Manufacture / 2



二日目:
 
 「まずはリラックスな。リラックス。前回教えたろ?」
 『開発』とやらを始めたあの日から丁度一週間。土方は彼の職務にしては珍しい、スケジュール通りの休みを前に再び銀時とあのラブホテルの一室に居た。
 銀時は今回はもうあのいかがわしい雑誌は持っていない様だった。読み込んで憶えたのだろうか。それはそれで何だか不安だが。
 服を全部脱ぐ様に指示をすると、銀時は掌の上で前回と同じ様にローションを転がし始める。人肌に温めているだけなのだが、ぬちぬちと音がいちいち立つのが何だか卑猥に聞こえる気がして、土方はそちらに背を向けると帯を解いて着流しをばさりと肩から落とした。
 それもこれも、あの粘ついた音を聞くと先週の出来事が余りにリアルに思い起こされて仕舞うからだ。尻穴に銀時の指を突き入れられて、その侭よく解らない感覚に置き去りにされていたかと思えば性器を扱いてイかされた。そんな経験はただ擦られ達したと言う直接的な行為以上の酷い羞恥心を土方の裡に残した。無防備な姿勢を取らされて他人に性器を弄られイかされる、と言うだけでも十分過ぎる程に恥ずかしいと言うのに、更にそこに余計な要素が付け足されているのだから堪ったものではない。
 (開発、とか巫山戯た事は確かに言われた…、が)
 ともすれば頭に上りそうになる血を溜息一つで吹き消して、土方は下着を足から抜いた。見慣れた己の下肢が、己の想像だにし得ない感覚を憶えさせられて行くと言うのは実に妙な気分であった。取り分け不快と言う訳では無いのだが、自分自身がその意から逸れていく気がするのは少しばかり怖いとさえ思える。
 「ん」
 銀時に顎でしゃくって示されて、土方は前回同様に全裸になってベッドの上に仰向けに横たわった。
 「まずは前回のおさらいからな」
 言う銀時はそんな土方の懊悩になど気付く事も無く、鼻歌でも歌い出しそうな風情でローションを馴染ませた手を使って乳首をついと撫でさすり始める。生暖かく滑る指が前と同じ様に土方の乳首を摘み、転がし、押し潰し、擽って刺激を与えて来る。
 「ふ、」
 爪の先で音を立てて引っ掻かれ、土方は出掛かった声を呑み込んだ。悲鳴か、それ未満の驚き程度のものか。解らなかったが、少なくとも声を上げる様な事では無かったと思えて、土方は朱の上った顔を逸らして枕に埋めた。銀時がこちらを見遣って笑う様な気配を寄越した事が酷く恥ずかしい。
 「声出しても良いからなー?」
 「っ誰が!」
 笑みを孕んだ声に咄嗟に噛み付いて、土方は銀時を睨み付ける。然し銀時は「はいはい」と全く意に介した様子も見せぬばかりか、何やら奇妙なものを取りだしてそれを土方の目の前にぶら下げてみせた。
 「?」
 近すぎて一瞬焦点の合わないそれをまじまじと見つめて、土方は正直な疑問符を浮かべた。小さな吸盤の様なものに紐…否、コードの様なものが下がっている。土方の記憶にある中で最もそれに近いと思えるものは、病院で心電図などを計る時に装着する器具だった。
 銀時は吸盤状のそれにもローションをとろりと垂らすと、先程まで好き放題に弄くっていた土方の乳首の片方にそれを押し当てた。
 「な、」
 思わず止めようとする手を制して、銀時は滑る吸盤を土方の乳首に強く押しつけて貼り付けた。薄いピンク色をした吸盤とそこから下がる黒いコード。そんなものが乳首に装着されている姿など屈辱感と羞恥心しか生まない。
 「痛いもんじゃねェからそんな心配しねェでも大丈夫。こんなんただのオモチャだしね?」
 然し土方がそれに対する問いや反論を口にするより先に銀時にあっさりとそう言われて仕舞えば、まるで自分が怖がっている様で情けなくて何も言えなくなって仕舞う。
 不安はあったがそれを表情には出せず呻くしか出来ない土方の目の前で、銀時は吸盤から繋がるコードの先にあった小さなボックス型のスイッチを取り上げた。予告も断りも無しに軽くスイッチが押される。
 「い、っ!?」
 かちん、と言う乾いた音とほぼ同時に、乳首に貼り付けられた吸盤が小刻みに蠢動し始めた。咄嗟に驚いて浮いた土方の腰を押さえて、銀時はぶるぶると振動する吸盤をつんと指先で突いて言う。
 「ど?乳首用のオモチャなんだけどコレ。今着けたのは振動するだけのロータータイプで、逆側用のは揉むみてェな動きするんだと」
 (どう、って言われても…!)
