葉に応える事を、己がそう告げる事を、心の何処かでは確かに望んでいた。 近付いても繋がらない距離。のし掛かる恋愛ではなく、気楽な親友の様な心地良い関係。ただ互いに心の裡を探って、確信があっても口にはしないで居れば恐らくその距離感は永続出来た。 ……筈だったのに。 最初に、酔っていたと言う理由を添えてそれを踏み越えたのは銀時の方だった。 だから土方は、少しぐらいなら己に正直に振る舞う事を許しても良いのではないかと思って仕舞ったのだ。言い訳をくれたから、だから。 「何言ってんだ、てめぇが俺の事を好きなんだろ、認めろや」 挑発には乗らず真っ向からそれを受け取って投げ返した土方に、銀時は然程に驚いた様子は見せなかった。少なくとも土方がそう答えるに悩んだ時間ほどには動揺の気配を保ちはしなかった。 それとも単に、勝負の見え透いた膠着を持て余していたのは、銀時の方が土方よりも上だったと言うだけの事なのか。 「いやいやそうやってオメーが思うより俺のがずっとオメーの事好きだから」 「はぁ?俺はその十倍てめぇの事が好きだわ」 「残念でしたー、俺はその百倍オメーの事が好きなんですゥ」 「じゃあ俺はその更に倍」 「俺はその倍の更に百倍の更に…、」 酔っ払いの戯言に似た──或いはそうでしかない──馬鹿げた恥ずかしい応酬の後、険悪な表情を保った侭で真っ赤になった顔を互いに突き合わせて、両者はほぼ同時に噴き出した。 喉奥で笑いながら、銀時が両腕を腰に回して引き寄せて来るのに土方は逆らわず応じて目を閉じた。間もなく触れた口接けは少し酒臭くて性急で、そこから銀時の、見る事の出来なかった胸の裡を知れた気がして、土方は不思議な安堵を憶えたのだった。 後から、抱きたい、と言われた時も迷わず応じて、土方は銀時に、その呉れた想いに全てを明け渡してその代わりに穏やかな情を得た。真選組の副長として生きる事を決めた己には本来決して得られなかったものを貪る様に享受して、ただただ恋慕の潜むその関係に浸った。 表向きには出会うなり喧嘩や言い合いをする程に『仲が悪い』癖、裏ではセックスをしたりただ飲み合ったりするだけの恋人と言う解り辛い関係は、きっと銀時にとっても気楽で満足の出来るものだったに違いない。 互いにきっと、今の生活の中に何かの欠落があって、それを埋める為に手を伸ばしたのだ。手元に、胸の裡に解り易い感情があったから、それを交わし合う事を答えと思って。 * 吐き出す煙草の煙に乗せてついた息は溜息だったのかも知れない。細く立ち上る紫煙を散らした吐息を土方は僅かの笑みと共に見送った。今更思い起こした所で、あの恥ずかしい記憶の何がどう変わると言う訳でも無い。仮に何かを変えられるとしても、土方の選ぶ答えが今更変わる筈も無かった。その確信はある。 後悔は別段無いのだ。言った事に対しても、答えた事に対しても、この関係性に落ち着いた事に対しても。こうして仕事から離れて安らぎだけを貪っている事が、取り繕うことも忘れた何よりの本音と言えただろう。 惚気めいた思考に飽かして煙草を噴かし、土方が窓から手だけを出して煙草の先に溜まった灰を落としていると、からりと襖を開いて銀時が姿を見せた。彼は後ろ手に襖を閉じながらやれやれと肩を竦めて言う。 「オメーな、こんな所にまで来て吸いてェの?」 「……まぁな」 我知らず出そうになる溜息を誤魔化す為に、もう一度煙草を深く吸って吐き出しながら土方がそう言うのに、銀時は呆れ顔を向けながらも近付いて来た。家人をして、こんなところ、と言わしめるのが部屋の隅っこの窓辺と言う事なのか、開けられた窓から外をちらりと見遣って、それから煙草を挟み灰を落とす土方の手に咎める様に触れる。 「……」 少し躊躇いがちに近づけられた顔に、土方は応えて首を擡げた。寸時触れるだけの口接けには味も感慨も何も無い。 「鼻の頭、紅くなってら」 至近距離の銀時にそう指摘され、土方は特に否定もせず目を細めた。癪に障るがまあ良いかと思って、力を抜いて背後の銀時の胸に寄り掛かる。煙草が指の間からぽろりと落ちて窓の向こうへと消えて行くが、どうせもう燻る灰ばかりになったそれには火種なんて殆ど残っていなかったのだし、害は無いだろうと思って見過ごす。何かを騒ぎ立ててこの平穏を逃がしたくはなかった。 認めるのは未だに癪だ。だが、あんな酷い死闘の最中でも思い出して仕舞うぐらい、そんな惨い死闘の後でも欲して仕舞うぐらい、こうして安らいで安堵するぐらい。 触れた背中から伝わる想いは間違い様が無い。不器用な優しさでこの不器用な男を大事にしてくれようとしてくれる、この男の事が好きなのだ。 口にしては言わない分、自分に惚気る。 ← : → |