 思いの外に柔軟な素材で作られた吸盤の内側が、その振動を乳首にダイレクトに余す事なく伝えて来る。擽ったい様な感覚は今にも乳首から吸盤を毟り取りたいと土方に思わせるのだが、同時にそのもどかしさが堪らない。何かが足りない様な、あと少しが届かない様な、そんな感覚は土方の脳を軽く沸騰させて理性を薄らがせようとしてくる。
 「く、すぐって、ェ…」
 結局総すればそうとしか答えようがなく、土方は吸盤を引き剥がしたい衝動を拳に握り込めてシーツを掴んだ。大袈裟に反応すればするだけきっと銀時を楽しませるだけなのだろうと、羞恥と屈辱との狭間でそう判断して、意地にも似たそこに縋る。
 「そうか」
 銀時の声には別に落胆も無ければ嘲笑う優越感も無い。成程、程度にあっさりとそう言い残すと、ローションに濡れた指で土方の膝を立たせた。はっとなって見遣れば、「先週と同じ。力抜いてろよ」と言って後孔を滑る指で、掌で湿らせる。
 「……っふ、ぅン…!」
 ちゅく、と言う音は乳首で不埒に震えている玩具の音よりも大きく響いた気がした。滑りを纏いつかせた銀時の指が後孔の中に押し入ろうとする動きに、土方は前回憶えさせられた感覚を思い出しながら括約筋を逆らわず開いて受け入れる。
 「ん、…んっ、」
 違和感や異物感は矢張り拭いきれない。ひくひくと括約筋を蠢かせて何とかその違和感をやり過ごそうと土方はそこに意識を集中させる。
 指が──銀時の指がとんでも無い所にあると解るのは前回と同じだ。
 未だたったの指一本。全部すら入っていない指が一本。
 土方は頭の中で念仏でも唱える様にそう繰り返す事で、大した事はない、と思おうとするのだが、繰り返す内に逆に段々と、とんでもない事をされていると言う事実を客観視する羽目になって愕然とした。
 足をはしたなくひらかされて、男の指を一本、後ろの孔へと突き入れられている。更には乳首の片方には妙な玩具が付けられて、そこからはむず痒い様な刺激を与えられている。
 「…っ、う」
 そんな己の姿を想像でも直視したくなくて、土方は固く目を瞑って枕を手で引き寄せるとそこに顔を埋めた。然し目を閉じると余計に、小さな振動音と乳首への刺激と、後孔で括約筋の収縮の度に存在感を思い知らされる銀時の指とを感じて仕舞って体がかっと熱くなるのを土方は厭と言う程に思い知る。思い知るが、どうにも出来ない。
 「っン、」
 体内にあるのとは逆の、銀時の手が上へと伸びて、こちらは何も装着されていない乳首を弄くり出すのに土方は必死で声を殺した。
 いっそ乳首の感覚に集中して仕舞えば後孔の指の存在感を忘れる事も出来るだろうかと思って、冗談じゃないと直ぐ様に打ち消す。尻穴の違和感だけでもとんでもないと言うのに、この上更に乳首まで性感帯にされるなど。
 「ローション足すな」
 不意に銀時はそう言うと、指をにゅるりと後孔から抜き出した。
 「〜ッ、ふ、ぁ…、!」
 びく、と腰が派手に跳ねた。無意識に押し出す様な動きをした括約筋の感覚はよく慣れた排泄感のそれで、土方は一瞬己が粗相をして仕舞った様な感覚に顔を青くして、然しすぐにそれが体内の異物であった銀時の指であった事を思い出して続け様に顔を紅くした。前回指を抜かれた時は達した直後でそれどころでは無かったので、一瞬解らなかったのだ。
 銀時はそんな土方の異変に気付いただろうに特に何も言わず、指の尖端を孔に当てた侭とろとろとローションを足して再び指をゆっくりと体内へ送り込んで来る。
 「ぁ、あ…」
 弱々しい呻き声は指の侵入でまるで押し出される様に喉から漏れ出た。ひくん、と括約筋を動かして土方はいっそ絶望的な感覚をそこで思い知る。
 そしてその感覚を後押しする様に、銀時は再び指をゆっくりと後孔から引いて、ほぼ爪先まで出したそれを完全には抜かずまた中へと戻して行く。
 「あ…」
 ぞくぞくと背筋が震えて、土方はまるで酸欠の金魚の様に口を動かし身体が戦慄く侭にその感覚に身を任せた。
 気持ちが良かった。出してはいけないものが勝手に内壁ごと引っこ抜かれる様な強烈な違和感と、それが孔の口を通って行く鮮烈な快感にも似た解放感。
 そして何よりも大きかったのは、それらの感覚と同時に土方の裡を激しく打ちのめした羞恥心と敗北感であった。
 あらぬ所で、感覚で、快楽を拾った。その事実に対して憶えた恥と衝撃。陥落させられたと言っても良い屈辱感。然しそれを感じていても猶、忘れられない様な快楽の気配。
 土方は衝動的な意識の発露に自然と涙ぐみそうになった顔を枕に押しつけ、銀時は何も言わずにそんな土方の髪をそっと撫でた。いっそ嘲笑するなりいつもの羞恥心を煽る馬鹿な言葉を寄越してくれれば未だマシだったのに。
 じんじんと痺れ始めた乳首を吸盤の上から戯れの様に指で突いて、銀時は土方の後孔から指をそっと抜くと、土方の手を取って上体を起こさせた。
 感情的な理由でこぼれそうだった涙は枕が全部吸ってくれたので、土方は今し方己の感じた感覚を無理矢理忘れて仕舞う事にした。苦し紛れに銀時の事を睨めば、彼は「コレ、取るな?」と宣言して土方の乳首に貼り付けた吸盤のスイッチを切るとそっと剥がした。
 見遣れば乳首はローションでぬるぬると光って、吸盤の所為で紅く色づいてぷくりと膨らんでいた。銀時はそこに唇をそっと寄せて小さく音を立て口接けてから、土方の腰を浮かせる。その動きで、すっかりと勃起して仕舞っていた己の性器の存在に気付いて、土方は咄嗟に感じた羞恥の侭に銀時の体を押し退けようとした。
 乳首で、尻の孔で、得た感覚の答えがこれだ。恥ずかしい、はしたない、みっともない、情けない、己の心がそう叫んで自らを打ちのめす。
 「離、せ!」
 「待て待てって!な、今日は一緒にイこ」
 「い、?」
 強請る様に言われて思わず土方が動きを止めると、銀時は自らの腰を浮かせて下着を下ろした。するとそこから土方のものと同じぐらいか、それともそれ以上にそそり立っている性器がぶるりと飛び出した。思わず息を呑む。
 「こっち来て」
 「え、あ…、」
 土方の知らぬ所で弄っていたのか、それとも『開発』をしているだけでそう言う気分になったのか、先走りを滲ませ存在を主張している銀時のものに土方の目は釘付けになる。明け透けに見せつけられた欲の証しは土方と同様にそこに在って、それがお互いに猛って解放の快楽を待ち侘びているのは訊かずとも明らかだった。
 すれば見る間に己の体がそちらに引き寄せられて、上を向いた銀時の性器にぴたりと土方の性器が接触させられた。
 「、」
 出掛かった言葉は抗議か驚きか単なる喘ぎ声だったのか。目の前の光景に息を呑んで固まった土方の性器と己の性器とを合わせて握り込んで、銀時の手が二つのそれを扱き始める。
 「っちょ、っと、ッあ、待て、ま…!」
 「おめーも、触って」
 ほら、と促されて手をそこに導かれて、土方は戦いた悲鳴を呑み込みながら、銀時に促される侭に手を動かした。擦れ合う裏筋と亀頭とが脱力しそうな程に気持ちが良くて、銀時の手と一緒になってお互いに二人分の性器を夢中になって扱く。
 「あ、は…、ぁ、」
 性器への快感は慣れ親しんだ感覚のそれで、畏れや居た堪れない程の羞恥などはない。互いにそそり立った一物同士を擦り付け合って高め合うと言う行為には解り易い堕落があって、倒錯的で心地よい。ただ達する為のプロセスだと言う感覚への割り切りも手伝って、土方は腰を揺らめかせて快感を必死で追った。
 「あ、も…、イきそ…、イく、…ッ!」
 「ん。一緒にイこうな」
 「──ッんん!」
 ひじかた、と熱い吐息混じりの声を耳に直接吹き込まれて、土方は背筋を走り抜け腰を震わせる慣れた快楽に身を預けた。銀時の手が二つの性器を最後まで扱いて、ぴゅくぴゅくと白濁を散らすのを手伝う。
 「……土方、」
 熱の宿った銀時の声が囁いて、脱力して殆ど寄り掛かる形になった土方の背を軽く撫でた。
 はぁはぁと互いに響く荒い呼吸音の中、土方は快楽の根源を極めた筈の己の身体の何処かが、何故か物足りなげに震えるのを感じていた。







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